コロナ禍からの経済のリカバリープランの中で、各国が挙げているのは「デジタル」と「グリーン」です。特にグリーンの文脈では、2050年に向けたカーボンニュートラルが世界的なアジェンダとして広く受け入れられつつあります。
気候変動対策が社会の変化を促す
もしこのまま地球の気温が上がれば社会は大きく変わるでしょう。災害の増加や、農作物や水などへの影響、さらに資源を巡る紛争すらあり得ます。
一方、カーボンニュートラルを達成できたとしても、社会は大きく変わります。
カーボンニュートラルに向けての基本路線は、(1)化石燃料に頼っている様々なものの電化と(2)安価かつ安定している脱炭素の電気を増やす、になると予想されています。(1)の例はガソリン車のEV車化など、(2)の例は再生可能エネルギーなどです。これらを実現するためには、産業構造と電源構成の転換が不可避となります。
並行して、スマートグリッドなどを使って効率的に送電をする需要も高まるかもしれません。蓄電先としてのバッテリー技術の進歩や水素・アンモニアなどにも期待がかかります。脱炭素できない部分は二酸化炭素の回収・有効利用・貯留 (CCUS) などでカバーする必要が出てくるでしょう。こうした部分では新たな産業が生まれてくることになります。
温室効果ガスという観点では、炭素だけではなくメタンも問題です。メタンの主な排出元は畜産です。メタンを減らそうとすると、培養肉や代替肉が必要になります。そのため、食料の在り方も変わります。
人間は都市に集まっており、エネルギーのほとんどは都市で消費されます。エネルギー消費を少なくしようとすると、都市の在り方も変わってくるでしょう。たとえば、そもそもEV化よりも自転車にやさしい都市にしたほうが炭素を削減できるのであれば、街をそのように作り変えていく、というのも一つの方針です。日本でも2020年に予定されていた新築住宅の省エネ基準への適合義務化は延期されましたが、議論の俎上に再び上がってくることにもなりそうです(もしかしたらさらに厳しい基準を伴って)。
つまり、気候変動が起こるにせよ、気候変動を回避・緩和しようにせよ、この30年で社会や産業構造は大きく変わることになります。そこには多くのビジネス機会が出てくることになるはずです。しかもグローバル規模で、です。
以下の表は、How to Avoid a Climate Disaster から、主な温室効果ガスの排出元を一覧にしたものです。これらの領域では大きな変化が起こることが想定されます。
SDGs と何が違うのか
この数年でSDGsは日本企業に広く受け入れられました。それ自体は素晴らしいことです。ただ、SDGs は表面的に自社の事業と紐づけることがある意味簡単でした。たとえばSaaSをやっているから「8. 働きがいも経済成長も」「9.産業と技術革新の基盤をつくろう」だという風に。
しかし本来であれば169あるSDGsのターゲット目標と紐づけて、どの事業がどの目標数字にどれだけ寄与する予定なのかを明確にし、目標達成のためのアクションへとつなげるほうがより効果的に達成できたでしょう。しかし多くの場合そうはならず、表面的なSDGsラベル貼りによる自社事業の社会的意義の肯定にとどまったように思います(それでも事業の社会的意義について目が向くようになったのは良いことだと思ってはいます)。
一方、カーボンニュートラルは明快です。全体としてゼロにしなければならないからです。カーボンニュートラルという目標にはゼロという数値目標が必然的に含まれることになります。そのためには表面的な賛同ではない、確かなコミットメントが必要とされます。
さらに、カーボンニュートラルには実際にお金が付きつつあります。
たとえばEUは約12兆円規模の Horizon Europe を発表、うち 35% をグリーンテクノロジの研究に使うとされています*1。日本も2兆円のグリーンイノベーション基金を用意して、研究開発を活発化させる方針です。アメリカは8年間で約220兆円のインフラ投資の意向を示し、研究開発の強化とともに、製造業の強化と雇用創出により経済を盛り上げようとしています。その中には気候変動対策として、新旧インフラをクリーン化していく項目が多く含まれています。
今まさに、30年後の世界に向けて、気候変動に対応する取り組みにお金が流れつつあります。
スタートアップができること
カーボンニュートラル達成のためには、多くの技術開発や社会実装が必要になってきます。しかもその技術はまだ実現可能かどうか分かりません。新しいビジネスモデルやサプライチェーンも必要かもしれません。30年しかないにもかかわらず、この領域はまだ不確実なことだらけです。
こうした不確実性の高い領域こそ、スタートアップが役目を果たせるのではないかと思います。実際、Bill Gates も How to Avoid a Climate Disaster の中で、高リターン高リスクの研究開発への投資を促しています。
たとえば同書に挙げられている技術として以下のようなものがあります。こうした技術を実用化させ、社会に普及させることができれば、30年後に大きな企業になりうるのではと思います。
- カーボン排出なしの水素
- グリッドスケールの蓄電(フルシーズン続くもの)
- エレクトロフュエル
- 進歩したバイオ燃料
- ゼロカーボンセメント
- ゼロカーボン鉄鋼
- 代替肉や培養肉、乳製品
- ゼロカーボン飼料
- 次世代核分裂
- 核融合
- カーボンキャプチャ
- 地下配電網
- ゼロカーボンプラスチック
- 地熱
- 揚水
- 蓄熱
- 干ばつ・洪水耐性ありの食料用植物
- ゼロカーボンなパーム油の代替品
- フロンガスを含まない冷媒
現在、日本では DX という言葉が花盛りですが、スタートアップがデジタルにあまりに目が行き過ぎることで、逆にこうした領域はまだ手つかずに残っているように見えます。それはチャンスでもあるということです。
周辺の状況とまとめ
スタートアップだけでなく、周辺の状況も変わりつつあります。VCサイドを見てみれば、海外の VC では気候変動対策系のスタートアップへの投資も増えつつあります。気候変動に特化したファンドも立ち上がっています。数年後に日本で新たなファンドを作るときには、気候変動が大きな投資テーマの一つとして LP から要請されるかもしれません。いずれにせよ、10年のスパンで物事を考え、新たな産業を作っていくと自負するVCであればこそ、気候変動は世間より先んじて取り組むことになる一つの大きなテーマになるはずです。
大学も同様に変わらなければならないでしょう。これから数年は研究開発が主になるため、大学の活躍が求められることになると思います。その後は社会実装となるため、現在の研究開発の時点から社会実装を見据えた知財の確保なども課題になってくるのではないでしょうか。
今から約25年前、1995年にWindows 95が発売されたことでインターネットは普及し、私たちの生活を大きく変えました。産業構造も変わりました。今、30年後に向けて同じような規模で大きな変化が起ころうとしているのではないかと思います。
もちろんテクノロジですべて解決できるわけではありません。社会の変化も必要になります。ただ、テクノロジが問題を緩和したり、新たな解決策を導いてくれることはおそらく間違いないでしょう。そうした流れに乗り、気候変動というグローバルの社会課題に貢献するスタートアップが日本からも増えてくると良いなと思っています。
*1:ちなみに起業家教育やスタートアップエコシステムについての予算も Horizon Europe の中には含まれています