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Takaaki Umada / 馬田隆明

1万人のアントレプレナーシップ教育

2030年ごろにどのような能力が必要であるか(そしてそれに向けてどのような教育をするべきか)をまとめている OECD の Education 2030、そのコンセプトノートではキーとなる三つのコンピテンシーとして「新たな価値を創造する力」「対立やジレンマを克服する力」「責任ある行動をとる力」を挙げています。

その中の「新たな価値を創造する力」の説明文の中で真っ先に出てくる言葉が「Creating new value refers to a person’s ability to innovate and act entrepreneurially」です。つまり、アントレプレナー的に行動することが今後必要とされる能力だと目されています。そうした背景からも、アントレプレナーシップ教育はその重要性が高まると考えられます。

EUでは先んじて EntreComp と呼ばれるコンピテンシーリストやワークブックなどの整理が行われ、それを活用した教育が行われています。一方日本においても、統合イノベーション戦略2020に「アントレプレナーシップ教育」が入り、総合科学技術・イノベーション会議でも言及されるなど、その重要性が認知されつつあるようです。

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https://www.mext.go.jp/content/000076331.pdf

課題:教員やプログラムが足りない

しかし各大学や各学校でアントレプレナーシップ教育を行うには、教員が足りないという声も聴きます。

日本の大学数は約800、高校は約5000あると言われており、理想を言えば、それぞれの学校で専任教員を置いてアントレプレナーシップ教育を行えれば良いのでしょうが、それだけの数の教員を養成するのには十年以上の時間がかかります。かといって、実務家教員を呼んだとしても、それなりの教育のバックグラウンドがなければ、アントレプレナーシップ教育のような全人的な教育では教育効果が得難いことは容易に想像がつきます。

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https://www.mext.go.jp/content/000076331.pdf

解決策:オンラインでのアクティブラーニング型の授業

多くの人に教育を提供したいものの、教育を行う担い手がいない、それが今の状況です。そしてその解決策として、オンラインでの一万人規模のアントレプレナーシップ教育が可能ではないかと考えています。しかもそれは、今だからこそ可能ではないかと思っています。

その背景には2020年から続くコロナ禍があります。この一年を通して、オンラインでの授業に必要なツールは大きな進歩を遂げました。ツールだけではなく、学生の皆さんがオンラインでの授業参加の慣習を身に着けました。つまり、ツールとリテラシーが一気に向上しました。この結果、オンラインで行う多人数のアクティブラーニングが可能になりつつあります。

実際、私たちの2020年度のアントレプレナーシップ教育では、オンラインで数百人規模のアクティブラーニング型授業を行いました。そしてオンラインであっても、2019年度のオフラインの授業と遜色のない授業効果が見られました(一部の項目では効果が下がりましたが、その他の項目では効果が上がりました)。

システム構成

この実績をもとに、私たちの2021年度の授業ではさらに大規模にオンラインでのアクティブラーニング型の授業を行おうとしています。具体的には、システム構成は現在以下のものを考えています。

  • 授業ポータル…Google Classroom
  • 授業配信…Zoom
  • 宿題管理…Google Classroom
  • 座学の事前学習(反転学習)…YouTube
  • グループワーク… Discord(Zoom ではブレイクアウトルームが最大50のため)
  • グループワーク…Scrapbox(オンラインでは書くことを通したインタラクションが重要なため)

この構成を流用することで、全国一万人規模でアントレプレナーシップ教育が可能であると思っています。Zoom だけではなく、Discord や Scrapbox を併用することで少人数でのグループワークも可能になります*1

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参加人数に応じてシステムアシスタントとティーチングアシスタントは線形的に増えますが、爆発的には増えていかないはずです。最終的に10人前後の人員で1万人の学生をフォローできるのではないかと思っています。

メリット

この取り組みには、単に多くの人が受講できる以外のメリットもあります。

まず全国の学生の皆さんが一挙に受けられるようになれば、地域を超えた学生間のつながりを促進することになります。互いに刺激を受けることにもなるでしょう。

さらに、これには教員育成にもつながると考えています。その理由としては、こうした大規模なアクティブラーニング型授業はオンラインだけで完結させるだけではなく、オフラインと組み合わせることによってその効果はより増すものだと考えており、授業内容の中に時にオフラインで各大学で参加者が集まってもらう仕組みを入れることで、そのオフラインの場では兼任教員にファシリテートなどをお願いすることになるからです。それが各大学の教員の育成にもつながります。また教員同士のコミュニティを形成することにもつながるでしょう。

前述の通り、理想的にはその地域独自の担い手によってアントレプレナーシップ教育がなされるべきだと個人的には考えます。ただ現実的に、それはおそらく不可能です。そこで教員が育つまでの繋ぎの策として、こうした大規模なオンライン授業は一つの手段としてありうるのではないかと思います。そうすれば毎年一万人以上の大学生や高校生にアントレプレナーシップ教育を提供することは可能なはずです。そしてアントレプレナーシップを多くの人が身に着けることは、単に新しいものを生み出すことに貢献するだけではなく、新しいものを積極的に受容する層を増やすことにもつながるはずです。

並行して大規模なアクティブラーニング型の授業に対する効果研究なども行いながら、数年かけて改善をしていけば、これまで後塵を拝してきた日本のアントレプレナーシップ教育は一気に世界に伍するレベルになりうるはずです。そしてこの取り組みは、コロナ禍が起こって一年過ぎた今だからこそ可能なように思えます。

2021年の私たちの授業は、こうした取り組みの試金石にもなるはずです。準備は大変ですが、成果を出せるよう頑張りたいと思います。

*1:ただしもし1万人にしたときにはGoogle Classroom は1クラス1000人までなので少し回避策を考える必要があります。Zoom も YouTube Live やニコニコ生放送等に切り替えるべきでしょう