🐴 (馬)

Takaaki Umada / 馬田隆明

政治と規制とプロダクトマネジメント

Product Manager Conference 2021 での講演の資料をアップデートして公開しました。

IT を活用するプロダクトを作っていくうえで、政治や規制の話は避けて通れなくなりつつあるように思います。

遵守するのは当然のことながら、もし時代に合わないルールや変えたほうが多くの人の便益につながるようなルールがあるのであれば、どうやったら社会にとってより良いルールを作ることができるのかも同時に考えていく必要があります。そのための入門的な資料があった方が良いと考え、今回機会を得て発表させていただきました。『未来を実装する』の該当部分をまとめたような内容になります。

書ききれなかった部分も多く、抜けているところは多々あると思います。また「ハック」という言葉を使おうかは迷ったのですが、プロダクトマネージャーやエンジニアの人たちが気になる言葉にした方が良いのでは、というアドバイスをいただいたので、今回はこの言葉を使っています。

 

speakerdeck.com

岸田政権のスタートアップ政策への期待

総裁選での「日本の成長産業は?」という質問に対し、岸田首相はフリップで「スタートアップ」という回答をしました。「新しい資本主義」の中でもスタートアップへの期待がかかっているのではと思うので、個人的な意見を書いておきます。

 

私個人は再分配を意識した「新しい資本主義」に賛成の立場です。成長と再配分は両立しえますし、再分配による格差是正は成長のためにも必要だと思っています。その中でも成長という文脈ではスタートアップが貢献できる部分があるとも思っているというのは以前書いた通りです。

今回は特に3つ、期待している政策の方向性について書く次第です。

1. エビデンスベースでの起業支援

スタートアップはこれまで数が少なく、エピソードベースで政策が立てられがちだったように思います。10年前であればその形でよかったのかもしれません。しかしこの10年でエビデンスは溜まってきており、エビデンスに基づくスタートアップ支援の政策もある程度立てられるようになりつつあるのではと思います。

たとえばNestaやIGLではイノベーション政策に関する一環としてスタートアップの調査・研究もおこなわれています。アクセラレーターについての研究なども増えてきました。どのようなトレーニングが有効なのかといった研究もあります。

こうした研究結果をスタートアップ支援に使わない手はありません。スタートアップ支援の政策がこうしたエビデンスに基づきながら策定されることで、より効果的な支援が可能になるはずです。そのための協力もしたいと思っています(と、偉そうなことも言いながらも、私も日々勉強中の身ではあるのですが…)。

もちろんエビデンスが薄い領域もあります。そのときは必要に応じて日本でも研究を行い、エビデンスを作ることなどもできるのではないかと思います。

なお、ちょっとこれだけ他の二つに比べて抽象度が高いですがご容赦ください。

 

2. アントレプレナーシップ教育への投資

現在の日本のスタートアップエコシステムに最も足りていないのは、起業家人材の数だと思っています。スタートアップへの金融的な政策もサンドボックスのような仕組みも、日本は十分先進的な域に達していているのではないかと思います(もちろん完璧ではありませんが、先人の皆さんの努力のおかげでかなり整ってきているのではと)。

一方、人づくりは最も時間がかかるものの一つです。お金は短期に集まりますが、人はすぐには育ちません。数年単位での投資が必要です。

 

教育全体を見てみると、小中高といった初等教育・中等教育への起業家精神教育も重要だと思っています。起業家の親族に起業家がいる率が高いとはよく言われます(政治家の親族に政治家がいる率が高いように)。それは単に能力が受け継がれるというよりは、若いころから身の回りでそうした職業に就いている実例がいることで、キャリアの選択肢として考える率が高い、と考えたほうが良いのではないでしょうか。

また若年期にメルカリなどで物を売る経験を通して、労働時間の対価ではない方法で生きていける自己効力感を得て、キャリア意識を生むことは、十年後の起業家を生むにあたり重要ではないかと考えています。スウェーデンでは中等教育時にアントレプレナーシップ教育を施すことで、起業家が増えることを確認しています。

それにキャリア意識が高いと学習時間も高まるという良い効果がありますが、キャリア意識は高校2年生以降さほど変わらないので、早期からキャリア意識を高めることは大事です。また現状、半数の人は高校から大学にかけてコミュニケーション・リーダーシップ力を含む「資質・能力」が変わらないことも指摘されており、起業家に必要な基礎的な能力の面でも早期の教育のほうが効果的ではないかと思っています。

 

一方、大学で起業家精神教育をしたところで、起業家の数はそれほど増えないでしょう。実際、スタンフォード大学での起業家教育の効果は、むしろ既に興味がある人たちに向き不向きを自覚してもらい、起業家というキャリアを諦めさせるというものでした。ただし同時に、挑戦する人たちの成功率を上げることにも授業は寄与していました。もし大学以降の教育で起業数を増やしたいのであれば、海外留学の経験をさせること、STEMの学生に非STEMの教育を受けてもらうことの方が、起業に繋がるように思います。

大学以降では、むしろトレーニングに近い形の教育のほうが良いでしょう。また補助も重要です。アメリカのSBIRに近づいた日本のSBIRには期待しています。個人的にはそれに加えて、助成金を出すだけではなく、I-Corpsのように助成金とともに教育を付けるほうが望ましいのではと思っています。

教育プログラムではバッチ制で実施し、同期を作ることが肝要です。資金提供と同時に教育を実施すれば、資金提供をした事業は失敗しても、教育された人とプログラム内で生まれた起業家間の繋がりは残りますし、セーフティネットにもなります。このあたりについては、FoundX でも実施して、手ごたえを感じているところです(支援方法はすべて公開しています)。

 

いずれにせよ、アントレプレナーシップ教育の成果が出るには大学教育では十年、初等教育では二十年かかるとも思います。ただ、長くかかるからこそ早めに手を付けておくべきだとも思います。

 

3. 地域に根づいた起業の振興

地方でのスタートアップ振興は色々な意味で難しいです。特に今注目されているITはそうです。地方で生まれたスタートアップが仮に成功しつつあっても、急成長のために人材を求め、ハブとなる都市に移ることがしばしばあるからです。

そもそもITはさほど雇用を生みません。コロナ禍においても「いざとなれば会える」距離である郊外への移動は見られましたが、地方にはそれほど転出していないようです。リモートワーカー誘致も、各自治体が同じことをやれば食い合いになります(地方創生での観光と同様に)。

ですのでやはり、スタートアップや起業と言っても、その地域にあった産業をきちんと作っていくことが大事という当然のところに戻ります。最近もトロント大学のInnovation Policy Labの共同ディレクターであるDan Breznitzが近著の『Innovation in Real Places』で、各都市の往来のハイテク特化の政策に警鐘を鳴らしています。そして各地域はグローバルな生産プロセスの少なくとも一つに優位性を持つのだから、その専門性を持ったイノベーションを起こすほうがよいという主張しています。実際、ドイツの各都市はそうした方向で発展しています。

f:id:takaumada:20211008092151p:plain

https://www.projectdesign.jp/201812/area-future-vision/005752.php より

重要な立ち位置は大学などの教育機関だと思っています。大学はその地域の基盤産業となりうる研究成果・教育成果(=人材)を活用したグローバルなビジネスを生み出す場所として機能しえます。

起業という文脈では、単にスタートアップを振興するだけではなく、ローカル経済をいかに活気づけるかにも寄与します。多くの消費はローカル経済圏で行われますし、決してスタートアップだけが起業の形ではありません。それに小売や飲食の起業はその地域での経済循環を生み、活気づけ、雇用を生みます。100億円の売り上げを出せるスタートアップのような会社を1社作ることを目指しつつ、同時に1億円の売上を作れる会社を100社その地域に生まれることを狙うのが、地域を豊かにする方法だと考えています。そのためにも、そうした教育を行える場が必要です。

これまでの地方創生でもこうした産業活性化は唱えられてきましたが、従来と異なる点は、カーボンニュートラルに向けたグリーン成長戦略とそれに伴う産業の構造転換、そしてデジタル技術によるサービス展開が地域経済でのビジネス機会を作るシナリオにもつながりうる点です。また再分配政策はそれを後押ししてくれるかもしれません(たとえばセーフティネットの拡充は起業率を高めてくれるようです)。

もしグリーン化に向けた産業の構造転換が起こるなら、就業構造の転換も必要で、リカレント教育の重要性が増します。現在の大学がその役目を担うのか、専門学校や短期大学などが担うのか(アメリカでのコミュニティカレッジのように)、それとも大学内の専門職大学院のような場所が担うのかは分かりませんが、ローカル経済圏に寄与するのはそうした教育機関だと思っています。

 

最後の方はちょっと時間切れになってしまいましたが、個人的な期待を書いてみました。

ランダムの力 ― 民主主義・科学・社会実装

皆さんがアートに興味を持って、何かを買おうと思ったとします。アートには絵もあれば彫刻や音楽もあります。最初は自分の興味すら分かりません。どれも良く見えますし、悪くも見えます。アートに詳しい友人らに相談してコメントをもらったりレビューしてもらっても、様々な評価軸で評価を返してくるので評価が一定しません。

f:id:takaumada:20210927141116p:plain

一つ一つはそれなりの値段がしますし、場所も取るので、1年に2, 3個買うのが限度です。そこで様々なものを比較しながら慎重に選ぼうとします。でも次第に選ぶのに疲れて「もういいや」となって、買うのをやめてしまうかもしれません。

そんなとき、「とりあえずランダムに選んでみる」ことが一つの最適な方法かもしれない、というのが今回の話です。

ランダム選択の導入が一つの手段として検討・実行され始めています。

 

科学の助成金をランダムに配分する(不確実性への投資)

ランダムを研究で活用することはRCT(ランダム化比較試験)が知られていますが、今回はそれ以外の領域、特に助成金の配分について「ランダムファンディング (random funding)」や「くじ引きファンディング (lottery funding)」と呼ばれる配分方法が試行的に始まっています。

課題

研究にはお金が必要です。研究者はお金を得るために様々な助成金に対して、研究したい内容を提案します。国はその中から良さそうなものに助成金を付けなければなりません。通常は学者同士のピアレビューが行われて助成金の行き先を決めますが、しかし特に基礎科学では、いったいどの研究が当たるのか、専門家でも十分に予測できない傾向があります。

たとえば mRNA ワクチンのもととなったカタリン・カリコ(Katalin Karikó)博士の2005年の研究は、当初注目をそれほど集めなかったそうです。実際、カリコ博士のいたペンシルベニア大学は2010年に関連する特許を売却し、その後博士は大学の研究室を借りる費用も賄えなくなりました(そこでビオンテックに移りました)。その研究がmRNAワクチンという大きな成果につながるとは、当時予想できなかったのでしょう。

ペンシルベニア大学が悪いわけではありません。不確実性の高い領域では、どの選択肢が本当に有望かは分からないものです。かのニュートンですら、物理学と同じぐらいかそれ以上に錬金術と神学を有望だと見積もっていたようです*1。

特に新規性の高いアイデアは否定されがちで、助成金がつかないことが指摘されています。また評価者は、自分の専門に近い領域での新規性が高い提案ほど低いスコアをつける傾向があるようです。こうしたバイアスにより、その領域での新規のアイデアは不当に低く評価されてしまうこともあります。たとえば思弁的な論述が中心だった学術領域で、計量的な研究を持ち込もうとすると上の世代から反発が出たという話も聞きます。

Max Planck は「新しい科学的真理は、反対者を説得して光を当てさせることで勝利するのではなく、反対者がやがて死に、それに精通した新しい世代が育つことで勝利する」と述べたようです。つまり世代交代です。もし本当に世代が変わるのを待つしかないのだとすれば、長寿化によって世代交代までの期間が長くなりつつある今、新しいアイデアがシステム的に出てきづらくなってしまっているのかもしれません。

助成金を付ける投資側も、失敗しそうなものにお金を付ける勇気はありません。そうすると、現状の延長線上にある研究にばかり投資されてしまい、研究領域の裾野が広がらず、本当に有望なアイデアが埋もれてしまうことがあります。

さらに選定過程にはジェンダーやマイノリティに関連するバイアスも入り込みます。女性研究者やマイノリティの研究者は資金を受けづらい傾向にあり、イギリスでは工学と物理の助成金のおおよそ90%が男性リードのプロジェクトに付与されたそうです。

解決策

こうしたシステミックバイアスに対する方法として「ランダムに選んでみる」という代替手段を提供するのがランダムファンディングです。

ニュージーランドでは2013年から「探索助成金 (explorer grant)」というプログラムを作り、ランダムに助成金を提供しているそうです。一件当たりの金額はNZ$150,000 (1,200万円) と少額であり、累計は助成金全体の2%程度の資金にあたります。

å¹´

応募数

パネルで不適格と判断されたもの

ランダムで助成されなかったもの

ランダムで助成されたもの

2013

116

99

14

3

2014

24

18

2

4

2015

45

38

3

4

2016

38

29

0

9

2017

34

21

2

11

2018

60

50

0

10

2019

77

53

9

15

合計

394

308

30

56

表は The acceptability of using a lottery to allocate research funding: a survey of applicants | Research Integrity and Peer Review から

 

ただし単に少額なものを多数ランダムに出しているわけではありません。応募の条件は「革新的であり既存の理解に変革を起こすようなものであること」です。つまり、大きなリターンが小さな確率で狙えるかもしれない提案にお金を出す、という条件で資金をつけています。既存の研究の漸進的な改善にお金を付けているわけではなく、「跳ねるかもしれない」ものが潰されないように資金を提供しているのです。

これはシードラウンドのベンチャーキャピタルによるスタートアップの投資のようなものです。またタレブがブラックスワンや反脆弱性などで提唱した Convex Tinkering の実践とも言えます。「可能性は低いけれど、当たれば大きい」という条件で賭けることで、未来のノーベル賞候補になるかもしれないアイデアに資金を付けて実験をさせてみることができます。

f:id:takaumada:20210927161858p:plain

『反脆弱性(上)』より

さらにこうしたランダムファンディングはジェンダー平等や多様性につながることも示唆されています。ランダムに選ばれるのであれば、助成金は応募の多様性がそのまま反映されて付与されます。女性だからといって、不当に低く評価されることはなくなります。

また少額のランダムファンディングの話とは別に、「少額の助成金を多く出す方がコストパフォーマンスは良さそうだ」という調査結果があります。カナダの過去の科学助成金を調べた研究によれば「研究のインパクトは資金の量と正の関係にあるが、弱い関係しかない」という結果になっています。つまり、1ドルあたりのインパクトは大規模な助成金ほど低くなるということです。逆に言えば、大きな助成金を少数に出すよりも、少数の助成金を多くに出すほうが全体として成果が良い、とも言えます。

ただ少額の助成を多数にしようとすると、その分評価や選別のコストがかかります。そこでランダムな選択が活用できます。

ランダムに選べば、評価にかかる時間が効率化されます。特に効率化されるのは、中間ぐらいの評価の案件を採択するかどうかです。おおよそ審査においては、上位層と下位層はすぐに評価がつきますが、中間層のレベルの申請が甲乙つけがたく、それでも採択数に限りがあるためきちんと順位付けをしなければなりません。そこで下位層を足切りして、中間のものをランダムに選ぶのであれば評価にかかる時間は抑えられます。

さらにランダムに選ばれるのであれば、申請書もある程度の品質さえ整っていれば良い、ということになり、申請書の質を上げるための手間もそこまでかからなくなることが想定されています*2。日本の科学者は申請書を書くために忙殺されていることが方々で指摘されていますが、そうした申請にかかる時間やコストも抑えられるようになります。ちなみにオーストラリアだと、1年の助成金申請の書類準備などのために、研究者全体では180年に相当する時間を使っているそうです。

Talent vs Luckという論文ではランダムに配分することのシミュレーションを行っています。その結果は、すべての研究者に均等に助成金を配分することが最もパフォーマンスが良く、次に10%をランダムに、その次に20%をランダムに配分することがパフォーマンスが良いというものでした(解説記事)。

まとめると、時間を削減でき、バイアスを取り除いて多様性を確保することができて、新しいアイデアにも機会を提供できる、というのがランダムファンディングのメリットです。

実行性

実際にランダムで助成金を出した効果も測られています。Nestaでは組織内の補助金を、選考からランダムに変えて実施してみました。すると、女性のプロジェクトの採択数が増え、多様性が増しました。

f:id:takaumada:20210927132511p:plain

単に女性が選ばれただけではなく、従来はレポートだけだった取り組みが、ビデオやプロトタイプなどを含んだ新しい方法で試され始めたという結果にもなりました。

f:id:takaumada:20210927132517p:plain

では実際にランダムで受ける科学者たちはこの方式をどのように感じているのでしょうか。ニュージーランドの研究者たちがどのようにこの探索助成金でのランダムファンディングを感じているか、というアンケートの結果では、賛成が63%、反対が25%でした。他の助成金についてランダムファンディングをする場合は賛成が40%、反対が37%と、賛成は減りましたが拮抗しています。つまりランダムファンディングにそれほど反対意見が強いというわけではありません。

こうした流れを受けて、ランダムファンディングの取り組みはスイスも始めようとしています。

もちろん純然たるランダムでは科学的に不可能な提案や非科学的な提案にも資金を付けることにもなりかねません。最低限の質を担保するために、足切りをする必要はあるでしょう。それにすべての資金をランダムにつけるべきだとは思いません。大型のものや、ある程度分かっている領域については既存のPeer-reviewの形式のほうが良いかもしれません。

しかし跳ねるかもしれない初期のフェーズの試みに対して、少額の資金を投資することがコストパフォーマンスの良い投資方法であり、ランダム性を取り入れることで見逃していたかもしれない良いアイデアに光を当てることは可能かもしれません。そして研究の裾野を広げることは、最終的に科学全体の利益にもなりえます。

 

社会実装の助成金をランダムに配分する(不確実性への投資)

社会実装を考えるときにも似たようなことが言えます。

特に社会実装の初期のフェーズは、顧客のニーズという大きな不確実性があります。そのため科学と同じくランダムファンディングに近い形のファンディングが有効ではないかと思います。どれが当たるかは誰にもわからないからです。

VCの投資も多様性の問題を抱えています。たとえば現在のピッチのプロセスだと女性は評価されません。トレンドのテーマにばかり投資が行く傾向もあるでしょう。

また自分の専門に近い領域での新規性の高い提案ほど低いスコアをつける傾向がある、という科学の傾向はVCなどでも見られると感じており、競合製品があるようなアイデアは低く評価され、逆に若者向けのサービスなど、VCがあまり詳しくない領域は良く知らないので相対的に高く評価されるような印象があります(特に学生向けコンテストなどで)。

VCは資金をLPに返さなければいけないので慎重に選ぶのは仕方がないかもしれません。であれば国が超初期のフェーズ(数百万円程度)に投資リスクを負い、投資手法にランダム性を交えることも一つの手ではないかと思います。その結果、成功するスタートアップの絶対数が増え、スタートアップやVCがちゃんと税金を納めてくれれば投資に見合うだけのリターンが得られるはずです。

もちろん質的な部分での足切りは重要です。そのためにも、ランダムファンディングとトレーニングと組み合わせることもできます。USならI-Corps、UKならICUR-eといった形*3で提供されている顧客開発トレーニングと組み合わせて、そのトレーニングを受けた後に助成をするなどをすれば最低限の質保証もできるかもしれません。I-Corpsについてはその効果の研究も進んでおり、特に仮説数と顧客インタビュー数に注目したトレーニングが有効だと考えます。

さらにこうしたトレーニングを付帯させることは、ダメなアイデアを早期に諦めさせることにもつながります。ダメなアイデアを早く諦めることは、失敗率こそ上げますが、全体の試行回数を増やすことでエコシステム全体のパフォーマンスを上げることにもつながりえます。

 

ビジネスにランダム性を活かす

ランダム性はビジネスでも有効だという結果もあります。

一つは投資の文脈です。代表的な四つの投資戦略をした場合と、まったくランダムな投資をした場合をシミュレーションで比較した研究では、特定のタイミングを除いて、基本的にはランダムで選んだほうがボラティリティは少なく、パフォーマンスも良い結果となりました。つまり個人にとっては、高いコンサルフィーを払って選んでもらうよりも、ランダムに選んだ方が楽だしリスクも低くなる、という結果です。

ランダムは組織でも活用できるかもしれないと言われています。「ある人材はその組織内で昇進できる限界点に達する。人は昇進を続けてやがて無能になる」というピーターの法則が知られていますが、その限界を乗り越えるために、(1)最良のメンバーを昇進させる戦略、(2)最悪のメンバーを昇進させる戦略、(3)ランダムに昇進させる戦略をシミュレーションしたところ、「昇進者をランダムに選んだほうが組織全体としてパフォーマンスが良くなる」という結果となりました。この研究は2010年にイグノーベル賞を受賞しています。

コンピュータサイエンスにおける最適化の問題においても、焼きなまし法がランダム性を取り入れている例です。最初はランダムに取ってみて、そこから徐々に絞っていくことで最も良い選択ができる(ときには改悪もされる場合も認める)、というアルゴリズムです。その分コストは余計にかかりますが、局所最適化に陥る可能性が少なくなります。

f:id:takaumada:20210927165219g:plain

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Hill_Climbing_with_Simulated_Annealing.gif

総じてみてみると、不確実性が高く将来が見通せないときほど、ランダムに選ぶことや偶然性に身を任せることが私たちを良い方向へと向かわせてくれる、と言えるかもしれません。

 

その他の議論:民主主義でランダムな市民に参加してもらう(公正性)

ランダムにファンディングすれば、ジェンダーやマイノリティへのバイアスにも対応できるという話をしました。

実は古代ギリシャや古代ローマでは、統治者の選出にくじ引きが用いられていたことが知られています。有名なのはアテネ (2, 3) のアルコンです。評議会や行政担当者の多くも市民から抽選で選ばれていました。

抽選の背景にある考えとしては、特定の役職を長く続けることが不正や腐敗の原因となると考えられたことが挙げられます。ランダムに選ぶことで、そうした不正などを避けられると考えられました。

その後抽選制はいったん鳴りを潜め、近代では代議制民主主義(議会制民主主義)が各国で導入されていきます。ただこれは代議制民主主義が良かったというわけではなく、貴族が民主化を嫌い、自分たちの支配を正当化するためだった、という説もあります。代議員として貴族が「民主的」に選挙で選ばれた場合、地位を正当化できるからです。

時代は変わり、現代に目を移します。現在、EUを中心にランダムを取り入れた熟議の在り方が実践されています。たとえば公募もしくはランダムに選ばれた市民が討議するコンセンサス会議や市民会議などがその一例です。コンセンサス会議では、公募もしくはランダムに選ばれた市民に対して専門家が情報を提供した後に、市民に討議してもらいます。そうすることで、完ぺきとは言えないにしても、民意を政治により反映できると考えられています。

その背景として、市民の声が代議制だとうまく反映されない、という苛立ちがあるようです。実際、現代の社会においては、熟議するべき問題はより多く、複雑になってきています。あまりにも多くて複雑なので、すべての問題をきちんと考えることはできません。そして「熟考する時間がないので、人によっては候補者の髪型が好きかどうかでリーダーを選んでいる」という面もあるでしょう。

一方、そうして選ばれた代議士は「市民に一任された」と思って自分の意見を通すものの、実は熟考の末に選ばれているわけではないので、市民の声を反映した活動をしているわけではなく、代議士と市民の間に認識のギャップが生まれていきます。

これでは代議制民主主義はうまくいきません。それに既存の権力構造が温存されてしまいます。日本だと中高年男性のための国会となるようなものです。そうすると「我々の代表が我々を代表してはいない」という状況が起こります。声は届きづらくなり、政治への失望が広がり、市民はさらに政治や熟議に参加しなくなり、政治と市民の距離がさらに離れ、代議制民主主義が機能しなくなります。

そこで熟議に関わる人たちの選出の方法として、ランダムに人を選ぶことで母集団が反映された声を集める、ということが広く試され始めているようです。これはデモクラシーではなくロトクラシー (lottocracy、くじ引き民主主義) とも呼ばれます。

単にランダムに集めて多数決などで決めるのではなく、そこで討議をして結論を導くことが重要です。日本でも、脱炭素社会のあるべき姿をくじで選ばれた市民が討議する『気候市民会議さっぽろ』を札幌市では行っています。

日本でも2009年に始まった司法での裁判員制度が、立法や行政においても活用されつつある、というわけです。

 

まとめ

投資におけるランダムの有用さは、ブラックスワンで有名なタレブなども『反脆弱性』の中で述べています。私たちはランダムや変動を恐れるがあまり安定を好みます。しかし安定は特定の前提での安定です。その前提が崩れたときには一気に脆さを露呈します。逆に変化を許容する脆さを持つことで系としては安定する、というのが『反脆弱性』で語られている一つのことです。

日本がこの数十年、科学技術の分野で力を失ってきた背景には、失敗しないように「成功しそうなプロジェクト」にお金をつけすぎるがゆえに、つまりリスクを避けるがゆえに、失敗する可能性は高いが超成功するかもしれないものには投資ができなかったという部分もあるのではないかと思います。リスクテイクをしないがゆえに全体として脆弱になる、ということです。

とはいえ当然、ランダムな選択がすべて解決するわけではありません。そこには慎重な設計が必要です。アテネのアルコンも、抽選制になった後には実権を徐々に失い、代わりに直接選挙で選ばれた将軍が力を持ち始めたという説があります。日本で2009年から始まった裁判員制度も一定の効果は認められるものの、まだ問題も多数残っています。制度は最初から完璧なものでもなく、入れてすぐに効果が出てくるようなものでもありません。常に改善が必要です。

ただランダムに選ぶことで、より多くの人に機会を与え、そして本当に跳ねるかもしれないアイデアを見つけられる可能性が高まるのであれば、一つの方法として考えてみても良いのかもしれません。

 

ちなみにより多くの人に機会を与えて「少額のものを多く採択する」ための、もっとも単純な方法は「予算総額を多くする」ことです。実際、EUは2014 – 2020 年に行われたHorizon 2020 では€60 billion、2021-2027年のHorizon Europe は €100 billionの予算を付けているので、単純計算で67%の増額をしているようです。それに加えてランダムファンディングのような形で新しい種を見つけようとしていて、興味深い動きをしていると思っています。

 

*1:「ニュートンの死後残された蔵書1,624冊のうち、数学・自然学・天文学関連の本は259冊で16パーセントであるのに対して、神学・哲学関連は518冊で32パーセント」との記述から

*2:とはいえ、ランダムになってもさほど応募資料にかける時間は変わらないというアンケート結果もあります

*3:平成30年度産業技術調査事業 国内外の産業技術をめぐる動向の調査などが詳しいです