
電力・エネルギー分野では以前から使われていた「供給力」という言葉が、最近では労働力、物流、食料、医療・介護、科学技術など、より広い政策領域でも使われるようになってきています。
実際、労働力不足や物流の停滞、石油関連物資や建設費の上昇、医療や介護の人手不足、食料や資材といった供給全般での供給リスクが高まっている現在、供給に注目されることは自然ですし、その際に言葉が転用されて使われるのはよくあることだと思います。私自身も供給力という言葉を使って記事を書いています。
しかし、「供給力」という言葉には政治的な意図を覆い隠すような効果もあるように思います。
これを考えるうえで参考になるのが、アメリカで議論されているアバンダンスとテック右派の議論です。
アバンダンスとテック右派

アメリカでは近年、アバンダンスという議論が出てきています。
アバンダンスとは、直訳すれば「豊富さ」や「潤沢さ」です。政治的な議論としては、住宅、エネルギー、インフラ、公共交通、医療、科学研究など、生活に必要なものをもっと供給できる社会にすべきだという議論です。
たとえば、住宅が足りないことや、グリーンエネルギーの設備がなかなか作れないこと、そして公共事業のコストが高すぎるといった問題に対して、もっと作れる社会にしなければならない、というのがアバンダンスの基本的な問題意識です。
これはアメリカではリベラル側の自己批判として出てきた側面があり、左派的な色を持ちます。
一方で、シリコンバレー周辺には、テック右派と呼ばれるグループもあります。
そこには、国家を小さくしたいテクノリバタリアン的な立場もあれば、国家や政府調達を使ってAI、防衛、宇宙、エネルギー、公共安全などの技術開発を加速しようとする立場もあります。さらにその一部には、反リベラル・反規制・制度解体的な方向に向かう流れもあります。
こちらは名の通り、右派的な議論です。

一見すると、左派のアバンダンスとテック右派はまったく別のものに見えます。
アバンダンスは、生活者に必要な住宅やエネルギーや公共財を増やそうとする議論です。テック右派は、AIや防衛や暗号資産などをめぐって、企業や技術者の自由度を高めようとする議論です。
しかし、この2つには共通点があります。どちらも、
- 供給を増やすことを言っており、
- その原因として、制度への問題意識を持っている
からです。
(1) 何の供給を増やすのか

この両者は、テクノロジーを用いて供給を増やしていこうという観点では、シリコンバレー的な面を持つ考えを持ちます。
ただし、アバンダンスが主に問題にするのは、生活者に必要なものです。
住宅、グリーンエネルギー、公共交通、インフラ、医療、科学研究などです。住宅価格を下げる。電力を安定させる。公共交通を整備する。インフラを更新する。生活費を下げる。こうしたことが、アバンダンスの中心にあります。
一方、テック右派が重視する供給は、AI、暗号資産、防衛産業、宇宙、エネルギー、治安、国境管理、国家競争力に関わる技術などが中心になります。生活者の必要というよりも、国力、技術覇権、安全保障、企業活動の自由度と結びつきやすいものです。
つまり、同じ「供給を増やす」でも、何の供給を増やすかはかなり異なります。
(2) 制度をどう直すのか

アバンダンスもテック右派も、供給を増やすための方法論として、制度に注目しているのは共通しています。現在の制度がうまく機能していないから供給ができない、というように、です。
こうした不満は共通ですが、その解決策は大きく違います。
テック右派は、規制の改修ではなく、撤廃や制度の廃止を求める傾向があります。既存の官僚制、大学、NPO、専門家制度、環境規制、司法的手続き、地方自治などを、供給を妨げる中間制度として捉えます。そして、それらを迂回したり、解体したりするために、強い執行権限やトップダウンの意思決定を用いようとします。
既存制度を直すために強い国家権力を使い、さらにその方法としてシリコンバレーのCEOのように中央集権的な体制をとり、例外的な権限を認め、速く作り、速く実装するという統治観です。
いわば、制度を解体して単純な組織運営にしたり、Move Fast, and Break Things 的な加速を求めたり、いわば『Founder Mode』を国家に移植するようなシリコンバレー流の手段を用いたアプローチとも言えます。
一方で、アバンダンスは民主的手続きは重視し、既存制度である、住民参加、環境審査、訴訟、地方規制などが、時に既得権益や現状維持のための拒否権として機能することを認めた上で、その実効性をある程度担保しながら、どのように改善できるかを考えます。
どの手続きが公共性を守っており、どの手続きが既得権の拒否権になっており、どの手続きが設計し直せば速く、公正で、実効的になるのかなどを議論し、制度が実際に住宅やエネルギーやインフラを供給できるように作り直すということです。
この種の民主的かつ理想主義的な面は、ある意味でシリコンバレー流の考えを引き継いでいるようにも見えます。
同じシリコンバレー的な考えから派生しているものの、採用している側面が異なるという点で、両者には大きな分岐があります。
暗黒アバンダンス
ここまでアバンダンスとテック右派の共通点と相違点を見てきました。
テック右派は、供給を増やすためなら、既存の中間制度や民主的制約を大きく解体してよい、という制度観を比較的持ちやすい傾向にあります。
そしてこの制度観は、非常に魅力的に見えることがあります。
なぜなら、実際に現在の制度は遅いからです。多くの場面で、調整に時間がかかり、責任の所在が曖昧になり、誰も決められず、必要なものが供給されないということが起きています。皆さんも、行政手続きの遅さにイライラとしたことがあるのではないかと思います。

そのため、「もっと速く作れ」「邪魔な手続きをなくせ」「決められる人に権限を集中させろ」という主張は、一定の説得力を持ちます。
しかし、それを行った先にあるのは、アバンダンスや供給を増やすという言葉の下で、民主的な手続き、住民参加、環境保護、労働者保護、地方自治、司法的統制が、まとめて邪魔なものとして扱われることになるのかもしれません。
Niskanen Center の Steven Teles は、こうした右派的・テック志向のアバンダンスを “Dark Abundance” と呼んでいます。暗黒啓蒙 (Dark ) から取ったであろうその言葉を日本語にすれば、「暗黒アバンダンス」と言えるでしょう。
アバンダンスの議論は、一歩間違えれば容易にダークサイドへと落ちやすくなる、ということです。

日本における「供給力」と「暗黒供給力」
これらの議論は、日本にも適用できるのではないかと思っています。
日本では、住宅、エネルギー、医療、介護、保育、交通、科学技術、AI、物流など、多くの領域で供給力を高める必要性はあるでしょうし、政策も打たれようとしています、供給力を高めること自体は間違っていないと思います。
しかし、「供給力を高める」という言葉が便利であるがゆえに、そこには暗黒アバンダンスと同様の危うさもあります。供給力で言えば「暗黒供給力」に落ちてしまうということになるでしょうか。

供給側の課題が現在表出し、その対策に賛同を得やすくなっている今だからこそ、増やしたい供給の対象は何なのか (What) や、どうやって供給を増やそうとしているのか (How)、特にどのように制度を変えようとしているのかは、改めて注意しておくべきだろうと思います。
映画スターウォーズのシスの暗黒卿のように、危機に乗じて権力者が合法的に権力を拡大することは常に起こりえるからです。
そこで、「暗黒供給力」という言葉をあらかじめ作っておくことは、供給力の名の下で民主的制約や中間制度が解体される危険を牽制する意味があるのではないかと思い、記事として残しておきます。
補足
なお、暗黒=軍備ということではないことは付記させてください。「軍備をするな」というのも、現在の国際環境を鑑みるとやや極端な主張だと感じています。
また今回は供給側の話をしてきましたが、もう少し分けると、より左派に寄るとニューヨーク市のマムダニ市長が進める市所有・民間運営型の公共食料品店のような社会民主的な供給政策になるでしょうし、逆に供給ではなく需要側に行くと、富裕層の過剰消費や資本主義的な過剰需要を減らしつつ、基礎的な生活保障は公共的に確保しようとする脱成長コミュニズムなどが位置づけられるのだろうと思います。一方、もう少し右派に寄ると、アメリカンダイナミズム等のダイナミズム派が見えてくる(ただし暗黒アバンダンスのように制度解体的ではない)、といったような位置づけなのかなと思います。