🐴 (馬)

Takaaki Umada / 馬田隆明

キャリア教育としてのアントレプレナーシップ教育

様々な研究で指摘されていることとして、起業家のキャリアを選ぶかどうかの影響が大きな一つの要素は、親が起業家かどうかです。親が起業家であると、子供が起業家になる確率が 1.3 から 3.0 倍高まると言われています(下記研究の冒頭を参照)。

興味深い研究として、スウェーデンの養子を調べた研究があります。

養子の方がどのようなキャリアを歩むのかについて、育ての親と生みの親のどちらが影響が大きいかの調査をしたところ、起業家になるかどうかについては、生みの親よりも育ての親の影響のほうが約2倍ほど大きかった、という結果になりました。どうやら、起業家のキャリアについては遺伝よりも育ちの環境が大きいようです(ただし生みの親からの影響も確認されています)。

若いころから起業家のロールモデルが傍にいれば、「そうしたキャリアもある」というのは自然と認識できるのかもしれません。起業家に限らず、二世政治家が多いのも、単に支持基盤があるからというだけではなく、親が政治家でそうしたキャリアのことを早くから知っていて、それを傍で見ていた、という要因も大きいのではないでしょうか。

そしてこの結果は、起業家は育てることができる、ということも示唆しているように思います。そのような環境を作ることができれば、起業家になる人を増やしうるかもしれないからです。

若年層へのキャリア教育としてのアントレプレナーシップ教育

キャリア教育は小中高といった若年層に対して行われることが多いものです。これはキャリアについては早期の段階での教育が効果的だと考えられているからでしょう。 確かに、大学のような高等教育段階では、その人のキャリアに対して影響を与えづらくなっている可能性は高そうです。

もし起業家を増やしたいのであれば、発達の早期の段階でキャリア教育的なアントレプレナーシップ教育を受けてもらうほうが効果は高いと考えられるでしょう。

しかし、いくつかの注意点があります。

(1) アントレプレナーシップ教育を受けたからといって、全員が起業家になるべき、というわけではない

まず、全ての人が起業家になった方が良いというわけではありません。個々人の適性もあります。また、既存の仕組みの維持も重要であり、既存の業に携わる人も必要です。

なので、アントレプレナーシップ教育を広めるときに、「全員が起業家になろう」というメッセージを出すのは良くないのではないかと思います(同様のことがしばしば議論されています)。あくまで、キャリアの一つの選択肢として、起業家という道があることを認識してもらう、という程度にとどめておくほうが良いのではないでしょうか。

仮にそうしたキャリアを提示したとしても、あくまで向き不向きを自分で知ってもらうためのものとして提供した方が良いのではないかと思います。向いている人は突き詰めれば良いし、向いていないと思えばやめてもいい。あくまでそうした選択肢を示しながら、適性を判断するための機会を提供するべきではないかと思います。

そもそも、起業家になれる人はそれなりのリスクが取れる人です。そしてすべての人が、そうしたリスクを取れるわけではありません。そうしたことを留意したうえで、キャリアとしての起業家と言う選択肢を示すべきではないかと思います。

(2) 商業だけではなく、〇〇起業家も含めてキャリアを提示する

また商業的な起業家に留まらず、社会起業家、政策起業家、市民起業家といった、様々な起業家の選択肢を認識してもらうことも大事だと考えます。

なぜなら現在の社会においては、様々な領域で「起業家的人材」が求められているからです。

起業家教育というとビジネスの話が出てきてしまいがちですが、これからのアントレプレナーシップ教育は、ビジネス的な起業家を増やすためという位置づけよりも、より広い意味での起業家的人材を育てるものでもあった方が、幅広い人たちが受講する意味は生まれるように思います。

(3) プログラムを増やせば良いというわけでもない

また、〇〇起業に関するキャリア教育のプログラムを増やせばよいというわけではありません。

株式会社応用社会心理学研究所のキャリア実態調査によると、キャリア教育プログラムを受けた個数が増えても、しごと観は変化しないことが示唆されています。

高校生から見たキャリア教育実態調査 (2018年) https://value-senmon.com/archives/news/1456

この結果をそのまま当てはめることはできませんが、おそらくアントレプレナーシップに関するキャリア教育を増やしても効果は薄そうだなというのは感じています。

発達段階に合わせた課題で、真正性の高い経験を提供する

ではどうすればよいのでしょうか。

まずきっかけとして、起業家というキャリアの選択肢を知ってもらうことは大事だと思います。きっかけを作るのはゲスト講演などでも良いかもしれませんが、メンタリング等でもそこまで効果がなかったことを考えると、それだけでは効果は期待できないように思います。なので、肝となってくるのは、きっかけを提供した後に続く教育機会を連続的に設計できるかどうかです。

どういうキャリア教育に効果があるのか、については、私もまだ調べている途中で、ぜひ教えてほしいところです。ただ一つのヒントとして、上記に引用した「高校生から見たキャリア教育実態調査」では、キャリア教育に積極的な姿勢で取り組み、得られた体験や経験が優れていれば、しごと観が変わることも指摘されています。

実際、アントレプレナーシップ教育には座学ではなく実践で行った方が効果的だと感じる人は多いのではないでしょうか。

なので、今のところの仮説としては、きっかけを提供した後に、起業家的な体験・経験を真正性の高い形で提供して、経験を通じて自己効力感や能力などを養っていき、同時に向き不向きを知っていく、そうした機会を提供することが良いのではないかと思っています。

しかしその経験を提供するために、ビジネス起業の体験を提供しようとすると、初等中等教育の学生だと、ビジネスで価値を生むことはかなり難しい、という壁にぶつかります。しかも起業的な体験というと、単に売買をすれば良いというわけではなく、新しいビジネスを起こすことになってきます。大人ですら新規事業はうまくいかないのに、その年ごろの子供が新しい事業を成功させることはかなり難しいものです。

一方で、できることをベースに考えてしまうと、模擬店やビジネスプランだけになり、真正性が低い経験になってしまいます。それは優れた体験や経験と言えるのかというと、少し疑問です。

であれば、発達段階に応じて、ビジネス起業以外の起業の領域を選べるようにするのはどうでしょうか。

例えばそれは、小学校であれば、学校の課題について取り組み、校則を変えるなどのルールメイキングによる解決を行って、政策起業家というキャリアを提示しながら自己効力感を育てることができるかもしれません。中学校であれば地域の課題解決を、学生が得意とする IT などを活用して行えるのかもしれません。

このように初等中等でアントレプレナーシップ教育を実施する場合は、ビジネスでの課題解決をする取り組みよりも、学校や地域の地域の社会課題を解決するような取り組みを推奨する方が、より真正性の高い経験になるのではないかと思います。

そうした発達段階に応じた、真正性の高い(模擬的ではない)起業家的経験をビジネスに限らず考えて、その機会を提供することが、起業家的なキャリアを示す方法であり、また資質・能力を涵養するために必要なアントレプレナーシップ教育なのではないかと考えています。

そしてそうした課題解決の経験を提供することは、ロールモデルになるような人との出会いを提供することにもつながります。その人の元で一緒に働いてみるきっかけを作ることにもなるでしょう。

あるいは同じような課題解決をしている〇〇起業家の友達と出会えるきっかけを作ることもできます。

教育や授業の中でできることは限られていますが、授業だからこそ学生の皆さんには新しい世界を見せ、つながりをつくるきっかけを作ることもできます。実際の経験を通して、ロールモデルや仲間とつながる機会を提供することが、アントレプレナーシップ教育の中のキャリア教育と言える部分なのではないかと個人的には思っています。