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Takaaki Umada / 馬田隆明

なぜアントレプレナーシップ教育が大事か、これから何を変えるべきか (2022 年版)

これまで数年間、東京大学でアントレプレナーシップ教育に携わってきましたが、アントレプレナーシップ教育に関する注目が、昨今かなり増してきていると感じています。

現在の政権がスタートアップを一つの重点投資分野に据えたことは、間違いなくその原動力の一つとなっているでしょう。

実際、スタートアップを国の成長戦略に据えたとき、2022年現在で日本のスタートアップエコシステムの最も大きなボトルネックになっているのは、起業家の数であると思います。その問題を解決するための手法として、確かにアントレプレナーシップ教育を広めるのは一つの選択肢です。

「起業家を増やす」ことはスタートアップによる成長戦略の要

INITIAL のまとめた 2021 年の資金調達のレポートを見てみましょう。

投資金額(調達金額)は毎年伸びてきていますが、資金調達社数は2018年をピークに、約70%まで下がっています。設立後経過年数別の調達者数割合推移 (p.24) も、1年未満の企業は年々下がっています。少額の資金調達は表に出ないものも多く、捕捉できていない調達もありうるとはいえ、トレンドとしては下がり気味だと言えそうです。

つまり、若いスタートアップに投資されなくなってきているということです。

2021年 Japan Startup Finance 〜国内スタートアップ資金調達動向決定版〜 https://initial.inc/enterprise/resources/japanstartupfinance2021

その原因の候補はいくつかあります。たとえば投資家が若いステージに投資しなくなったこと(求められるレベルが増えた、あるいはシードからアーリーに投資の軸を移した、など)や、起業の数が少なくなった、などです。

投資家の皆さんの話を聞くと、起業家の数がさほど増えていない、という話や、減っているという話を聞くこともあります。「起業家がいないから自ら作りに行く」と、VC主導で起業するプログラムやスタートアップスタジオを検討するところも増えてきているように思います。私も個人の感想として、起業家の数は想像していたよりも増えていないという印象です。

こうした背景からも、スタートアップを起業する人の数が少なくなっている可能性は高そうだと感じています。

無暗に起業の数を増やすことが公共政策として正しいかどうかは議論がありますが(昔大学発ベンチャー1000社計画というものもありましたが、あまり評価は芳しくありません)、リスクマネーが年々集まっているのに、資金調達の数や起業家の数が増えていないことを考えると、国策としては「リスクマネーを増やす」以外の策を考える必要もあるでしょう。

そのとき、教育は国が取りうる一つの手段です。そうした観点からもアントレプレナーシップ教育への注目が高まっていると考えられます。

しかしアントレプレナーシップ教育の過去の研究や、実際に自分たちで実践した結果を見てると、直観的に「良い」と思ったアントレプレナーシップ教育が、実は逆効果をもたらす場合もあり、単純に実施してしまうととても危険であると思っています。これについては過去の記事に書きました。

そしてそれ以上に、「アントレプレナーシップ教育を、単にビジネス的な起業家を育てる教育に留まるものにしてはいけない」とも思っています。

なぜなら現在の社会においては、様々な領域で「起業家的人材」が求められており、アントレプレナーシップ教育は、そうした起業家的人材を育てるものでもあった方が社会にとって良いと考えるからです。

増える〇〇起業家

実際、「〇〇起業家」と呼ばれる人たち、英語だと「〇〇 entrepreneur」という言葉が増えてきています。例えば以下のような言葉です。

  • (商業)起業家 ―― 商売としての事業を起業する人たちです。一般的に起業家といえば、この人たちを指すことが多いです。
  • 社会起業家 ―― 市場では解決されづらい社会課題や、国家の保障から漏れた課題を解決するために事業を起こす人たちです。NPOなどで事業活動することも多いですが、近年はゼブラ企業やベネフィットコーポレーションなどの新種類の組織体での起業活動も盛んになってきています。Social Entrepreneurと呼ばれます。
  • 企業内起業家 ―― 既存企業の中で新しい取り組みや新規事業を行う人達です。イントレプレナー (Intrapreneur) と呼ばれたりもします。
  • 政策起業家 ―― 政策を実装して社会を変えるために尽力する人たちです。政治家や官僚もこの領域の起業家とも言えますし、市民個人が政策を実現するために活動することもできます。Policy Entrepreneurと呼ばれます。
  • 市民起業家 ―― コミュニティ活動やまちづくりなど、「社会」よりも小さな集団単位のための業を起こす人たちです。もともとは経済的な面が強く、コミュニティビジネス的な文脈から出てきた概念のようですが、最近はより広く市民活動全般の事業を起こす人として捉えられているように思います。Civic Entrepreneur と呼ばれたりします。
  • 制度起業家 ―― 制度派組織論を基に論じられている概念で、リソースを活用して新しい制度(institution)の生成や、既存の制度の変革を実現する人たちです。Institutional Entrepreneurと呼ばれます。
  • 地域起業家 ―― 地域に根差してスモールビジネスなどを行う起業家をLocal Entrepreneur と呼ばれることもあります。日本ではローカルベンチャーと呼ばれる文脈に近いと思います。
  • 地方起業家 ―― 地域の中でも特に地方を中心とした。Rural Entrepreneur と呼ばれたりします。特に発展途上国の文脈で出てきやすいように思いますが、日本の過疎地域での町おこしなどにおいて活用可能な概念のように思います。
  • 学術起業家 ―― Academic Entrepreneurと呼ばれます。多くの場合は学術的成果を用いて起業をする人たちを指しますが、そもそも研究者は、不確実性の高い先端領域で新しい発見をしていくという観点で起業家的ですし、研究を通して新しい研究領域を確立した人は「起業」家とも言えるでしょう。

中には概念としてほとんど成熟していないものもありますが、こうした数々の言葉が生まれているということは、それぞれの領域において、起業家的な存在が今まさに求められているということでしょう。そしてこれからも社会は常に変わっていくため、「新しい事業を起こす人」は継続的に求められ続けていきます。

個人がそうした〇〇起業家になるための資質・能力を持つことは、労働市場におけるその人の価値向上につながります。ビジネス以外でも価値を生み出し、市民として自ら居場所を作るれるようにもなるでしょう。また、そうした人材を社会として育むことで、より多くの社会課題が解決され、私たちもより良い生活を享受できるはずです。

そうした観点から、アントレプレナーシップ教育はビジネスでの起業家教育とは異なる形でリフレーミングされ、ビジネス以外の起業家も包含する教育にしたほうがよいと考えます。

そしてそのアントレプレナーシップ教育を考える上では、二つの観点が必要だと思っています。

それが「キャリア教育」と「起業家性の涵養」です。特にこの二つの観点からは若年層に向けた拡大が有効だと思っています。特に高等教育(大学)より前に行った方が良いと思っています。それがなぜかについて、個人の意見をまとめてみます。

 

若年層にアントレプレナーシップ教育を拡大をするのは、「キャリア教育」と「資質・能力の涵養」の二つの領域で大きな効果があると思われるからです。それぞれについて解説します。

〇〇起業家を増やすためのキャリア教育

キャリア志向は、発達段階の早期での影響が大きいものの一つです。たとえば様々な研究で指摘されていることとして、起業家のキャリアを選ぶかどうかの影響が大きい一つの要素は、親類に起業家いるかどうかです。若いころから起業家が傍にいれば、「そうしたキャリアもある」というのは自然と認識できます。

二世政治家が多いのも、単に支持基盤があるからというだけではなく、親が政治家でそうしたキャリアのことを早くから知っていた、という部分も大きいでしょう。

なので、小中高といった若年層における、〇〇起業家というキャリアを認識してもらう教育は、そのキャリアに進む人を増やすという効果はある程度あるのではないかと思います。

もちろん全ての人が起業家になった方が良いというわけではありません。既存の仕組みの維持も重要であり、既存の業に携わる人も必要です。しかし、社会が常に変わり、新しい問題が生まれ続けている限り、それに合わせて新しい解決策を出し続けなければなりません。改善のときにも、ときには新しい業が必要となります。

たとえば、工場での大量生産は多くの人の課題を解決する製品を生み出します。しかし工場での生産が環境破壊を引き起こしてしまうのであれば、環境に優しい新しい手段での生産手法が必要になります。そのためには、単純な改善だけではなく、根本的に新しい手法での生産が必要となる場合もあり、そのときには新しい事業が必要になるでしょう。

世界がつながることで不確実性が高まり、社会の変化が起こり続ける中、こうした〇〇起業家な人たちが今よりも多く生まれ、新たな事業が次々に起こり課題が解決されることは、社会にとっても良いことではないかと思います。

特に世界に先駆けて激しい人口減少をしていく日本においては、これまで誰も解決したことのない、全く新しい社会課題が生まれてくるはずで、そうした課題に取り組む人は割合としてもっと必要になるはずです。

そのためには、こうした〇〇起業家がより多く生まれてくるような教育をより活性化していくことには、ある程度の社会的価値があるのではないかと思います。もちろん、常に一定の割合でリスクを取ることいとわずに、新しいことに挑戦する人は出てくるでしょうが、その割合を少し引き上げることが、現在の日本には必要ではないかと思っています。

そうした観点から、キャリアとしての「〇〇起業家」を意識してもらうための教育や情報提供は、従来よりも行う意義が増してきているのではないでしょうか。

ただし、キャリア教育は「ロールモデルとしての起業家が学校に行けば、みんな起業家を目指すようになる」という単純なものではありません。むしろ親類ぐらいまで近くに起業家がいなければ効果がないということでしょうし、様々な逆効果も指摘されています。

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ロールモデルの提示はきっかけとしては良いかもしれませんが、それだけではほとんど効果がないように思います。そのあとに、きちんと練習ができるかどうか、一歩が踏み出せるかどうかが大事です。

「プロ野球選手が講演に来たから、野球選手になろうと思って、選手になった」という人ももちろんいるかもしれませんが、講演と選手の間には「講演のあと、草野球をやってみて楽しくて、学校の野球部にも入って、リトルリーグに入れて、高校野球も続けられて……」という様々な実践の足場架けの場や、テレビで毎日のようにプロ野球選手を見る、という継続的なロールモデルの提示があったからこそ、その人は野球選手を目指し続けることができ、実践を通して必要な能力と自己効力感を培うことができて、プロとして歩み出せた、というのは大きいのではないかと思います。

アントレプレナーシップ教育、特に起業家に関するキャリア教育は、民間企業の「思い付き」によってなされている傾向があるように思います。だからこそ、こうしたキャリア教育の効果に関する研究を参照しつつ、アントレプレナーシップ教育のキャリア研究も並行して行っていく必要があるでしょう。

 

ビジネス起業家教育からより広いアントレプレナーシップ教育へ

こうした〇〇起業家が様々な領域で求められつつある中で、現在の「起業家教育」は、「自助のための起業」「儲けるための起業」だからと忌避されがちな面があり、私も同様の懸念を持っています。

商業的な起業家教育は、「ネオリベラリズム的な市場原理の強い社会において、個人としてサバイブしていくための知識を教える」という隠れた前提に基づいた教育がなされる傾向にあり、かつその過程でネオリベラリズム的な考え方を生徒に内面化させる教育として機能している部分も否めません。

しかし、上記の〇〇起業家を見てみても分かるように、互助や共助を行う協働のための起業、公助的な仕組みを作っていくための起業などもありえますし、そうした起業家的な活動は幅広い領域で求められているように見えます。

実際、『帝国』や『マルチチュード』で有名なネグリ&ハートは、近刊の『アセンブリ』で、マルチチュードの起業家活動について触れており、社会的協働の自律的組織化のために起業家的能力が必要であるとしています。

様々な〇〇起業家を育てるためにも、学校教育におけるアントレプレナーシップ教育は、商業的な起業家教育から少し離れて、よりニュートラルなアントレプレナーシップ教育をしたほうが良いように思います。

たとえば政策起業家を育てるためには、ビジネス教育ではなく、校則を変える経験をしてルールを変える経験も有効でしょう。これは政策起業家としての能力やキャリアだけではなく、ビジネス起業家としての自己効力感やキャリア観にも影響を与えてくれるはずです。

また地域の社会的な課題を解決する経験は、課題解決の能力と社会起業家へのキャリアの興味関心を伸ばし、同時にその地域への愛着を増す経験にもなります。特に中学校ぐらいだと、ビジネスではなく、地域の社会課題を解決しようという社会起業家的な取り組みのほうが、真正性の高い経験をもたらし、起業家的な能力の涵養にも役立つはずです。

もちろん、個人が社会の中でサバイブしていくために、ビジネス的な能力を身に着けることは重要です。様々な作業が自動化されことが目される中、新しい価値を生み出すためのスキルを身に着けることは、キャリアのセーフティネットとなりうるでしょう。それに国家や社会として経済成長を果たすためにも、商業起業家を輩出するのには価値があります。

そのため、商業起業家を否定するつもりはないのですが、今後様々な領域での起業家を増やしていくためには、従来の起業家教育とは異なる、より広範なアントレプレナーシップ教育が必要ではないかと考えています。

狭義から広義のアントレプレナーシップ教育へ

海外の動きを見てみると、たとえばOECDのアントレプレナーシップ教育のレポートでは、アントレプレナーシップ教育を広義と狭義に分けています。狭義の教育(ビジネスを始めるための教育)をすることがアントレプレナーシップ教育だと考えている人も多いようですが、世界の潮流的には広義の教育のほうに向かっているように感じています。

狭義と広義のアントレプレナーシップ教育

さて、ここまで「起業家教育」という言葉を極力使わず、「アントレプレナーシップ教育」という言葉を使ってきました。

なぜなら、「起業家教育」というと、どうしてもビジネス起業家向けの教育を想起してしまうからです。様々な「〇〇起業家」が求められている今、商業以外の分野でも起業家をより多く生み出し、そのための汎用的な起業家的能力を涵養するための教育を目指すべきだと考え、起業家教育ではなく、アントレプレナーシップ教育という言葉を使っています。

私の関係する活動で言えば、東京大学 FoundX は起業家や起業志望者向けとなっているので、狭義のアントレプレナーシップ教育であり、起業家教育に近いものですが(どちらかというと研修ですが)、大学の授業で行っている内容は、より広義のアントレプレナーシップ教育を意識して行っています。

ビジネス系の専門職大学院やMBAなどで行うのは「いわゆる起業家教育」で良いと思います。しかしより広い受講者を想定する、学校の授業で行うべきなのは、広義のアントレプレナーシップ教育であると考えています。EUを見ていてもその流れが強いように思います。

個人的には、ビジネス知識・手法の伝達だけを目的にアントレプレナーシップ教育を学校教育の中で行うのは反対の立場です。(任意参加であればまだ良いと思いますが、起業家教育は注意して行わないと意図せざる結果が出るので、注意はかなり必要だと思います。)

「起業家精神」から「起業家性」へ

日本独自の問題として、アントレプレナーシップの訳語の問題があります。

一般的に、アントレプレナーシップは起業家精神と訳されます。

しかし、〇〇シップにおける(-ship)は状態や能力を示す言葉であり、精神論だけの話ではありません。アントレプレナーシップでは、もちろん気合いや根性などの精神論やマインドセットも大事ですが、資質・能力(人間性等だけではない、知識や技能、思考力や表現力等)といった、獲得できる能力の面も大事です。リーダーシップが精神論に終始するのではなく、スキルとしても教えられているように、アントレプレナーシップも教えられる部分はあります。

そうした背景やアントレプレナーシップの原義を鑑みて、アントレプレナーシップは「起業家精神」「企業家精神」ではなく、「起業家性」と訳されるべきでは、といった論もあります。

私も個人的には、アントレプレナーシップを起業家性として捉え、マインドセットの涵養だけではなく、スキルや能力として身に着けられるという観点で教育をしていくべきだと思っています。そして実際に、こうした起業家性にまつわる能力は、教育で伸ばせることもいくつもの研究で分かってもいます。

一方でもし精神論に拘泥しているようだと、アントレプレナーシップ教育は「起業家や社会起業家を呼んできて、彼ら彼女らの情熱を伝えれば何とかなる」といった、逆効果の可能性のある教育が広まってしまうのではないかと危惧しています。

ただし、人間性的なところやマインドセット的なところも大きい部分はあり、それは特定の発達段階を過ぎると変わりづらくなってきます。だからこそ、人間性に近い資質に影響するために、若年層での教育が重要であると考えています。

起業家性に必要な能力

ではビジネス以外の「〇〇起業家」となっていくために必要な起業家性として、教育でどのような能力を伸ばせば良いのでしょうか。

まず発達段階に合わせて内容を変えることです。これについては以下の記事で指摘しています。

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そもそもアントレプレナーシップがどのような能力かというと、論者によって異なるのが現状です。最近だと日本でもエフェクチュエーションがその一翼を担うものとして注目を浴びつつありますが、エフェクチュエーションだけでは説明しきれないものがあると感じています(たとえば、実際の起業にはコーゼーションも大事です)。

その中で一つ参考になるのが、EUが2016年にまとめた、アントレプレナーシップのコンピテンシーである、European Entrepreneurship Competence Framework、略してEntreCompです。

EntreComp では起業家的なコンピテンシーを「機会やアイデアに基づいて行動し、他人のために経済的、文化的、社会的価値に変換する能力」と定め、細かくは15個と8つのレベルに分けています。15個を大別すると、「アイデアと機会」「資源」「行動へ」の3つとなっています。

EntreComp やその他のアントレプレナーシップの定義を参照うえで、私が今考える、教育機関で行われる「アントレプレナーシップ教育」で涵養するべき能力は、以下の四つではないかと思っています。

  1. 機会の発見と創造
  2. 資源の活用と獲得
  3. 試行錯誤による学習
  4. リスクの管理と選択

1.  機会の発見と創造

様々な変化や不確実性を見つけ、それを評価して、機会として認識できる能力です。ただし、客観的に存在する機会を見つけるだけではなく、行動することで新たな機会を創造する、という側面もあるため、発見と創造の両方を入れています。

これまでは分析して計画をする教育が主で、それは機会を発見することが中心に議論されてきましたが、試行錯誤の中で自ら機会を創造することも重要です。おそらく発見と創造はサイクルで回っていくものでしょう。この能力を伸ばす必要があります。

2.資源の活用と獲得

人・もの・金・時間といった資源を上手に活用する能力と、そうした資源を獲得する能力やスキルです。

一般的にビジネススクールで教えられるのは、与えられた資源を最大限活かすための知識やスキルですが、起業家は自分の持っている資源を超えて、外部にある資源を獲得しにいきます。

たとえば、スタートアップの起業家で言えば資金調達や採用は資源の獲得ですし、社会起業家でも資金調達は必要です。自分が持つ資源の範囲内で行うのではなく、機会を追求するためなら、外部の資源をも活用するし、活用できる、という態度を涵養することが起業家性という観点では重要ではないかと思います。

ただし獲得だけでもダメで、得られた資源を活用できなければなりません。手持ちの少ない資源を活用して成果をあげたような人でなければ、資源を周ることもできないからです。スタートアップでいえば、わずかな資源であっても事業進捗を生んで、その成果をもって投資家を説得しますが、そのためには資源の活用のためのスキルが必要です。活用と獲得のサイクルを回す、ということです。

エフェクチュエーションの領域ででも、Effectual Ask の熟達の研究が進んでいますが、Askもまさに外部の資源の獲得のためのスキルと言えます。

3. 試行錯誤による学習

学習は、知識伝達を含んだ様々な形で行われます。しかしアントレプレナーシップという観点では、行動によって得た経験を通した学習が重要になってくると思っています。行動による経験の中でも、特に試行錯誤、そのための仮説生成と仮説検証を通した学習です。

現在のビジネス教育の多くは、計画しただけで実践せずに終わりのことも多く、それは試行錯誤とは言えません。また計画だけでは、実践した後に振り返りを行って、再度挑戦することもできません。

ですので、試行錯誤のプロセスを早めるための知識やスキルと、経験から学ぶ態度と内政のスキルを涵養していくことが重要ではないかと思います。

4. リスクの管理と選択

変化によって生まれるリスクを機会として捉え、そのリスクを能動的に取ることは、起業家性の大きな一つの側面です。

ただ、無謀なリスクを取るのは決して起業家的とは言えないでしょう。自ら取れるリスクや、自ら背負える損失の範囲をきちんと計算したうえで、確実性は多少小さいとしても大きなリターンが得られそうであれば、十分にリスクを緩和する策を講じてそのリスクを取る、といったリスク管理の側面も起業家には大いに必要となります。

そうしたリスクを取ることによって、真正性の高い経験が得られ、大きな学びを得られるという面もあります。

他の学習概念との接続

ここまで3つの能力を挙げてきましたが、これらはすべての「〇〇起業家」の活動においても共通する能力ではないかと思いますし、起業家に限らず、不確実性の高い状況において世界に影響して新たな価値を生み出していく、という面で汎用的な能力ではないかと思います。

たとえば研究者を例に挙げてみましょう。ここでの機会はビジネス機会だけではなく、最先端の不確実な状況下で科学的発見の機会を特定することですし、研究費という資源を獲得しなければなりません。実験はまさに試行錯誤です。これらの能力を身に着けておくことは、研究者でも活用可能でしょう。

加えて、これらの能力を涵養することは、OECDの Education 2030 で提唱される『生徒エージェンシー』の定義である、「生徒が目的意識を働かせ、自分自身の責任を果たしながら、周囲の人々、事象、状況をより良くするために学んでいくための力。自分の人生および周りの世界に対して良い方向に影響を与える能力や意志をもつこと」にも沿うのではないかと思っています。

(なお、私がまだ考えている途中のものとして、大志をどう持ってもらうか、という悩みもあります。これをアントレプレナーシップの中に含めるかどうかは議論が必要で、むしろリベラルアーツ教育のほうに任せたほうが良いのではとも思いますが、考えるべき宿題として書いておきます。)

新しい物事の受容を促進するためのアントレプレナーシップ教育

もう一点、アントレプレナーシップ教育のように、〇〇起業を推進する取り組みは、「新しい物事を受け入れやすくなる」という面もあるのではないかと思います。

自分で何か新しい物事に取り組んでみると、その大変さが分かるものです。そうすると、周りで新しい取り組みをしている人たちの大変さも理解でき、以前より応援したり、助けようという気にもならないでしょうか。

まだまだ弱い仮説でしかありませんが、アントレプレナーシップ教育はこうした、新しいものを受容するスピードを速くする、という効果もあるのではないかと考えています(ただしこれは検証が必要です)。

広げるならアントレプレナーシップ教育に変化が必要

これまでも起業家教育は行われてきました。

1998年に通産省から出されたアントレプレナー教育研究会報告書や、2001年からの大学発ベンチャー1000社計画などを皮切りに、起業家教育に注目が集まってから約20年ほど経ち、各地域で起業家教育は行われていますが、さほど起業家の数は増えていないということは、恐らく何か変化が必要なのではないかと思います。(もちろん、教育だけで変えられることは少ないのですが)

そこで、これからの起業家教育やアントレプレナーシップ教育をしていくうえで、私が変わるべきだと思う点をまとめると以下のようになります。

  • ビジネス起業家を育てるだけではなく、〇〇起業家を育てる
  • ビジネス教育ではなく、汎用的なアントレプレナーシップ教育へと変える
  • 精神ではなく、身につけられる起業家性に注目する
  • 計画ではなく試行錯誤を重視する
  • 勘と経験による教育ではなく、研究成果を活用しながら教育研究も進める

もちろん、ビジネス教育を通して、アントレプレナーシップを涵養することはもちろん可能だと思いますし、一つの有効な手段です。私たちもビジネスを題材にお話しをしています(以下の図の中義に当たるようなもの)。

しかしこれまで大学で現在行われてきた「アントレプレナーシップ教育」の多くは、ファイナンスや組織設計、ビジネスモデルなどを教えるような内容の、「ビジネス教育の起業版」であって、「起業家向けの研修」と言った方が良かったのではないかと思います。

起業家になるためには、知識などの認知的な能力よりも、非認知的な能力のほうが重要だと感じている人は多いにもかかわらず、多くの「起業家教育」は、講義の形式で認知的能力を伝えることになっています。それではおそらく起業家は増えませんし、これも変えていかなければなりません。

また起業家に必要な資質・能力は、非認知的能力の中層的な部分に位置するのではないかと思います。こうした部分は初等中等教育であれば効果的に伸ばすことも可能のように見えるため、できれば大学教育・高等教育より前の段階で実施した方が、

  • キャリア教育という観点
  • 資質・能力の涵養という観点

の両方で有効ではないかと思います。

教育研究による批判と改善も重要

こうしたアントレプレナーシップ教育ですが、まだまだ発展途上の領域であり、恐らく今の考えの一部は間違っているでしょうし、それを修正していく必要があります。

アントレプレナーシップ教育については、特に国内ではまだまだ雑駁な議論しかされておりません。教育内容も千差万別で、効果の薄いものもされているようにも見えます。しかし世界を見てみると、知見が溜まりつつあります。

たとえば、これまでの研究からは以下のようなことが指摘されています。

  • 起業家教育(研修)は起業意思を下げるかもしれない
  • ビジネスゲームを通した教育は効果が見られない
  • 大学生のような高学歴者にとっては、知識不足が起業の主な障壁とはならないかもしれない

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そして単に効果の話だけではなく、「アントレプレナーシップ教育とは何か」という議論を精緻化していく必要があります。現在の状況だと、Project-based Learningやデザイン思考教育と何が違うのか、といったところに十分な回答ができていないように思います。

そのため、今後は教員養成などをしながら、教育研究も同時並行に行っていき、教育内容も適宜修正していく必要があると思います。行っている教育に効果がないのであればやめるべきでしょうし、より効果の高いものがあれば差し替えていくべきです。もしアントレプレナーシップ教育よりも、他の教育のほうが能力を伸ばすために効果があるのであれば、アントレプレナーシップ教育自体辞めてしまってもよいと思います。

そうした振り返りをするためにも、研究が必要です。その研究をしながら教育を進めていくことが、こうした未熟な領域には求められているように思います。

つまり、アントレプレナーシップ教育を進めていくなら、同時にアントレプレナーシップ「教育」研究の両輪を進めていく必要があるのではないかと思っています。起業家の研究は日本でも多くされていますが、教育についての研究はまだまだです。ここはまさにアントレプレナーシップ教育を行う人たちが、起業家性を発揮して、開拓していくべく領域のように思います。

 

以上、2022年の現時点で考えていることをまとめてみました。異論や反論もあるかと思います。私も学んでいる途中なので、文献を参照したり、議論を通して考えを深めていきたいと思います。

起業家を増やすために、教育や教育機関ができること

スタートアップが経済成長の要の一つだと目されている中、起業家を増やすことについても注目が集まっているように思います。そうした文脈の中で、特に教育機関からの観点で意見を聞かれることも増えました。

そこで今、起業家を増やすために教育や教育機関ができることとして考えていることを、あくまで個人の意見としてまとめておきたいと思います。

大学の現状

まず現状の整理から始めたいと思います。

大学から科学技術系のスタートアップが生まれることに大きな期待がかかっていますが、おそらくこのままでは短期的に科学技術系のスタートアップが大学から急増することはありません。

その理由として、大学に在籍している研究者があまりにも少ないから、という点が挙げられます。

これを少しざっくりとした計算で見ていきたいと思います。

研究者の不在

1つの研究室あたり、テニュアではない研究者の数(助教や特任研究員)は1人か2人ではないかと思います。この状況では、起業をする研究者は出てきづらいことは想像に難くありません。

実数はきちんと調査する必要がありますが、簡単な計算で少しこの数値を確認してみます。

2022年5月時点の東京大学の教職員数を見てみると、教授は1355名、准教授は967名となっています。教授の全員、そして准教授の半分が研究室を持っているとすると、研究室数は約1800となります。(※起業に関連しづらい人文科学系も含んでいます)

テニュアトラックに乗った教授や准教授は起業しないものとします。すると起業家候補はテニュアではない方々になります。具体的には助教や講師、特任研究員で、東京大学では助教と講師は合わせて約1600名、特任研究員は約1000名、合わせて2600名です。

研究員の数を研究室の数で会わると、2600/1800=1.4ぐらいです。よって、研究室あたり、1人か2人、という上述の数になります。

実際、理工系の各研究室のWebページのメンバー一覧をいくつか見ても、特任研究員の数は1~2名程度であり、恐らく上記の計算はさほど間違っていないように思います。(ただし、こうした特任研究員などは、大型の予算を持っている研究室に集中する傾向があり、研究室によっては7~10名ぐらいの研究員がいる研究室も稀にあります。)

このように、研究者がほとんどいない状況で、科学技術系の起業を大学内部から増やすことはほとんど無理に近い話です。そうした人たちが起業をしてしまっては研究を引き継ぐ人がいなくなってしまいますし、そもそも優れた研究が優れたスタートアップを生むのであって、研究力を削いでまで起業を促進してしまうと、長期的な競争力を削ぐことになるでしょう。

博士課程学生の状況

では学生を見てみるとどうでしょうか。自分の研究以外の領域で起業をする人もそれなりにいますが、あくまで自分の研究や技術を活かしたものに限って考えます。

理工系の修士課程の学生はまだ専門を学んでいる途中で、専門性を十分に身に着けているわけではないので、起業の担い手になるには少し早い段階かと思います。そこで今回は対象から外します。

もう少し進んだ博士課程の学生はどうでしょう。

その数に目を向けて見ると、また約6000人の博士課程のうち、全体の約1/3の約2000名が留学生です。他国籍の方が起業することは、ビザや言語などの面でとても困難だというのが現状であり、留学生のスタートアップへの就職も同様です(同様のビザの問題はアメリカでも起こっています)。この部分が変わらない限り、留学生からの起業はそう増えないでしょう。

また、現在は博士課程の約750名が休学中となっています。留学生が休学することはほとんどないと考えると、残る約4000名のうち、約3000名が起業するかもしれない日本国籍を持つ学生になります。うち、半分を起業に近い応用系・理工系としたとき、1500名が対象となります。

その中で、私の話している感じだと、起業に興味のある博士課程の学生の方は5%程度ではないかと思います。実際に何かしら行動している人はもっと少なく、1%程度という印象です。多くの人は博士課程を終わらせて研究者として独り立ちするために、博士課程にいるのであり、起業するためではないので、このパーセンテージはさほど驚きはないのではないかと思います。

もし1%なら1500名の博士課程の学生のうち15名です。2%なら30名となりますが、それでもその程度の数、です。

増やしたいなら何かほかの方法が必要

最も大きな大学の一つである東京大学ですらこのような状況なのですから、大学からの起業を増やすには、まずをもって研究者の数が足りません。もしそんな中、大学からの起業を増やしていこうとすれば、大学の外の人をうまく大学の技術に関わってもらう仕組みを作ったり(ただし大企業との共同研究はスタートアップがしづらくなるので共同研究とは違う形で)、中長期で物事を考えて何かしら大きな取り組みを行わなければ、科学技術を担ぐ起業家は現状の大学からは増えづらいと考えます。

そうした背景を鑑みたうえで、いくつかの大きな策を短期・中期・長期で物事を考えてみます。なお、あくまでスタートアップという観点で、通常の起業ではない前提で書いていますので、その点はご注意ください。

 

1. 短期的な方策

短期的に効果のありそうな施策をいくつか挙げていきます。

1.1 大学版 Entrepreneur in Residence (EIR) の実施

VC の中で EIR を実施しているところはありますが、その大学版という形です。給料を払いながら、起業の種を見つけるというプログラムです。

類似の仕組みとして、ドイツにはEXISTというプログラムがあり、1998年から行われています。これには起業家奨学金制度と呼ばれる経費+生活費のための奨学金が1年間支給されるプログラムと、研究技術移転の支援プログラムがあります。(そのほかの参考はこちら)

単に採用するだけでは効果がないので、トレーニングやプログラムも並行して実施する必要があると思います。下記のI-Corpsプログラムなどは一案としてあります。

ただ、これまでのいくつかの民間VCが EIRプログラムを試してはいたものの、続けていないところも多いように見えるので、成功要因や失敗要因は探る必要があるように思います。

1.2 I-Corps的な研修プログラムの実施

既にいくつか日本でも類似のプログラムは行われてますが、NSF I-Corpsの仕組みを今一度学び直し、そのプログラムを改めて学ぶことが必要なのではないかと思います。

アメリカではSBIRの仕組みとI-Corpsの仕組みがうまくマッチして進んでいるように見えます。日本でもSBIRがスタートアップ向けに大きく変わったところから、改めてI-Corpsの仕組みを学んで導入することで、日本版SBIRをより活用できるのではないかと思います。

1.3 大学横断での、オンラインを使った起業家向け研修

FoundX の取り組みの中で、卒業生向けに Fellows Program をオンラインで実施していましたし、オンデマンドで学べる Online School なども提供してきました。これまでは東京大学の卒業生に絞ってきましたが、もともとこうした FoundX の取り組みがうまくいけば他の大学にも展開できればと考えていたところもあり、それを行うのも一つの手だと考えています。もちろん私たちが行わなくても良く、誰でも実践できるように支援内容については公開しています。

ここでは教育ではなく、あくまで研修であることが重要です。こうした研修の提供は、すでに起業意思がある人にとっては有効であろうと思われます。

私たちのプログラムも課題はまだいくつもあるのですが(特に大きなアイデアをいかに持ってもらうか、という点はまだ課題が残っています)、その課題の解決を試みながら拡大していくことは、一つの方法ではないかと思っています。

1.4   小規模なスタートアップへのインターンの機会の提供

小規模な企業で働いた経験は、起業を促進する傾向にあります。学生のスタートアップのインターンの機会を積極的に提供することは、短期・中期的にスタートアップを増やすことにつながるのではないかと予想されます。

ポイントは、経営者のすぐそばで働く機会があるかどうかです。すでに数十人、数百人の規模のスタートアップに学生が行ったとしても、経営者からは遠く、あくまで一作業を担う人になってしまうため、起業意向が高まる効果は薄いのではないかと思います。

そこで本当に初期のスタートアップで、学生がアルバイトをできる仕組みを整えることが一つの方法です。たとえば、アルバイト代を補助するなどして、家庭教師をするよりも稼げるようにする、などが一つの方法です。

スタートアップで働くことで、起業というものに興味を持つほか、起業する仲間とそのアルバイト先で出会えるかもしれません。

とはいえ、大学がどのスタートアップがブラックではないかといったことは分からないため、目利きをしたVCの投資先や、学内にいるスタートアップに限るなど、いくつかの条件を整えたほうが良いように思います。

2.  中期

今すぐ始めてもよいですが、効果は中期的に表れて来るであろうものを書いています。

2.1   リカレント教育の促進

大学の中で新しい人を増やしていくために、社会人経験のあるリカレント教育を推進していくことは、大学の中にビジネス経験のある人を増やすことにつながります。そこから起業への道を選ぶ人はそれなりにいるのではないかと思います。

実際、教授よりも、最近卒業した卒業生のほうが2倍程度起業しやすいという指摘もあり、とにかく研究に慣れ親しんだ人を増やすのが、起業数を増やすには効果的ではないかと思います。

リカレント教育で重要なのは、研修では済ませないことです。物事をきちんと学ぶためにも、長期間の学習期間やその前のアンラーンの期間が必要で、それなりに長期間(2年など)大学や専門学校等に通うリカレント教育を推進することが効果的ではないかと思います。

つまり、仕事を一度辞めたり、休職したりすることを促す必要があります。そのためには、社会保障を厚くするほか、教育費用の支援を行う必要があるでしょう。

特に今後、景気後退が目される中で、スタートアップを含む一部の企業では、リストラクチュアリングによる整理解雇も起こると考えられます。そうなったとき、社会保障と教育が受け皿となることで、次の景気回復期に向けて、新しい産業を生むための人材を増やすことにもつながり、不況期のスタートアップ政策としても機能しうるのではと思います。

なお、飛び道具的ではありますが、リカレント教育を推進するのであれば、公務員からその取り組みを始めることが良いのではないでしょうか。たとえば各省庁が、官僚は7~8年ごとに必ず大学で2年間学んで、新しい学位を取得すること、などといった抜本的な仕組みを導入することで、民間企業の見本にもなりますし、政策なども最新の研究を用いたものになりえます。リボルビングドアとは異なる、人材交流のきっかけにもなるのではと思います。

2.2   科学技術を用いたスタートアップの推進

今後、高付加価値な産業や新しい発見を生んでいくためには、博士号を取る人材を多数生んでいく必要があります。そこでリカレント教育の対象としても、博士課程への進学者を増やす、という目標を立てる必要があるでしょう。

しかし、単に博士号取得者を増やすだけでは不十分で、その後の労働市場をきちんと整備しておかなければなりません。高度な人材が評価される市場がなければ、そうした人材になろうというインセンティブも働きません。

アカデミックなポストが十分にない状況では、誰もが博士に進もうとは思わないものです。しかし人口減少が避けられない今、アカデミックポストは多くはならないと思われます。

そこで学び直した人材の価値が認められる労働市場を、民間の中でより広く作っていくことが求められます。その雇用先として、高度な技術を用いたスタートアップは一つの有望な選択肢のように思います。

本来であれば大企業が専門家人材を活かすことを期待されるところですが、メンバーシップ型の雇用が中心の大企業が変わるのは、おそらく長期での変化になってきます。一方、スタートアップは新しい雇用形態を採用できる可能性が高く、そうしたスタートアップが続々と出ていれば、高度人材の受け皿となりうるのではないでしょうか。

さらにそうしたスタートアップが成功すれば、「高度な技術を持つ人が増える → 高度な産業が増える」というサイクルが回り始めます。

リカレント教育とこうした労働市場の整備、ならびにその労働市場を形作る高度な産業の樹立は、並行して行われるべきではないかと思います。そのため、スタートアップの中でも、科学技術を用いたスタートアップを強く推進していくべきだと考えます。

2.3   博士課程進学者の増加

上記のようなリカレント教育の流れと労働市場を作ることと並行して、高度な専門性を持つ人材を育てるべく、博士課程への進学者を増やしていく、ということが必要ではないかと思います。こうしたベースがなければ、起業家もなかなか増えません。

2.4   大学横断のオンラインでのアントレプレナーシップ教育

昨年度実施したものの延長を想定しています。昨年度の取り組みは、それなりに効果があったようです。特にこれまでそうした教育機会を得られなかった大学生に、そうした機会を提供できたことが、効果があった原因の一つではないかと思います。

オンラインでのアクティブラーニングについても、この2年で多くの学生の皆さんが慣れてきたのではないかと思います。オンラインとオフラインを組み合わせて、スケーラブルな教育をしていくことは、教員の少ないアントレプレナーシップ教育の領域においてこそ重要ではないでしょうか。

3  長期

長期的に効果が出ると思われる取り組みです。

3.1   STEM教育の拡大

STEM教育の拡大は、エンジニアを増やし、その中から起業家の道を選ぶ人を増やします。多くの起業を見てきて思うのは、解決策としてのSTEMを学んでいるのと学んでいないのとでは、取りうる起業の選択肢が大きく違うということです。

理工系の人を増やすことは、科学立国という観点でも、起業という観点でも重要のように思います。

3.2   グリーン領域での人材増

2050年のカーボンニュートラルに向けて、必要なのはグリーン化に貢献する領域での事業と人材です。

しかし素材や化学など、グリーン化に貢献する技術領域は、ここ数十年学生からの人気が小さくなっており、人材がやせ細っています。またこうした領域では安定志向が強いためか、スタートアップとの親和性が高い人材もさほど多くはない印象があります。しかしこの領域では新しい技術革新なども期待されており、こうした領域の人材を増やしていく必要があります。

また企業側からも、何を学べば良いのか不明で困惑しているような声も聴きます。そうした領域は個別の企業が努力するのではなく、大学などの共通の学び場で学んだ方が効率は良いように思います。

海外を見てみれば、スタンフォード大学では、2022年から「サステナビリティ学部」が創設されます。70年ぶりに新しい学部が作られて、この領域にコミットをしていくという流れです。

この領域への人材誘導を強くしていくことは、産業政策としても有効であるように思います。

3.3   留学の機会との提供

そこそこ大人になってから、大きく意識を変える経験としては、海外の滞在経験が挙げられます。実際、留学は起業に正の影響を与えるという結果も散見します。

留学と起業とは直接的にはつながりはありませんが、こうした地道な変容経験の提供は、起業家を長期的に増やすことにつながると思われます。

同時に、留学した人が帰国して起業しやすい環境を整える必要もあるでしょう。そうした例を増やすことも長期的に取り組んでいく必要があるように思います。

3.4   初等中等教育からのアントレプレナーシップ教育

キャリア観は大学以前に形成される部分が大きく、早い段階でアントレプレナーシップ教育に触れているのは効果が大きいと思われます。起業家を増やすのであれば、早い段階で起業家というキャリアがあることを知り、それなりのエンゲージメントの高さでその職に触れておくことは有効です。

大学生になると、単なるゲスト講演だけではおそらくあまり効果はありませんが、小中学生であれば、もしかしたら多少効果はあるかもしれません。

なお、ここでのアントレプレナーシップとは、ビジネスの起業だけではなく、社会起業家、政策起業家、企業内起業家、制度起業家、市民起業家など、様々な「業を起こす」人達に共通する能力の涵養も含みます。そうしたキャリアを歩む人への期待は高まっているため、初等中等教育でのアントレプレナーシップ教育は一つの手立てではないかと思います。

3.5   アントレプレナーシップ・スクールの創設

初等中等教育以外のプロフェッショナルスクールとしてのアントレプレナーシップスクールという物もありうるのではないかと思います。

海外のビジネススクールの話を聞いてみると、キャリア転換を目指しながら、最新技術と交流する機会になっているようです。たとえば、MIT $100kなどのコンテストの取り組みは、実質的にMBA生が多くの実働を担っていると聴きます(コンテスト運営を通して色んな人にも出会え、就職や起業に役立つという面もあるようです)。

日本でもビジネススクールを活用することも一つの手ですが、MBAは「Master of Business Administration」という名の通り、基本的にはビジネス管理職を作るための教育が主です。MBAが増えた1900年代前半を見てみても、当時生まれつつあった「大企業」という組織において、欠けていた管理職を養成するための学びの仕組みだったと考えられます。

そこで今の時代に合わせて、「アントレプレナーシップスクール」といった新しいジャンルの専門職大学院相当の教育プログラムを作るのも、一つの方法ではないかと思います。たとえば学位を取りつつ、その中で実際に起業できるような仕組みを作る、といったことも考えられます。

特に日本の国立大学の特徴として、総合大学が多い点が挙げられます。そのため、技術へのアクセスが良い傾向にあります。なので、教育と同時に当該大学の研究を用いた実用化を行うことで、学費の優遇などが受けられたり、実用化のプロセスを論文にまとめることで学位を得られる仕組みなど、いくつかの工夫もできるのではないかと思います。

ビジネススクールやデザインスクールでは出遅れてしまっている今、こうした日本が新しい形態の教育を立ち上げるのも一つの手ではないかと思います。また同時にアントレプレナーシップやアントレプレナーシップ教育の研究を行うことで、その取り組みを加速することもできるでしょう。

なお、ここでのアントレプレナーシップには、先ほど挙げたようなビジネス起業家だけではない、社会起業、政策起業、市民起業、企業内起業等々も含んで、様々な起業を教える、ということを想定しています。

もちろん、ビジネススクールの仕組みがある大学もあるので、そうした仕組みを活用するのも一つの手です。

 

まとめ

少し時間がない中でざっと書いたものなので、色々穴があるかと思います。実際に始める前にはもう少し検討や検証が必要ですが、今考えていることとしてまとめておきます。

間違いもあるかもしれませんし、誤認もあるかもしれません。その際には遠慮なくご指摘いただけますと幸いです。

 

なお、起業家向けのプログラムやアントレプレナーシップ教育に関わる一人として感じているのは、教育するだけで起業家が増えるわけではない、ということです。

たとえば科学教育を受けたことだけで、「科学者になろう」と思う人はさほど多くはないでしょう。むしろ周囲の環境などのほうに影響を受けた、という人のほうが多いはずです。

それに、ハードスキルが起業の妨げになっているわけではないようです。ビジネスや企業の知識を教えれば良いというわけではありません(むしろきちんと学ぶと、起業率は下がるということもあります――ただし、学ぶことで起業した後の成功率は上がるようです)。

これまでもいくつかの記事でお話ししていますが、アントレプレナーシップ教育は反直観的な結果が出ることもあり、きちんと過去の研究を参照しながら進めたほうがよいということは強調させてください。

起業家を増やすための政策としては、セーフティネットの拡充や、リスクマネーの多様性の拡大・供給拡大など、様々な方策があります(おそらく清水洋先生の近刊『アントレプレナーシップ』で諸々カバーされるのではないかと期待しています)。そちらも合わせて考えるべきであって、教育だけが手ではありません。

だからといって教育にまったく影響がない、というわけではありません。「起業を迷っていた」と言う人の後押しはできるでしょうし、周囲の環境を徐々に変えることには影響できます。うまくやれば、変化のためのレバレッジポイントにもなるのが教育です。

教育機関に勤める一人として、その役目をうまく果たしていければとも思います。

 

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教育や政策に役立つ、アントレプレナーシップ教育の研究からの洞察 (2022 年版)

起業家教育やアントレプレナーシップ教育について日本でも注目が集まってきています。

アントレプレナーシップ教育については、この十年様々な研究が蓄積されてきており、効果なども定量的に示され始めています。注目が集まっているのは良いことですが、そうした研究や知見の蓄積が顧みられないまま、教育者や実務家教員の勘と経験による教育が広まろうとしていることには、少し危惧を覚えています。

そこで政策や教育に役立つ研究をまとめようとしていたのですが、ちょうど今週、イギリスでイノベーション政策の調査研究を行っている Nesta/IGL が、同様の内容をまとめて Web サイト化していました。

内容を見てみても、私たちが研究結果から見えてきたものや、調査の過程で分かってきたことなどと類似しています。CC BY-NC-SA 4.0 で公開されていたので、今回、その記事を抜粋して翻訳します。なお、文中の太字については翻訳者によるものです。

 

1.1  学校で教えられるべきか?

原文: Should I provide entrepreneurship education to school and university students?

そもそも起業家教育やアントレプレナーシップ教育には効果があるのか、どういった教育であれば何に効果があるのか、と言ったことを整理しています。

なお、より汎用的な能力・資質を身に着ける意味を込めて、以下では「起業家教育」ではなく「アントレプレナーシップ教育」という翻訳で統一しています。

インサイトの元となった研究については、原文のリンクから辿ってください。

1.1.1   効果についてのインサイト

ビジネス面

  • アントレプレナーシップ教育によって、小中学生は創造性、自己効力感、積極性といった非認知的なアントレプレナーのスキルを身につけることができます。
  • 理論的なトレーニングに、ビジネスプランの策定やアイデアの売り込みなど、具体的で明確な実践活動を組み合わせたプログラムは、参加者がビジネスの知識やハードスキルを身につけるのに役立ちます。
  • しかし、こうしたハードスキルの育成には、エデュテインメントや体験談のような非実践的なアプローチは役立たないようです。

意識と意図

  • 学校でのアントレプレナーシップ教育が、起業に対する前向きな姿勢や意思の形成につながるかどうかは不明です。
  • どちらかといえば、体験型のコースは起業に対する態度や意思を阻害する可能性があり、一方、実際の起業家のサクセスストーリーに触れることは有効かもしれません。

自営業

  • 労働市場に参入しようとしている学生にアントレプレナーシップ教育を提供することで、卒業後に自営業に挑戦する可能性が高くなります。
  • しかし、参加者がしっかりとしたビジネス知識と起業家精神を身につけることができたプログラムだけが、長期にわたって自営業に持続的な影響を与えます。
  • プログラム終了後すぐに起業して失敗した経験は、起業に対する態度や意図に悪影響を及ぼす可能性があります。

その他のアントレプレナー的行動

  • アントレプレナーシップ教育を受けることで、参加者はコミュニティ・プロジェクトの立ち上げなど、他のアントレプレナー的な活動に挑戦する可能性も高くなります。

賃金雇用

  • アントレプレナーシップ教育プログラムを通じて得たスキルや知識は、雇用可能性という点では直接的な見返りはないようです。
  • さらに、自営業が賃金雇用の代わりになって、後者を減らし、全体的な雇用水準に影響を与えない場合もあります。

収入

  • 若者の労働市場の機会が少なく不安定な環境では、アントレプレナーシップ教育が自営業を通じて若者の所得を高めるのに役立ちます。

間接的な利益

  • アントレプレナーシップ教育は、参加者が生み出す新たな雇用やコミュニティ・プロジェクトを通じて、より広い社会的利益をもたらすことができます。

エビデンスに基づく設計

  • 変革型起業と密接に関連するスキルや性格特性(自信、野心、自己効力感など)の開発に重点を置いたプログラムは、参加者が個人の生活ニーズを超えた、より変革的で収益性の高いベンチャーを創出するのに役立つ可能性があります。

ティーチャー・トレーニング

  • 新しいアントレプレナーシップのカリキュラムが導入された場合、集中的な教員研修によって、教員の教育実践を新しい内容やアプローチに合わせることができるかもしれません。
  • しかし、生徒の評価が新しいカリキュラムに適合していなければ、より良いトレーニングを受けた教師がいても、起業家精神に特化した試験であっても、より良い結果にはつながらないかもしれません。

1.1.2   試す価値のあるアイデア

  • 若者のキャリア選択に影響を与えることを目的としているのであれば、労働市場に参入しようとしている最終学年の学生をターゲットにしてみてはどうでしょう。
  • ビジネスの知識やスキルを身につけることを目的としているのであれば、理論的なトレーニングと、ビジネスプランの策定やアイデアのプレゼンテーションなどの明確な実践的活動を組み合わせてみてはいかがでしょうか。
  • エデュテインメントや体験談ビデオのような、非伝統的で非インタラクティブな教育活動を利用する場合は、正式なクラス内トレーニングでこれらを補完し、提示された内容について話し合い、ビジネスの概念を定着させるようにしてください。
  • 自給自足のレベルを超えたビジネスの創造を目指すのであれば、科学的根拠に基づき、自信、野心、自己効力感など、変革型起業と最も相関性のあるスキルの開発に重点を置いてみてはいかがでしょうか。

1.1.3   避けるべきこと

  • ❌ アントレプレナーシップ教育によって、参加者の雇用機会を増そうとすることは避けてください。その証拠に、アントレプレナーシップ教育が賃金の支払いに影響を与えることはありませんし、逆に賃金の支払いは減ります。
  • ❌ 成功に必要なリソースやスキルが備わっていない段階で、若者の起業を急がせるようなことは避けてください。早まった試みの失敗は、自営業に対する前向きな姿勢や意思を阻害する可能性があります。
  • ❌ 教師や生徒の評価方法を変えることなく、教師養成に多大な資源を投じることは避けましょう。

1.1.4   翻訳者のコメント

アントレプレナーシップ教育は適切に実施すれば(すべての教育でそうですが)、幅広い能力・資質に効果があります。ただし単に実践をさせれば良いというわけではなく、内容ややり方が重要です。

一般的に教育で起業意思を伸ばすのは難しく、アントレプレナーシップ教育や起業家教育をすれば起業家が増えるかというと、そうではない、という結果は数多く見られます。あくまで起業家的能力を伸ばすことを念頭に置いて実施した方が良いかと思います。

ときに小中学生向けには、エデュテイメントが使われます。今回は BizWorld を使った教育活動を対象とした研究でしたが、こうしたものは非認知的能力には効果があったものの、起業やビジネスのハードスキルへの効果は少なく、しかも起業というキャリア選択についてもどちらかといえばマイナスだったようで、実施の際には注意が必要だと思います。非認知的能力を伸ばすなら、別の手段もありえるので、「非認知的能力が伸びるからアントレプレナーシップ教育をするべき」というのは筋が良い主張ではないと思います。

また起業を過度に促すような試みは、失敗したときの悪影響が大きいと思われるため、避けたほうが良いでしょう。学校が主導する「起業部」のような取り組みは、かなり注意して取り組む必要があると思います。

 

 

1.2  参加者に合わせてプログラムをカスタマイズするべきか?

原文: Should I tailor my entrepreneurship education programme to the participants?

年齢や発達段階などに合わせてプログラムをカスタマイズした方が良いのか、といった観点についてのまとめです。

1.2.1   効果についてのインサイト

年齢と発達段階

  • ハードスキルやビジネス知識は、年齢が高いほど発達し、中高の最終学年や大学でよりよく発達します。
  • ソフトスキルは幼少期に発達しやすいようで、最も影響が大きいのは小学生ですが、大学生には効果が見られません。
  • 自信、向上心、自己効力感など、変革型起業に関連するスキルや特性に焦点を当てたプログラムも、中高生に効果的である可能性があります。

起業家精神を阻むもの

  • 起業家精神に乏しい社会集団に属する人々は、既存の固定観念を打ち破るようなプログラムからより多くの恩恵を受けることができます。
  • 起業家の両親を持つ、あるいは強力な起業のエコシステムに囲まれているなど、起業に触れる他の強力なソースを持っていない個人には、ロールモデルに基づくプログラムが特に効果的です。
  • 大学生のような高学歴者にとっては、知識不足が起業の主な障壁とはならないかもしれません。資本金やエコシステムにおける人脈の不足が、より大きな障壁となる可能性があります。

1.2.2   試す価値のあるアイデア

  • 小中学生を対象とする場合は、ビジネスの知識やハードスキルよりも、起業のためのソフトスキルを優先してください。
  • 高学歴の人が相手の場合は、知識不足が主な障壁ではないので、リソース探しやネットワーキングなどのスキルを優先してみる。

1.2.3   避けるべきこと

  • ❌ 両親など、他の要因で起業家精神に触れる機会が多い人に対しては、低強度のロールモデルを提示する介入を行うことは避けましょう。

1.2.4   翻訳者のコメント

これまで起業の取り組みに触れる機会のなかった方々(地方の学生や女性といった方々)に教育を届けるのには意味があると思います。2021年度に実施したオンラインの「全国アントレプレナーシップ人材育成プログラム」は、そうした方々に多少貢献できたのではないかと思います。

また、若年層向けへの教育がソフトスキルの面で効果的であると思われ、かつ、多くの起業ではソフトスキルが起業の成功にかなり大きな重みを持つと思われるため、教育効果という観点では若年層へのアントレプレナーシップ教育が相対的に重要ではないかと考えています。キャリア観が形成されるのも、大学より前のはずです。

大学生以降にはハードスキルの伝達が中心になることになりますが、一方で大学を出たような高学歴層はハードスキルが障害になっているわけではないようです。ただ現状、大学のアントレプレナーシップの授業の一部では、他の工学系の授業などと同様に、知識伝達型が中心になっている場合もあると聞いており、知識伝達型の授業ではない実践型の授業が必要ではないかと思います。

かといって、実践型の授業も色々と注意が必要なので、実践型をすればよいというわけではありません。多くの実践型授業は真正性の低いものであったり、単にビジネスプランニングだけだったりするので、そうしたものも効果は低い傾向にあるように思います。

 

 

1.3  ロールモデルの効果は?

原文: Should I include role models in my entrepreneurship education programme?

授業でのロールモデルの提示の効果や、その方法についてまとめています。

1.3.1   効果についてのインサイト

ビジネス知識

  • 実際の起業家の話を聞くことで、個人は起業に関する一般的な知識が増えたと錯覚するかもしれません。
  • しかし、ロールモデルに触れることは、実際の起業に関する知識やハードスキルの構築には役立たないようです。

信念と態度

  • 起業家と接することで、中高生は一時的に自分のビジネスを立ち上げる能力に自信を持つことができますが、その信念が長期にわたって強化されないと、このような影響は消えてしまうかもしれません。
  • 成功した起業家に接することで、中高生の自営業に対する態度が改善されることがあります。
  • 成功した女性に接することは、女性自身や女性に対する差別的な考えを持つグループの間で、女性が起業の分野で成功するための能力に関する信念に影響を与えることができます。
  • ロールモデルとの接触は、それほど強度の高いものである必要はありません。小さな交流や交流がなくても、起業家精神に対する信念、態度、意図など、関連する成果のいくつかに影響を与えることができます。

キャリアの選択

  • 若者の経済的機会が少ない国では、資金不足、スキル不足、複雑な規制など、起業の障壁となるものの重要性を認識させるためには、非インタラクティブな形式で、実在の起業家に触れるだけでは十分でない場合があります。
  • 起業のエコシステムが盛んな地域では、起業に関心のある大学生を実際の起業家と結びつけることで、彼らがアーリーステージのベンチャー企業に参加して起業のキャリアを追求する確率を高めることはできますが、彼らが自分で資金調達する可能性を高めることはできません。

誰が一番得をするのか?

  • 起業家のロールモデルは、ステレオタイプによってネガティブな影響を受けている女性などの個人には特に適しています。
  • また、起業家の両親を持つなど、他の影響源からアントレプレナーシップに集中的に触れてこなかった学生も、より大きな恩恵を受けることができます。

ロールモデルの選択

  • ロールモデルは、特にネガティブなステレオタイプの影響を受けている社会的地位の低い人々にとって、共感しやすいものであればあるほど効果的です。
  • 教育制度が整っていない状況で、学校を中退した起業家の成功例を紹介すると、起業を志す若い学生の教育投資にマイナスの影響を与える可能性があります。
  • 特に、起業において代表的でないグループに属する人物の、一般的でないサクセスストーリーを使用すると、起業家として成功することの難しさや、特定のグループが直面する差別について、歪んだイメージを与えてしまう可能性があります。
  • また、実在の起業家へのアクセスが困難な場合は、クラスメートをロールモデルとして活用することも可能です。

1.3.2   試してみる価値のあるアイデア

  • 実際の起業家に講演をしてもらい、メンターやアドバイザーとしてプログラムに参加してもらってはどうでしょうか。
  • ロールモデルを選ぶ際には、起業家精神に乏しいグループから選ぶようにしましょう。
  • 参加者と同性のロールモデルをペアにしてみてください。
  • 簡単に拡張できる介入を希望する場合は、実際の起業家との録音インタビューなど、非インタラクティブな形式を使って参加者がロールモデルに触れるようにすることを検討します。

1.3.3   避けるべきこと

  • ❌ 起業家になるとはどういうことなのかについて、歪んだイメージを提示することは避けてください。そのようなイメージは、自営業に対する実際の障壁について、非現実的な信念や期待につながる可能性があります。
  • ❌ プログラムの主な目的が、参加者の起業家としてのスキルやビジネス知識を高めることである場合は、ロールモデルを使用することは避けてください。
  • ❌ 学齢期の生徒を対象にロールモデルを選ぶ場合は、学校を中退して成功した起業家を含めるのは避けましょう。

1.3.4   翻訳者のコメント

 ゲスト講演を聞くだけでは能力が伸びないことは、言われてみれば当たり前なのですが、意外と多くの授業がゲスト講演だけで終わってしまっている話も聞きます。

一方で、ゲスト講演だけでは起業意思すら伸ばさず、むしろ起業意思が高かった人たちの意思を下げる結果になっており、キャリア教育という観点でも効果は薄いように思います。

なお、ロールモデルについては、その関与の深さも重要ではないかと思っています。単なるゲスト講演のような浅いロールモデルの提示の場合、これまで起業家に触れてこなかった層には効果がありますが、そうではない層にはおそらく様々な面であまり効果はありません。

起業家による個別メンタリングなどは、中程度の関与に分類されると思いますが、これはスタートアップへの就職は促進するものの、起業への効果は見られなかった、という研究もあります(ただし悪い形での起業を避けさせ、成功率を上げる可能性は指摘されていますし、一度スタートアップに就職することで長期的に見れば起業の可能性は高まると思います)[1]。一方、近親者に起業家がいる場合は顕著にその人の起業率は高まりますし、起業家の近くで働いたような深いロールモデルを継続的に提示できた場合、効果はかなり高く出るのではないかと思います。

ついては、ゲスト講演などをして、低い交流度のものを提供した後に、スタートアップへのインターン(※ただし起業家のすぐそばで働けるインターンや、物凄く少人数のスタートアップへのインターンに限る)などを提供することで、学生の起業家への関与を段階的に高めていく仕組みなどが必要なのではないかと思います。

 

 

1.4  チームの多様性をどれだけ考慮するべきか?

Should I encourage team diversity in my entrepreneurship course?

教育の場で、多様性を考慮しながらチームを作ることについてのインサイトです。

1.4.1   効果についてのインサイト

多様性の大きさ

  • アントレプレナーシップコースでは、中程度の多様性を持つチームが、非常に同質なチームや非常に異質なチームよりも優れたパフォーマンスを発揮する傾向があります。

多様性のタイプ

  • チームは、能力的に多様なメンバーを持つことで恩恵を受け、アントレプレナーシップコースでより良いパフォーマンスを発揮するようです。
  • しかし、学歴や民族の面で高いレベルの多様性を課すことは、チームのパフォーマンスに悪影響を及ぼす可能性があります。
  • 性別の多様性が大きいと、チームのパフォーマンスにどのような影響を与えるかは不明です。

チームサイズ

  • 多様性は、より大きなチームの方がうまくいくかもしれません。なぜなら、チーム内に同じような人がいることによるポジティブなピア効果を放棄することなく、問題解決へのさまざまなアプローチ、スキル、性格的特徴の恩恵を受けることが可能になるからです。

奨励か強制か

  • 多様なチームが自発的に形成される場合、押しつけられた多様性の有害な影響のいくつかは再現されません。

1.4.2   試す価値のあるアイデア

  • コースのチームの多様性を高める場合、参加者が共感しやすいチームメイトを持つことの利点を損なわないよう、より大きなチームを編成してみてください。
  • 完全に均質なチームから逸脱することの潜在的な利点を参加者と共有し、学生がより多様なチームを自発的に結成するように促しましょう

1.4.3   避けるべきこと

  • ❌ コースで極端に多様なチームを作ることは避けてください。チーム内で効果的なコミュニケーションを構築するためのコストは、より多様なスキルを集めることの利点を上回ります。

1.4.4   翻訳者のコメント

様々なところで指摘されることですが、多様性が高すぎるとなかなかうまくいかず、低すぎるとチームとしての創造性が発揮されないので、中程度の多様性を持ったチームを作ってもらうことが良いと思います。その際に自発的になるような仕組みもあれば良いと思います。

 

 

1.5  まとめ

こうした様々な知見を活用しながら、より効果の高いアントレプレナーシップ教育が日本全体で実施されて行けば良いなと思います。

また、並行してこうした効果研究が日本でもどんどんと行われて、教育効果を継続的に高めていくことも行っていければと思っています。

 

本コンテンツは Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 4.0 International License に基づき、Entrepreneurship education - IGL Evidence Bites で掲載されている記事をもとに翻訳したものを利用しています。Nesta ならびに Innovation Growth Lab の活動に感謝申し上げます。

 

[1] Eesley, C., & Wang, Y. (2017). Social influence in career choice: Evidence from a randomized field experiment on entrepreneurial mentorship. Research Policy, 46(3), 636–650. doi: 10.1016/j.respol.2017.01.010