🐴 (馬)

Takaaki Umada / 馬田隆明

アントレプレナーシップに関する実践的なコミュニティの重要性

「ロールモデルとしての起業家が学校に行けば、起業を目指す人が劇的に増える」

というと正しいようにも聞こえますが、

「ロールモデルとしての伝統芸能の人が学校に行けば、伝統芸能を目指す人が劇的に増える」

というと、正しいようには聞こえません。

しかし、伝統芸能ではなく、

「ロールモデルとしてのプロ野球選手の人が学校に行けば、プロ野球選手を目指す人が劇的に増える」

という、多少なりとも正しいようにも聞こえてきます。

では伝統芸能と野球とでは何が違うのでしょうか。それは誰かと一緒に実践するコミュニティが近くにあるかどうかのように思います。

コミュニティの重要さ

たとえば野球の場合、「プロ野球選手の講演のあと、授業の中でやってみたり、放課後に草野球をやってみて楽しくて、学校の野球部やリトルリーグに入って、高校では甲子園を目指して……」といういくつかの段階を通しながら、その中で実践を行い、成功や失敗を重ねることで「プロ野球選手になりたい」「プロ野球選手になれるかもしれない」「自分には向いていない」と徐々にキャリアが見えてくるように思います。

しかし多くの伝統芸能にはそうしたステップがなく、ゲスト講演を聞いて終わりになってしまう点が大きく異なります。

野球だけではなく、プログラマになった人のことも考えてみましょう。もともとゲームをしていて、プログラミングを学校で知って興味を持ち、パソコン部に入ってプログラミングを学び、何かを作って褒めてもらって自信を得て、そして次第にITエンジニアとしての道を歩むことを選んでいった……という人はそれなりにいるのではないかと思います。

そして能力が主に開発されたのは、授業よりもパソコン部で過ごした時間ではないでしょうか。

実践を伴うコミュニティであること

これらは単なるコミュニティではありません。実践を伴うコミュニティです。野球ファンのコミュニティに属したとしても、野球がうまくなるわけではありません。

野球やプログラミングには、実践を伴うコミュニティが授業のすぐそばにあります。そうしたコミュニティへの参加が能力の涵養と自己効力感を培い、最終的にプロへのキャリアに至った、あるいは自分の向き不向きを知るきっかけになった、というのは多くの職種で起こっていることではないかと思います。

人を変えたり、能力を開発し、キャリアを選ぶための時間を過ごす主な原動力は、そうした実践を伴うコミュニティであるように思います。

様々なレベルの実践のコミュニティ

アントレプレナーシップ教育も同様に、授業の周辺にある実践を伴うコミュニティがあるかどうかが大事なように思います。

今ではインターネットもあるため、本当にやる気のある人であれば、一気にコミュニティに入ることもできるでしょう。しかし多くの人は、徐々にやる気を出したり、向き不向きを見出したりするものです。そのため、学校の近くに、参加しやすいコミュニティがあることが大事です。

ただそれは、学生たちに起業をさせて、その人たちのコミュニティを作れば良い、というわけではありません。教育をうたうからには、足場架けを行う必要があり、学習効果の最大化を狙うべきです。それに逆効果を生むようなことは避けたほうが良いでしょう。

たとえば、少し野球に興味を持った学生に、突然プロ野球選手との試合にチャレンジさせてみたら、ぼろぼろに負けてやる気を失ってしまう可能性が高いです。「歯を食いしばって立ち上がるべき」「そこで諦めるようなら見込みナシ」と言う人もいるかもしれませんが、教師としては良い役割を果たしているとは思えません。

学生に実際に起業をさせてビジネスをさせてコミュニティを作る、というのは、そうした逆効果の可能性を大いにはらむものだと思います。

すでにある程度の準備ができていて、実際に起業させることが学習効果の最大化に繋がる人もいれば、そうではない人もいます。様々なレベルの実践があり、それぞれの学生の状況に応じられるコミュニティを複数作っておく方が望ましいように思います。特に、起業志望者が少ない日本においてはなおさらです。

東京大学の例

たとえば東京大学では、本郷テックガレージや Todai to Texas、100 Program、アントレプレナーシップチャレンジや FoundX といった様々な実践的なプログラム兼コミュニティをオフィシャルに運営しています。それぞれ色や目的が違い、それぞれに合った人に来てくれれば、と思っています。

また大学内のインキュベーション施設には多数のスタートアップが在籍しているほか、キャンパスの周りには小規模なスタートアップも多数おり、学生の皆さんがインターンの機会などを得ることも比較的容易になっています(大学として特定企業へのインターンは斡旋はしていませんが)。

そうしたスタートアップでインターンをすることは、まだ起業にはそこまで興味がないけれど、お金をもらえるのなら働いてみたい、という人が参加できるコミュニティです。そうした機会を経て、起業家のそばで働くことで、ロールモデルも見つかるでしょう。

授業の限界とコミュニティ

授業も重要ではあるのですが、授業でできることには限界があります。時間にも制限があり、能力を伸ばしきることはなかなかできません。だからこそ、あくまで授業はきっかけである、という位置づけのほうが良いのではないかと思います。

だからこそ、授業の次に接続できるコミュニティをいかに作っておくかが、実は授業を増やすことよりも重要ではないでしょうか。

そしてそれぞれの学生の発達段階に合わせて、ビジネスだけに留まらない、アントレプレナーシップ的な実践ができるコミュニティや活動を、いかに学校教育の周りに準備できるかが、今後より重要になってくるのではないかと考えています。

そうしたコミュニティがスポーツの部活と同程度にできてきたとき、社会は大きく変わっていくのではないかと思います。

 

※ 本記事では Community of Practice の概念を使っているのではなく、一般的な実践を伴うコミュニティを指しているため、実践コミュニティという言葉は使っていません。