🐴 (馬)

Takaaki Umada / 馬田隆明

アントレプレナーシップの「授業の限界」と授業が担うべき役割

「授業で人生が変わった」「授業を受けたからキャリアを変えた」という人はそう多くいません。

たとえば起業に限って言えば、あのスタンフォード大学のアントレプレナーシップの授業ですら、起業家を増やす効果は確認されていません。

それに授業を受けるだけでビジネスアイデアが良くなる、というのはほとんど起きません。少なくとも、私の周りでそのような例を見たことはほぼありません。もちろん、授業で考えるヒントとなるような知識は得られるかもしれませんが、良いアイデアを見つけるには多くの場合、実践を伴う試行錯誤が必要です。

アントレプレナーシップ教育に関する授業には、キャリアを変えることや能力を高めることを期待されていますが、それを授業だけで行うのは非常に難しいことです。

もちろん、一般教養や専門科目でしばしば行われる、知識の伝達が目的の授業であれば、授業という形式でもできることは多いでしょう。しかしアントレプレナーシップに関する授業は知識の伝達が中心的な授業ではないはずです。

であれば、アントレプレナーシップに関する授業はいったい何のためにするのでしょうか。しかも、授業には時間の制約もあります。できることには限りがある中で、何をするべきでしょうか。

授業でできることの限界を認識したうえで、授業が持つべき役割と価値を、アントレプレナーシップ教育のような教育ではきちんと考える必要があるのではないかと思います。

アントレプレナーシップに関する学校での授業の役割

授業は多くの人にとって知識を得るためのものですが、それ以外にもいくつかの効果があるように思います。

まず、授業や宿題をきっかけとして、これまで知らなかったものを知り、それに少しだけ興味を持って、そこから一歩踏み出した、という人はそれなりにいるはずです。

授業を通して、誤概念の修正ができた、という人もいるでしょう。特にスタートアップのような不確実性の高い文脈では、従来正しいとされてきた「きっちり計画してから始める」ことよりも「行動して学びながら進む」ほうがより適切なことも多くあります。そのため、そうした文脈では従来の概念を一度アンラーンする必要があり、特に実践を通した授業ではそれを実感と共に学ぶことができます。

それに授業を通して仲間を見つけたという人もそれなりに聞きます。座学の授業ではなく、実践を伴う授業に限りですが、同じ授業を取った仲間と意気投合して、一人では入りづらかったイベントやコミュニティに行ってみたり、その人の紹介で新しいつながりができたり、というのは効果としてあるように思います。

しかし、多くの場合、最終的に能力が大きく伸びるのは実践を伴うコミュニティでの活動を通してではないでしょうか。このコミュニティの重要性については、以下の記事にまとめています。

blog.takaumada.com

こうしたいくつかの視点を統合すると、学校で行われるアントレプレナーシップに関する授業は、

  1. 実践的なコミュニティに入るためのきっかけとしての機能
  2. アントレプレナーシップの文脈での誤概念の修正の機能
  3. コミュニティに入るための最低限の知識やスキルを身に着けるための機能
  4. 仲間を見つける機会

の四つの役目を果たしうるのではないか、というのが現時点での考えです。

つまり、授業はあくまできっかけで、そこからの流れこそが重要、だということです。

かつ教育で行うべき範囲もある程度制限するべきだと考えています。その流れを図示したのが以下の図です。

流れとしては、以下のようになります。

  1. キャリア教育を皮切りに興味関心を持ってもらう。
  2. 実践を伴う授業で起業家的な資質・能力を涵養しながら仲間を作る。
  3. 実践を伴うコミュニティと、そこへの参加のきっかけを提供する。

教育で行うべきところはここまでで、青色で示しています。

一方、起業後に役立つ研修などは産業政策の一環として行った方が良いのではと考えており、緑色にしていて、緑色のところを教育機関ではさほど強化する必要はないと考えています(MBA 等のビジネス専門職でない限り)。

具体例

では青色のところをどのように設計すれば良いでしょうか。

この流れを私たちの東京大学での活動に当てはめてみると、

  1. アントレプレナーシップに関する授業(アントレプレナー道場)の一学期目はキャリア教育的な色の強い授業を中心に行う
  2. 二学期目は資質・能力の涵養を目的にした実践型の授業を行う
  3. さらにそこから、本郷テックガレージや Todai to Texas、100 Program、アントレプレナーシップチャレンジや FoundX といったコミュニティを紹介し、つなげる

という構成になっています。徐々に段階を踏んで、学生の状況に合ったコミュニティへと至るような設計になっているのではないかと思います。

授業を通して、実践を伴うコミュニティにいかに接続していけるかが、ここでのポイントです。

例:研究室

研究者が巣立っていく様子も、この流れに近いのではないかと思います。

まず研究室という研究を行うための実践的なコミュニティがあり、研究室で仲間と切磋琢磨しながら研究能力を涵養することができます。研究室に入る前から研究ができた人はほとんどいません。

さらに研究室に入れば、周りに研究者として独り立ちしていく人たちがたくさんいて、自分も研究者になれるのだ(あるいは向いていないのだ)、と感じれる人も多くなるのではないでしょうか。

ただ、研究室で基礎的な知識を教えていては、埒が明かなくなります。そこで研究室に入るまでに最低限の知識を身に着けてもらう必要があります。そんなときに、授業によって知識を身に着けておくことは役立ちます。

あくまで能力開発のメインは研究室という研究を行う実践的なコミュニティですが、それまでに準備しておくことも大事だ、ということです。

起業やアントレプレナーシップに関する能力開発やキャリアへの影響も、そうした実践的なコミュニティを中心に考えながら、そこへの接続を考えて授業を設計していくほうが効果的なのではないかと考えます。

授業の役割から見たときの授業の設計

授業をそのように位置づけると、授業でやるべきことも見えてくるように思います。

まず、きっかけづくりです。これはキャリア教育に近く、起業家というキャリアの選択肢を提示し、認知してもらうことが一つです。

もう一つは、最低限の知識やスキルは何なのかを考え、それを身に着けるための授業です。そのときには、知識伝達ではない、グループでの実践型の授業を作ることで、仲間づくりという副次的な効果も狙えます。

それを踏まえたうえで、予め実践的なコミュニティを作っておき、そこへ接続していくことです。

このように、授業の限界を認識したうえで、適切なカバー範囲を作ったほうが、授業が要らぬ重荷(アイデアを良くするため授業や成功率を上げるための授業を設計するのは至難の業です)を背負わされないのではないかと思います。

実践を伴うコミュニティを作ることにもっと注目を

そして何より実践的なコミュニティを各地域で複数設けておくことが大事で、そうした下地があってこそ、アントレプレナーシップ教育の授業は活きてくるのではないかと思います。

逆に言えば、単発の授業を増やすだけでは、恐らくそこまでの効果が見込めないのではないかと思います*1。

授業はもちろん大切です。しかしアントレプレナーシップに関する本当の学びは、その人が能動的に関与した活動を通して得られます。そうした本当の学びが行える環境やコミュニティをどう作るか、アントレプレナーシップに関していえば、それが各教育機関が考えるべき主な課題のように思います。

*1:※ただし、マーケティングなどの授業はすでに起業をしている人たちにとっては有効な授業になるとは思います

起業家「予備軍」を増やす

起業家の不足がスタートアップエコシステムの課題である、という記事を以前書きました。

この「起業家の数」に関連してしばしば指摘される点として、

「日本は起業予備軍の起業活動の水準は高いが、そもそもの起業予備軍が少ない」

というものがあります。

たとえば『日本は起業が難しい国なのか?』では、このように指摘されています。

では、なぜ、日本の起業活動の水準は低いのか。ここまで来れば、答えは明白であり、それは起業家予備軍が少ない、起業態度を有する者が少ないからである。成人人口100人あたりの起業家予備軍、もしくは起業態度を有する者の割合を見ると、米国が54.9%、中国が35.3%に対して、日本は12.5%にすぎない【図表6】。12.5%がいくら頑張っても、起業家予備軍が54.9%、35.3%もいる国に勝ち目がないのは当然である。

日本は起業が難しい国なのか? https://www.yhmf.jp/as/.assets/vol_66_p8-14.pdf

その前にはこのような指摘もあります。

【図表5】は、日本、米国、そして中国の3カ国の起業家予備軍の起業活動の水準を見たものである。これによると、日本の水準は中国には及ばないものの、米国を上回っている。日本における起業家予備軍の起業実現率は、決して低くなく、日本は起業が難しい国ではないことがわかる。

日本は起業が難しい国なのか? https://www.yhmf.jp/as/.assets/vol_66_p8-14.pdf

より詳細に見ていくと、「起業家であることが望ましいキャリアである」と答える人は日本ではかなり少ないパーセンテージとなっています。

https://www.gemconsortium.org/data

こうしたデータを見る限り、日本では起業家予備軍になりさえすれば起業活動をする人はそれなりに多いものの、そうなる前のそもそもの「起業家予備軍」が少ないようです。

他のデータを見てみても、起業志望者は徐々に少なくなっているようで、就業構造基本調査を見てみると、転職希望者のうち自分で事業を起こしたい人の数は減少傾向にあります。

起業家予備軍向け研修を増やすだけではなく、前段階の予備軍を増やす活動を

一方、これまでの多くの起業家支援の取り組みは「起業家予備軍向け」の研修などが中心でした。その効果もあってからなのか、「起業家予備軍の起業率」は他国に比べても既に十分に高い 20.1% という数値になっています。ただ、ここからさらに数値を上げるのはかなり難しいでしょう。

もし起業家の数を増やしたいのであれば、今後力を傾けるべきなのは、「起業家予備軍を増やす」ほうではないかと思います。

それに対して、学校教育は多少貢献できるはずです。たとえば、1990年代中盤からスウェーデンで始められた高校生向けのアントレプレナーシップ教育は、参加者の起業率を伸ばしたと考えられています。

ただ、果たして現在日本で行われている「アントレプレナーシップ教育」を拡大していくべきかどうかには疑問があります。

なぜなら現在多くの「アントレプレナーシップ教育」の授業で行われているのは、ファイナンスや資金調達、組織設計、ビジネスモデルなどを、教員や実務家が教える「ビジネス教育の起業版」であり、「起業家予備軍」向けの学生向けにアレンジした入門版だからです。ただ、それでは起業家予備軍の起業活動を促進はできるかもしれないものの、そもそもの起業家予備軍は増えづらいのではないでしょうか。

もし予備軍を増やすことを狙うのであれば、その内容はむしろキャリア教育に近いはずです。

起業家のキャリア教育というと、起業家を学校に呼んでゲスト講演などをしてもらうことを思い浮かべる人も多いのではないかと思います。ただ、教育研究の結果などを見ると、ゲスト講演に起業家予備軍を増やす効果(起業意思を高める効果)があるかどうかは不明であり、ゲスト講演「だけ」では適切なロールモデルの提示にはならないのではと思っています。

こうしたいくつかの背景を鑑みると、今後政策としてアントレプレナーシップ教育が広く展開されるとき、今のままのアントレプレナーシップ教育を拡大してしまうと、

  • 「起業家予備軍」向けの「知識伝達型の研修」を増やす(→ 起業家予備軍自体はそれほど増えない可能性がある)
  • ゲスト講演を増やす(→ 起業家予備軍を増やす効果は不明)

ということになってしまい、その結果、かけた費用に対してスタートアップエコシステムにとってはさほど効果のない施策になってしまう可能性が高いのでは、と危惧しています。

こうした状況を避けるために必要なのは、これまでのアントレプレナーシップ教育研究を参照することです。もちろん、海外の研究やこれまでの研究から示唆される洞察が、そのまま日本の現時点の状況に当てはまるのかというと、必ずしもそうではありません。しかし、それらは有用なヒントになってくれるはずです。

スタートアップに注目が集まり、制度などの再設計が行われようとしている今、起業家輩出の基盤ともなるアントレプレナーシップ教育についても、これまでの研究を活かして再設計していく必要があるのではないでしょうか。

アントレプレナーシップに関する実践的なコミュニティの重要性

「ロールモデルとしての起業家が学校に行けば、起業を目指す人が劇的に増える」

というと正しいようにも聞こえますが、

「ロールモデルとしての伝統芸能の人が学校に行けば、伝統芸能を目指す人が劇的に増える」

というと、正しいようには聞こえません。

しかし、伝統芸能ではなく、

「ロールモデルとしてのプロ野球選手の人が学校に行けば、プロ野球選手を目指す人が劇的に増える」

という、多少なりとも正しいようにも聞こえてきます。

では伝統芸能と野球とでは何が違うのでしょうか。それは誰かと一緒に実践するコミュニティが近くにあるかどうかのように思います。

コミュニティの重要さ

たとえば野球の場合、「プロ野球選手の講演のあと、授業の中でやってみたり、放課後に草野球をやってみて楽しくて、学校の野球部やリトルリーグに入って、高校では甲子園を目指して……」といういくつかの段階を通しながら、その中で実践を行い、成功や失敗を重ねることで「プロ野球選手になりたい」「プロ野球選手になれるかもしれない」「自分には向いていない」と徐々にキャリアが見えてくるように思います。

しかし多くの伝統芸能にはそうしたステップがなく、ゲスト講演を聞いて終わりになってしまう点が大きく異なります。

野球だけではなく、プログラマになった人のことも考えてみましょう。もともとゲームをしていて、プログラミングを学校で知って興味を持ち、パソコン部に入ってプログラミングを学び、何かを作って褒めてもらって自信を得て、そして次第にITエンジニアとしての道を歩むことを選んでいった……という人はそれなりにいるのではないかと思います。

そして能力が主に開発されたのは、授業よりもパソコン部で過ごした時間ではないでしょうか。

実践を伴うコミュニティであること

これらは単なるコミュニティではありません。実践を伴うコミュニティです。野球ファンのコミュニティに属したとしても、野球がうまくなるわけではありません。

野球やプログラミングには、実践を伴うコミュニティが授業のすぐそばにあります。そうしたコミュニティへの参加が能力の涵養と自己効力感を培い、最終的にプロへのキャリアに至った、あるいは自分の向き不向きを知るきっかけになった、というのは多くの職種で起こっていることではないかと思います。

人を変えたり、能力を開発し、キャリアを選ぶための時間を過ごす主な原動力は、そうした実践を伴うコミュニティであるように思います。

様々なレベルの実践のコミュニティ

アントレプレナーシップ教育も同様に、授業の周辺にある実践を伴うコミュニティがあるかどうかが大事なように思います。

今ではインターネットもあるため、本当にやる気のある人であれば、一気にコミュニティに入ることもできるでしょう。しかし多くの人は、徐々にやる気を出したり、向き不向きを見出したりするものです。そのため、学校の近くに、参加しやすいコミュニティがあることが大事です。

ただそれは、学生たちに起業をさせて、その人たちのコミュニティを作れば良い、というわけではありません。教育をうたうからには、足場架けを行う必要があり、学習効果の最大化を狙うべきです。それに逆効果を生むようなことは避けたほうが良いでしょう。

たとえば、少し野球に興味を持った学生に、突然プロ野球選手との試合にチャレンジさせてみたら、ぼろぼろに負けてやる気を失ってしまう可能性が高いです。「歯を食いしばって立ち上がるべき」「そこで諦めるようなら見込みナシ」と言う人もいるかもしれませんが、教師としては良い役割を果たしているとは思えません。

学生に実際に起業をさせてビジネスをさせてコミュニティを作る、というのは、そうした逆効果の可能性を大いにはらむものだと思います。

すでにある程度の準備ができていて、実際に起業させることが学習効果の最大化に繋がる人もいれば、そうではない人もいます。様々なレベルの実践があり、それぞれの学生の状況に応じられるコミュニティを複数作っておく方が望ましいように思います。特に、起業志望者が少ない日本においてはなおさらです。

東京大学の例

たとえば東京大学では、本郷テックガレージや Todai to Texas、100 Program、アントレプレナーシップチャレンジや FoundX といった様々な実践的なプログラム兼コミュニティをオフィシャルに運営しています。それぞれ色や目的が違い、それぞれに合った人に来てくれれば、と思っています。

また大学内のインキュベーション施設には多数のスタートアップが在籍しているほか、キャンパスの周りには小規模なスタートアップも多数おり、学生の皆さんがインターンの機会などを得ることも比較的容易になっています(大学として特定企業へのインターンは斡旋はしていませんが)。

そうしたスタートアップでインターンをすることは、まだ起業にはそこまで興味がないけれど、お金をもらえるのなら働いてみたい、という人が参加できるコミュニティです。そうした機会を経て、起業家のそばで働くことで、ロールモデルも見つかるでしょう。

授業の限界とコミュニティ

授業も重要ではあるのですが、授業でできることには限界があります。時間にも制限があり、能力を伸ばしきることはなかなかできません。だからこそ、あくまで授業はきっかけである、という位置づけのほうが良いのではないかと思います。

だからこそ、授業の次に接続できるコミュニティをいかに作っておくかが、実は授業を増やすことよりも重要ではないでしょうか。

そしてそれぞれの学生の発達段階に合わせて、ビジネスだけに留まらない、アントレプレナーシップ的な実践ができるコミュニティや活動を、いかに学校教育の周りに準備できるかが、今後より重要になってくるのではないかと考えています。

そうしたコミュニティがスポーツの部活と同程度にできてきたとき、社会は大きく変わっていくのではないかと思います。

 

※ 本記事では Community of Practice の概念を使っているのではなく、一般的な実践を伴うコミュニティを指しているため、実践コミュニティという言葉は使っていません。