🐴 (馬)

Takaaki Umada / 馬田隆明

『需要家のファーストペンギン』への支援

シリコンバレーがソフトウェア業界で強い理由の一つは、優れた需要家がいるからだと思っています。

 

シリコンバレーには大企業からスタートアップまで、ソフトウェア業界の最先端を走る人たちがたくさんいます。そうした人たちは事業上を進める中で、最先端の課題にいち早くぶつかります。

もしスタートアップがその課題に気づき、課題解決につながる製品をうまく作ることができれば、その製品は売れます。顧客企業が大きくなればなるほど、製品の売上げも上がり、顧客と一緒に自分たちも成長していけますし、その他の企業にもその製品を売れるようになり、さらにスタートアップは成長できます。

同様に、アメリカの防衛産業の強さや先進性も、アメリカ軍という先進的な顧客がいるからでしょう。

「必要は発明の母」と言われますが、「質の良い必要」を生むことが「質の良い発明」へとつながる、ということです。そして、以前記事にもまとめましたが、顧客開発やリーンスタートアップの方法論が「アメリカで特に」有効なのは、顧客が優れているからという面も大きいでしょう。

イノベーションというと、私たちは研究開発や人材などの供給サイドに目が行きがちです。しかし同時に、どのように質・量ともに優れた需要を作るのか、という点も重要です。

 

需要を作り、安定化させる政策

特に「グリーンの領域」において、質・量ともに優れた需要を作り出すことは大切だと考えています。

ただ、IT等とは異なり、このグリーンの領域での需要は自然に任せていれば生まれるというものではありません。政策的に生み出していく側面がかなり強くあります。なぜなら、グリーンではない代替品のほうが経済的コストだけを見たときには費用対効果が高いため、営利企業の多くはグリーンではない製品を購入するからです(ただしその分、気候変動が進む等の社会的なコストが発生するため、政策的な是正が必要です)。

そうした問題を解決しようと、世界中で規制を含めた様々な需要喚起政策が行われていますし、日本でも需要の量、需要の金額、需要の予見可能性などは政策ですでに多くの手が打たれています。

より具体的にはたとえば以下のようなものが、エネルギー領域の需要側の政策のツールセットとして挙げられます。

https://bipartisanpolicy.org/report/demand-side-support-for-energy-technologies/

これらも有効であるように思いますし、必要なのは間違いありません。

一方、支援の現場にいて感じていることとして、もう少し支援があっても良いと思うのは、スタートアップの製品を「最初」に買ってくれる需要家側のファーストペンギンを生み出す政策です。

最初の需要家をうまく作り、成功させることで、次々と買い手が現れ、上記のような政策も効果的に使われ始めるのだろうと思います。

 

「最初の需要」を作る難しさ

顧客が「最初」に製品に手を出すインセンティブはそう多くはありません。二番手や三番手のほうが、リスクも低く、製品のコストも安いことが多いからです。最初のものだからこそ、調達への安定性も不安でしょう。

ITのスタートアップの世界では、「バーニングニーズを見つける」と言われます。しかしグリーンのような領域では、グリーンプレミアムの乗っていない安い代替品があると、バーニングニーズには中々なりません。

実証実験は最初の需要と近い概念かも知れませんが、実験期間が終わったら使われなくなる実証実験の需要と、少量であれそれ以降も使われるものとでは、投資家から見たときの需要の質も異なります。実証実験をできたからといって、そこに需要があるわけではないからです。実際、POC地獄という言葉があるなど、実証実験で留まるケースは多くあります。

つまり、初物の製品の最初の買い手になるには、顧客側に相当の課題感か、相当のインセンティブがなければなかなか最初に手をつけようとは思わないということです。逆に、最初に手を出してくれる顧客は相当のリスクテイカーでもあります。

ここをどうしていくのかが需要政策における一つの山なのだろうと思います。それはある意味、「イノベーティブな需要家をどう作るか」、そのための支援は何かという問題です。

 

最初の需要をどう作るか

できれば対策案まで書きたかったのですが、最初の需要を作るための政策を調べてみたものの、あまり良いアイデアは見つからなかったため、問題意識だけまとめておきます。

一応ラフなアイデアとしては以下のようなものがあります。ただ、あまり良いものではないと感じているので、海外の良い事例があればぜひ教えてください。

 

称賛する

まず称賛することです。イノベーティブな需要家をきちんと称賛することは、地味ですが多少なりとも有効であるように思います。

ただ、最初の需要家になった、というブランディングが有効な市場かどうかはまた別に議論する必要があるでしょう。

マイクロソフトやGoogleなどは、グリーンなエネルギーを調達するために、まだ発電できていないエネルギー系のスタートアップと購買契約をしています。その背景や契約内容は詳しく分かりませんが、豊富な資金という背景に加えて、グリーンなエネルギーが将来足りなくなる可能性と、ブランドとしての方向性があるようにも思います。

 

投資と組み合わせる

Vargas Holdingの生み出したスタートアップがやっているように、需要家が投資家にもなる仕組みも一つの方法であるように思います。うまくいけば製品が手に入るだけでなく、投資リターンも得られるからです。もし失敗すれば購買しなければ良く、ダウンサイドは投資したお金のみという契約もできるでしょう。

 

割引にも使える補助金?

一般的な需要家支援と、ファーストペンギンの支援は異なります。ファーストペンギン向けには多少割り引いても提供できるようにしておく、という補助金を供給者側に枠として渡しておくのもありうるのではないかと思っています。

実際、IT系だと、初回の顧客には大幅に割り引いて実績を作る、ということをしていたところも聞いています。しかしグリーン系ではそれがしづらい状況です。なぜなら、製品を作ることにIT系と異なり相応のコストが発生することからです。さらにスタートアップであれば割引の原資となる資金がありません。

現在の補助金は基本的に研究開発にしか使えませんが、その差額をスタートアップの持ち出しでできる補助金の枠を設定しておくことで、需要家側にもインセンティブになるかもしれないと思っています。

 

イノベーションバウチャー?

海外のイノベーションバウチャーは主にSMB向けのサービス購入(R&Dやサポート)の施策で使われているように見えますが、これをグリーンな製品の購入にも使えないか、という案になります。

先んじて需要を生み出したい特定の領域や企業の製品のみ対象にしておき、1年ごとにバウチャーの購買額が下がっていくようにしておけば、早く購入するインセンティブが作れるかも知れません。

 

まとめ

昨今は日本国内の需要の弱さも一因となり、日本企業でも多くの会社が海外で研究開発や生産をし、海外で得た利益を日本に戻さずさらに海外に再投資する動きが盛んになっていると聞きます。これは企業として合理的な行動なので非難するべきではありませんし、環流のための減税などで多少は戻ってくるのかも知れませんが、日本国内に需要の量・質がなければ大きな流れを変えることはできないでしょう。

人口減によって需要の総量が下がってくるのは避けられないと思うので、せめて需要の質、特に先進的な需要をどう作り、研究開発をこの地に誘引するのかを考えたほうがよいのだろうと思います。そのための政策的なイノベーションを試す場として、グリーンの領域は様々なトライアルが行われても良いのでは、と思う次第です。