🐴 (馬)

Takaaki Umada / 馬田隆明

「スタートアップ」の定義と1兆円企業

2024 年の日本のスタートアップエコシステム全体としてアプローチしなければならない課題は、日本からデカコーン (1 兆円企業) をどう輩出していくか、という問題であると考えています。

背景として、VC の投資額が10年で約10倍と先行して大きくなっている一方で、入り口となるスタートアップの数や、出口の Exit の数・金額はまだ十分には増えていないという状況があるからです*1。特に課題なのは Exit のほうでしょう。

図中のグラフ画像は 【最新版】2023年スタートアップ調達トレンド |INITIAL から

この状況が続くと、VC のファンドに期待されるリターンが出せなくなり、資金が LP に循環せず、その結果、VC が次のファンドを組成できず、スタートアップへの投資にもお金が回らなくなる可能性があると考えます。

 

この状況を避けるためには

  • Exit の数を増やす
  • Exit の単価を増やす

のいずれかが必要です。

Exit は主に IPO か M&A です。IPO の数が劇的に増えることは恐らくないでしょう。グロース市場は上場要件を厳しくする方向になっていますし、監査法人の人手不足を考えると短期的には増えないように思います。

M&A の数を増やして Exit の数を増やす、ということも盛んに言われますし、個人的にもその数が増えると良いと思っています。ただ、日本の産業特性を考えたとき、国内のスタートアップが IT 系中心の状況だと「国内大手企業による、国内のスタートアップの M&A」は劇的には増えないのでは……とも思っています。

もちろん、大手 IT 系の企業やメガベンチャーと呼ばれている企業がスタートアップを買うことはこれからも続いていくと思いますし、増えるでのはと思います。ただ、日本でスタートアップの買い手になってほしいと期待されている企業の多くは、IT サービス系ではないでしょう。

そのとき、たとえば McKinsey はスタートアップを買収するアプローチとして、

  1. 技術や知財の買収
  2. 人材の買収
  3. 製品の拡張
  4. 地域の拡張

の4つに分けていますが、大手"製造業"の企業がIT系スタートアップを"高値で"買うとしたら恐らく「製品の拡張」が主で*2、それは海外のスタートアップも含んで比較検討される領域です。

McKinsey による M&A の戦略の整理: https://www.mckinsey.com/capabilities/mckinsey-digital/our-insights/buy-and-scale-how-incumbents-can-use-m-and-a-to-grow-new-businesses

日本の市場が魅力的であれば、国外の企業が日本市場にエントリーするために日本のスタートアップを買収することはありうるかもしれませんが、その数は限られるように思います。

 

M&A の数が増えるとはいえさほど増えないのであれば、いかに質を伸ばすか、つまり中長期的に大型の Exit を出す方向を考えた方が良いのではないか、と考えます。

これまで政府はスタートアップの目の前にある課題をボトムアップからのヒアリングを通して集め、確実に政策で解決し続けてきて、スタートアップの環境は間違いなく良くなっています。そうであるがゆえに、目の前に見えている課題の多くは解決されている、もしくは解決のめどが立っている状況で、そういう意味でこれからは政府としても、もう一回り大きな政策的挑戦が求められているように思います。

その一つがデカコーン輩出であり、その議論に対してより資源を傾けて議論していくべきではないかと考えます。

 

スタートアップの定義をしっかりとしなければ数を増やすのは危険

一方で、別の動きもあります。スタートアップの数を追う動きです。

スタートアップの数を増やすことは個人的にも賛同していますが、ただそのときに気を付けたいのがスタートアップという言葉の定義です。

少し前までは、「スタートアップ=短期間で急成長する企業」として認識されていたように思います。

ただ、スタートアップに注目が集まるにつれて、「スタートアップ=起業全般」となり、スモールビジネスでの起業も含めた言葉の意味へと、定義が広がりつつあることを懸念しています。

たとえば「スタートアップ=起業全般」の定義では、「受託ソフトウェア開発の開業」「地域の飲食店の開業」「学習塾の開業」「個人コンサルティング会社の開業」も支援対象になってしまいますが、スタートアップ育成五か年計画がそれを目指しているものとは思えません。

補助金の審査等においても、審査員の認識が「スタートアップ=起業」となると、ハイリスク・ハイリターンな案件ではなく、事業としては小さくても、確実性が高いもの(たとえば研究開発が進んでいるものなど)を採択してしまうようになる可能性も十分にあります。

 

言葉の一般的な利用についてはある程度自由で良いと思いますが、一方で政策や支援策を考える上では、その対象を絞ることが重要であり、そのためには言葉の定義を意識する必要があります。

もしこのままスタートアップという言葉の定義がなし崩しに拡大解釈されていくと「スタートアップ=起業全般」になり、その結果「スタートアップ振興」は「新興企業振興」、ひいては「中小企業創出の振興」となり、それ自体には意義があることは強く同意するものの、デカコーンを目指すこととは相反する支援策が実装されることを危惧しています。

 

実際、定義をきちんと定めず、現場に数のゴールだけが落ちてくると、現場では言葉の定義をずらしたり、スタートアップという言葉の拡大解釈が横行することは容易に想像がつきます。

たとえば、私の聞いている範囲でも、「スタートアップ支援」の予算を引っ張ってきたものの、地域ではハイグロース・スタートアップが十分な数見つからず、スモールビジネスをスタートアップとしてカウントする、ということも起きているようです。

それは悪意を持って行われるものというわけではなく、単にスタートアップという言葉の定義があいまいだから、そしてステークホルダーが増えて言葉に関する認識が違う場合が多くなっているから、というところに帰着するようにも思います。

だからこそ、スタートアップという言葉の定義を明確にするべきだと考えます。たとえば、「ハイグロース・スタートアップ」等、別の言葉を用意して、「エクイティ性の資金を入れて、株式の一定のパーセント以上をVC等に渡している、もしくは渡す予定の企業」といった政策面での言葉の定義を(多少の取りこぼしや例外はあるうえで)明確化していく必要があるのではないかと考えています。

 

起業数を増やしてから、スタートアップを増やすルートはあるのか?

現在、様々な環境の変化によって、スモールビジネスのほうが始めやすく、確実に成功しやすい環境になりつつあるため、「起業全般の支援」を推し進めると、スタートアップではなく、スモールビジネスのほうへと向かう引力が働いてしまうように思います。そうなると、スタートアップをしようとしていた人たちがスモールビジネスへと流れます。

「いやいや、それでも起業家の数が増えることで、2回目、3回目の起業のときに別の領域で大きなことに挑む。だから、まずは起業の数を増やす」という意見もありますが、これについてはやや懐疑的に見ています。

たとえば、シリアルアントレプレナーに関する研究を見ると、成功した起業家は挑む業界を変更する可能性が低く、イノベーションインパクトを持つ可能性が低いことが示唆されています(ただ、経済的な成功はするようです)。日本でもある程度の成功を収めたIT 系のシリアルアントレプレナーは、IT 業界に留まることが多いなと思います。

一方、失敗した起業家は業界を変更する可能性が高く、イノベーションインパクトを生む可能性が高まることが示唆されていますが、一方で経済的に成功する可能性は低い、という傾向にあります。

また、米国でも中小企業の起業家の多くは、そもそも規模拡大を目指していないという調査もあります。

創業時に尋ねたところ、ほとんどの経営者は、大きく成長したいという願望はなく、観察可能な次元で革新したいという願望もないと答えた。言い換えれば、配管工と弁護士は、事業を開始する際、予見可能な将来まで小規模であり続けることを予期しており、新製品やサービスを開発することによる革新や、既存の製品やサービスで新しい市場に参入することさえほとんど期待していない。

What Do Small Businesses Do? by Erik Hurst, Benjamin W. Pugsley :: SSRN

ハイグローススタートアップのための機会の探索として、(時間制限をある程度設定して)受託開発をあえてする時期を設けていたスタートアップはいくつかあれど、受託ITソフトウェア開発や人材派遣の事業で成功したからといって、「よし次はハイグロース・スタートアップだ」となっている例はあまり見かけないように思います。あくまでこれは個人の感覚ですが…。

それに一度起業すると、失敗するとしても  5 年ぐらいはその領域で頑張る人がほとんどです。成功すればもっと長い間その領域に留まります。その間、起業家は他のハイグロースな事業領域に手を出しづらくなります。

ここから言えることは、急成長するスタートアップを増やしたいなら、全般的な起業を増やすのではなく、回り道をせずにストレートに急成長するスタートアップに狙いを定めて起業を増やすべきではないか、ということです。

 

まとめ

個々人の幸福につながる起業そのものは、個人の目線で見れば意義のあるものですし、個人の幸福を追い求めることは国として支援する必要がある場合もあると思います。

ただ国全体で産業や雇用を作るといった目的があるのであれば、起業全般をおしなべて支援するのではなく、どういった形の起業を支援するかを明確にしなければならないように思います。特に起業家が希少であればあるほど、その起業家の目をどの領域に向けてもらうかは大事になってきます。

起業やスタートアップに関するステークホルダーが増えてくるにつれて、認識の齟齬も生まれやすくなっています。だからこそ言葉の定義を明確にしておかないと、目的を達成することは徐々に難しくなっているのでは、と考えた次第です。

*1:10年で見るのが正しいのか、という議論もあると思っています。VC ファンドが組成されて3 ~ 5 年で新規投資がなされるとすると、2019 年以降のファンド組成は毎年 5000 億円強で、その間の調達社数はほぼ横ばいでした。であれば短期的にはそこまで逼迫していないのかもしれません。ただ Exit の量と質が10年前と同じなのは、変わらず厳しい状況ではあると考えています。

*2:Acqui-hiring は主にシードが対象で、あまり大きな金額にならないことが多いです

スタートアップの方法論の変遷 ~「適切な場所で」、適切なものを、適切に作る ~

リーンスタートアップの方法論、特に仮説検証型の方法論を起業志望者の方々に伝えてきて感じたことは、「この方法論は、ちゃんと考えて運用しないと、急成長するスタートアップではなくスモールビジネスを生みやすいのでは」ということでした。

とはいえ、この方法論は「2010年代のとあるタイミングでは」スモールビジネスではなくスタートアップを生み出すためのとても有効なものだったとも思います。それは様々な条件がたまたま揃ったタイミングでした。

ただ、スタートアップに適した領域が年々変わってくるにつれ、その方法論だけでは足りなくなってきたとも感じています。

 

これを少し振り返りながら整理したいと思います。

スタートアップに適した「場所」の変遷

2010年代は、ソフトウェア産業に多くのスタートアップ関係者の目が向いていました。このタイミングのこの産業の特徴として、

  • 初期投資が少なく済む
  • 市場が急成長する

というものが挙げられます。

その背景となったのは、クラウドによる初期のインフラコストの低減、スマートフォンの普及、Webやアプリストア等の配布コストの低いチャネルの登場、さらにはSNS等の新しくコストの低い宣伝チャネルなどが揃ったことです。

開発から展開に至るまでの多くのコストが下がり、さらに新しい以上も急激に立ち上がりつつあったので、新しい機会が生まれていました。

さらにこの市場は、当時としては「今は小さいけれど急成長するかもしれない」という、大企業が狙いづらい市場でもありました。スタートアップだからこそ狙える機会があった、ということです。

 

ただ、ソフトウェア産業においても、その流れを3年ごとに少し大雑把にまとめながら、その変遷を見ていきたいと思います。

1.1  2009 年前後 - B2C

2008 年に App Store が開設され、スマートフォン向けのアプリ市場が一気に立ち上がります。iPhone も基本的には消費者が持っているもので、アプリが出てきたのも最初は B2C の領域でした。

B2Cの領域は、(今でもそうですが)不確実性が高く、何が当たるかが分かりません。ある程度狙うことはできますが、確率的に何かが生まれてきます。

不確実性が高く、どこに「当たりくじ」が潜んでいるか分からない領域では、リーンスタートアップ的な探索の方法論は効果を発揮しやすいように思います。

さらにソフトウェア系の事業の良い点として、探索の中で顧客や市場が多少変わったとしても、多くのソフトウェア開発のスキルが転用できるということも有効に作用します。エンジニア創業者であれば、自分が食べていくのに十分な資金があれば(つまり生活費さえあれば)、多少違う領域でも少し学んで何度も繰り返し挑戦することができます。

さらに機会に対して仮説検証を繰り返すことで、軌道を修正しながらよりその機会に対いて自分たちの製品を最適化していくことができます。そうした試行錯誤をしていく中で市場が成長していくと、自動的に自分たちの事業も伸びる、という市場の成長の果実を受け取ることもできました。

このような条件が揃い、2010 年の前後において、リーンスタートアップの方法論は格別の効果を発揮してきたように思います。

実際、「ユニコーン」という言葉が生まれた2013年、B2C領域のユニコーン企業が企業価値の 80% を占めていたと言われています。

1.2  2012 年前後 – B2B ホリゾンタル

B2Cのあと、次第にB2Bのソフトウェア、いわゆるSaaSが流行ってきます。

最初はホリゾンタルなSaaSでSMB領域、スタートアップを狙ったものも多かったように思います。人事や経理、広告マネジメントや解析ツールといった領域です。

この領域でもリーンスタートアップを使った探索は有効でした。業界知識はもちろん必要とされましたが、ソフトウェアエンジニアリングのスキルのほうが相対的には重要で、その時点の技術で解決できる課題を見つけることができれば、クラウド経由で広く提供していくこともできました。

サブスクリプションというビジネスモデルにより、収益の予見性が高いという点も優れていた点だと言えるでしょう。

1.3  2015 年前後 – B2B バーティカル

ホリゾンタルSaaSの機会が探索され、果実として刈り取られていくと、次は業界特化型、いわゆるバーティカルSaaSへと探索先が変わっていきます。

こうなると徐々に業界知識が相対的に重要になってくると同時に、どの市場を選定するかやセールスなどが急成長に対して大きな比重を占めるようになります。

ただし、ここでもリーンスタートアップ的な探索の方法は有効で、市場さえ適切に選べていれば、その方法論は使えていました。

ただ小さな市場で事業を作っても急成長はしません。リーンスタートアップの方法論を使うことで「初期の成功」は掴むことはでき、有効そうに感じるものの、急成長を目指すにはもうひとひねり必要になってきます。

つまり、急成長のための事業戦略の重要性が増してきました。

1.4  2018年前後 – B2B エンタープライズ

その後、2010年代後半になるとB2Bの中でもエンタープライズ向けに注目が集まるようになりました。

エンタープライズになると、製品に求められる実用最小限の品質は必然的に上がりますし、セールスサイクルも長くなり、エンタープライズセールスの知見も必要になります。

その結果、最初に必要な資金は大きくなり、ファイナンスや採用などの重要性が増します。初期に行う「顧客の課題を見つける」という基本は変わらず、リーンスタートアップの方法論は使えるものの、それ以上に総合的な能力や、戦略的にビジネスを構築していくことの比重が高まっていきます。

実際、2013年のユニコーンの80%がB2C起業だったのに、今では B2B 領域の企業が 80% を占めています。

 

ここまでざっとですが、2010年代の移り変わりを見てきました。3年毎に区切っているのは恣意的なものですが、そこまで大きく外しているわけではないとも思います。

ここから言えることは、スタートアップに適した市場は移り変わり、そしてそのたびに適切な方法論も変わる、ということです。

スタートアップに必要な「成長する市場」に自然と皆の目が向いていたタイミングで、その市場に最適なリーンスタートアップの方法論が使われていたため、リーンスタートアップはスタートアップの成功に大きく寄与していたのだろうと思います。

一方で、リーンスタートアップだけで挑んでしまうと、あまり市場のことを考えずに機会や製品を最適化してしまい、「たまたま急成長しそうな市場」でない限り、スモールビジネスになってしまう可能性がかなり高いのが、リーンスタートアップだけに依拠する考え方だろうなと思います。

 

場所が変われば探し方も変わる

数年ごとに急成長する領域は変わり、領域によって適切な方法論は変わります。仮説検証や営業等、ある程度共通する考え方はあれど、過去の成功した方法論をアンラーンし続ける必要もあるのでしょう。

関連して、「街灯の下で鍵を探す」という例え話があります。Wikipedia から引用してみます。

ある公園の街灯の下で、何かを探している男がいた。そこに通りかかった人が、その男に「何を探しているのか」と尋ねた。すると、その男は、「家の鍵を失くしたので探している」と言った。通りかかりの人は、それを気の毒に思って、しばらく一緒に探したが、鍵は見つからなかった。そこで、通りかかりの人は、男に「本当にここで鍵を失くしたのか」と訊いた。すると、男は、平然としてこう応えた。「いや、鍵を失くしたのは、あっちの暗いほうなんですが、あそこは暗くて何も見えないから、光の当たっているこっちを探しているんです」

引用: 街灯の下で鍵を探す - Wikipedia

リーンスタートアップが流行ったころは、多くの関係者が「正しい場所で探索しているか?」を問わなくても良い、あるいは自然と「初期投資が少なく」「市場が成長している」IT領域に目が行く稀有な時代だったと言えるでしょう。方法論を適切に運用をすれば、ある程度適切な答えに辿り着け、市場自体も急成長してきました。

しかし、探索する場所が変われば、スタートアップの方法論も変わります。そして当然ですが、重要なのは方法論そのものよりも、正しい場所で探索をすることです。

急成長を至上命題とするスタートアップの場合、これまで見てきたように「適切な場所」というのは3~5年でその場所が変わります。

それに世の中で注目されている場所が、「スタートアップにとって」適切だとも限りません。大企業が毎年数兆円をかけて研究開発やアプリケーション開発をしている場所でスタートアップが勝ち残るのは(不可能とは言いませんが)かなり難しいからです。もし挑むなら全く違うアプローチが必要になってくるでしょう。

 

そうした文脈で、カンパニークリエーションのような方法論、というよりは投資スタイルが改めて注目されているのではないかと思います。その背景にあるのは、探索する場所が少し変わったということです。

ただ、昔からバイオの領域はカンパニークリエーションがありました。カンパニークリエーションも、タイミングと領域によって有効かどうかは変わります。創薬や Climate Tech の一部領域など、「作れれば売れる」系のある程度需要が見えているものであれば有効かもしれませんが、その他の領域で違う方法論が必要なのだろうなと思います。

 

まとめ

ベンチャーキャピタルから投資を受けるような「ハイグロース・スタートアップ」という特殊かつ制約の強い起業の形態では、時期に応じて好ましい市場や領域が異なり、その市場や領域に応じて適切な方法論も異なる、という話なのだろうと思います。

何度も引けるくじ引きがあれば、何度も何度も素早く引いているうちに当たりくじが出てくることがあるため、試行回数の多さが成功へとつながります。同様に、何度も何度も低コストでプロダクトを作り、世に出し、顧客の反応を得ながら機会を見つけることができます。

しかし、もしそうでない領域であれば、異なるやり方の方が良いでしょう。

それに、仕方がないこととして、方法論が定式化され広がるころには少し時代遅れになりがちです。過去の方法論のすべてを否定しないほうが良いと思いますが、定式化された中でも「今」使える方法論を見極め、そのうえで自分たちの事業にあった方法論を都度新しく見つけていく努力が必要なのでしょう。

 

IT の領域では、

  • Make the right thing(適切なものを作る)
  • Make the thing right(ものを適切に作る)

という2つの考え方の違いが強調されることがあります*1。

かなり単純化すると、「ものを適切に作る」ことはプロジェクトマネジメントに、「適切なものを作る」ことはプロダクトマネジメントにつながります。

これらを統合して、

  • Make the right thing right(適切なものを適切に作る)

という風にも言われます。

「適切なものを作る」ことには「何が適切なのか」を知るための探索が必要となり、その探索のための方法論はリーンスタートアップなどの形で方法論化されてきました。

しかし、これまで見てきたように、その場所にあった探索の方法論は異なります。ソフトウェア業界がある程度の隆盛を見せたあとの今の時代は「どこが適切な場所で、その場所で適切なものを作るための適切な方法論は何か」を考える必要があるのではないかと思います。

私たちは「適切な場所」がどこなのかを考えなければなりません。リーンスタートアップは問いに対する答えを見つけることに適した方法論ですが、そもそも「問いを立てる場所」がどこなのかによって、その問いに対する答えを見つけるための方法論は変わってきます。

だからこそ、

  • Make the right thing right at the right time in the right place (適切な場所で、適切なタイミングに、適切なものを適切に作る)

という、ある意味で当然のことを考えながら進めていく必要があるのかな、と思った次第です。

 

ただ、繰り返すようですが、リーンスタートアップのような仮説検証型の方法論は一般的な起業においては今でも有効だと思いますし、基本として知っておいた方が良い考え方であることは最後に強調しておきます。

*1:「正しいものを正しく作る」とも言われますが、「正しい」という言葉はやや規範的な意味を持ってしまうため、「right = 適切な」と訳しています。

デカコーンやユニコーンを次々に作る「Vargas」によるカンパニークリエーション

以前 Venture Creation Model についての記事を書きました。

これは投資家側が主となって企業を作るビジネスモデルのことを指します。

バイオの領域では、Flagship Pioneering、Third Rock Ventures、Atlas などが有名です。

ソフトウェアの領域では Idealab (一部 Climate Tech も)、Betaworks、Atomic などが活動しています。こちらでは Startup Studio や Ventures Studio、Venture Builder といった名前が使われることが多いように思います。

Studio というカテゴリ名を使わずに、ソフトウェア系のVCが創業を行うところもあります。Snowflake を作った Sutter Hill Ventures などが有名です。Sutter Hill ではカンパニークリエーションを Origination と呼んでいます。

私が最近注目しているClimate Tech の領域でも、BXVentures、1.5° Ventures、Wavemaker Impact、Marble などが Studio という名を使いつつ、VC でありながら自ら会社を作るという試みを始めています。

そんな中、Studioというカテゴリを使わずに、Climate Tech の領域でカンパニークリエーションを連続して成功させつつある会社があります。

スウェーデンの Vargas Holding です。

Vargas Holding とは

Vargas Holding は2014年に設立された会社で、自社を「インパクト・カンパニー・ビルダー」と呼んでいます。IT や通信業界でのキャリアを持つ Carl-Erik Lagercrantz と、プライベートエクイティ出身の Harald Mix の2人によって作られました。

Vargas はいわゆる「カンパニークリエーション」をしている会社で、しかもバイオ以外の領域、特に Climate Tech 領域で行っています。

 

現在のポートフォリオは4社ですが、有名なのは以下の2社でしょう。

 

Northvolt

2016年に設立された、言わずと知れたバッテリーのスタートアップです。2024年1月時点でデットも含めて $8.8B (約 1.2 兆円) の資金調達を行っています。デカコーンになっていると言われている Climate Tech スタートアップです。

 

H2 Green Steel (H2GS)

2020年に設立されたグリーン鉄鋼を製造する会社です。デットも含めて $5.4B (約 7,600 億円) の資金調達を行っています。ユニコーンにはなっているでしょう。

 

Climate Tech領域をかじれば必ず名前を聞くこの2社、資金調達額は合わせて約2兆円の会社たちが Vargas という1社のインキュベーション会社から生まれてきています。それだけではありません。Vargas はさらに Polarium (時価総額 $641m 推定) や Aira (時価総額 $383 - 657m) といった会社も作っています。

そんな Vargas では、どのように次々と大きなインパクトのあるスタートアップを投資家自ら作っているのでしょうか。恐らく細かいやり方にこそ真髄があるように思いますが、Webで調べられる範囲で見ると、以下のようにまとめられそうです。(Web にある情報だけなので抽象度は高いです)

方法

1.  マクロトレンドを見て、あるべきものを作る

Vargas の共同創業者の二人は、2014年に大きな変革をもたらすマクロトレンドを理解するところから始めたそうです。その一つが脱炭素です。

まず通信事業の中で気づいたエネルギー領域の課題に取り組むため、Polarium を立ち上げました。その中で、バッテリーについてヨーロッパがアジアに大きく依存していることに気付き、「それはおかしい」と考えて、テスラのようなサプライチェーンを欧州で作るために Northvolt を作るに至っています。同様にH2 Green Steelも、脱炭素時代の新しいバリューチェーンを作る必要がある、という「こうあるべきだ」という考えから取り組み始められています。

社会に必要な事業を作る、そのために必要な人・技術・お金を集めてくる起点になる、というのが、Vargas のアプローチだと言えるでしょう。

もちろん直近のニーズを見る必要もありますが、脱炭素や安全保障というマクロの観点から、その地域や国に必要な事業を能動的に作っていく、というのが大きな方向性としてあるようです。

2. 垂直統合する

Vargas の取り組む事業は、大規模プロジェクトかつ垂直統合を行うモデルを採用することが多いようです。いわゆる、フルスタックスタートアップに近いとも言えるでしょう。

その分、必要なお金は大きくなりますが、うまくいけば大幅な転換が可能になりますし、コストを劇的に下げられる可能性もあります。米国の Hadrian なども同じようなアプローチを取っているように思います。

その際に必要なのは資金で、その資金を集めるという手腕が問われます。では資金をどう集めているのでしょうか。

3. 売上コミットメントを早期に獲得する

Northvolt も H2GS も、顧客を先に集めて、そのコミットメントを基に資金調達をしています。購入者はフォルクスワーゲンやBMWなどです。

「売った」という実績を用いてお金を集め、お金を集めてから作る、という進め方をしているということです。

この Vargas のモデルでは、「作る前に売る」ことで、大量の資金調達を行えるようにする、というのが一つのキーポイントとなっていそうです。

speakerdeck.com

4. 顧客に製品を買ってもらって、投資もしてもらう

顧客から LOI を獲得するだけではなく、オフテイカーやサプライヤーを含んだ大型の資本政策を行っています。サプライヤーが株主に入るのはしばしばありますが、オフテイカーが入っている点は Vargas の作った会社の一つの特徴でしょう。

一般的に、こうしたグリーンプレミアムが乗っている製品を買うのは、購買側がリスクを取ることになります。ただそこで、投資も合わせて行ってもらうことで、エクイティによるアップサイドが提供でき、オフテイカーにとっては最終製品を購入する以上の利益が生まれるかもしれない取引にしている、とも捉えられます。

たとえば、トラックメーカーのスカニア (Scania) は、H2GSのグリーン鋼材のオフテイカーであり、株主にもなっています(下記表)。

Five Lessons for Industrial Project Finance from H2 Green Steel - RMI より

5. ファイナンス手法を駆使する

脱炭素の領域だからこそできることかもしれませんが、政府の債務保証、メザニン債の活用など、様々なファイナンスの手法を使って、お金を集めてきています。ファイナンスに長けた Harald Mix がいるからこそできることでしょう。

また、気候変動対策に積極的な金融機関を巻き込んだりもしています。

インタビューの中で「これはベンチャーキャピタルではなく、インダストリアルキャピタルだ」と言っているのも示唆的です。これもまた、産業を作ろうとする意気込みの表れなのかなと思います。

6. 技術リスクはそこまで大きく取らない

Vargas に関して言えば、技術リスクをそこまで大きく取っている印象はありません。Northvolt はリチウムイオン電池です。全固体電池などではありません。H2 Green Steelも神戸製鋼が買収した MIDREX を使っています。特許も H2GS の名前で取られているものは少ないように見えます。

もちろん追加の研究開発が必要なので、R&D施設のNorthvolt Labsなども作ってはいますが、そこまで大きな技術リスクは取っていないように思います。

重めの技術を使っているからディープテックスタートアップとまとめられがちですが、技術起点で事業を構築するような「ディープテック スタートアップ」ではなく、市場起点で技術を集めてくる「ディープテック スタートアップ」だと言えるでしょう。

7. 必要な人材を能動的に集める

Northvolt は、Harvard Business School のケースにもなっています。ケースの著者は、インパクト加重会計などで有名なセラフェイム教授です。このケースでは、Vargas の創業者たちが、Teslaを辞めたばかりの元幹部に突然連絡を取って、Northvoltの創業者として誘うというエピソードが出てきます。

この動きはEntrepreneur in Residence (EIR) とは少し異なって見えます。EIRはあくまで起業家がアイデアを考えることが多いですが、Vargas をはじめとしたカンパニークリエーションは、先にアイデアがあり、そこに必要な創業者を連れて来るからです。

さらに経験豊富なアドバイザーを使って、アイデア段階の壁打ちを投資家たちがしているのも特徴的です。

8. 政府当局や産業界を巻き込んで調和させる

人を集めるところにも近いですが、産業界を早期から巻き込みながら、政府系の規制当局などとも積極的に初期から話しているようです。プレイヤーを調和させながら進めていく形のようです。

元々ネットワークがある人たちだからこそできることだと思いますが、そうして大きな動きにして、支援される体制を整えることで、大きな賭けができているのではないかと思います。

 

感想

方向性

バイオやIT領域以外でも、難しい領域であればあるほどカンパニークリエーションをしていく必要性が増すのではないか、と思っています。

実際、Venture Creation Model や Startup Studio は、

  • 起業家が希少な領域(バイオ・エンタープライズ)
  • 起業家が希少な地域(EU)
  • できる人が少ない事業形態(垂直統合・政策関係)

などの条件があるときに積極的に行われる傾向にあるように見えます。

起業家が多数いる米国やIT領域だと、大量の起業数を前提にアクセラレータープログラムで加速させ、その中のどれかが確率的に当たる、といったことができるかもしれません。しかし、起業家の数が限られている日本、しかも高度な技術やドメイン知識が絡むような領域だと、必然的に試行回数は減ってしまいますし、そもそも挑戦しようという人が少ないため、投資家側が能動的にお膳立てして会社を作っていくカンパニークリエーションをしなければ、なかなか生まれづらいのかもしれません。

実際、日本でもカンパニークリエーションを狙い始めているVCが徐々に多くなってきているように思います。

領域

こうした重めの領域に、垂直統合などの挑戦したい、という起業家が出てきたら、もちろん出てきたら力の限り支援したいと思いますが、一方で、ボトムアップで出てくるのを待っていても中々出てこないのも事実です。それに、やりたいからと言っておいそれとできる領域でもありません。最初から政府と話せる人はそう多くないでしょうし、少なくともファイナンスの能力などは必要になってくるでしょう。

そうした意味でも、ある程度アイデアの原型を作り、それができる人を集めてくる、というアプローチが必要なのではないかと思います。

(そして最近、ARPA-Eの話も聞いたのですが、こうした「国の中にあるべき事業」はテーマを議論して、そこに能動的に作っていくべきなのかなと思っています。)

方法論

ただ、Vargas のやり方は一例です。すべての領域で使えるとは思いません。

たとえばもっと技術リスクを取る代わりに、垂直統合はしない、という選択肢もあると思います。

ただ、海外でのこうしたノウハウを参考にしつつ、日本全体としてノウハウを溜めていくことができれば、国の産業に資するスタートアップも生んでいけるような体制が作れるのではないかと思います。

やるべきことをやる

Vargas のような取り組みの日本版をうまく作ることができれば、たくさんの意義のある企業が生まれてくるように思います。

 

私自身は各領域の技術そのものやファイナンスにそこまで詳しいわけではありませんが、技術者や研究者は近くにいますし、スタートアップのやり方については多少の知識はあります。それに、公的機関に近い場所にいるからこそ、需要と供給、そして政府といったステークホルダーを巻き込むこともできるかもしれません(私は公的な仕事に関わる限り、個別の会社の株を上場・未上場ともに持たないポリシーなので)。

であれば、Vargas のやり方を参考にしながら、テーマを決めて、技術も探し、そして人も探し、そのやり方を定式化する、といったことができうるのかなとも思った次第です。

日本の次の産業を脱炭素領域で作る。そうしたテーマで一緒に議論を始められればなと思います。