🐴 (馬)

Takaaki Umada / 馬田隆明

起業の四つの類型

起業家教育に注目が集まっていますが、起業と言ってもどのような事業を指すのかは様々です。最低限生きていくための事業をするためのやむを得ない起業もあれば、リスクを取って急成長をするようなスタートアップ的な事業のための起業もあるでしょう。

しかし現在、起業という概念を扱うときに、すべての起業が一緒くたに扱われてしまっている状況があるように思います。

そうした状況を踏まえてか、MorrisやKuratkoらは2016年の論文で、事業の性質からベンチャーの類型を四つに分けています。

  1. サバイバル
  2. ライフスタイル
  3. マネージドグロース
  4. アグレッシブグロース

それぞれ簡単に解説すると、

  1. サバイバル - 生きていくためのビジネス
  2. ライフスタイル - 自由や趣味のための起業。比較的小規模で、拡大はそこまで考えていない
  3. マネージドグロース - 着実な成長を志向
  4. アグレッシブグロース – 急激な成長を志向

となります。なお、先進国の起業の85%程度はサバイバルかライフスタイルの事業での起業ではないかと指摘されています。

起業家教育を行う上では、「どういった事業を生み出す起業家を育てていこうとしているのか」をある程度意識する必要があるように思います。 

たとえば、それぞれの事業で必要なスキルは異なります。

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同論文の表に基づいて考えると、サバイバルであれば作ることと売ることのスキルがあれば良いでしょうが、アグレッシブグロースを狙うのであれば、イノベーションに関連するスキルを身に着けておかなければならないかもしれませんし、株式での資金調達などの方法を知る必要はあるでしょう。一方、ライフスタイルであれば資金調達でも借り入れに関する知識で十分かもしれません。 

それぞれの事業を起こす起業家の間で、起業家アイデンティティ (entrepreneurial identity: EI) などが異なることが指摘されています。サバイバルの事業を起こした起業家は EI が低く、次いでライフスタイルの事業を起こした人も EI が低くなっています。一方でマネージドグロースとアグレッシブグロースの両者には EI が高い傾向にあります。

もしグロースを目指す事業を作る起業家を増やしたいのであれば、EI に介入するような教育をするというのも一つの手かもしれません。しかし全事業のうちの15%でしかないとすれば、そうした教育をするべきなのか、ということも考えなければならないでしょう。

どういった事業を起こす起業家を、何の目的で育てるための教育なのかを考えたうえで起業家教育を設計・実施していく必要があるように思いますが、そうしたときのためにこうした類型は一つのヒントとなるはずです。

リーンスタートアップの限界への雑感

これまで各種のスライドやプログラムを通して、リーンスタートアップ的な手法をお勧めしてきました。その中でリーンスタートアップ的な手法の限界もまた見えてきたように思います。

リーンスタートアップはMVPを作ったり、顧客インタビューなどを行いながら、徐々に仮説を作り上げていく手法です。ある意味、「顧客を通して、顧客と一緒に仮説を研ぎ澄ませていく」手法、つまり顧客との共創的な手法だと言えるでしょう。

そのため、その成果物は顧客に大きく依存します。ビジネスの最初期にどの顧客を選び、どのような質のフィードバックを得るかは、そのビジネスの方向性を左右するということです。スタートアップの皆さんを傍で見ていても、「初期の顧客が誰か」によって、その先のビジネスの進み具合や方向性がかなり変わるな、という印象があります。良い顧客に出会えれば一気に進みますし、悪い顧客に出会ってしまうと顧客の言葉に右往左往して時間だけが過ぎていきます。

では顧客からのフィードバックの質はどうやって決まるかというと、普段その顧客がどういう仕事や生活をしているかでほぼ決まります。たとえばB2Bの場合、先進的なことをやっている企業からは先進的なニーズを聞くことができます。一方、デジタル技術の導入が遅れている企業からはそれに関連する課題を聞くことができるはずです。

サミュエル・スマイルズが『自助論』の中で語った「政治のレベルは国民のレベルを映す鏡」といった趣旨の言葉は、顧客と新規事業の関係性にも当てはまり、「新規事業/スタートアップのレベルは顧客のレベルを映す鏡」だと言えるのかもしれません。

シリコンバレーでリーンスタートアップがグローバル企業を生む背景

ではなぜシリコンバレーでリーンスタートアップ的な方法論を使ってグローバルなスタートアップが生まれているかかというと、その答えも「顧客の質」に起因するのではと思います。

シリコンバレーで起業したとき、周りにいる顧客は基本的にグローバル企業もしくは将来のグローバル企業になる企業です。シリコンバレーのスタートアップはシリコンバレーにいる顧客に最適化することで、今は小さくても顧客はいずれグローバル市場へと出ていくことになり、顧客の拡大とともにスタートアップの課題も拡大できます。

そのため、シリコンバレーやアメリカでは特異的に、リーンスタートアップ的な手法によってグローバル市場に進出しうる、ということかなと感じています。

特にアメリカのSaaSの過度な発達などを見ていると、「新規事業/スタートアップのレベルは顧客のレベルを映す鏡」だなというのは特に感じるところでもあります。

政策目標とリーンスタートアップ

さて、最近は日本での政策や教育機関から「グローバルなスタートアップを輩出する」「ユニコーンを作る」といった話をしばしば聞くようになりました。しかしこうした目標とリーンスタートアップ的な手法との食い合わせが悪いところがありそうだなという感覚があります。

たとえば、グローバルビジネスをスタートアップが展開したいのであれば、グローバルにビジネスをしている顧客や、海外にいる顧客を初期の顧客として捕まえて、改善のフィードバックループに巻き込んでいく必要があるでしょう。しかしそうした顧客のネットワークを最初から持っている日本の起業家はそう多くありません。

特にアイデアの解像度が低いとき、顧客インタビューはどうしても手近な人から回っていくことになります。そうすると日本の起業家の多くは、日本の市場を中心にしている日本の顧客と何度も会い、その中で仮説検証を回していくことになり、どうしても日本に最適化されたビジネスになっていきます。

B2Cも同様です。日本の顧客を通して仮説検証をしていこうとすると、高価格帯の付加価値があるものよりは、安価さのほうが受ける顧客層が多くなるため、そうした顧客に合わせた製品を作っていくことになるでしょう。

もちろん、世界的に共通する課題もあるので、そうした課題を想像して製品やビジネスを作っていくことは可能かもしれません。しかし人間の想像力には限界があり、だからこそ、リーンスタートアップのような手法で顧客との共創をしているはずなので、そうしたビッグショットはうまくいく確率は少なくなってしまいます。

もちろん日本でも、製造業などを対象としたスタートアップであれば状況は異なります。日本の製造系の企業はグローバルな市場を相手にしているときも多く、その場合はグローバルな課題に日本国内で出会えるかもしれません。また一部のヘルスケアやピュアなソフトウェアのB2Cなど、世界で共通する課題をうまく捉えられれば、日本から事業を始めてもグローバルな展開ができるかもしれません。宇宙や暗号資産といった領域によっては最初からグローバルを目指していく必要があるでしょう。Notionや開発ツールなど、ピュアなソフトウェアなどであれば世界的に共通している課題にアプローチできるかもしれません。

しかし日本でリーンスタートアップ的な手法を採用すると、相当慎重に考えて実施しないと、基本的には日本国内の顧客の課題に合わせたものになってしまい、グローバルなスタートアップやユニコーンを生み出していく、といった政策目標や教育目標から遠のくのではないかと感じています。

教育のしやすさとその弊害

リーンスタートアップや Y Combinator の手法は良く言語化できていると思いますし、いまだ有効だと思っています。日本で市場を取ってから国外に出ていく、という戦略もありえるので、最初に日本にフォーカスするのがダメというわけではありません。それに地域の課題を解決するときには、リーンスタートアップ的な手法は有効でしょう。

ただし、昨今政策目標や教育目標として掲げられることを本当にやりたいのであれば、リーンスタートアップなどのシリコンバレーのやり方とは異なる方法論を考える必要があるのではないか、というのが今持っている考えです。

しかしその方法論については見つかっていませんし、あったとしてもなかなか再現性が高いものにはならないでしょう。

そして教育をしていくとなると、ある程度方法論が整っているリーンスタートアップ的な手法のほうが教示はしやすいのが悩ましいところです。その結果、身近な課題を解決するスタートアップが生まれやすくなるとしても、です。

英語教育や海外派遣は長期的には効果があるでしょうが、短期的にはそこまでの効果は発揮しないように感じています。目の前の顧客が日本の顧客であれば、それは顧客の声に引っ張られるからです。

そのため、別の戦略や方法が必要です。たとえば、Day 1からグローバル企業の顧客候補と会える環境を作る、ということが必要なのではないかと感じています。ただそれは正直かなり難しいとも思います。

もしくは、潜在的な課題を発見するリーンスタートアップではなく、顕在化しているグローバルな課題をきちんと技術で解決していくスタートアップを生んでいくかどうかを改めて考える必要があるのではないかなと。そんなことを少し思っています。

ビジネスモデルキャンバスの前に『市場機会ナビゲーター』

リーンスタートアップに関連する論文を読んでいて、「良く使われているフレームワーク」の中に『市場機会ナビゲーター (Market Opportunity Navigator)』という、日本ではあまり紹介されていなかったものがあったので紹介しておきます。

『市場機会ナビゲーター』は、ビジネスモデルキャンバスなどで各事業にズームインする前に、もう少し広く市場機会を見るためのツールとして Where to Play という書籍で提唱されているものです。

この市場機会ナビゲーターは三つのプロセスで成り立っており、(1) 市場の候補を選び、(2) 市場の魅力度を考えて、(3) 戦略を考える、となっています。手順などは Slideshare などでも公開されています。

Market Opportunity Navigator, Lesson 1: Overview (slideshare.net)

 

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もともとは「Look Before You Leap: Market Opportunity Identification in Emerging Technology Firms」という論文で、シリアルアントレプレナーの思考様式(参入の前に市場特定を多く行う)を指摘しており、それを実務に結びつけるために作られたようです。ちなみに書籍と上記に挙げた論文にはすべて同じ著者が入っています。

使う順番

The Lean Startup Framework: Closing the Academic–Practitioner Divide - Dean A. Shepherd, Marc Gruber, 2021 では、

  1. 市場機会ナビゲーター (Market Opportunity Navigator)
  2. ビジネスモデルキャンバス
  3. 顧客開発 / アジャイルな製品開発

という順番で使うことが示唆されています。同じく『市場機会ナビゲーター』を紹介している Steve Blank の記事でも同様のようです。

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一方、『市場機会ナビゲーター』の手順書だと

  1. 市場機会ナビゲーター (Market Opportunity Navigator)
  2. ビジネスモデルキャンバス
  3. 共感マップ

の順がお勧めされているようですね。

個人的には、

  1. 市場機会ナビゲーター (Market Opportunity Navigator)
  2. ビジネスモデルキャンバス
  3. 共感マップ
  4. 顧客開発/製品開発(仮説検証)

のほうが座りがいいかなと思いますし、順番というよりはそれぞれを行ったり来たりしながらビジネスを検討していくんだろうなという印象です。

個人の感想

かつてに比べると、スタートアップの市場機会の選定とエントリーポイントの重要度は相対的に上がっているように思いますし、連続起業家は市場選定を結構注意深く行っているなという印象があるので、初回の起業家も少し詰まったときはこういうツールを使ってみるのも一案かなと思いました。

// 「連続起業家、フィンテックに挑む 規制緩和が呼び水」という記事も最近出ていましたね。