
NotebookLM によるまとめスライド
「アクセラレーションプログラム」あるいは「アクセラレータープログラム」は、2005年のY Combinatorを端緒とする、スタートアップ向けの「加速 (acceleration)」プログラムだと言われています。この仕組みは米国から日本にも輸入され、多くのアクセラレータープログラムが日本全国で行われてきました。
一方で、この10年を振り返ると、日本においてアクセラレータープログラムはどれほど“必要な形”で機能していたのか、改めて考える余地があるように思います。
結論から言えば、日本では「加速」の前に、そもそも「事業の初期設計」を支援するプログラムのほうがより必要とされており、そこに十分なリソースが配分されていなかった、というミスマッチが大きかったのではないか、という仮説を持っています。
なお、ここで言う「アクセラレータ」は、一般に数週間〜数か月で集中的に支援し、(投資の有無は問わず)資金調達・顧客獲得・プロダクト検証などの進捗を前に進めるものを念頭に置いています。また、起業全体ではなく、少なくとも「急成長を狙い、外部資金や急拡大を視野に入れる起業」(いわゆる狭義のスタートアップ)を主に指して書いています。
なぜ、日本でアクセラレータがうまく回りにくかったのか
(1) 対象となる「起業の母集団」が大きくない

観測として、この10年でアクセラレーションの対象になり得る起業数が爆発的に増えた、というわけではありませんが、一方で支援プログラムはそれ以上の速度で増えた感覚があります。
結果として、アクセラレータや起業支援プログラムには「いつもと同じ会社のロゴ」を見かける、という現象が起きやすかったように見えています。
(2) 一度始めると長く続いてしまう

アクセラレーションの目的は、事業を加速させることですが、その裏側には「早期に見極める」という側面があります。これは成功の支援だけではなく、失敗を早期に検証し、撤退・転換・継続の判断を前に進めることも含みます。失敗が早く分かれば、次のアイデアを試せるようになるからです。
ただ日本では、会社そのものを畳むことや、「プロジェクトを終わらせる」判断が遅くなりがちな環境要因がいくつかあるように思います。たとえば個人保証や信用の問題、再就職市場の見え方、失敗のレピュテーション、補助金・委託事業の豊富さ、そして大企業顧客の導入までの時間軸など、事業の撤退・転換の判断を遅くなる要因と、事業継続しやすい環境が整っています。
さらに、日本では起業数がそこまで多くなく、投資を伴わないアクセラレーションプログラムが多いことも、こうした撤退判断をしづらくすることにつながっているようにも見えます。投資がないこと自体が悪いわけではありませんが、選ぶ側も支援する側も、成功・失敗に対するインセンティブが薄くなりやすい面がありますし、起業数が少なく支援先の候補が少ない中では、少し質が落ちるようなアイデアでも採択してしまいがちです。
その結果として、支援を受ける側も「判断を加速させる」より「支援を渡り歩く」ことで事業撤退の判断ができなくなり、“延命”が起きやすかったのではないか、とも感じています。
(「延命=悪」というわけではないのですが、少なくともスタートアップという観点では、急成長しないのであれば諦める、という判断が早期に訪れた方が良いだろう、という観点で書いています。)
(3) プログラムの「質」の問題:努力不足と供給制約

プログラムの質担保が難しい構造もあります。
大成功しているスタートアップが多数出ている米国のような環境では、実戦で鍛えられた経験が供給され、起業家自身が次の起業家を支援する循環が回りやすいでしょう。一方、日本ではそこまで大成功が多い段階ではありません。最前線の起業家も忙しく、支援側として関わる時間が取りにくい傾向にあります。地域のプログラムでは特に、スタートアップ的な意思決定や具体的な助言ができる人が相対的に少ない、ともよく聞きます。
そしてプログラムの数が増えると、支援側(メンター、顧客接続、資金接続)の希少資源が薄まり、質は低下しやすくなります。これは「誰かが怠けた」というより、「有効メンター時間 ÷ 参加社数」が構造的に割れてしまう問題に近いように思います。
それでもアクセラレータは不要ではない
日本が米国から輸入してきたアクセラレータープログラムは、米国のような環境、つまり「自然発生的に大量に起業家が出てきて」、かつ「会社ではなくプロジェクトを潰すかのように廃業する環境」で、「プログラムに関わる人たちの質が高い」という条件が揃っていれば機能するのかもしれませんが、日本は前提条件が異なるため、総じてなかなかうまくいかなかった、というのがこの10年のトライアルだったように感じています。
ここまで書くと「アクセラレータは不要なのか」と読まれてしまうかもしれませんが、そういう話ではありません。日本でもアクセラレーションやインキュベーションが必要とされる場面は変わらずありますし、実際に意味のあるプログラムもあります。
ただ、スタートアップと同様に、アクセラレータはべき乗則になりやすい領域だとも感じます。米国でもアクセラレータープログラムの成功例は限定的で、ユニコーンの連続創出という意味ではY Combinatorしか成功していない、という見方もあります。
ただ、この違いを前提にするなら、日本は「加速」を輸入する前に、もう少し別の層にリソースを配分すべきだったのではないか、と感じています。
そして今後はやはり、こうした“加速以前”を支援する仕組みが必要になってきているように思います。
インセプションプログラムの提案:加速ではなく「始まり」を支援する

そこで提案したいのが、インセプションプログラムです。起業を作るところから始めるプログラム、という位置づけです。
アクセラレーションは加速、インキュベーションは孵化を担当しますが、どちらも何かしらの「種」(既にあるアイデアやチーム)がある状態で始まることを前提としている概念です。インセプションは、それより前段階──「何をやるべきか」「どう勝つか」を設計し、開始するところを担当する、という区分けです。呼び名はカンパニークリエーションでも、ベンチャースタジオでも良いと思います。大事なのは“どのフェーズを支援するのか”です。

特に昨今のスタートアップは、初期にどのように事業を設計するかの重要性が増してきています。たとえば、
- 市場をどう選ぶか(大きい市場、ではなく“獲得可能性”まで含めて)
- どのような方向性で進めるのか(誰の予算で、どう買われるか)
- どう野心的かつ現実的な目標を定めるか(学習速度と資本効率)
既にあるアイデアを加速させるのではなく、こうした設計をともに作っていくプログラムが、日本にはもっと必要なのではないかと思います。
ただしこれは、決して起業家フレンドリーというわけではありません。「起業家がやりたいこと」を無条件に支援するプログラムではなくなるからです。あくまでエコシステム全体の最適化に向けた一手であり、一般的な起業支援プログラムとは一線を画するプログラムになるのではないかと思います。

おわりに:リソース配分を“日本の前提”に合わせ直す

繰り返しになりますが、アクセラレータが不要だと言っているわけではありません。必要な場面はありますし、うまく機能している場面もあるでしょう。
ただ、この10年のトライアルを振り返ると、日本では米国と前提が違うのに、同じ形を大量に増やしてしまったのではないか、という反省があります。その結果として、本当に日本のエコシステムに必要な支援にリソースが回らなかったのでは、と思います。
ブームとともに何かが供給過多になるのは仕方がない側面があります。問題は、そこからどう学び、次に活かすかです。
そうした意味で、今後は、従来の支援プログラムのリソース配分を、日本という環境と最新の状況に合わせて組み替えていく努力がもっと必要だと考えており、そのためにインセプションプログラムのような、新しい枠組みを必要としているのではないか、という話でした。
一応 2019年からそうした名称を提案してはいたのですが、改めてここで提案しておきます。