🐴 (馬)

Takaaki Umada / 馬田隆明

「安定」のためのスタートアップとリバランス

いま世界は、秩序の「作り直し」を迫られるリバランスの局面に入っているように見えます。

そのリバランスのさなかにおいて、新しい安定に向けて貢献すること自体が、これからの中長期の市場になりえ、その過程にスタートアップ等の新しい取り組みが関われる余地があるのではないか、最近はそう考えています。(※すべてのスタートアップがそうあるべきだ、と言っているわけではありません)

 

たとえば諸外国では、伝統的安全保障やそれ以外の安全保障(経済安保、サイバー、重要インフラ等)にかかわるスタートアップが目に見えて増えています。

それもそのはずで、変化するところには不確実性が生まれ、その不確実性を活かすのがスタートアップだからです。

 

これまでは、経済成長のためのフロンティアにおける不確実性が主要なテーマでしたが、今は成長の前提や基盤となっていた、社会的な「安定」自体が揺らいでいて、不確実性の中心もまた、成長ではなく、安定の再設計へと移りつつあるように思います。

「安定」と「スタートアップ」は相反するものに見えるかもしれません。確かに、スタートアップが提供するのは「短期的」かつ「個人」にとっての安心とは少し違います。ここで言っているのは「中長期」の「社会」にとっての安定です。

この安定に向けたリバランスについて、考えていることを簡単に(抽象的ですが)まとめておきたいと思います。

 

2010年代:安定の上にあった「スタートアップ=成長」

少し時代を振り返ってみると、1989年12月の冷戦終了以降、世界はグローバル・キャピタル・デジタルといったフロンティアでの経済活動を強めてきました(平野『経営の針路』を参照)。

もちろん、その間にも金融危機や紛争、格差などはあり、すべてが平穏だったわけではありません。それでも全体としては、一定のルールと相互依存の上で、経済活動が拡張していくモードが続いていた、という意味で「成長の土台となる安定」が働いていたのだと思います。

 

2010年代のソフトウェアスタートアップの台頭は、ある意味でその3つの市場の成長が重なって起こった、1つの現象だったとも捉えられます。デジタルというフロンティアをキャピタルの力を通じて膨らませようとしていた行為だからです。

グローバルに繋がり、資本が供給され、ソフトウェアが速度と複利を生む。そうした世界観の中では、「成長」そのものがテーマとして成立しやすかったのでしょう。

しかし2020年のコロナ禍以降、ロシアのウクライナ侵攻など複数のショックが重なることで、その安定さの影に隠れていた社会のゆがみが一気に表出しました。

グローバル志向によって生まれた各国国内の歪さ、各国の政治リスクを看過したままの相互依存、情報空間の広がりと分断などが、ゆがみの例です。そうして様々な問題が露呈した今、2010年代に成立していた「成長の土台となる安定」が、そのままでは維持しにくくなっているように見えます。

 

その基盤が揺らぎつつある中で、今、ビジネスを行うための安定的な基盤もまた揺らぎつつあります。不確実性が上がれば、資本コストも上がり、投資も慎重になります。供給網が乱れれば、物価や生活の前提も揺らぎ、不満が溜まります。情報空間の信頼が落ちれば、民主的な意志決定も歪みます。各国が安全保障に気を払わなければならなくなると、経済どころではなくなります。そうした様々な新しい不確実性が今まさに出てきているということです。

しかしその新しい不確実性は同時にビジネスを生みます。それが今、防衛テックなどの流行につながっていると考えられます。

そうした意味で現在は、成長を支えていた秩序を、作り直す局面に入っているのだと思います。

 

安定とリバランス:しっかりした基盤ではなく、動的な均衡

私たちが今揺れていると感じる安定は、単一ではなく、少なくとも次の3層にまたがっています。

  • 国際秩序(国家間の安定)の安定:抑止、同盟、経済圏、ルール、制裁、技術覇権など
  • 国家・地域の安定(生活と産業の基盤):重要インフラ、エネルギー、食料、供給網、サイバー、災害対応など
  • 社会の安定(情報空間と信頼):分断、偽情報、認知戦、プラットフォーム、合意形成の劣化など

そして安定とは何かといえば、しっかりとした基盤があるようなものを思い浮かべるかもしれませんが、ここでイメージしてほしい安定とは、「バランスが取れている状態」のことです。

 

長い棒を左右に持ち、平均台のうえで綱渡りのように歩くような、障害物競走を思い浮かべてください。

私たちはバランスを取りながら前に進みます。おそらく社会の安定というものは、しっかりとした基盤があるというよりは、こうした狭い回廊をバランスよく歩いていく、動的な均衡を保ち続けるようなものなのだろうと思います。

 

そしてその綱渡りの中で、私たちは度々バランスを崩します。再びバランスを取ろうとしたときには大抵体が大きく揺れ動きます。

同様に、秩序もまたバランスを取ろうとする間は大きく揺れ動き、現在の世界の状況は既存の安定(秩序)とは異なる安定へと移っていくための「リバランス」の時期なのではないかと思います。

いわば、片側の棒の先端にあったグローバル・キャピタル・デジタルといったフロンティア側の動きが大きくなりすぎた結果、もう片方の既存の世界とのバランスが取れなくなり、ぐらぐらと不安定になってしまっている状況とも言えるでしょう。

グローバル市場や、金融・デジタルに関わる人だけが富み、それ以外の人たちが取り残されていたり、デジタルによる情報発信とインセンティブ付けが政治的な分断を生むことに寄与していたりと、私たちの社会はフロンティアの発展の煽りを受けて、バランスが崩れつつあり、それが今様々な症状として各国で出てきているのでしょう。

(加速主義は、その不安定さの極限を目指すことで新しい種類の安定があるのだと説くでしょうが。)

 

そうした意味で、かつてはスタートアップが挑む不確実性は、フロンティアにおける成長の不確実性でした。今はその安定さを取り戻すための不確実性となりつつある――そう整理すると、日本のスタートアップが目指すべきものも、徐々に変わっていかなければならないのではないか、と考えられます。

かつて前提だった安定は意識的に維持するべきものに変わり、誰かがコストを払わなければならなくなりました。市場のルールに最適化していればよかった状況から、新しい安定や秩序へと向けたルールの再設計なども含めて考えていかなければなりません。ソフトウェアが動く前提となる電力や水などの物理インフラを改めて強靱化していかなければならない――などです。

 

リバランスというアジェンダ:安定は価値中立ではない

一つ注意したいのは、安定は価値中立ではない、という点です。安定や秩序の再設計は、必ず勝ち負けを生みます。負担の場所が変わり、これまでの権益構造が揺らぐこともあります。

よってリバランスの時期には、何が価値で、何が優先され、どこに依存し、どこを自前で持ち、何を同盟や市場に委ね、何を制度とするのか。その配分や関係性が組み替わっていきます。

楽観的に考えれば、この組み替え次第では、かつてのバランスが取れていた時期よりも、もう少し世界的に望ましく、公正な形に寄せていくことも可能だということです。

逆に、そのリバランスがより閉塞的な結論に寄れば、国家間・市民間の対立は増すことになります。経済的な活動もそうした状況では伸び悩むでしょう。

そうしたリバランスの時期において、私たちがどのように貢献していくのかを考えていく必要がある時代なのだろうと思います。

 

構想次第で課題は変わる:理想を「昔」に置かない

課題はあるべき姿(理想)と現状のギャップです。

その「あるべき姿」を、どのような「新しい時代」に設定するかが課題の設定の鍵です。どういった将来の構想を描くかによって、私たちが取り組む課題も変わります。

安定や秩序というと、ともすると「古き良き時代」や「既存の仕組みの固定化」に向かいがちです。ただ、新しい秩序へのリバランスは、変化を止めることではないはずですし、昔に戻ろうとするのは流れる川を逆流するようなものです。

むしろ、そうした流れを見据えつつも、より良い方向を選び直すことに近いでしょうし、何を守り、何を手放し、どこに新しい依存を作り、どこを開き、どこを閉じるのか。そこには価値判断が入り、政治も入ります。

 

ただ、そこには変化もまた生まれます。その変化のデザインを担う主体は、国家だけでも、大企業だけでもありません。むしろ、現場から積み上がる具体的な解法が必要で、その試行錯誤が秩序の輪郭を押し出していくのだと思います。そこにスタートアップがいくつかの形で活躍できるのではないか、と思います。

 

たくさんの構想とスタートアップ:新しい秩序の探索に向けて 

未来の構想をしていくためには、たくさんの探索が必要で、たくさんの試行錯誤が必要です。たくさんの提案が必要でしょう。

その一翼を担うのが、スタートアップのような新しく大胆な提案なのだろうと思います。

 

今、その設計が大きく書き換わるリバランス期にあり、そこにビジネス機会が生まれるのだとすれば、一人でも多くの人がこの変化を機会と捉え、次なる安定と秩序を形作っていく取り組みへとつながれば良いなと思っています。

 

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