🐴 (馬)

Takaaki Umada / 馬田隆明

日本のスタートアップブームの「終わりの始まり」を食い止めるために

スタートアップブームの「終わりの始まり」は、VC のファンドサイズが小さくなり始めることだと考えています。それを契機に悪循環が始まるからです。

理屈はこうです。

ファンドサイズが小さくなると、スタートアップが調達できる資金も小さくなります。そうすると、大きな挑戦ができなくなり、大きな事業や成果も出づらくなります。するとさらにファンドサイズも投資も減って、スタートアップが挑戦できる事業の規模感も小さくなり、小さな事業しか目指せなくなります。

こうした悪循環が起こり始めると、エコシステムは縮小均衡へと向かっていくことになるでしょう。

今、日本のスタートアップエコシステムは、そうした悪循環に入る瀬戸際の場所にいるように思います。

そうした危機感を共有したく本記事を書いています。

youtu.be

 

現在、スタートアップへの支援が官民挙げて増えてきています。スタートアップがニュースでも取り上げられることが増えました。資金調達額も増えていますし、大学発ベンチャーの数も急激に増えているとニュースになることもあります。

そうした状況からか、スタートアップにあまり詳しくない政治家や、最近取り組み始めた組織の人と話すと「日本のスタートアップはうまくいっている」という認識の方がそれなりの数いるようです。

しかし私の周りの話を聞く限り、現在の日本の VC の投資を前提としたスタートアップエコシステム、特にハイグロース・スタートアップを取り巻くエコシステムは、悪循環に入りつつあるフェーズのように感じています。

その大きな理由の一つは、金融面でリターンを返せる見込みが薄くなってきたからです。

 

リターンが返せる見込みが薄くなってきた

この数年、諸外国のスタートアップブームに乗せられて、日本のスタートアップエコシステムにも大きな期待が寄せられ、投じられる資金量は増えていきました。たとえば、2019年以降、日本国内で設立されたVCファンドは6000億円程度になっています (Initial 調べ)。

https://initial.inc/articles/japan-startup-finance-2023

VCは金融業です。出資者にお金を増やして返すことが期待されています。

毎年 1.8 兆円のリターンが必要

どの程度増えることを期待されているかというと、10年間で約3~5倍と言われています。仮に3倍として、年間6000億円のVCファンドがエコシステム全体で運営されているとすれば、10年後の期待リターンは、その3倍の1.8兆円になります。かなり単純化した計算ですが、2029年頃からエコシステム全体として、1.8兆円のリターンを「毎年」出していくことが期待されている、ということになります。

この1.8兆円はVCに入ってくるリターンの金額の期待値であり、時価総額ベースだとさらに上がります。仮にVCの持ち分が上場時に50%だとすると、時価総額ベースでは総額3.6兆円のイグジットが「毎年」必要となります。

ではどのようなイグジットの状況になっているのでしょうか。リターンを生み出すイグジットは上場かM&Aですが、M&Aは件数が少なく、あったとしても金額はそこまで大きくないので、いったん無視して上場だけを考えます。

日本の上場時の時価総額は、2023年は中央値ベースで72億円、平均値で170億円だと言われています (ただし数値は2023年11月までのものがベース)。この値は上下するものの、ここ数年そこまで大きな変化はありません。1000億円を超えて上場するスタートアップの数も年間1~4件程度にとどまります。

https://www.jpx.co.jp/equities/follow-up/nlsgeu000006gevo-att/bkk2ed0000004ddh.pdf

一方、上場した会社数はInitialによるとここ数年は100~130社程度で、そのうち約半数がスタートアップと言われています。

こうした数字をベースに単純計算をしてみます。

現状は総リターンが 1 兆円に達していない可能性が高い

毎年120社の上場があり、その半数の60社がスタートアップだとしましょう。

他の企業よりも多少高い上場時の時価総額だとして、平均200億円で上場すると、合計の時価総額は約1.2兆円です。そしてVCがその50%を持っているとすると、約6000億円のリターンとなります。

パーセンテージをいじったとしても、おそらく1兆円はいかないでしょう。

2013年のファンド組成額は2000億円程度だったので、10年前の「2000億円を3倍にする」という約束は果たせています。ただ、掛け金が急激に上がった2019年以降に期待されている1.8兆円に対しては、このままではかなりビハインドしています。

このトレンドが続くと期待に届かない

もしこのトレンドが続いてしまうと、期待されるリターンを返せません。

もちろん個別のファンドごとを見ていくと、リターンを出せるところはあるでしょうが、全体としては非常に厳しい状況であり、これが続くと、多くのファンドの新設や規模拡大は難しくなり、スタートアップの資金調達量も漸減していくでしょう。

上場時の時価総額が低くなる理由は、スタートアップの事業だけの問題ではなく、上場時の値付けの問題などもあり、一概にスタートアップエコシステムの問題だけとは言えませんが、とはいえこうした現状を考えると、独立系 VC を中心にファンドサイズを縮小して様子見をすることは避けられない状況のように見えます。

 

「時価総額100億円」の期待に縮小均衡していく

中央値ベースで72億円というのが現実的なイグジットである、という期待が形成されて何が起こるかというと、イグジット時の金額を約100億円とした未上場株の評価であり、100億円のイグジットを目指した資本政策です。

そうなると、上場前には50億円程度が最大の時価総額となり、スタートアップ一社が行える総資金調達額は10〜20億円程度になります。米国のシードやシリーズAの資金調達額が日本での最大値となります。

それはつまり、時価総額100億円のイグジットを前提に、エコシステムが縮小均衡に向かう、ということです。

実際、ライフサイエンス領域のスタートアップの上場時の時価総額が「100億円均一」になることを、100円均一ショップになぞらえて「100均」と自嘲気味に言われています。そのような期待感の中では、100億円のイグジットを前提に資本政策を組んでいかざるをえないでしょう。

そうすると、スタートアップは大きな戦略を描くことが難しくなりますし、大きな成果を出すことも難しくなります。もしくは、後述するように、国内上場を目指さずに、海外を前提とした起業をせざるをえません。

ライフサイエンス領域のスタートアップ関係者は、こうした危機感を先んじて共有し始めているように思いますが、この問題は領域を問わず、今後スタートアップエコシステム全体に波及していく恐れが十分にあるように思いますし、ファンド規模の縮小の動きがあることを感じ始めています。

そして日本はある意味最適化が得意な国であるため、悪循環が始まると一気に縮小均衡していってしまうことを危惧しています。

 

本来やるべきこと

こうした状況を踏まえると、一時的にファンドサイズが小さくなるのは仕方がないかもしれません。

ただ、それは一時的な縮小にとどめられます。

まだ大きな挑戦ができる資金があるからです。今のうちに大きな挑戦をして大きな成果を出し、再度このエコシステムに流れる資金と期待を増やせれば、また増加基調に戻せるでしょう。

それができるかは、現役でスタートアップエコシステムに関わっている世代の課題だと思っていますし、今はその分かれ目の時期だと思っています。

 

「一桁大きな挑戦」が必要

そうした背景から、今目指すべきゴール、かつ強調するべきゴールは、上場市場の投資家の方々も一目で納得できるぐらいの大きな事業と大きな実績を作ることだろうと思います。

そのために必要なのは大きな挑戦であり、その挑戦を支えることです。大きな挑戦を推奨し、支援し、新しい産業を作っていかなければなりません。

スタートアップの資金調達額は、2023年には2013年の約10倍の1兆円近くとなりました。一桁変わったのであれば、一桁大きな挑戦をする権利を得たということであり、そしてその挑戦をする責務があるだろうということです。

それに国内の産業の情勢を見ても、大きな挑戦が必要だと思っています。

 

「日本の産業の危機」に対処する担い手

外貨を獲得できている日本の産業は減ってきています。2024年3月から財務省でも『国際収支から見た日本経済の課題と処方箋』という会議体が発足し、その点について議論されています。

その開催の背景となる問題意識は、熊谷委員の資料のサマリーにまとめられているのかなと思います。

貿易収支の悪化傾向が問題意識としてあり、その背景には国際競争力の低下や産業空洞化、デジタル関連中心の輸入依存度の高まり、そしてエネルギー価格の高騰などです。これはしばらくの間続く見込みとされていますし、下振れすらする可能性も指摘されています。

https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/councils/bop/outline/20240424_1.pdf

より具体的には、2023年には、日本が強いと思われている電気機器類で見ても貿易収支は赤字になりました。

https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/councils/bop/outline/20240326_1.pdf

https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/councils/bop/outline/20240326_1.pdf

(なお、斎藤先生が同会議で指摘するように、貿易収支の黒字は国内の経済について必ずしもポジティブというわけではありません。同様に、赤字が必ずしもネガティブというわけではありません。経済成長していたり、輸入したもの以上に高付加価値な輸出ができていれば、赤字は投資と言えます。)

サービス収支は、観光で稼いでいるものの、デジタルで大幅な赤字が続いています。

https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/councils/bop/outline/20240326_1.pdf

日本はエネルギー(鉱物性燃料)や食料、デジタルインフラなど、海外から輸入に頼る領域がかなり多い国でもあり、円安のあおりも受けて、貿易赤字はこの数年拡大傾向にあります。こうしたものを輸入するためには、外貨を稼ぐ産業が必要です。しかし現在貿易黒字を支える自動車業界も、この数年は大丈夫でしょうが、EV化などが進むと今後日本の稼ぎ頭の地位を維持できるかは分かりません。

足下を見てみれば、ここ数年は労働供給不足で、労働者の待遇は上がり、賃上げが起こるでしょう。全体としてインフレ気味になってきており、景気は好調のように感じるかもしれません。

しかし、そうした労働者の待遇を支える、「稼げる産業」の状況は非常に厳しいように見えています。

 

ミクロでの最適化をせずに、マクロの問題に取り組む

こうしたマクロな問題は個人の幸せとは縁遠いものです。

たとえば外資系のコンサルティング会社やソフトウェア企業に勤めて高い給料を得ることや、小規模なビジネスを起業して稼ぐことは、ミクロで見ればその個人の幸せを最大化する良い方法だと思います。

しかしその富の源泉は日本の他の企業が稼いだ富です。日本で稼げる産業が減ってしまうと、やがて外資系の企業は日本に立地しなくなるでしょうし、小規模なビジネスに対してお金を払える人も減っていきます。そうしたマクロの動きを考えると、外資系企業に行くことや小さな起業を無闇に勧めるのではなく、稼げる産業を作っていかなければなりません。

そうした新しい、稼げる産業を作ることが、スタートアップエコシステムに期待されていて、この数年、大きなお金が流れてきたのだろうと思います。

資金を得ることで大きな挑戦をする権利が得られたとともに、大きな責務も背負うようになりました。それはこうしたマクロのトレンドに対して、どう対応していくかを考えることでもあります。

しかし現在のスタートアップの主流は、10年前のまま、ソフトウェアを使った国内市場向けの事業がほとんどです。それ自体に価値はもちろんありますが、その状況にとどまってしまうと、マクロではその責務を果たせないということなのだろうと思います。

 

何を「成功」と定義するか、何を目指すべきかを考える

こうした変化を受けたとき、人はどう動くでしょうか。

現状のスタートアップエコシステムに最適化すれば、100億円から200億円ぐらいのサイズのファンドを作って、大ホームランではなく、たまに出るユニコーンレベルのホームランを狙いながら、基本はそこそこの大きさのヒットを狙い、ヒット率をかなり高めながら、その他は1倍程度で回収していく、というのが日本のVCの「成功モデル」になるでしょう。国内市場向けのソフトウェアを使った起業を推進すれば、そうした戦略でしばらくはリターンも出るかもしれません。

それも一つの思想ですし、お金を預かる金融のプロとしての在り方としての「成功」です。

ただ、スタートアップ業界が『産業を作る』と標榜するなら、その本来の役目を果たしているとは言えず、「成功」とは言えません。

現状に最適化すれば、ほどほどのファンドサイズを目指すのが正しいでしょう。しかし、「現状がそうである」ことと、「本来そうであるべきかどうか」は違います。そしてミクロで正しいことと、マクロで正しいことも違います。

もしミクロで正しい選択を取って、国内市場向けのスタートアップしか育てられなければ、日本の人口減とともにその市場は縮小していきます。現役世代の経営者やVCは(人によっては)十分に稼げるかもしれませんが、国内のVC業界は縮小していくでしょう。そうなれば、次の世代のVCは苦労するでしょうし、次の世代のスタートアップも大きな挑戦がしづらくなり、外貨を稼ぐ産業をスタートアップから生み出すことはさらに難しくなります。

 

この25年、スタートアップのエコシステムは拡大し、それ自体が一つの産業として大きくなってきたように思います。優秀な若手がスタートアップやVCを目指すようになっているのはその証左でしょう。この成果は、これまで関わってきた方々の努力があってこそだと思っています。

そうした努力のおかげで、2013年に比べて10倍近い資金をエコシステムとして預かっている私たちは、かつての10倍に近い期待を背負っています。だからこそ、改めて何を期待されていて、何を目指しているのかを考え、そして変わっていく必要があるように思います。

そのためには、過去に作られたある種の『成功の方程式』を繰り返すのではなく、次の段階に行くためのやり方を新たに見つけて、洗練させていくことが求められています。それが現役の世代の責任であり、私たちは過去のベストプラクティスを見るだけではなく、未来を向いて「どうやれば一桁上のゴールを目指せるか」を議論するべきのように思います。

 

いくつかの施策のズレ

しかし現在、別の論点が強調されているように感じており、そこに政治的リソースが多くつぎ込まれることついては警鐘を鳴らしておく必要もあると思っています。その例をいくつか挙げます。

 

グローバル化に期待する

グローバル化を支援しようとしています。実際、最初からグローバル領域で勝負しているスタートアップが上場する例も出てきました。これは素晴らしいことだと思います。

ただ、市場からの評価を見ていると、広告事業やインフルエンサーマーケティング等の領域でグローバル化しても、時価総額1000億円に達するのは難しい、という印象もあります。グローバルで戦っているかどうかよりも、事業領域が大きいかどうか、シェアをどれぐらい取れるかのほうが大事なのでしょう。

たとえば日本酒ビジネスの世界展開はグローバルであるかもしれません。しかし、相当考えて事業を作らないと、事業の成長は頭打ちしてしまいます。単に「グローバル」というだけではなく、その先を見据えてグローバル化を推進しなければなりません。

グローバル化は必須です。ただ、グローバル化は目的ではなく、手段でしかありません。「本当に大きくなる事業」へのグローバル化の支援を考えていく必要があります。

海外起業を推進する

資金調達が日本でほとんどできない、ということになれば海外で起業するしかありません。実際に、創薬の領域では、最初から米国で会社を作ったり、日本にある会社を米国に転換する動きが活発になっていることを感じています。個社の戦略としてはそれが最適であり、個別のリターンを最大化しようとしたら、そうお勧めせざるをえないでしょう。これもある種のグローバル化なのかもしれません。

しかし、たとえば日本の公的機関や税金(大学など)で作られた知財を使って海外で起業をすると、一部の経営者や投資家は儲かるかもしれませんが、高付加価値な雇用は日本で生まれづらくなるなど、日本での波及効果は限定的になります。

ソフトウェア領域等、国内の資産をそれほど使わずに海外で起業する人には当てはまりませんが、もし公的機関の知財などを使う場合にはそうした視点が必要になり、であればやはり国内の環境を整えていくことを考えるべきではないかと思います。

M&A に期待する

国内 M&A の推進は、短期的には有効な策ではあるとは思います。そして現在走っているファンドにとって、直近でそうした変化があり、イグジットの選択肢が増えるのはありがたい話ではあるでしょう。

それに、上場時100億円を前提とした資本政策のスタートアップが増えれば、値段的に買いやすくもなり、増えていくことも期待できます。

ただ小規模なM&Aが増えたところで、1.8兆円に向けた差分は埋められません。実際、現在のスタートアップの被買収は年間200件弱、被買収までの企業の平均年齢が7年程度で、うち100億円を超えるものは年間数件です (Initial 調べ)。30億円を超えるような買収案件も一桁台の数であることを考えると、M&Aの規模や件数で10倍になったとしても、期待の差を埋めるには厳しい状況です。

それにM&Aが増えた後に大きな挑戦をしてもらうことを期待しているのであれば、大きな挑戦への誘導こそ注力すべきことのように思います。

海外投資家に期待する

海外の投資家から投資してもらうこともありえるでしょうし、スタートアップ各社はその投資条件が良ければ投資を受けるほうがよいと思います。

ただ、一部の海外の投資家は「日本のそこそこ大きな市場で勝負して、そこそこのリターンを出す」ことを期待していると聞いています。日本のスタートアップに、海外進出などのリスクの高い賭けをしてほしいかというと、そんなことはない、というところも多いようです。

「海外のVCが大きな投資をしてほしい」というのはスタートアップや政策側も望んでいるものの、政策的な視点と海外の投資家の視点では、勝利条件と時間軸に違いがあります。国やエコシステム全体としては「スタートアップを使って次の産業を作る」という20~30年時間軸で大きなリターンを得るということが勝利条件なのに、ミドル・レイターから投資する海外の投資家は3~5年のスパンで2〜10倍のリターンを得ることが勝利条件です。それはそういうものなので仕方がないのですが、海外の大きなファンドは常に日本と目線を合わせてくれるわけではありません。いずれ日本の市場に魅力がなくなれば去って行くでしょう。

もちろん、一時的に海外ファンドに入ってきてもらって、彼ら彼女らとのネットワークを作るのも重要な戦術だと思います。ただ継続して関わってもらうためには、国内から大きなイグジットを出して、どこかで「日本に継続して投資するべき」という判断をしてもらう必要があります。そのためにも、大きな事業を作ることにもっと注意を払うべきだと思います。

「大きい事業」という名の「小さな事業」を推進する

求められる大きさの規模感が、初回の起業家や支援者側に伝わっていないことが多いと感じています。

今求められている挑戦の『大きさ』は、多くの人が考えているような大きさではありません。1兆円企業を作るのにはPERを20とすると、500億円の利益が必要です。こうした事業を作っていくことは相当に大変であり、領域がかなり絞られます。

これはいわば、次世代に残せる産業を作れるかどうか、という大きさであり、ソニーやホンダのような企業を今一度作るという取り組みです。単に「起業をすること」が、今求められている大きな挑戦ではありません。

小さな挑戦も大事ではあるのですが、限られた資源の中、大きな挑戦へと支援を偏らせるほうが今は大事だと考えます。

起業数の増加に期待する

起業家を増やす、ソフトウェア等、「数を打って確率的に当たる」ことを狙うのも一つの手ですが、そうした戦略が通用する「大きくなる」市場は少なくなってきているように思います。アプリを1個作って、まぐれあたりする、という可能性はかなり少なくなっているでしょう。

大きさにしてみても、あの一世を風靡したBeRealですら、2024年6月に発表された買収額は約850億円程度で、1000億円に至りませんでした。

そのためには無闇に数を増やすのではなく、「大きな挑戦を増やす」というゴールをきちんと見据えた方が良いのではと思います。

 

まとめ

日本のスタートアップエコシステムは一時的に縮小するかもしれませんが、それでもまだ十分な資金はあります。その資金が悪循環を初めて、縮小均衡に達しないうちに、大きな成果を上げる必要があります。

そのために足りないのは、そしてそのために求められているのは、

  • 大きな挑戦への支援を厚くすること
  • 大きな挑戦になるよう誘導すること

です。こうした取り組みに資源を集中的に投下する必要があるように思います。

その領域は本当にグローバルで勝ちきるソフトウェアビジネスかもしれませんし、ヘルケアかもしれません。気候変動対策かもしれません。方法も、自然発生的な起業に任せずに、投資家やシリアルアントレプレナーなどによるカンパニークリエーションかもしれませんし、高度な戦略を要するコンパウンドスタートアップなのかもしれません。

いずれにせよ、これまでのやり方とは一線を画する領域で、これまでの方法を発展させた新しい方法を発明して、本当に大きな事業を狙っていくことが求められています。

これまでも、そしてこれからも、アメリカのスタートアップの方法論を真似ていれば、日本市場でもアメリカ市場の1/10のサイズ感のスタートアップは生みだせるかもしれませんが、一桁上のゴールを目指し、グローバルで戦おうとすると、日本で始めるならアメリカとは違う戦略を取らざるをえない、そんなフェーズに入ってきたように思います。

そのためには、そうした挑戦を促し、そうした挑戦に対する支援をもっと増やし、ノウハウを貯めることです。本当に考えに考えて、大きなことを目指していく必要があります。

この挑戦が成功するかどうかは分かりません。もちろん、失敗してもスタートアップエコシステムは規模を縮小して残ってはいきます。しかし、成功しなければ『スタートアップ業界を縮小させた世代』と言われるでしょうし、もしここで挑戦しなければ、『お金はあって挑戦できたのに、挑戦すらしなかった世代』とすら言われてしまうのではないかと思います。

 

スタートアップは産業を作るための一つの手段でしかありません。しかし、現在、国内の産業が難しい状況にある中で、スタートアップが新しく稼げる産業を作るかもしれないという期待をされていて、今、それをできる権利と資源を与えられています。その期待に応え、大きな事業を作ろうとする人たち、それを支えようとする人たちとともに、この瀬戸際のタイミングを乗り越えられればと思います。

一人でも多くの人が、大きな挑戦をする人たちを支えていく。そんな風になってくれることを願いつつ、危機感の共有と対処策の方向性について、自分の考えを書いておきます。

 

関連資料

speakerdeck.com

「ディープテック・スタートアップは時間がかかる」とは限らない

「ディープテック・スタートアップは Exit まで時間がかかる」とよく言われますが、(少なくともアメリカでは)必ずしもそうではない、という点を記事に残しておきます。

 

ディープテックの一つの領域として、Life Science が挙げられます。その領域での代表的なスタートアップ、たとえば mRNA ワクチンで一世を風靡したモデルナは 2010 年に設立され、2018 年に当時としては最大級の IPO を行っています。つまり設立から 8 年で上場しています。8年というのはそこまで長い期間というわけではありません。

また、アメリカの IPO のデータを毎年まとめてくれているサイト (University of Florida の Jay Ritter のサイト) によれば、Life Science の 2022 年に上場した16の会社の、設立からIPOまでの年数の中央値は4年でした。

もう少し前に戻って表にまとめても以下のような形です。

 

IPO 社数

設立からの年数(中央値)

2019ĺš´

42

4

2020ĺš´

76

6

2021ĺš´

89

5

2022ĺš´

16

4

2023ĺš´

13

4

同時期のいわゆる「テック系(ソフトウェア系)」の設立年数の中央値のデータも Jay Ritter のサイトに掲載されていますが、それらよりもよっぽど短い期間(約半分)で IPO しています。

 

より具体を見て検算してみましょう。IPO した Life Science 系の会社のリストは、IPO Tracker などから見ることができます。

たとえば2023年にIPOした企業で、IPO での資金調達額の大きかった順では、ACELYRIN は2020年設立、RayzeBioは2020年設立、Apogee Therapeuticsは2022年設立となっています。4年というのはそう間違っていなさそうです。

(なお、2023年に上場したNeumora Therapeuticsについては、ANRIの宮崎さんによる2022年の記事と、その背後にいる ARCHに関する記事が日本語で読めるのでお勧めです。)

 

Life Science 以外もそう長くはない

IPO までの期間が短いというのが Life Science に限った話かというと、そういうわけでもないようです。Humba Ventures (Coding VC) の Leo Polovets が Pitchbook のデータをまとめて、Exit の規模感と Exit までの年数をジャンルごとに分けて分析しています。

その記事から比較表を抜粋すると以下のようになっています。

https://www.codingvc.com/p/betting-on-deep-tech

Life Science の Exit が短くはあるのですが、Life Science を除いたディープテックを見てみても、いわゆるテック系企業と遜色がないことが示されています。

なお、分類は以下となっています。

  • Traditional Tech: ヘルステック、デジタルヘルス、サプライチェーン、モバイル、Eコマース、SaaS、ビッグデータ、マーケティング、人工知能、フィンテック、インシュアテック
  • Deep Tech: ロボティクス、インダストリアル、製造系、3Dプリンティング、サイバーセキュリティ、クリーンテック、宇宙、先端製造

 

お伝えしたいこと

これらはアメリカのデータなので、日本にそのまま当てはまるわけではありません。ただペプチドリームも 2006 年設立、2013年上場なので7年だったので、必ず長くなるというわけではない、というのは日本でも言えるのかなと思います。

もちろん、SpaceX 等、海外でも時間がかかっているビジネスが多いのも事実ですし、日本でも時間がかかるディープテックスタートアップの事業が多くあるのは間違いありません。特に日本はアメリカと比べて赤字上場がなかなか厳しく、時間がかかりがちだった(というより Life Science 系以外で上場例があまりなかった)こともあるでしょう。

一方で「ディープテックは時間がかかる」と言い切ってしまうのも、やや誤解を招く表現だと言えます。

それに「時間がかかる」というところが過剰に強調されて流布すると、VC に投資する LP 側がディープテックの VC に投資をしなくなったり、政策が変になる、ということもありうると思っています。実際、私が話したことのある学術関係者や政策関係者の方々は、なんとなくの印象で「ディープテック・スタートアップは時間がかかるんでしょう」という認識で、「だからまずITのスタートアップを増やすべきでは」という話が挙がったことが何度かありました。

そうした事例を見るに、「時間がかかるとは限らない」という点は強調しておいても良いのかなと思い、本記事を書きました。

 

なお、今回は会社設立からの年数を元に時間がかかるかどうかを評価していますが、どこから年数をカウントするかによって「時間がかかる」かどうかは異なります。研究初期段階からカウントをすると、もちろん長くなると思いますので、その点は注意してください。

ディープテック・スタートアップへの誤解

スタートアップ全体への支援から、徐々に特定領域のスタートアップへの支援へと政府の軸足が移りつつある中で、「ディープテック・スタートアップ」への注目が増しているように感じています。そして実際、いわゆるディープテック・スタートアップに対する国の支援も手厚くなっていくという発表もなされています(例: 政府、先端スタートアップに3割増の1400億円支援へ 24年度目標 - 日本経済新聞 (2024/06/03))。

スタートアップに適した領域が時代とともに変わる中で、今後伸びうる分野に投資が増えることは、個人的にはとても好ましい動きだと思っています。

 

一方で、「ディープテック・スタートアップ」が何を指すのかをある程度定めないと、適切な支援が行われないのではないとも考えています。

実際、私の見えている範囲でも、「ディープテック・スタートアップ」という言葉の意味が人によって違っているように思います。そしてこの状態のまま様々な支援施策が実施されると、どんなに予算が増えたとしても、適切に配分されなくなってしまい、その結果、期待されていたような成果が生まれないのではないかと危惧しています。

そこで本記事では言葉の定義を整理しながら、筆者が考えるディープテック・スタートアップに関する誤解を挙げ、ではどういった理解で進めていけば良いかについて書きたいと思います。

 

起業とスタートアップの誤解

まず大前提として、多くの挑戦は素晴らしいものであり、応援した方が良いと思っています。一方で、「国が支援する挑戦」を考えるときには、「何のために、何を応援(優遇)するのか」、つまり目的と対象を考える必要があります。

そして国によるスタートアップの支援を考えたとき、その目的は国の経済成長がほとんどのように思います。

そうすると、ディープテック・スタートアップの振興の目的は、次の世代の経済と雇用を担うような大きな企業につながるような起業を振興することであり、短期間で急成長する企業としての『スタートアップ』、いわゆるハイグロース・スタートアップの促進であると考えます。

これは起業全般を促進することとは異なります。

もちろん、短期間で急成長する企業としてのスタートアップを生むために、その前段として起業そのものを促進する、ということは手段の選択肢の一つとしてあるとは思いますが、あくまで急成長するスタートアップを輩出することが目的である、ということが本論の前提となります。

ここからの議論は、あくまでそうした経済成長を見据えたディープテック・スタートアップ振興の話だとお考えください。

 

ディープテック・スタートアップに関するいくつかの誤解 

こうした前提に立ったとき、ディープテック・スタートアップで指し示されるものにいくつかの誤解があるのではないか、と感じています。その代表的なものをいくつか整理してみます。

誤解①:ディープテック・スタートアップには革新的な技術シーズが必要である

ディープテック・スタートアップというと、『研究開発成果の事業化』や『革新的技術の事業化』と紹介されることが多いように思います。この場合、「研究成果ありき」や「大学発」が前提とされています。

しかし、そうした技術シーズがない場合でも、ディープテック・スタートアップは生まれてきています。

たとえば、2024年6月に上場し、1500億円を超える初値をつけたアストロスケール社は、ディープテック・スタートアップに分類されることが多い会社です。一方で、アストロスケール社が利用した最初の技術は大学の研究シーズをベースにしたものではないと認識しています。

また、H2 Green Steel というスウェーデンでグリーン鉄鋼を作る会社も、ディープテック・スタートアップのように見えます。しかし技術は神戸製鋼のMIDREXをベースにしたもので、彼ら自身で開発したものではありません。

最も成功したディープテック・スタートアップとも言える Tesla も、大学の技術や最先端技術を使っているわけではありませんでした。

つまり、ディープテック・スタートアップは、大学や研究所の技術が必ず起点になるというわけではありません。

ではなぜこれらの会社がディープテック・スタートアップのように見えるかというと、難しい技術を扱っているように見えること、そしてある程度枯れた技術であったとしても、それを組み合わせたり、追加の研究開発・技術開発できるかどうか、量産のリスクなどがあるからではないかと思います。そして技術の強みが最初になくとも、事業を進めていく上で技術が強みになって、ディープテック・スタートアップになっていく、という場合もあるでしょう。

もちろん、事業化する前に先端の研究シーズがあって、それを商業化することでディープテック・スタートアップになる場合も多くありますし、そうである方がリスクが低く、望ましいことは間違いありません。また、創薬など、サイエンスが競争優位性に直結する領域もあります。

そうした「先端技術が市場でも評価される」という場合も多々あるものの、決してそれ「だけ」がディープテック・スタートアップではありません。

しかし、現在の日本の支援は前者の「最先端の研究シーズがある」前提での支援にかなり偏っているように見えていて、そうなると上記の3つの例のようなスタートアップは除外されてしまう点を懸念しています。

 

誤解②:ディープテック・スタートアップは先端技術を商業化する起業のことである

一方、研究から生まれた先端技術を商業化すれば、スタートアップになるかというと、そんなことはありません。

たとえば現在、大学発ベンチャーの85%は、売上が1億円未満だという統計があります。これは利益ではなく、売上です。

ディープテックだから売上が上がるまで時間がかかる、と思われるかもしれませんが、以下の図のように、数十年経っても売上が1億円未満のところが多く、技術の商業化ができたとしても大きな企業にはなっていません*1。

https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangyo_gijutsu/kenkyu_innovation/pdf/028_06_00.pdf

つまり、多くの大学発ベンチャーは、先端技術を商業化しようとしている『ディープテック』の企業ではあるかもしれないものの、短期間で急成長する『スタートアップ』ではない、ということです。

それはある意味当然で、スタートアップの売上を左右するのは、「顧客のどういった課題を解決するのか」であって、解決策に先端技術を使っているかどうかではありません。その技術が大きな課題を解決できるなら大きな売上になりますが、そうでないなら小さな売上になってしまいます。

社会的に重要な病気に対する創薬等であれば、その先に大きな市場が待っているため、市場のことを考えずに優れた研究をすれば良いでしょう。しかし、研究の先に必ずしも大きな市場があるわけではありません。

これは決して多くの研究に価値がないというわけではない、ということは付け加えさせてください。研究で用いられる価値のものさし(主に新規性)と、市場で用いられる価値のものさし(主に課題解決度合いやコスト)は異なり、同じ技術であっても別のものさしで測ると、別の価値となるのは当然だからです。

また、そもそもの研究技術と事業に必要とされる技術の間に大きなギャップが存在するため、追加の開発が必要になるのも当然です。

 

研究から生まれた技術の多くは先端的な技術です。そうした新規性を追い求めた技術の中に、ペプチドリームの元になった研究などの潜在的に商業的価値を有する飛び抜けたものもあります。しかし研究の多くは、研究者が論文を書くという目的のために『新規性』という価値を強く意識して生み出されるものです。その文脈では先端的で価値があるのですが、それは商業的にも価値があるとは限らないのです。

そのため、もしスタートアップを目的とするのであれば、「先端技術の研究開発」をただ振興すれば良いというわけではありません。しかし、現在のディープテック・スタートアップ振興にはややその傾向があるように思います。

そうした振興を進めることで確かに『ディープテック』の条件を満たす起業は増えるかもしれませんが、『スタートアップ』である条件を満たせるかどうかは別の問題です。そして『スタートアップ』の条件を満たさない小さなビジネスになってしまうがために、多くの投資家から断られる起業が増えることになるのではないかと思います。

 

誤解③:ディープテック・スタートアップは取り組む課題が意義深い

ディープテック・スタートアップのディープテックを「深い課題であること」や「社会課題を解決する」こととする向きも一部ではあります。

しかしたとえば、食事のデリバリーをするという目的のために、最先端のロボット研究開発費をかけるのであれば、それは表層的な課題かもしれませんがディープテックではあるのでは、とも思います。もちろん、食事のデリバリーを労働力問題などの社会課題に紐付けることはできますが、そこは色々と作文できるところでもあります。

一方、課題の意義深さを基準としてディープテックかどうかを判断してしまうと、貧困や格差などの深い社会課題に、枯れたソフトウェア技術で挑もうとする事業もディープテック・スタートアップとなり、従来のスタートアップのほとんどが含まれてしまいます。すると、わざわざディープテック・スタートアップという言葉を使って腑分けする意味が薄まってしまいます。

なので、課題の性質に囚われず、あくまで解決策側の性質に着目し、解決策に含まれる技術リスクが高い場合に、『ディープテック』という言葉を使い、深い課題に挑むほうはインパクトスタートアップなどの『インパクト』という言葉に寄せていった方が、議論は混乱しづらいように思います。

 

誤解④:投資家はディープテック・スタートアップへの投資リスクを取らない

まずリスクについて少し整理すると、事業のリスクを把握しようとしたとき、かなり簡略化すると、技術リスクと市場のリスクの2つを考えます。

https://speakerdeck.com/tumada/zuo-tutekaramai-ru-to-mai-tutekarazuo-ru-to-mai-reruyounisitekarazuo-ru?slide=18

海外で創薬などの領域に投資が集まるのも、その領域は「作れれば売れる」、つまり技術リスクは高い(作れるかどうか分からない)ものの、作ることさえできれば売れることは分かっている(市場リスクが低い)からです。

もし「作れるかどうか分からない」技術リスクを取るのであれば、市場リスクは低くしたい、と思うのが投資家としての性ですし、実際に海外でも、市場リスクと技術リスクの両方が高い領域に積極的に投資しているところはそう多くないように思います。もし両方のリスクが高い領域に投資するなら、成功したときに相当のアップサイドが取れるようなものにしか投資できません。たとえば核融合などは、その一種かもしれません。エネルギー問題がすべて解決できると、莫大な富を生むからです。

日本全体として投資家や市民がリスクを取らないという面はもちろんあると思いますが、むしろ「リスクを十分に下げることができていない」というほうがより良い表現のように思います。

やるべきことはもっと大きなリスクを取ることだけではなく、技術・市場リスクの両方を下げる方法を学ぶことや、そうできる環境を作ること、技術サイドと市場サイドの相互理解を促すことも対策としてできるようになるからです。

実際に、市場リスクを下げるような取り組みを技術サイドの人たちが十分にできているかと言えば、そうとも言えないように見えています。それに「投資家はリスクを取らない」と言うよりも、むしろ「投資家に事業(市場サイド)を作る能力やリスクを下げる能力がない」「リスクが高くても投資できるような、アップサイドを想像する能力がない」と言うほうがより痛烈な批判になるようにも思います。

 

誤解⑤:ディープテック・スタートアップは市場があるかどうか分からない

「新しい技術は作れるかどうかも分からないし、作ってみないと市場があるかどうか分からない」ということが時々言われます。たとえば、さきほどの例として挙げた、ロボットなどの一部の領域は、技術的に実現可能かどうかも、市場があるかどうかもまだ見えないことが多いでしょう。

ただ、先ほどのリスクの話で整理したように、技術リスクと市場リスクのどちらかはせめて下げておきたいと思うのは仕方がありません。そして、ディープテック・スタートアップが技術リスクを主に取る事業であれば、せめて市場はあることは担保しておいたほうが良いように思いますし、むしろ、「市場があることが明確なところ、もしくは今後市場が急成長しそうなところに、技術を作りに行く」ことがスタートアップ的な成長をするための鍵のように見えています。

かつてのTeslaなど、両方のリスクが高い状況で始まったディープテック・スタートアップもあるので、市場があるかどうかが分からない場合ももちろんあります。しかし、そうした事業ばかりではなく、むしろ市場がある分野、もしくは今後市場が急成長しそうな分野でのディープテック・スタートアップが割合としては多いほうが、国全体のポートフォリオ全体としては健全であるように思います。

 

誤解⑥:他の競合となる技術に性能とコストで勝てば良い

他の競合となる技術に性能とコストで勝ったとしても、そこに大きな市場がなければ小さな事業で終わります。

「競争に勝てるか」はもちろん大事ですが、商業という観点では「適切な場所(市場)で競争をしているか」も大事です。技術偏重で始まった場合、短期的な「競争に勝てるか」というところに集中してしまいがちのように思います。

また、技術は製品のほんの一部の要素でしかありません。技術は製品という一つのシステムを形作る要素の大きな一つではありますが、一方でそれ以外の要素との相互関係の中で製品は作られていくため、そうした全体をうまく設計しなければ、技術という一つの要素がどれだけ強くとも、全体として負けてしまう可能性があります。そうした全体を考えながら、どういった技術が良いのかを考えていく必要もあります。

https://speakerdeck.com/tumada/ji-shu-toshi-ye-wo-sisutemu-to-reiyagou-zao-deli-jie-suru

 

技術リスクを取る急成長型の起業=ディープテック・スタートアップ

ここまでの議論を整理すると、個人的には、『ディープテック・スタートアップ』は

  • ディープテック:高い技術リスクを取った事業をしている
  • スタートアップ:短期間で急成長することを企図している

という2つの条件を満たす新しい企業、あるいはそうたい起業のスタイル、という風に捉えると整理しやすいのではないかと思っています。

難しいのは『短期間での急成長』

この2つの条件を考えたとき、実はより厳しい制約は『短期間で急成長する』という条件を満たすかどうかです。市場が急成長していた2010年代のITですら満たすのが難しかった条件なのだから、当然と言えば当然です。

その条件を満たすためには、すでに市場が大きい、もしくは急激な成長を遂げそうな市場を選ぶことを最初に行って、その上で技術リスクを取る、といったような、市場から逆算した上で技術リスクを取る、という発想が強く必要のように思います。決して、技術シーズ起点だけで考えるものではありません。

仮にもし技術シーズ起点で考えるのであれば、かなり事業サイドのことをきっちりと知る人(経営者や投資家)と、その技術シーズを事業に併せて柔軟に追加開発できる人が必要のように思います。

「そんな会社少なすぎる」という反論に対する反論

こうして書くと、「現実的に考えて、そんな企業は少なすぎる」「理想主義的すぎる」といった反応をされる場合もあります。

でもだからといって、どちらかの条件を抜いた起業の振興を行ったり、別の種類の起業を振興して当座をしのごうとすると、そもそも何の目的のためにディープテック・スタートアップを振興しようとしたのかが分からなくなってしまいます。さらに悪いことに、人やお金や時間といった資源も分散してしまい、むしろ本来の目的達成を阻むことにすらなってしまうかもしれません。

現実がどうあれ、その先が難しい道であれ、意義のある目的地に辿り着くための手段を考えることが創造性を発揮する場所であるはずです。もちろん達成するのは難しい道ですが、それでも目的はぶらさず、ゴールから始めて最善の道を考えていくことが重要だと思っています。

 

これからのディープテック・スタートアップの支援を考えていくために

(1) 概念や名前を使い分ける

日本では、2000年代から起業全般の意味で使われている「ベンチャー企業」と、2010年代から新たに使われ始めた、急成長を志向する起業の「スタートアップ」という2つの言葉があり、ときには峻別されて、ときには一緒くたにされて使われています。

そこで、かなり日本の文脈と慣用に依拠した言葉の使い方ではあるのですが、技術の商業化を目的したスモールビジネスやインディービジネスでの起業を従来の「ベンチャー企業」という言葉を用いて『ディープテック・ベンチャー』と呼び、大きく跳ねうる起業を『ディープテック・スタートアップ』と呼んで、それぞれ切り分けて、異なる言葉や概念として議論するべきではないかと思います。

それぞれの起業の形態に、それぞれ異なる価値があります。起業が作る社会的価値は、経済的価値以外にもあるからです。大学で培われた研究を社会に実装していくことや、大学発の企業が地域の産業に貢献していくことは、生まれた企業の時価総額などだけでは測れない価値を持っています。

ただ、国としての経済成長や多くの雇用を生むという観点だと、あくまで短期間で急成長するディープテック・スタートアップを主に支援していくべきだとは思います。

なので『ディープテック・ベンチャー』や『ディープテック・スタートアップ』といった違う名前をつけて、それぞれの概念を丁寧に分けていくことで、より適切な資源配分がなされると思っています。

(2) 補助金での評価の方法を、次の投資フェーズとアラインさせる

ディープテック・スタートアップの多くは、最初期にお金がかかることが多く、どうしても補助金に頼ることになります。

しかし従来の研究開発の事業化の支援の補助金においては、「失敗しないかどうか」、つまりヒット率が重視して見られているように思います。税金を使う以上、失敗することを避けるインセンティブが働くことや、審査員が大学や大手企業の研究者が中心だったためのように思います。

しかし、スタートアップの投資家の世界では、ヒット率よりもホームランの大きさが大事だと言われています。そして補助金は実は、投資家よりも早い段階でお金を出すことになるため、スタートアップの投資家よりも「ヒット率よりもホームランの大きさ」を重視して選ばなければ、次のスタートアップの投資家につなげることができません。つまり現在、「成功率を重視するシード投資前の段階(補助金)」と「ホームランを重視するシード投資の段階」に大きなギャップがあるということです。

この結果、補助金事業としては「失敗が少なかったので、事業として成功」なのかもしれませんが、投資家サイドからすれば「全部小さな粒でしかないので、投資できない」ということが頻発します。これは評価の方法が異なるために起こる悲劇であり、この是正をしていく必要があるように思います。

(3) もっと退出させる

失敗しないことに重きを置くことが、企業の存続率の高さにもつながっているように思います。以下の調査では、大学発ベンチャーの起業後5年の存続率は米国で5.5%、日本で 108.7% という数字になっています。

存続率も高いばかりが良いわけではありません。

なぜなら、企業が長い間存続してしまうと、別の商業化であれば技術や特許が、長期間にわたり特定の企業に占有されてしまうからです。知財は20年経てばその効力を失います。もし1つの企業が1つの知財を10年有してしまうと、知財の寿命は残り10年となり、その知財を使った起業は行われなくなってしまうでしょう。

公立大学から生まれた知財は、発明者への帰属もあるものの、公共財の面も持ちます。失敗して会社を閉じれば再利用されたはずの公共財を、特定の企業が持ち続けることはあまり良いこととは言えないように思います。

これも前述と同じく、評価の問題であるように思います。どのように評価するかをきちんと考えなければ、ディープテック・スタートアップは生まれてきづらいように思います。

(4) 事業から逆算して技術を集める&研究開発費を出す

日本の大学において広がっているギャップファンドや、NEDO の NEP 開拓コースなどはあくまで技術起点のものとなっています。「技術ありきで事業を考える」のももちろん大事ですが、一方で「事業ありきで技術を考える」ことも重要で、こうした取り組みへの支援は現在ほとんどありません。

しかし、米国ではARPA-EやDARPAなどの研究機関がこうした逆算式の研究開発を推進していますし、Breakthrough EnergyもFellowsなどの仕組みで、事業領域を指定した研究開発に補助金をつけているように見えます。こうした取り組みが日本でも必要かもしれません。

つまり、従来とは方向が逆である「市場起点のギャップを埋めていく」ための「リバースギャップファンド」といった仕組みを作り、市場から逆算(リバース)する形で、研究にお金をつけていく仕組みなどがあると良いのかもしれません。

ただ、通常のギャップファンドが「研究成果」という長年の具体的な成果物に対してお金をつけるのと違い、こちらのリバースギャップファンドは市場選定や事業計画などをまず具体的な成果として考える必要があるでしょう。そのためには、事業開発をする人が必要で、ここは課題として残ります。

また特定の大学だけでやるのは難しいので、共同研究などの形で他大学を巻き込む、といったことが必要かもしれません。

(5) 「大きくなる事業化」の支援の方法論を磨く

研究成果を単に商業化するのではなく、大きくなるような支援をしていく必要があるように思います。それをかなり強く意図して初期から設計しないと、大きな事業にはなかなかなりません。「大きくなればいいな」と願って天命を待つのではなく、「うまくいけば大きくなる」ように最初からせめて少しは設計しておくことが大事です。

もちろん、医療や創薬等の市場ではこれらの領域ではが大きなことが多いため、あとは市場の要求するスペックに到達できるか(&競合に対して優位かどうか)どうかが勝負です。こうした領域は『研究開発成果の事業化』という研究成果ありきの事業化の動きで良い領域のように思います。

一方、そうでない領域の場合は、いくつかの工夫が必要のように思います。

たとえば一つはカンパニークリエーションやベンチャークリエーションなどの方法です。事業や市場を知る側の人間が、投資というよりも自ら作っていく手法の中で、大きくなるであろう事業を作っていく方法が選択肢としてあるように思います。

また、闇雲に研究開発費をつける前に、大きくなる事業計画を描く支援をしたり、開発するべきスペックを決めに行くことを支援したり、技術経済性分析やLCAの費用負担をする、といった「市場リスクのデリスキング」の支援を行って、「作れれば売れる」という段階に早期に持っていき、そうした段階で研究開発費をつける、といった流れを作ることも有効ではないかと思います。

またギャップファンドについても、どうしても研究者から見ると「研究資金」として捉えられてしまう傾向があるように思います。そこで「ハイグロース・ギャップファンド」などの名称をつけて、「研究の延長線上のお金」とは別の仕組みであることを明示していく、といった努力が必要かもしれません。

(6) 資源配分を考え直す

これまでは「ヒットを狙いつつ、どれかが当たれば良いな」という、シリコンバレーのような確率的な当たり狙いの方法が模倣されてきたように思いますが、その際にヒット率高めでアップサイド低めのものに対しての資源分配が多かったように思います。これを買えていかなければならないように思います。

たとえばバーベル戦略のようにです。すでにスタートアップ投資という段階でバーベル戦略の9:1のうちの1のハイリスクな側への投資になっていますが、その1の中の0.8は「リスクは大きいけれど、まともにやれば大当たりが狙える領域」に充て、残りの0.2を「確率的に当たるかもしれない超ハイリターンなもの」に投資するなど、資源配分の方法と評価の方法を考えなければならないようにも思います。

この20年で日本のスタートアップエコシステムにおける経営者やノウハウの層の厚みが増してきたのは事実ですが、今以上に大きく跳ねる企業を作ろうとするなら、戦略の大きな要素の一つである「資源配分」を考え直す必要があるように思います。

 

まとめ

ここまで書いてきたことは、主に短期から中期にかけて、ディープテック・スタートアップを生み出していく考え方です。長期的には、科学研究に予算をつけて、研究をきちんと進めていくことが、将来的なディープテック・スタートアップにもつながっていくであろうことは最後に付記させてください。

またこの記事は私個人の意見であり、現在の私の視点から見たときの『誤解』と今後の改善案です。今後様々な活動を進めていく中で意見も変わっていくと思います。

ただ、支援が増えようとしている現在、せめてその方向性に対して、数年間この領域に関わってきた中で学んできたことを活かしていただけるのであればと思い、文章としてまとめました。

何かの参考になれば幸いです。

*1:経産省の定義する「大学発ベンチャー」はすべてがディープテックの起業ではないのですが、一方で、ディープテックの起業も多く含まれています。