🐴 (馬)

Takaaki Umada / 馬田隆明

アントレプレナーシップと『起業家性』、アントレプレナーシップ教育で涵養するべき資質・能力

アントレプレナーシップは、起業家精神や企業家精神と訳されることが多い言葉です。

その「精神」という語感から、アントレプレナーシップ教育とは「起業家の持っているような精神やマインドセットを育てる教育」なのだと思われる人もいるようです。そのため「本当に教えられるのか?」「精神に介入するのは良いことなのか?」といった疑問も招きがちです。

しかし、元々の英語にある〇〇シップ(-ship)とは状態や能力を示す言葉です。英語でのアントレプレナーシップという言葉のニュアンスは、決して精神論やマインドセットだけの話ではありません。資質・能力(人間性等だけではない、知識や技能、思考力や表現力等)といった、獲得できる能力の面も含んでいるのがアントレプレナーシップという言葉です。

たとえば、他の〇〇シップで有名なものには、リーダーシップがあります。そしてリーダーシップを教えるときには、単に精神論に終始するのではなく、スキルや知識についても語られることが普通でしょう。スキルや知識であれば、後からでも獲得可能なものも多くあります。

つまり、アントレプレナーシップ教育を考えるときには精神的な部分だけを考えるのではなく、獲得できる・教えられる部分もある、と捉えたほうが良いでしょうし、そのほうが建設的な議論が可能になります。

もし精神論に拘泥しているようだと、アントレプレナーシップ教育は「起業家や社会起業家を呼んできて、彼ら彼女らの情熱を伝えれば精神が変わる」といった、逆効果の可能性のある教育が広まってしまうのでしょう。

そうした精神論の教育からは脱却し、どのように効果的に能力や資質を伸ばしていくのか、といった議論をより積極的にしていくべきのように思います。そして実際に、こうした起業家性にまつわる能力や、その結果としての起業パフォーマンスは、教育で伸ばしうることがいくつもの研究で示唆されています。

そうした背景やアントレプレナーシップの原義を鑑みて、アントレプレナーシップは「起業家精神」「企業家精神」ではなく、「起業家性」と訳されるべきでは、といった論もあります。私も個人的には、アントレプレナーシップを起業家性として捉えたほうが、誤解を招くことが少ないのではと思います。

もちろん、マインドセットや態度がアントレプレナーシップの構成要素としてあるとは思っています。それにこうした態度などは特定の発達段階を過ぎると変わりづらくなってくるからこそ、アントレプレナーシップ教育をするのであれば若年層での教育が重要であると考えています。

資質・能力とは

では起業家性を構成する資質・能力、つまりアントレプレナーシップ教育の中で育むべき資質・能力とは何でしょうか。

それを考える上では、まず資質・能力について考える必要があります。

日本で使われる資質・能力という言葉は、英語で語られるコンピテンシー (competency) とほぼ同義のものとして扱われているようです。コンピテンシーは一般的に「特定の物事をより良く行うための、知識、スキル、態度 (Knowledge, Skill, Attitude で KSA)」と理解されることが多いように思います。

アントレプレナーシップ教育の領域でも、コンピテンシーという言葉はよく出てきますし、教育の成果としてコンピテンシーを伸ばすことは一つの目的となっています。すると、アントレプレナーシップ教育をどのように行うかとは、「アントレプレナーシップに関するどのような知識、スキル、態度をどのように身に着けるべきか」という問いとなります。

アントレプレナーシップとは

次にアントレプレナーシップとはそもそも何か、ということを考える必要があります。

これは論者によって異なるのが現状です。Gedeon のレポートでは、本当に様々な種類の定義が集められ、掲載されています。この中で頻出する単語としては「機会」「リスク」「資源」などがあります。

文部科学省は2016年に起業家精神を「チャレンジ精神、創造性、探究心等」とし、起業家的資質・能力を「情報収集・分析力、判断力、実行力、リーダーシップ、コミュニケーション力等」としています。ただ、あまり海外の文献を見ていても出てこない単語が多く、独自性の高い定義のように見えます。

EUは2016年にアントレプレナーシップのコンピテンシーである、European Entrepreneurship Competence Framework、略してEntreCompをまとめています。

EntreComp では起業家的なコンピテンシーを「機会やアイデアに基づいて行動し、他人のために経済的、文化的、社会的価値に変換する能力」と定め、細かく15個の能力と8つのレベルに分けています。15個を大別すると、「アイデアと機会」「資源」「行動へ」の3つとなっています。これらを図で示すと以下のようなものになります。

こうした EntreComp は過去のアントレプレナーシップに関する研究で頻出する、「機会」「資源」などの概念を含んでいます。また昨今、熟達した起業家についての研究の中でも注目されるエフェクチュエーションに関連する「行動」も含まれていますし、さらに、狭義のアントレプレナーシップではなく、広義のアントレプレナーシップに基づいて構成されており、考えるベースとして良いのでは、と思います。

アントレプレナーシップ教育で涵養するべき四つの資質・能力

そのうえで、私が今考える、「アントレプレナーシップ教育」で涵養するべき資質・能力は、以下の四つではないかと思っています(ただし、今後の検討や議論を経て変わるかもしれません。あくまで現時点のものです)。

  1. 機会の発見と創造
  2. 資源の活用と獲得
  3. 試行錯誤による学習
  4. リスクの管理と選択

1.  機会の発見と創造

一つ目は機会に関する知識・スキル・態度です。

様々な変化や不確実性を見つけ、それを評価して、機会として認識できることは、起業家性の一つの要素として取り上げても良いのではと思います。機会という言葉はしばしばアントレプレナーシップの研究の中でも出てくる単語です。

ただし、客観的に存在する機会を見つけるだけではなく、行動することで新たな機会を創造する、という側面もあるため、発見 (discovery) と創造 (creation) の両方を入れています。

これまでのアントレプレナーシップ教育や起業家教育では、市場や環境の分析をして、ビジネスプランを計画をする教育が主でした。そうした活動は機会を発見することが中心に置かれているように見えます。しかし実際には、試行錯誤をして自ら環境に働きかけることで、機会を創造することも重要です。おそらく発見と創造はサイクルで回っていくものでしょう。発見と創造の両方を意識しながら能力を伸ばす必要があります。

2.資源の活用と獲得

二つ目は、人・もの・金・時間といった資源を上手に活用する知識・スキル・態度と、そうした資源を獲得する知識・スキル・態度です。

一般的にビジネススクールで教えられるのは、与えられた資源を最大限活かすための知識やスキルですが、起業家は資源が不足している中で事業を作らねばならないため、自分の持っている資源を超えて、外部にある資源を獲得しにいきます。

たとえば、スタートアップの起業家で言えば資金調達や採用は資源の獲得ですし、社会起業家でも資金調達は必要です。自分が持つ資源の範囲内で行うのではなく、機会を追求するためなら、外部の資源をも活用するし、活用できる、という態度を涵養することが起業家性という観点では重要ではないかと思います。

エフェクチュエーションの領域ででも、Effectual Ask の熟達の研究が進んでいますが、Askもまさに外部の資源の獲得のためのスキルと言えます。

この考え方を端的に表した、もっとも有名なアントレプレナーシップの定義の一つは、ハーバード大学のスティーブンソン教授による「コントロール可能な資源を超越して機会を追求すること」でしょう。

ただし獲得だけでもダメで、得られた資源を活用できなければなりません。周りに資源があるのに活用できない人もたくさんいます。それに手持ちの少ない資源を活用して成果をあげたような人でなければ、追加で資源を得ることもできません。

スタートアップでいえば、わずかな資源であっても事業進捗を生んで、その成果をもって投資家を説得しますが、そのためには資源の活用のためのスキルが必要です。つまり活用と獲得のサイクルを回していくためにも、両方が必要だということです。

3. 試行錯誤による学習

学習は、知識伝達を含んだ様々な形で行われます。しかしアントレプレナーシップという観点では、行動によって得られた経験と、経験を通した学習を行うための知識・スキル・態度が重要になってくると思っています。

特に仮説生成と仮説検証を通した、行動を伴う学習が重要だと考えており、さらに単に行動を一度起こせば良いのではなく、行動をした後に、その結果を踏まえて反省し、さらに行動をするというニュアンスを含めるために試行錯誤という言葉を使っています。

現在の起業家教育の多くは、計画しただけで実践せずに終わりのことも多く、それは試行錯誤とは言えません。仮に屋台の出店などで一度実践したとしても、それで終わってしまうと試行錯誤ではありません。

計画だけではなく、さらに一度だけの実践だけでもなく、実践した後に振り返りを行って、何度も実践を積み重ねて学び続けることが本来の起業家的プロセスで行われていることのはずで、そのプロセスを教育にも組み込んで学習を促す必要があるように思います。

より具体的には、試行錯誤のプロセスを早めるための知識やスキルと、経験から学ぶ態度と内省のスキルを涵養していくことが重要ではないかと思います。

4. リスクの管理と選択

最後にリスクに関する知識・スキル・態度です。変化によって生まれるリスクを機会として捉え、そのリスクを能動的に取る態度は、起業家性の大きな一つの側面のように思います。いくつもあるアントレプレナーシップの定義を見ていても、リスクに着目した定義はそれなりの数があります。

ただ、無謀なリスクを取るのは決して起業家的とは言えないでしょう。自ら取れるリスクや、自ら背負える損失の範囲をきちんと計算したうえで、確実性は多少小さいとしても大きなリターンが得られそうであれば、十分にリスクを緩和する策を講じてそのリスクを取るといった、リスクを「管理する」という側面、そのための知識やスキルも起業家には大いに必要となります。

そうしたリスクを取ることによって、真正性の高い経験が得られ、大きな学びを得られるという面もあります。それに恐らくアントレプレナーシップ教育を学校で行うこと自体、教育の場が学校の外界に開かれ、その結果リスクをはらむものとなります。そのリスクをうまく管理と選択できているかどうかを教育者側も意識する必要があると考え、リスクの項目を入れたほうが良いのではと考えました。

四つの構成要素の扱いと他の学習概念との接続

これらはすべての「〇〇起業家」の活動においても、共通して活用できる能力ではないかと考えています。また、起業家に限らず、不確実性の高い状況において世界に影響して新たな価値を生み出していく、という面で汎用的な能力ではないかと思います。

たとえば研究者を例に挙げてみましょう。ここでの機会はビジネス機会だけではなく、最先端の不確実な状況下で科学的発見の機会を特定することです。また研究費という資源を獲得しなければなりません。実験はまさに行動を通した試行錯誤であり、そこから学んでいくことです。新しい発見をするために、適切な範囲でリスクを取ることもあるでしょう。これらの能力を身に着けておくことは、研究者でも活用可能です。

加えて、これらの能力を涵養することは、OECDの Education 2030 で提唱される『生徒エージェンシー』の定義である、「生徒が目的意識を働かせ、自分自身の責任を果たしながら、周囲の人々、事象、状況をより良くするために学んでいくための力。自分の人生および周りの世界に対して良い方向に影響を与える能力や意志をもつこと」にも沿うのではないかと思っています。

これらの四つの構成要素は、起業家的コンピテンシーの尺度の項目とも対応させながら考えています。

(なお、私がまだ考えている途中のものとして、大志をどう持ってもらうか、という悩みもあります。これをアントレプレナーシップの中に含めるかどうかは議論が必要で、むしろリベラルアーツ教育のほうに任せたほうが良いのではとも思いますが、考えるべき宿題として書いておきます。)

教育の実践に向けて

ここまで概念の整理をしてきましたが、教育を実際に行っていくためにはもう一歩具体的なものに踏み込む必要があります。

そこで、四つの構成要素を知識・スキル・態度の要素に分けて、さらにそれを段階に分けて成長させていくことが、アントレプレナーシップ教育を設計するときに考えるべきではないかと思います。

より具体的には、以下のような表を埋めていきながら、それぞれのアントレプレナーシップ教育のカリキュラムの到達目標を定め、それぞれの知識・スキル・態度をどのように涵養していけるかを考えるのが、アントレプレナーシップ教育で行うべきことではないでしょうか。

なお、到達するべきレベルは発達段階によって異なるため、すべての発達段階で同じ教育を行うべきではないと思っています。発達段階に合わせた教育の重要性については、別の記事で指摘していますので、こちらなどもご覧ください。

blog.takaumada.com

これまで経験や勘で行われてきたように見えるアントレプレナーシップ教育ですが、研究を参照しつつ、このように概念を整理しながら進めることで、より効果的なカリキュラムを設計できるのではないかと思っています。また、それがないまま漠然としたアントレプレナーシップ教育を進めても、その効果はほとんど見込めないのではないかと懸念しています。