
ソフトウェア等の新産業におけるアメリカや中国の企業の強さは、各国のマザーマーケットにおける実需と競争の厚みが一因としてあるように見えています。
たとえばアメリカは1つの領域に多数のスタートアップが生まれ、製品同士での競争が当たり前のように起こります。中国も電気自動車などの領域では、参入と淘汰が繰り返され、国内で多数の敗者を生み出しながらも、BYDやNIOなどの生き残った少数企業が、世界的な競争優位を持つ企業となっています。(下記ツイートなどがちょうどバズっていました)
中国で生き残ったEVメーカーと淘汰されたEVメーカー。ネガティブに見ると『中国やばすぎ、怖すぎ』で終わるが、ポジティブに見ると世界トップクラスの産業を作るにはこれくらいしないといけないと感じられる事象かな pic.twitter.com/NcC1M5muSR
— 吉川真人🇯🇵深セン (@mako_63) 2025年9月21日
昔は日本も国内で製造業の競争が激しく、切磋琢磨した結果の製品が世界市場を席巻していたように見えますし、現在でも「エンタメ」や一部の外食などは日本国内での熾烈な競争を通じて洗練された勝者が海外の需要を獲得しています。
単一の企業としては、
「競争は負け犬のためのもの」
Competition is for losers (by Peter Thiel)
なのかもしれませんが、より広く産業や領域全体で見たときは、健全で激しい競争環境を国内に作ることが、国内で鍛えられた製品が外に出て行って勝つという、グローバルで成功する勝ち馬を生み出すための環境整備の1つなのだろうと思います。
当然ながら国内のニーズに沿いすぎてしまうと、ガラパゴス的な発展を遂げてしまうというリスクもあるのですが、国内市場の先に世界市場に出られる経路がきちんと設計されていれば、国内市場は国の産業を育成するマザーマーケットやインキュベーションマーケットとして機能することになります。
量を出すのは競争と淘汰による洗練のため
翻ってスタートアップに関して考えてみます。
スタートアップエコシステムの中では、量と質、裾野と高さ、という話がこれまで国内のスタートアップでも話されてきて、少し前までは量や裾野が重視されてきました。
振り返ってみれば、国内で起業の量を増やす目的は、多様性の確保とともに、競争を通じた新陳代謝を起こすためだったように思います。
しかし、
- ①参入の数が十分あり競争による洗練が起こる
- ②国内市場から国外市場が地続きになっている(規格・言語・販売・認証などの経路整っている)
の2つの条件が満たされていない状況で、かつ十分大きな市場が国内にあると、なかなか海外のマーケットに行くという選択肢は合理的にとりづらかったように思います。
また、スタートアップではなく起業全般を促進したために、ニッチを狙って競争を避ける起業も増えてしまい、その結果市場の細分化が起こるだけで、製品が競争を通して洗練される機会がより減ってしまっていたのかもしれないとも思います。
グローバルに出て行くためにマザーマーケットを整備する
今後「高さ」を出していくために、グローバルに出て行くスタートアップを増やすことが大事だと言われています。そんな中で、グローバル進出を支援するプログラムもいくつか始まっています。
しかし単に今の状況のままグローバル市場に出て行くことを促すと、日本のマザーマーケットで十分に競わないまま、上記のような各国国内の競争環境でもまれてきた猛者と戦うことになります。それはある意味で千尋の谷に突き落とすことでもあり、「特攻してこい」という話にもなりかねません。
それでも経営者のたぐいまれな優秀さや時の運で勝てるときもあると思いますが、支援という観点ではある連続的に成功者が生まれるような、基盤整備をきちんと行うことを考えていく必要もあるのだろうと思っています。
そうした意味で、ある程度「設計された競争」を国内で作る発想がもっと必要ではないか、と考えています。特に日本のように、起業数が少なく、中小企業保護が手厚く、そこそこ大きな市場がある環境では、競争が起きづらく生き残りやすい環境でもあるからです。そこで具体的には、
- 重点領域への誘因:勝ち筋が見込める領域に起業を集めて競争を促す。
- 実証と調達の場の設定:官公庁・大企業が小口で素早く試せる実証調達を標準化し、国内で最初の売上を作る。
- 公正な競争基盤の設計:データ可搬性などを挙げてロックインを避ける。
- 退出の滑らかさ:M&Aや廃業を増し、うまくいかなかった挑戦のコストを下げる。
など、特定領域において競争を激しくさせて勝ち馬を作り、そこからグローバル市場に連続的に促していく、といったような環境整備や産業政策が必要なのだろうと思います。多少時間はかかり、かつ産業領域の特定にはリスクがあるとはいえ、こうした環境を整備することこそ、スタートアップがグローバルで成功する確率を上げる基盤となるはずです。
グローバルへの挑戦の戦略は他にもある
もちろん、マザーマーケットをうまく活用するという手段が唯一の道ではないとも思っています。
私見ですが、グローバルで挑戦する企業群として、既にいくつかの型が出てきているように思います。
- Born-Global型:最初から海外顧客を想定してプロダクトと販売を設計する (Josys さんなどが行っているように見えます)
- コア技術で勝つ型:計測、材料、基盤ソフトのように仕様・性能で勝負する。
- ドメイン先行型:日本が強い産業領域(製造業等)で先に勝ち筋を作り、知見を世界に横展開する。
- 世界課題型:気候変動など、国境を越える課題に真正面から取り組む。
こうしたいくつかの別ルートを見つつ、どういった戦略でグローバルに挑むのかを考えておかなければ、あまり有効でないのでは、と思いますし、アメリカのやり方をただ真似るだけでは、グローバルなスタートアップを日本から出してくのは難しいのでは、と考えています。(そのあたりは以下の記事などにも書きました)
最後に
こうしたことを書いているのは、先日、日本のスタートアップのグローバル進出の支援についてのイベントに参加していたからです。
グローバルに勝てるスタートアップを生み出すことはとても大事だと思っています。だからこそ、単に「グローバルに行け」という掛け声をただ増やし、起業家の皆さんにリスクを取ってもらうのではなく、支援側こそ過去を反省して戦略を考え、仮説検証ができる基盤を整えたうえで促進した方が、エコシステムに学びも残るし、効果的ではないかと考えています。
なお、グローバルなスタートアップを生み出した後に問題になるのは本社移転の問題だと思っています。税金を使って支援するのであれば、そこについても事前の手当が必要だろうと思っていることは付記させてください。
ドラギレポート、ざっと目を通した程度ですが、課題感は日本と似てるなという印象でした。グリーン産業、労働力減少や安全保障等。ただ「EUで起業した後に本社がUS等に移ってしまう(147社中40社!)」などやや違う課題もありますね。それと処方箋も少し異なる感じもします。https://t.co/RHpDsREJ2S
— 馬田隆明 🐴 Takaaki Umada (@tumada) 2024年9月16日