🐴 (馬)

Takaaki Umada / 馬田隆明

起業家教育と起業家トレーニングの違い

起業家教育といってもその内実は様々です。いくつかの文献[1][2]では、起業家教育 (Entrepreneurial Education) 起業家トレーニング/研修 (Entrepreneurial Training) を峻別しています。

起業家トレーニング/研修は特定の活動のパフォーマンスを上げるものであり、事業の運営に必要なスキルや知識を提供します。対象は主に潜在的な起業家やすでに起業している人です。

一方、起業家教育は起業家精神の涵養や問題発見等の広範な知識やスキルの獲得といったより広い教育であり、その対象は起業家だけではありません。

もちろん教育とトレーニングは不可分なところもあり、両者を合わせてEntrepreneurial Education and Training (EET) と呼ぶことも多々あります。しかし両者のグラデーションの中でどちらに寄っているかは考えたほうが良いのではないかと思います。また、教育対象によってどちらに重きを置くかは変えたほうが良いのではと思っています(下図のように)。

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たとえば資金調達の方法を教えるような講座の多くは教育ではなくトレーニング(研修)でしょう。資金調達という特定の活動のパフォーマンスを上げるためのものだからです。ただし、もし資金調達の知識や方法を身に着けることを通して、より抽象的な「外部からリソースを獲得する能力」の向上を図っているのであれば、それは教育と言えるかもしれません。ただ、両者は教育目的が異なるため、教え方も異なってくるはずです。

巷で行われている「起業家教育」の多くはトレーニングに類するものが多いように見えます。資金調達の方法、事業計画書の書き方、マーケティングの方法論など、これらの多くは特定の活動をうまく行えるようにするためのトレーニングであり、研修です。事業を運営する上では役に立つスキルで、重要ではありますが、その先の広範なスキルや態度の獲得にそのまま結びつけることは相当うまく設計しないと難しいことでもあります。

昨今の起業家教育に対する注目度が上がっている中で、単なるビジネストレーニングを中高生や大学生に行うことが「起業家教育だ」と混同することはいささか危険のように思います。起業家教育という名目の元で起業家トレーニングが中等教育や高等教育で跋扈することになりかねないからです。それらは本来、職業学校やプロフェッショナルスクールで行われるべき内容です。

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図は [2] より

たとえば私が公開しているスライドの多くは、教育ではなくトレーニングに類します。実際、大学の授業などで教育を行うときには、社会人向けに公開しているスライドと異なるスライドを多く作りますが、それがトレーニングと教育の差なのかなと思っています。

なお、個人的には、Entrepreneurial Educationは「起業家精神教育」と訳して、より広義の起業家精神(アントレプレナーシップ)を涵養するための教育なのだ、という位置づけにした方が良いのではないかと考えています。ただしそれを行うときには、アントレプレナーシップとは何なのか、そしてそれは学べるのか、といった別種の難しい問題も生まれてきます。しかしそれらに十分答えられてこそ、起業家教育と言えるのではないか、とも思っています。

 

[1] Hynes, B. (1996). Entrepreneurship education and training ‐ introducing entrepreneurship into non‐business disciplines. Journal of European Industrial Training, 20(8), 10–17. doi: 10.1108/03090599610128836

[2] Valerio, A., Parton, B., & Robb, A. (2014). Entrepreneurship Education and Training Programs around the World: Dimensions for Success. doi: 10.1596/978-1-4648-0202-7