Climate Tech スタートアップを支援している中でつくづく感じるのは、ハイグロース・スタートアップ以外の企業群も大事だ、ということです。
たとえばハイグロース・スタートアップが優れた性能を持つ太陽光パネルを作れたとします。それを本当に普及させていくためには、生産できる工場を自前で作るか、パートナーを見つけて作ってもらわなければなりません。パネルを敷設していくためには、各地域で工務店や設置していく人も必要です。人がいなければ、そうした人を育成しなければなりません。場合によっては地域での丁寧な合意形成のために人を割く必要もあるでしょう。
これらを全部自社でやることはおそらくできません。なので、その周辺で様々な企業が必要です。地域の合意形成にはNPOも役目を果たします。そうした企業や組織が生まれて来なければ、ハイグロース・スタートアップの成長スピードも鈍化してしまいます。
実際、ヨーロッパでは、ヒートポンプを設置する技術者の養成をするスタートアップも出てきたぐらいですし、アメリカのエネルギー省は75億円規模でNPOへの支援もしています。
エコシステム
スタートアップエコシステムが議論されるとき、大学や投資家、大企業*1や政府などが挙げられます。例えば以下のような MIT REAP の図です。
ただ、こうした周辺領域の中小企業やNPOの存在についてはさほど触れられません。
その理由はおそらく、これまでスタートアップの中心だったIT領域では、そうしたパートナーをそこまで多くは必要としなかったからではないかと思います(もちろん代理販売や一部業務のアウトソースはありますが)。
しかし Climate Tech 等、ハードウェアの関わるスタートアップを見ていると、多くの企業が関わってはじめて何か大きなことができるのだとつくづく感じます。たとえば日本でも、宇宙系スタートアップの周辺で名前をよく聞く精密機器の企業は重要な役目を果たしています。
IT領域から、徐々に別の領域にもスタートアップの領域が広がっていくのであれば、こうした中小企業も含んだエコシステムをどう作っていくかが新たに論点になりうるようにも思います。
同心円で見るエコシステム
デカコーンと呼ばれるスタートアップを生むには、その周辺に、デカコーンを支えるたくさんの企業群が必要です。逆に言えば、デカコーンと呼ばれるようなサイズになった企業の周辺には、多くの企業や雇用が生まれるということでもあります。それが産業を作るということであり、『エコシステム』を作るということなのだろうと思います。
このエコシステムを図示しようとすると、時価総額の桁ごとの同心円で示せるように思います*2。
一つ一つのオレンジ色の点が企業を示しています。
真ん中に大樹となるような、時価総額約1兆円を超えるビジネスがあり、その周りにいくつかの1兆円~1000億円、そして1000億円から100億円、100億円から10億円、10億円~1億円のビジネスがあります。
それぞれがそれぞれの役目を果たしながら、全体がエコシステムとして機能して、一つの大きな産業が成り立っている、というのがこの図の見方です。
実際、Salesforce などのプラットフォーム企業は、売上 (ARR) が1000億円を超えたあたり、プラットフォームの機能が複雑化しはじめたタイミングで、コンサルタントなどの周辺事業が生まれてくると言われています。
売上1000億円を時価総額に換算してみると、かなり単純化した計算として、売上1000億円で利益率を50%として利益500億円、PERを20とすると時価総額は約1兆円です。やはりその売上規模や時価総額の企業が生まれることで、周辺に様々なビジネスが生まれてくるとも言えます。
昨今話題の生成AIだと、OpenAIなどがエコシステムの中心の大樹として真ん中に1兆円企業が突如として生まれ、その周辺にいくつかの大きめの企業 (Perplexity など)、さらにその外にAIをベースとしたSaaS企業などがあり、そしてさらに外に個別のカスタマイズをする受託ビジネスや教育ビジネスなどが続々と生まれてきている、という風に整理できるでしょう。(もしかしたらNVIDIAが円の中心かもしれませんが)
こうしたエコシステムの中で、自分がどのようなビジネスを構築しようとしているか、その同心円の中でどこに位置づけられるビジネスをしようとしているかは、ある程度認識して置いた方が良いのかなと思います。
政策や支援側から見たときの同心円
多くの場合、利益の多くは真ん中にいる企業に集まります。「デジタル小作人」と呼ばれてしまうのは、日本を含めたアメリカ以外の国がデジタル領域で中心を取れていないからでしょう。
また、SpaceXやTeslaから関連企業が多く生まれたように、真ん中に位置する企業を生むことによって、その周辺にいくつもの新しく大きなスタートアップが生まれ、高付加価値な雇用も生まれやすくなります。だから中心となるような、巨大なハイグロース・スタートアップを生んでいくことは、国や地域への波及効果的にも大事なのだろうと思います。ただ、それを成立させるためには周辺の事業が必要です。
とはいえ、それぞれで作り方や支援方法が大きく違うようにも感じています。
私自身は中心部分となりうるハイグロース・スタートアップの支援をしており、その他のところは支援対象としていません。支援の方法も異なるし、資金・時間的なリソースも十分ではないからです。ただ、ハイグロース・スタートアップを生み出し、産業と呼ばれるものを作っていくためには、その種の企業群が必要なのだろうと感じており、そこに手を出せていないことには歯がゆさを感じているところです。
とはいえ、中心部であるハイグロース・スタートアップを生み出せなければ、周りの企業群への波及効果も生まれません。一方で周りがいなければ中心となる企業も生み出せません。こうした一連の企業群を生んでいくことを産業政策と呼ぶのかもしれませんが、徐々にハイグロース・スタートアップの領域がピュアなソフトウェア以外にも広がるにつれて、総体としてどういうエコシステムを作っていくべきなのかはハイグロース・スタートアップに関わる側からも考えていくべきなのだろうと思います。
付録: 雇用
本論から少し逸れますが、波及効果の質にも注意するべきだと思っています。
たとえば、以下の表はアメリカの各業種における雇用乗数(ある数の雇用増加がなされたとき、最終的にその数の何倍かの雇用増加につながるか)です。
雇用の増加という観点で大きな波及効果が見込まれる業種がいくつかあります。こちらのページでより詳細な職種が書かれています。
一般的に貿易可能部門(製造業やハイテク)の雇用乗数は大きく*3、非貿易可能部門(サービス業や建設業)は小さい傾向にあります。
また新たに生まれる雇用は特定の土地に集中する傾向もあります。Netflixは都市部に雇用を生みましたが、米国中や日本中のレンタルビデオ店の雇用を減少させました。なお、自動化等が進んだことにより、製造業は昔ほど良質な雇用を生まないという議論もあります。
一方で、労働力不足が見えている日本において、単純な「雇用を生む」ことの評価は難しくなっているように思います(短期的には価値がある場合もあるのですが…)。
価値があるのは「高付加価値な雇用の数を生む」ことです。「低付加価値な雇用を生む」ことは、貴重な労働力を低付加価値な職へと奪ってしまっているという点で、むしろ中長期的には悪影響だとも捉えられます。
そうした意味で、どういった産業への波及効果があるのかをある程度見ておく方が良いのだろうと思います。以下の図は日本での業種・企業規模別の労働生産性です。
波及効果的に生まれてくる雇用が、どの業界の雇用なのか、というのが大事だろうということです。
豊かな中間層とも呼ばれる雇用を生んでいくことは、政治や生活の安定のためにも重要のように思います。そのためには、付加価値の高い雇用を多く生むための支援業種選定や、現在は生産性が低い雇用(たとえば観光)の価値をどう高めていくのか、あるいはどこまで高められるか(たとえば観光は労働集約的なので高めづらいなど)、という観点も不可欠なのでしょう。グリーンジョブは一時的にその座に着くでしょうが、恐らく30年もすればまた適切な職は変わります。そうした点も見据えて波及効果は見ていくべきかなと思います。
*1:https://reap.mit.edu/assets/REAP_Ideal_Team.pdf などを見ると、Corporate は大企業を示しているように見えます。
*2:時価総額がすべてでは無いと思いますが、波及効果を見る上で便利なので利用しています。