サステナビリティという言葉には『環境に良いこと』という意味を持つ印象がありますが、本来の意味は『持続可能性』です。
狭義のサステナビリティを環境に関する持続可能性として捉えたとき、これからは言葉の原義に近い、広義のサステナビリティを考えていく必要があるのだろうと感じています。
より具体的な課題・領域で言えば、
- 安全保障
- 社会保障
- 健康
- 労働力不足
- 産業構造
- 気候変動
といった6領域の課題について、少なくとも2つ以上が重なり合う領域で、私たちの経済や社会、生活をどうサステナブルにするのか、そしてそれぞれの重なる領域でイノベーションを起こしていくかを考えていかなくてはならないのだろうと思っています。
それを図にしたのが以下の図です。本来、6象限の重なりをベン図では表しきれないのですが、イメージとして捉えてください。
例:健康的な食生活を維持するために
現在、上記の6つの領域を中心に、私たちの経済や社会を維持していくことは相応に難しくなってきているように思います。一例として、食べ物をサステナブルにすることの難しさを取り上げてみます。
私たちの健康のためには食べ物が必要です。しかし、気候変動がそれを脅かしています。温暖化によって、国内の農作物の被害がすでに見られているからです。
これは食べ物に関わる農業従事者の雇用にも影響を与えます。たとえばぶどうの栽培の適地はすでに変わってきています。それによって新しい機会を得られる地域もあるかもしれませんが、現在の農業従事者は大きなダメージを受けます。それによって農業を辞めてしまう人も出てきてしまうでしょう。
気候変動の影響を鑑みずとも、日本では農業従事者は減ってきています。特に地方での労働力不足は言わずもがなですが、農業従事者の高齢化が進んでいて、2050年には従事者数が35万人になってくることが予想されています。
それに加えて、温暖化が進むにつれて日中の気温が高まると、日中の屋外での作業が難しくなりますし、熱中症等の健康被害が出やすくなります。それに現在の基幹的農業従事者の70%は65歳以上で、75歳を超えると離農する傾向にありますが、日中の過酷な環境で肉体労働をするのは高齢者には厳しく、これまで以上に早く引退する人も増えるでしょう。
そうすると、農業従事者の離農は加速し、もともとの労働力不足もあいまって、国内で生産される農作物の価格は高騰、それによって消費者、特に貧しい人たちの健康が損なわれます。
輸入に頼れば良いと思われるかもしれません。しかし、気候変動はグローバルに影響を与えます。実際、チョコレートに使われるカカオの値段は約3倍になり、高騰はしばらく続くと予想されています。
また水の問題も見逃せません。気候変動は水に大きな影響を与えます。水が不足した地域では、社会的緊張が高まります。そして食物は水でもあります。水資源の7割は農業に使われるからです。日本は水資源が豊富だと考えられがちですが、食料等に使われる水を仮想水として見てみると、日本は仮想水を最も輸入している国だと言われています。また、各国の産業などでも水の消費は増える傾向にあります。たとえばデータセンターには大量の水が使われています。
もし各国で水不足が起きれば、自国の食料や産業を守るために、輸出は徐々に減るでしょう。そうなったときに日本がどの程度、どういった価格で食料を輸入できるかは外交次第です。
一方、食料自給率を高めるために、多くの人を国内農業に充てるべきかというと、労働力不足の中で、日本の経済をそうした産業構造にするべきか、という話になります。保護された産業は世界的な競争力を持つ可能性はやや低くなり、外貨を稼ぐ産業にはなかなかなりません。
しかし産業として世界的な競争力を持つ産業を持たなければ、農作物やエネルギー、医薬品を輸入するためのお金を稼ぐことはできませんし、増え続けるであろう社会保障費を支えきれなくなります。
それに、農業に雇用を充てると、たとえば研究職や建設業などに携わる雇用が相対的に減ります。そうすると、気候変動対策に資するイノベーションが起こる確率は下がるかもしれません。そうなれば気候変動の影響はより大きくなります。
また、かねてからの労働力不足に加えて、暑さが酷くなる中で建設に関わる人が減ると各種建設の費用が上がり、風力発電やDACといった気候変動緩和策の建設費用も上がります。実際、昨今は資材や人件費の高騰は、様々なグリーン関係のプロジェクトに影響を与えています。
もしこうした状況が続けば、冒頭の農業への打撃は大きくなり、さらにこのサイクルが加速して悪くなっていくかもしれません。
以上、身近な「食」を取り上げて見てみました。それぞれの領域が関連しており、食のサステナビリティだけを上げようとすると、他の領域のサステナビリティが損なわれます。同じような問題は、身近なところだと、交通や建設、医療や観光でも同じような構造があります。
この数十年、経済活動や社会活動の基盤となっている地球環境や国家間の関係性などの変化を受け、気候変動、安全保障、産業構造、労働力不足、健康、社会保障といったものの安定性が徐々に脆くなりつつある中で、それぞれを持続可能にすることは日々難しくなっていると言えるでしょう。
だからこそ、私たちはそれぞれで最適化するのではなく、これらすべての領域でのサステナビリティを意識する『広義の新たなサステナビリティ』を志向したほうが、より生産的な議論ができるのではないかと思っています。
サステナブルになるために必要な変化としなやかさ
環境が大きく変わる中、変わらないままでいようとか、過去の「古き良き」状態に戻そうとあらがうのは難しいことです。そして単なる効率化や節約で回避・延命しようとするのも難しい変化でもあります。
だからこそ、私たちの社会や生活の構造自体をダイナミックかつしなやかに変えていかなければならない、ということなのだろうと思います。
そのためにはそれぞれの領域、そしてそれぞれが交わる領域でイノベーションを起こしていかなければなりません。
たとえば、非都市圏の公共交通を見てみれば、人口減で税収も少なることがほぼ間違いない中、電車やバスと行った既存の公共交通機関をそのまま維持するのはかなり難しいことです。もし地域の交通を維持したいのなら、ライドシェアなどの新しい仕組みを導入するなど、変わっていくことに向き合わなければなりません。
しかし、そのときにEVを導入すれば、気候変動も抑えることができでしょう。EVで大気汚染が減ることで、健康被害や社会保障費を抑えることもできます。並行してリサイクル技術などを開発することで、資源を日本国内に留めることができ、安全保障にも寄与することができるかもしれません。そしてそのような経路を見いだすことができれば、環境的なサステナビリティにもつながってきます。
そうしてしなやかに変わることこそが、本来の意味でのサステナビリティへとつながるはずです。
まとめ
このように、「現在に留まる」のではなく、「動的に変わる」ことで結果的に維持されるものや、より良くなるも多いように思います。それはいわば、ダイナミックでしなやかなサステナビリティです。
「今」や「今のやり方」を保持して維持可能にするというよりも、今享受できているアウトカムに焦点を合わせたときに、どのように「やり方」を変えれば良いのかを考え、様々な領域でのサステナビリティの相互作用を考えながら、「経済や社会をどうサステナブルにしていくか」は、従来のサステナビリティという言葉が意味することを超えて議論される必要が出てきているのではないかと思います。
その議論をするときに上記の6領域について意識しながら話すことで、それぞれの領域に関わるステークホルダーを増やしつつ、それぞれの領域に対してリスペクトを持った形で、よりよい解決策に至るための議論ができるのでは、と思います。