🐴 (馬)

Takaaki Umada / 馬田隆明

教育や政策に役立つ、アントレプレナーシップ教育の研究からの洞察 (2022 年版)

起業家教育やアントレプレナーシップ教育について日本でも注目が集まってきています。

アントレプレナーシップ教育については、この十年様々な研究が蓄積されてきており、効果なども定量的に示され始めています。注目が集まっているのは良いことですが、そうした研究や知見の蓄積が顧みられないまま、教育者や実務家教員の勘と経験による教育が広まろうとしていることには、少し危惧を覚えています。

そこで政策や教育に役立つ研究をまとめようとしていたのですが、ちょうど今週、イギリスでイノベーション政策の調査研究を行っている Nesta/IGL が、同様の内容をまとめて Web サイト化していました。

内容を見てみても、私たちが研究結果から見えてきたものや、調査の過程で分かってきたことなどと類似しています。CC BY-NC-SA 4.0 で公開されていたので、今回、その記事を抜粋して翻訳します。なお、文中の太字については翻訳者によるものです。

 

1.1  学校で教えられるべきか?

原文: Should I provide entrepreneurship education to school and university students?

そもそも起業家教育やアントレプレナーシップ教育には効果があるのか、どういった教育であれば何に効果があるのか、と言ったことを整理しています。

なお、より汎用的な能力・資質を身に着ける意味を込めて、以下では「起業家教育」ではなく「アントレプレナーシップ教育」という翻訳で統一しています。

インサイトの元となった研究については、原文のリンクから辿ってください。

1.1.1   効果についてのインサイト

ビジネス面

  • アントレプレナーシップ教育によって、小中学生は創造性、自己効力感、積極性といった非認知的なアントレプレナーのスキルを身につけることができます。
  • 理論的なトレーニングに、ビジネスプランの策定やアイデアの売り込みなど、具体的で明確な実践活動を組み合わせたプログラムは、参加者がビジネスの知識やハードスキルを身につけるのに役立ちます。
  • しかし、こうしたハードスキルの育成には、エデュテインメントや体験談のような非実践的なアプローチは役立たないようです。

意識と意図

  • 学校でのアントレプレナーシップ教育が、起業に対する前向きな姿勢や意思の形成につながるかどうかは不明です。
  • どちらかといえば、体験型のコースは起業に対する態度や意思を阻害する可能性があり、一方、実際の起業家のサクセスストーリーに触れることは有効かもしれません。

自営業

  • 労働市場に参入しようとしている学生にアントレプレナーシップ教育を提供することで、卒業後に自営業に挑戦する可能性が高くなります。
  • しかし、参加者がしっかりとしたビジネス知識と起業家精神を身につけることができたプログラムだけが、長期にわたって自営業に持続的な影響を与えます。
  • プログラム終了後すぐに起業して失敗した経験は、起業に対する態度や意図に悪影響を及ぼす可能性があります。

その他のアントレプレナー的行動

  • アントレプレナーシップ教育を受けることで、参加者はコミュニティ・プロジェクトの立ち上げなど、他のアントレプレナー的な活動に挑戦する可能性も高くなります。

賃金雇用

  • アントレプレナーシップ教育プログラムを通じて得たスキルや知識は、雇用可能性という点では直接的な見返りはないようです。
  • さらに、自営業が賃金雇用の代わりになって、後者を減らし、全体的な雇用水準に影響を与えない場合もあります。

収入

  • 若者の労働市場の機会が少なく不安定な環境では、アントレプレナーシップ教育が自営業を通じて若者の所得を高めるのに役立ちます。

間接的な利益

  • アントレプレナーシップ教育は、参加者が生み出す新たな雇用やコミュニティ・プロジェクトを通じて、より広い社会的利益をもたらすことができます。

エビデンスに基づく設計

  • 変革型起業と密接に関連するスキルや性格特性(自信、野心、自己効力感など)の開発に重点を置いたプログラムは、参加者が個人の生活ニーズを超えた、より変革的で収益性の高いベンチャーを創出するのに役立つ可能性があります。

ティーチャー・トレーニング

  • 新しいアントレプレナーシップのカリキュラムが導入された場合、集中的な教員研修によって、教員の教育実践を新しい内容やアプローチに合わせることができるかもしれません。
  • しかし、生徒の評価が新しいカリキュラムに適合していなければ、より良いトレーニングを受けた教師がいても、起業家精神に特化した試験であっても、より良い結果にはつながらないかもしれません。

1.1.2   試す価値のあるアイデア

  • 若者のキャリア選択に影響を与えることを目的としているのであれば、労働市場に参入しようとしている最終学年の学生をターゲットにしてみてはどうでしょう。
  • ビジネスの知識やスキルを身につけることを目的としているのであれば、理論的なトレーニングと、ビジネスプランの策定やアイデアのプレゼンテーションなどの明確な実践的活動を組み合わせてみてはいかがでしょうか。
  • エデュテインメントや体験談ビデオのような、非伝統的で非インタラクティブな教育活動を利用する場合は、正式なクラス内トレーニングでこれらを補完し、提示された内容について話し合い、ビジネスの概念を定着させるようにしてください。
  • 自給自足のレベルを超えたビジネスの創造を目指すのであれば、科学的根拠に基づき、自信、野心、自己効力感など、変革型起業と最も相関性のあるスキルの開発に重点を置いてみてはいかがでしょうか。

1.1.3   避けるべきこと

  • ❌ アントレプレナーシップ教育によって、参加者の雇用機会を増そうとすることは避けてください。その証拠に、アントレプレナーシップ教育が賃金の支払いに影響を与えることはありませんし、逆に賃金の支払いは減ります。
  • ❌ 成功に必要なリソースやスキルが備わっていない段階で、若者の起業を急がせるようなことは避けてください。早まった試みの失敗は、自営業に対する前向きな姿勢や意思を阻害する可能性があります。
  • ❌ 教師や生徒の評価方法を変えることなく、教師養成に多大な資源を投じることは避けましょう。

1.1.4   翻訳者のコメント

アントレプレナーシップ教育は適切に実施すれば(すべての教育でそうですが)、幅広い能力・資質に効果があります。ただし単に実践をさせれば良いというわけではなく、内容ややり方が重要です。

一般的に教育で起業意思を伸ばすのは難しく、アントレプレナーシップ教育や起業家教育をすれば起業家が増えるかというと、そうではない、という結果は数多く見られます。あくまで起業家的能力を伸ばすことを念頭に置いて実施した方が良いかと思います。

ときに小中学生向けには、エデュテイメントが使われます。今回は BizWorld を使った教育活動を対象とした研究でしたが、こうしたものは非認知的能力には効果があったものの、起業やビジネスのハードスキルへの効果は少なく、しかも起業というキャリア選択についてもどちらかといえばマイナスだったようで、実施の際には注意が必要だと思います。非認知的能力を伸ばすなら、別の手段もありえるので、「非認知的能力が伸びるからアントレプレナーシップ教育をするべき」というのは筋が良い主張ではないと思います。

また起業を過度に促すような試みは、失敗したときの悪影響が大きいと思われるため、避けたほうが良いでしょう。学校が主導する「起業部」のような取り組みは、かなり注意して取り組む必要があると思います。

 

 

1.2  参加者に合わせてプログラムをカスタマイズするべきか?

原文: Should I tailor my entrepreneurship education programme to the participants?

年齢や発達段階などに合わせてプログラムをカスタマイズした方が良いのか、といった観点についてのまとめです。

1.2.1   効果についてのインサイト

年齢と発達段階

  • ハードスキルやビジネス知識は、年齢が高いほど発達し、中高の最終学年や大学でよりよく発達します。
  • ソフトスキルは幼少期に発達しやすいようで、最も影響が大きいのは小学生ですが、大学生には効果が見られません。
  • 自信、向上心、自己効力感など、変革型起業に関連するスキルや特性に焦点を当てたプログラムも、中高生に効果的である可能性があります。

起業家精神を阻むもの

  • 起業家精神に乏しい社会集団に属する人々は、既存の固定観念を打ち破るようなプログラムからより多くの恩恵を受けることができます。
  • 起業家の両親を持つ、あるいは強力な起業のエコシステムに囲まれているなど、起業に触れる他の強力なソースを持っていない個人には、ロールモデルに基づくプログラムが特に効果的です。
  • 大学生のような高学歴者にとっては、知識不足が起業の主な障壁とはならないかもしれません。資本金やエコシステムにおける人脈の不足が、より大きな障壁となる可能性があります。

1.2.2   試す価値のあるアイデア

  • 小中学生を対象とする場合は、ビジネスの知識やハードスキルよりも、起業のためのソフトスキルを優先してください。
  • 高学歴の人が相手の場合は、知識不足が主な障壁ではないので、リソース探しやネットワーキングなどのスキルを優先してみる。

1.2.3   避けるべきこと

  • ❌ 両親など、他の要因で起業家精神に触れる機会が多い人に対しては、低強度のロールモデルを提示する介入を行うことは避けましょう。

1.2.4   翻訳者のコメント

これまで起業の取り組みに触れる機会のなかった方々(地方の学生や女性といった方々)に教育を届けるのには意味があると思います。2021年度に実施したオンラインの「全国アントレプレナーシップ人材育成プログラム」は、そうした方々に多少貢献できたのではないかと思います。

また、若年層向けへの教育がソフトスキルの面で効果的であると思われ、かつ、多くの起業ではソフトスキルが起業の成功にかなり大きな重みを持つと思われるため、教育効果という観点では若年層へのアントレプレナーシップ教育が相対的に重要ではないかと考えています。キャリア観が形成されるのも、大学より前のはずです。

大学生以降にはハードスキルの伝達が中心になることになりますが、一方で大学を出たような高学歴層はハードスキルが障害になっているわけではないようです。ただ現状、大学のアントレプレナーシップの授業の一部では、他の工学系の授業などと同様に、知識伝達型が中心になっている場合もあると聞いており、知識伝達型の授業ではない実践型の授業が必要ではないかと思います。

かといって、実践型の授業も色々と注意が必要なので、実践型をすればよいというわけではありません。多くの実践型授業は真正性の低いものであったり、単にビジネスプランニングだけだったりするので、そうしたものも効果は低い傾向にあるように思います。

 

 

1.3  ロールモデルの効果は?

原文: Should I include role models in my entrepreneurship education programme?

授業でのロールモデルの提示の効果や、その方法についてまとめています。

1.3.1   効果についてのインサイト

ビジネス知識

  • 実際の起業家の話を聞くことで、個人は起業に関する一般的な知識が増えたと錯覚するかもしれません。
  • しかし、ロールモデルに触れることは、実際の起業に関する知識やハードスキルの構築には役立たないようです。

信念と態度

  • 起業家と接することで、中高生は一時的に自分のビジネスを立ち上げる能力に自信を持つことができますが、その信念が長期にわたって強化されないと、このような影響は消えてしまうかもしれません。
  • 成功した起業家に接することで、中高生の自営業に対する態度が改善されることがあります。
  • 成功した女性に接することは、女性自身や女性に対する差別的な考えを持つグループの間で、女性が起業の分野で成功するための能力に関する信念に影響を与えることができます。
  • ロールモデルとの接触は、それほど強度の高いものである必要はありません。小さな交流や交流がなくても、起業家精神に対する信念、態度、意図など、関連する成果のいくつかに影響を与えることができます。

キャリアの選択

  • 若者の経済的機会が少ない国では、資金不足、スキル不足、複雑な規制など、起業の障壁となるものの重要性を認識させるためには、非インタラクティブな形式で、実在の起業家に触れるだけでは十分でない場合があります。
  • 起業のエコシステムが盛んな地域では、起業に関心のある大学生を実際の起業家と結びつけることで、彼らがアーリーステージのベンチャー企業に参加して起業のキャリアを追求する確率を高めることはできますが、彼らが自分で資金調達する可能性を高めることはできません。

誰が一番得をするのか?

  • 起業家のロールモデルは、ステレオタイプによってネガティブな影響を受けている女性などの個人には特に適しています。
  • また、起業家の両親を持つなど、他の影響源からアントレプレナーシップに集中的に触れてこなかった学生も、より大きな恩恵を受けることができます。

ロールモデルの選択

  • ロールモデルは、特にネガティブなステレオタイプの影響を受けている社会的地位の低い人々にとって、共感しやすいものであればあるほど効果的です。
  • 教育制度が整っていない状況で、学校を中退した起業家の成功例を紹介すると、起業を志す若い学生の教育投資にマイナスの影響を与える可能性があります。
  • 特に、起業において代表的でないグループに属する人物の、一般的でないサクセスストーリーを使用すると、起業家として成功することの難しさや、特定のグループが直面する差別について、歪んだイメージを与えてしまう可能性があります。
  • また、実在の起業家へのアクセスが困難な場合は、クラスメートをロールモデルとして活用することも可能です。

1.3.2   試してみる価値のあるアイデア

  • 実際の起業家に講演をしてもらい、メンターやアドバイザーとしてプログラムに参加してもらってはどうでしょうか。
  • ロールモデルを選ぶ際には、起業家精神に乏しいグループから選ぶようにしましょう。
  • 参加者と同性のロールモデルをペアにしてみてください。
  • 簡単に拡張できる介入を希望する場合は、実際の起業家との録音インタビューなど、非インタラクティブな形式を使って参加者がロールモデルに触れるようにすることを検討します。

1.3.3   避けるべきこと

  • ❌ 起業家になるとはどういうことなのかについて、歪んだイメージを提示することは避けてください。そのようなイメージは、自営業に対する実際の障壁について、非現実的な信念や期待につながる可能性があります。
  • ❌ プログラムの主な目的が、参加者の起業家としてのスキルやビジネス知識を高めることである場合は、ロールモデルを使用することは避けてください。
  • ❌ 学齢期の生徒を対象にロールモデルを選ぶ場合は、学校を中退して成功した起業家を含めるのは避けましょう。

1.3.4   翻訳者のコメント

ゲスト講演を聞くだけでは能力が伸びないことは、言われてみれば当たり前なのですが、意外と多くの授業がゲスト講演だけで終わってしまっている話も聞きます。

またゲスト講演などでのロールモデルの提示は、誰を呼ぶかが非常に大事で、私たちも東大の授業では基本的には卒業生の起業家をお呼びしています。有名な起業家を呼ぶことは集客にはつながりますが、効果はそこまで高くないのではと思います。

なお、ロールモデルについては、その関与の深さも重要ではないかと思っています。単なるゲスト講演のような浅いロールモデルの提示の場合、これまで起業家に触れてこなかった層には効果がありますが、そうではない層にはおそらく様々な面であまり効果はありません。

起業家による個別メンタリングなどは、中程度の関与に分類されると思いますが、これはスタートアップへの就職は促進するものの、起業への効果は見られなかった、という研究もあります(ただし悪い形での起業を避けさせ、成功率を上げる可能性は指摘されていますし、一度スタートアップに就職することで長期的に見れば起業の可能性は高まると思います)[1]。一方、近親者に起業家がいる場合は顕著にその人の起業率は高まりますし、起業家の近くで働いたような深いロールモデルを継続的に提示できた場合、効果はかなり高く出るのではないかと思います。

ついては、ゲスト講演などをして、低い交流度のものを提供した後に、スタートアップへのインターン(※ただし起業家のすぐそばで働けるインターンや、物凄く少人数のスタートアップへのインターンに限る)などを提供することで、学生の起業家への関与を段階的に高めていく仕組みなどが必要なのではないかと思います。

 

 

1.4  チームの多様性をどれだけ考慮するべきか?

Should I encourage team diversity in my entrepreneurship course?

教育の場で、多様性を考慮しながらチームを作ることについてのインサイトです。

1.4.1   効果についてのインサイト

多様性の大きさ

  • アントレプレナーシップコースでは、中程度の多様性を持つチームが、非常に同質なチームや非常に異質なチームよりも優れたパフォーマンスを発揮する傾向があります。

多様性のタイプ

  • チームは、能力的に多様なメンバーを持つことで恩恵を受け、アントレプレナーシップコースでより良いパフォーマンスを発揮するようです。
  • しかし、学歴や民族の面で高いレベルの多様性を課すことは、チームのパフォーマンスに悪影響を及ぼす可能性があります。
  • 性別の多様性が大きいと、チームのパフォーマンスにどのような影響を与えるかは不明です。

チームサイズ

  • 多様性は、より大きなチームの方がうまくいくかもしれません。なぜなら、チーム内に同じような人がいることによるポジティブなピア効果を放棄することなく、問題解決へのさまざまなアプローチ、スキル、性格的特徴の恩恵を受けることが可能になるからです。

奨励か強制か

  • 多様なチームが自発的に形成される場合、押しつけられた多様性の有害な影響のいくつかは再現されません。

1.4.2   試す価値のあるアイデア

  • コースのチームの多様性を高める場合、参加者が共感しやすいチームメイトを持つことの利点を損なわないよう、より大きなチームを編成してみてください。
  • 完全に均質なチームから逸脱することの潜在的な利点を参加者と共有し、学生がより多様なチームを自発的に結成するように促しましょう

1.4.3   避けるべきこと

  • ❌ コースで極端に多様なチームを作ることは避けてください。チーム内で効果的なコミュニケーションを構築するためのコストは、より多様なスキルを集めることの利点を上回ります。

1.4.4   翻訳者のコメント

様々なところで指摘されることですが、多様性が高すぎるとなかなかうまくいかず、低すぎるとチームとしての創造性が発揮されないので、中程度の多様性を持ったチームを作ってもらうことが良いと思います。その際に自発的になるような仕組みもあれば良いと思います。

 

 

1.5  まとめ

こうした様々な知見を活用しながら、より効果の高いアントレプレナーシップ教育が日本全体で実施されて行けば良いなと思います。

また、並行してこうした効果研究が日本でもどんどんと行われて、教育効果を継続的に高めていくことも行っていければと思っています。

 

本コンテンツは Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 4.0 International License に基づき、Entrepreneurship education - IGL Evidence Bites で掲載されている記事をもとに翻訳したものを利用しています。Nesta ならびに Innovation Growth Lab の活動に感謝申し上げます。

 

[1] Eesley, C., & Wang, Y. (2017). Social influence in career choice: Evidence from a randomized field experiment on entrepreneurial mentorship. Research Policy, 46(3), 636–650. doi: 10.1016/j.respol.2017.01.010

2022 年 4 月の経済諮問会議での小中高等へのアントレプレナーシップ教育の拡大方策について

2022年4月27日に開催された経済諮問会議で、小中高でのアントレプレナーシップ教育の拡大方策に言及されていました。

産業の振興を目的に、起業家を増やしたいと思うのであれば、若年層へのアントレプレナーシップ教育は一定の効果があるように思います。

ただ、これまでいくつかの起業家教育・アントレプレナーシップ教育についての記事を書いてきた通り、アントレプレナーシップ教育は中々捉えづらいものであり、今後日本でアントレプレナーシップ教育を拡大していくうえでは、いくつか注意点を踏まえて拡大を検討していくがあるように思います。

というのも、こうした教育があまり考えず、効果が少ない形で実施されてしまうと、「やっぱり効果がなかった」「意味がなかった」という印象になってしまう可能性もそれなりに高いからです。そこで、アントレプレナーシップ教育の実践者ならびに研究に関わる立場から、いくつか意見を述べておきたいと思います。

1.1  ビジネス教育との分離

文科省でも起業体験推進事業が行われているようですし、他の地域でも起業家教育としてのカリキュラムを見ることがあります。そうした起業家教育の中身を拝見すると、中には単なるビジネス教育になっているカリキュラムを見ることがあります。

たとえば先生方が地域の関係者と話を付けて、学生が何かを企画し、マーケティングをして、収支を報告する、といったものです。これはビジネス活動の体験ではありますが、不確実性の高い中で「業を起こす」活動とは言いづらいものです。

ビジネスへの興味関心を引き起こす活動と、起業家的な活動とは同じ部分もあれば、異なる部分もあります。単なるビジネス教育を実施するだけであれば、経営学部や経済学部に行く人は増えども、起業家はさほど増えないのではないかと思います。

それに従来から模擬店など、ビジネス的な活動を総合的な学習の時間などで行っているところも、それなりにあったと聞いています。そうした活動では起業家がさほど増えなかったからこそ、現在起業家の数が問題になっているのであり、従来の活動を拡大するだけでは、国内の起業環境はさほど変わらないのではないかと思います。

(※ただし教育ですべての人や環境が変わるわけではないので、教育だけが悪いというわけではありません)

もちろん、ビジネスを通してアントレプレナーシップが伸びることもあります。ただ、効果的に行いたいと考えたときには、アントレプレナーシップ的な能力を伸ばすことや、起業家的なキャリア観の形成を支援することは、ビジネス教育とはある程度分けて考える必要があるように思います。

たとえばビジネスとアントレプレナーシップの違いは、たとえばKuratkoらが以下のようにまとめています[1]。

 

1.2  伸ばすべき能力を考えること

若年層への教育という観点では、知識よりも非認知能力に近い能力を伸ばすことに力を傾けるべきであると思います。

ビジネスに関する知識については後からでも身に着けることができます。それよりは、プロアクティブ行動やコミュニケーション能力など、若年層だからこそ伸ばせる(青年期以降は伸ばしづらい)能力と、キャリア観を中心に、アントレプレナーシップ教育を構成していくほうが良いと思います。

類似していることを OECDのアントレプレナーシップ教育に関するレポートは指摘しており、発達段階に合わせてアントレプレナーシップ教育の内容を変えていくことが提案されています。

ではどのような効果を見込むかと言うと、たとえば能力についてはEUのEntreCompなどを参考にして、そのカリキュラムがどの能力を伸ばすために設計・開発されているのかを考えることが一案です。

「どのような効果を見込むか」を考えずに実施してしまうと、「企業家の話を聞いて、生徒たちが楽しかったと言ってくれたから、この授業は良かった(けれど能力は伸びていない)」ということになりかねません。



EntreCompは以下のような15のコンピテンシーと、それぞれのコンピテンシーに8段階のレベル分けがなされています。

  1. 機会の発見
  2. 創造性
  3. ビジョン
  4. アイデアの評価
  5. 倫理的で持続可能な思考
  6. 自己意識と自己効力感
  7. モチベーションと忍耐
  8. リソースの動員
  9. 財務的経済的能力
  10. 他のステークホルダーの動員
  11. イニシアチブを取る
  12. 計画し運営する
  13. 不確実性やリスクに対処する
  14. チームで行動する
  15. 経験から学ぶ

なお、それぞれの項目はあくまで「起業家的」なものであることに注意してください。たとえば機会の発見はビジネスでも行いますが、その質が起業家と言う文脈では少し異なります。

EntreComp はあくまで一例ですが、まずはこうした既存の仕組みを活用するのが手っ取り早いと思います。

1.3  起業家による授業

起業家による授業については、使い方を間違えなければ効果的でしょうが、そうでなければあまり効果が見込めないことにもなりかねません。

たとえばロールモデルの提示の効果については、今のところ効果のあるなし両方の結果があります。親のような近親者に起業家がいたときに、その人が起業しやすくなる傾向は明らかに見て取れますが、ゲスト講演のようなちょっとした関りだけのロールモデルは効果が見えない、という報告もそれなりの数あります。

振り返ってみれば、私たちも伝統芸能に関わる方の出張授業などを受けた記憶があるのではないかと思います。その伝統芸能を見て、実際にその道を踏み出そうとした人は、もちろん中にはいるものの、さほど多くはないのではないかと思います。そうした確率で良ければ出張授業でも良いと思うのですが、そうでなければやり方を考えるべきでしょう。

一般論として、熟達者からの学びは現場での経験や観察が必要です。熟達者が教えるのはうまいとは限りません。教育の際には足場架けなども必要です。先輩起業家は熟達者にあたりますが、起業家が資金調達の話を小中学生にしたところで、恐らくちんぷんかんぷんでしょう。先輩起業家による教示は起業後にはそれなりに有効のようですが、初等中等教育に属する学生の皆さんにとって、それが有効であるとは言いづらい部分もあるのではないかと思います。

実務家教員の方の話を聞いていると、それなりの数の方が「教育とは知識を提供すること」と考える傾向にあるようです。ただ、アントレプレナーシップ教育は、そうした知識教授型の教育とは少し異なるように感じています。

起業家を増やすなどの観点からいえば、そうしたある種の欠如モデルでの授業はうまく機能しないように思うため、どういった形で起業家に教育に参画してもらうかは、カリキュラム全体を考える教育者が必要であるように思います。

1.4  まとめ

効果的な授業を構築していくためのいくつかの観点を紹介しました。私の意見もまだ発展途上の部分があります。

ただ、折角やるならより良いものを作っていったほうがよいと思いますし、そのための土台作りには、私たちのような研究・教育実践を行っている人たちが貢献できることも大きいのではないかと思います。個人的には貢献したいとも考えています。

また、今後こうしたアントレプレナーシップ教育を国内で拡大していくのであれば、そうした教育に関する、研究・開発・実践を行う組織も必要であると思います。

たとえば、アントレプレナーシップ教育に関わる教員・実務家教員への Faculty Development を実施したり、全国区での授業実践の効果測定を行い、授業内容の改善を行っていくような機能をどこかが持たなければ、「それっぽい」ような思い付きの授業が繰り返されていくだけになります。

そうした授業は効果がなかったり、逆効果であるという示唆も出てきている現状、産業政策の中で起業家がもっと必要なのであれば、アントレプレナーシップ教育に関する知見を溜めていきながら拡大していくことがより求められているのではないかと思います。

 

[1] Kuratko, D. F., & Morris, M. H. (2017). Examining the Future Trajectory of Entrepreneurship. Journal of Small Business Management, 56(1), 11–23. doi: 10.1111/jsbm.12364

起業支援活動のマッピング

異なる大学間でアントレプレナーシップ教育や起業家向け教育(研修)、起業支援について語るとき、それぞれの大学での支援対象や目的が異なっているため、互いの活動を整理してから議論した方が良さそうだなと感じています。

そのときに、以下のような二つのマップを用意して、自分たちが何をやっているのかを位置付けてから会話するのはどうかと考えています。

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① 起業の分類

支援機関が起業の支援をしたときに、成果としてどういった起業の種類を目指しているのかについて分類しています。以下の二つの軸で考えています。

  1. 「社会 ⇔ 経済」軸
  2. 「小規模 ⇔ 大規模」軸

まず「社会 ⇔ 経済」軸についてです。もちろん、社会と経済は相反するものではありません。ただ、Alterによる社会的企業の非営利と営利のスペクトラムのように、そこにはグラデーションがあり、どちらに重点を置くかという点では分類しやすいのかと思います。

f:id:takaumada:20220310162141p:plain[1]

また「小規模 ⇔ 大規模」軸については、企業として「目指す」規模の軸です。

現状のステータスではなく、そもそもどこを目指しているのか、という観点で整理した方が良いのかなと思います。たとえば地域で小さく始めて、需要があったから小規模から徐々に大規模に拡大していく、ということもありますが、そのように意図して作ったのか、たまたまそうなったのかによって、この軸でどこに位置するかは変わります。

なお、大規模といったときには、影響する人の数は億単位、売上でいっても数千億円、という規模を想定しています。

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この企業の分類をしたときに、起業の種類をざっくりと以下のようにマッピングできるのではないかと思っています。

たとえばグローバルスタートアップは右上に位置し、村おこしなどの取り組みは、小規模かつ社会貢献に近い部分があるので左下に位置する、という風にしています。なお、FoundX が支援しているのは、右上に近いところです(なんでも儲かれば良いとは思っていないので、社会的なところも意識しつつですが)。

② 支援活動の目的

大学は研究開発された技術を持っており、さらに経済成長にも寄与するよう求められています。それでいてまた教育機関であり、教育をしつつ、教育を受けた人材もいます。そうした色んな側面を持っているので、支援活動も対象や目的が広くなりがちです。

用意したのは以下の二つの軸です。

  1. 「成果 ⇔ 教育」軸
  2. 「技術活用 ⇔ 経済成長」軸

まず、「成果 ⇔ 教育」軸ですが、その支援活動が、先ほど分類した成果(スタートアップ)としてのいずれかの起業を求めているのか、それとも大学に関わる人の教育を目的にしているのかで軸を分けています。一つの支援や授業で両方できるかもしれませんが、私にはやり方は分かりません(谷に突き落として這い上がってこい、という方法が許されるのであれば、両方できるかもしれませんが…)。

「技術活用 ⇔ 経済成長」軸は馴染みがないかもしれません。なぜ技術活用という極を用意したかというと、大学は技術シーズを持っているため、そちらに寄せて考えてしまうところがあります。その結果、「技術シーズが社会に還元できれば、経済的なインパクトはそこまで問わない(大きくなればより良いけれど)」という支援もあるように思うからです。

一方で、大学からは経済成長を牽引するようなスタートアップを、研究者や卒業生が生み出していくことも求められているため、そちらが主眼になる場合もあります。

私が関わる支援活動の中だとこのような分類になるのかなと思っています。灰色のところは以前やっていて、今はやめたものです。

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私は基本的に、経済成長を牽引するような、急激に成長するように設計されたスタートアップを生み出すための、成果に近い部分と教育に近い部分をやっている、という認識です。

なお、FoundX では技術系のスタートアップを多く採択していますが、それは成長をするために多くのビジネスで必須と考えているからですが、必ずしもテックトランスファー的な技術ではありません。

(※左上の方が抜けているように見えますが、東京大学産学協創推進本部としてはそのあたりも多数やっているという認識です。)

具体例を言う

マッピングだけではなく、これまでの支援した中で最も支援活動が効果的だったチームや、思ったようにうまくいかなかった支援談など、具体的な話を交えると、より詳しく分かるようになります。

具体段を聞くとマップ上のどこのことをやろうとしているのかも分かりますし、それぞれの支援活動のメインターゲットも分かるのではないかと思います。

まとめ

全てを包括とした一つの支援などもありうるのかもしれませんが、そうした幅広いものよりももう少し的を絞って、「どういった成果を生み出すために」「どういった目的の支援活動をしているのか」をはっきりさせたうえで、支援活動をしていくほうが良いのかなと思っていますし、支援者同士がお互いに情報交換をするときも「マップのどこを中心的に話しているのか」を明確にしたうえで、議論をすることで、実りある情報交換ができればいいなと思います。

 

[1] http://oisr-org.ws.hosei.ac.jp/images/oz/contents/662-05.pdf から引用