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Takaaki Umada / 馬田隆明

非営利組織のプロダクト・ソサエティ・フィット (PSF) とそのジャーニー

営利のスタートアップの最初に目指すのはプロダクト・マーケット・フィット (PMF) だと言われます。その名の通り、製品が市場に適合(フィット)した状態で、そこに達すると顧客からの引き合いで圧倒される、といった現象が起こるなどと言われています。

 

一方、非営利組織や社会的企業が作る製品やサービスの最終的な目標地点は、売買が伴う『市場』とは限りません。市場以外も含めた『社会』に受容されることを企図することになるでしょう。

そこで、社会で機能する製品やサービスに達することをプロダクト・ソサエティ・フィット (Product/Society Fit) と呼んで整理してみます。

(ここで言う『社会』には様々な規模があります。世界規模の人類社会もあれば、一部の人たちを対象とした地域社会もあるでしょう。学校やコミュニティなども一つの社会です。)

 

このような形で整理すると、スタートアップのメタファーが通じるようになり、スタートアップで培われてきたノウハウの一部が流用しやすくなるように思います。

たとえばその一つが、スタートアップがどういった順序で検証を進めていくのか、という段階論、スタートアップフィットジャーニーと呼んでいるものの応用です。

今回のこの記事は、以下のジャーニーとスタートアップのベストプラクティスを活用するために、営利と非営利では何が同じで何が違うのかを順を追って整理していきたいと思います。

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PSF までのフィット・ジャーニーの整理

営利企業でのスタートアップの場合、以下のような整理がなされていました。

営利企業(スタートアップ)のスタートアップフィットジャーニー

 

これを先ほどの Product/Society Fit に転用すると、最後の Market が Society になります。右端が Product/Society Fit という段階になるということです。

 

左端のほうにも変化が必要です。

市場を目標とした場合は、最初は顧客(Customer)から始まっていました。顧客とは一般的に商品やサービスを購入する人を指します。多くの場合、顧客=ユーザーですが、そうでないケースもあります。たとえば、Google のようなサービスでは顧客(広告主など)とユーザー(検索を使う人)が違います。

そうした言葉の違いを意識すると、非営利事業の場合、顧客ではなくステークホルダー (Stakeholder) から始まる、と整理した方が良さそうです。そのため、最初のステップは Stakeholder/Problem Fit になります。

 

ここでのステークホルダーは、主に受益者 (Beneficiary) に置くべきだと考えていますが、それ以外にも以下のような人たちが含まれます。(事業によって異なります)

  • 受益者
  • 寄付者・支援者
  • 政府・自治体
  • 一般市民

基本的に顧客の方向にさえ向いていれば良い営利企業と違って、非営利組織はこのステークホルダーが誰なのかをきちんと考えるところから始まることになります。そのため、ステークホルダーマッピングなどが初期に行われる傾向にあります。

 

そうしてステークホルダーを特定した上で、従来の Customer/Problem Fit でやるべきだと言われていた『バーニングニーズ』の特定のために、重要なステークホルダーに対しては、

  • ステークホルダーインタビュー
  • 代替品や競合の調査
  • 現場での観察
  • 現場で働く
  • とにかく関連書籍を読む

といったことをすることが有用だろう、ということになります。

 

色々と違いを整理してきましたが、基本的にそれぞれの段階でもし製品やサービスを用いて社会的な課題を解こうとしているのであれば、それぞれの段階でやるべきことは、従来のスタートアップで言われていることと似ていて、ノウハウを流用できるように思います。

 

社会システムの理解

ただし社会課題に取り組む場合、主なステークホルダーである受益者だけを意識していれば良いのかというと、そんなことはありません。

苦境に喘いでいる人たちに緊急的に援助を行うことはもちろん大事ですが、それは症状への一時的な改善を行う対処療法になりがちであり、根治には至らないことも多いからです。受益者の感じているバーニングニーズは本当に短期的なニーズであることがほとんどで、それを解き続けるだけでは焼け石に水をかけ続けることになります(繰り返すようですが、そうした緊急支援も大事です)。たとえば米やガソリンの値段が高いから、給付金や補助を出す、といった対処策は、一時的な対処や政治的支持を得るという点では有効かもしれませんが、根治には至らないでしょう。

 

社会課題の多くは、何かしらの社会構造や社会の歪みから生まれています。もし根本的な治療を行いたいのであれば、あるいはインパクトの大きな課題解決を行いたいのであれば、その課題を生み出す構造やシステムを理解し、レバーとなる課題を解決しなければなりません。

その意味で、営利の企業とは少し異なり、非営利組織は社会システムへの理解も重要になってきます。

 

ステークホルダー(人)が持つミクロの視点での課題と、社会システム (Social System) というマクロな視点での課題の両方を行き来しながら特定する必要があるということです。

その意味で、従来の Stakeholder/Problem Fit の探索と同時に、Social System/Problem Fit の探索を同時並行的に走らせていく必要があります。

 

 

非営利の領域で団体が助成を受けようとする際には、インパクトを最大化するためにシステムマップ課題構造マップで社会課題を整理することを促されることが多いように思います。これはまさに下段の左端にある Social System を理解して、その中でレバーとなる課題 (Problem) を見つける作業のように思います。

 

一方で、システム全体の理解が適切で綺麗な解決策が描けたとしても、それが受益者やステークホルダーに受け入れられなければ、何も始まりません。

それに、こうしたシステム的でマクロな問題に気づくのは、社会課題の現場(ステークホルダーの課題)を知ってから、ということも多いので、社会システムの構造が整理できていなから動くべきではない、というわけではありません。

そのため、ステークホルダーの複数の課題と社会システムの複数の課題を行き来することが求められます。そうした課題の中で、現在解決可能で、解決されれば大きなインパクトをもたらせるような課題を特定しなければなりません。

 

そうした課題が特定できたらなら、それに対する解決策を講じて、Problem/Solution Fit に向かいます。

 

そして解決策がうまく機能しそうであれば、製品でスケーリングしていくことになるでしょう。

なお、ここでの非営利組織の「プロダクト」は、いわゆる製品(ものやサービス)だけではなく、

  • 政策
  • フランチャイズ(パッケージ化されたサービス)

などがありえます(エンドゲームの類型のように)。

 

そしてその製品がうまく社会に受け入れられて、引き合いが多くなれば、それは PSF を達成した、と言えるようになります。

ここに至る各段階でやるべきことは、スタートアップのノウハウの一部を生かせるのでは、と思います。

 

まとめ

営利組織と非営利組織では大きな違いもいくつかありますが、製品やサービスを使った社会課題解決を企図している場合、それらの違いを意識したうえでスタートアップの一部のベストプラクティスは活用できるのでは、という整理をしてきました。

なお、必ずこうした道筋を辿らなければならないというわけではありませんし、これが正しいというわけではありません。あくまで一つの整理の参考にしていただければと思います。

細かなスタートアップのノウハウは上記のスライドをご覧ください。

 

本整理の初出は Non-Profit Startup アクセラレータープログラムでしたが、2025/6/16 から始まる東京大学ソーシャルテックスタートアップ アクセラレータープログラムでもこうした考え方を活用できればと思います。