🐴 (馬)

Takaaki Umada / 馬田隆明

埋め込まれたアントレプレナーシップ教育

これまでの小中学校におけるアントレプレナーシップ教育の展開計画では、いくつかの課題がありました。たとえば以下のような課題です。

  • 既存の授業科目とは「別」のコマを用意することが想定されており、学校や教師の負担となっている(ただでさえ、外国語や情報教育で負担が増している中で)
  • 「アントレプレナーシップ教育=ビジネス教育」という素朴な理解(誤解)を持つ教師に反発を受ける
  • 適切なアントレプレナーシップ教育を実施できる人が(特に地方では)少なく、広く展開することが困難である

これらの問題を解決する方法として「埋め込まれたアントレプレナーシップ教育 (Embedded Entrepreneurship Education: EEE) 」があるのではないかと思います。

 

これは、アントレプレナーシップ教育用の授業を別の枠を用意して行うのではなく、既存の科目の中でアントレプレナーシップ的な能力を伸ばすことを企図した教育です。

例えば日本の小学校などでは、以下のような形をとることができるのではないかと思います。

科目

具体的な活動

涵養されるアントレプレナーシップの資質・能力

理科

教科書にないことを提案し、実験をしてみる

仮説検証

社会

地域の社会課題を知り、解決する

社会課題解決、仮説検証、リソースの獲得

国語

誰かを動かすメッセージを書く

 

リソースの獲得

算数

お金の計算をする

財務、会計

 

埋め込まれたアントレプレナーシップ教育を実現しようとすると、既存の科目の中身を少しずつ変えていくとい大きな作業が発生します。ただ、それを超えるメリットとして、

  • 追加の授業をしなくても良い(教員の負担を減らせる)
  • 既存の教員を活用できる(ただしアクティブラーニング的手法を学ぶ必要がある)
  • 個別にアントレプレナーシップの授業を行うよりも大きな効果が得られる可能性がある
  • アクティブラーニングや、文部科学省の「生きる力」とも密接に関連するアントレプレナーシップを既存の課程を活かしながら涵養することができる

といったものが得られるのではないかと考えています。

 

これまでもEUやイギリス等では先行的に試されており、これらの事例を参考にしながら進めていくことができるのではないかと思います。

なお、この Embedded Entrepreneurship Education は 2023 年にシステマティックレビューが書かれています。

学生にとっての「社会」と「社会課題の解決」

「社会」という言葉はもともと日本語にあった言葉ではなく、society という言葉の翻訳のために、明治時代に新しく作られた造語だそうです。

この society という言葉には意味が大きく2つあり、

  • 狭い範囲の人間関係 (例: 仲間、友人、組、会)
  • 広い範囲の人間関係 (例: 世間、地域、国、世界)

だと言われています。

 

現在日本で、『社会』という言葉を聞いたときに想起するのは、より抽象的な広い意味での社会、いわば「大きな社会」のほうかもしれませんが、もともとは「小さな社会」の意味も持つ言葉でした。小さな社会と大きな社会がグラデーションのようにある、と捉えたほうが良いのかもしれません。

 

学校教育やアントレプレナーシップ教育では、「社会課題の解決」が盛んに言及されるようになりました。そのときにイメージされる『社会課題』は、社会という日常で使われる言葉に引っ張られて、より広い抽象的な意味での社会における課題を想定されているように思います。

しかし、語源をたどってみれば、本来であればより小さな「社会」における課題も立派な社会課題です。それに学生たちが実感できる「社会」は発達段階によって異なるように思います。たとえば以下のようなものです。

発達段階

社会の枠

小学生 低学年

家族、親族、友達

小学生 高学年

学級、学校

中学生

学校、部活

高校

地域(広域)、インターネット

大学

日本、世界、学問

社会人

会社、市場、世界

たとえば小学生が、自分たちの学級という社会の課題を何らかの方法で解決したり、学校という社会の課題を、ルール(校則)を変えるよう働きかけて解決するのも、この意味においては立派な「社会課題」の解決だと言えます。

アントレプレナーシップ教育で社会課題の解決を促そうとしたときにやるべきなのは、それぞれの学生が認識する「社会」に合わせた、実感のある「社会課題」の解決の経験と、少しだけストレッチした、次の発達段階での「社会」に目を向けてもらうことではないかと考えています。

 

逆に、小学生に「社会課題を解決しよう」と言い、ビジネス(市場)や世界の課題を解決をさせようとして、SDGs などに貢献するものを考えてもらおうとすると、本人たちに実感のない「社会」の課題を解決を促すことになります。

それには、「より大きな社会」に目を向ける効果はあると思いますが、そもそもの「社会」というものの認識から説明する必要が出てきてしまいます。そして認識や実感のないまま社会課題解決に挑もうとすると、ニュース等で見聞きした表層的な課題を持ってきてしまう傾向にあるように思います。

そして抽象的な社会における課題になればなるほど解決が難しいので、「課題を解決した」という達成経験を得ることはできません。そうすると、多くの人は自己効力感を得られませんし、学びが乏しくなるのではと思います。

 

「何を教育目的にするか」次第ですが、資質・能力を伸ばすことが目的の場合は、学生の発達段階と「社会」の認識に合わせて、身近で実感のある「社会」の課題解決から始め、学生の皆さんが達成経験を得やすい環境を作り、自己効力感を養ってもらいながら、次第に(もしくは時折)市場や広い意味での社会の課題に目を向けてもらう、そうしたほうが社会課題の解決に興味を持つ学生も増えるのではないかと思っています。

大企業とのカンパニークリエーション - デマンドサイドからのオープンイノベーション

先日取り上げた、スウェーデンの「インパクト・カンパニー」ビルダーである Vargas Holding が、新たに繊維スタートアップの Syre を立ち上げ、2024年3月に資金調達を行って表舞台に出てきました。

Syre はポリエステル繊維の大規模なリサイクルを行い、サーキュラーエコノミーを実現しようとする会社です。石油由来のバージン・ポリエステルと比べ、最大85%のCO2排出量を削減でき、品質も担保できるとのことです。

創業は2023年ですが、規模拡大のタイミングが早く、2024年には米国ノースカロライナで工場が稼働予定、2032年までに世界中で12の工場を持つ予定となっています。

 

特筆するべきは、Syre の最初の投資家として、スウェーデンのアパレルメーカーH&Mが入っている点です。そして投資だけではなく、Syreの初期の顧客として、7年間で総額6億ドル (約 900 億円) に相当するオフテイク契約を行っています。

つまり、このスタートアップには需要家・兼・投資家としての大企業が最初からいるのです。

 

これは Vargas がこれまで行ってきた、初期顧客から先行投資と購入契約を同時に行うモデルを踏襲しています。

blog.takaumada.com

たとえば Vargas が作ったバッテリースタートアップNorthvoltにはフォルクスワーゲン、グリーン鉄鋼の H2 Green Steelにはスカニア(スウェーデンの大型トラックメーカー)が初期の需要家・兼・投資家として入っています。

新製品の初期顧客を顧客だけではなく、投資家としても引き入れて、同じ船に乗ってもらうことで、初期顧客は単にイノベーティブな新製品を使えるだけではなく、その会社が成功すれば投資リターンも得られます。

 

このように、需要家・兼・投資家として大企業が入ること、そしてそれをシード段階から行っているというのは、見方によっては、「大企業とVCとが一体となって、デマンド起点のカンパニークリエーション」をしている、という風にも見ることができます。

そしてこうしたスタートアップの立ち上げ方は、新しい「大企業から生まれるスタートアップ」の形、そして新しいオープンイノベーションのである「デマンド起点のカンパニークリエーション」の可能性を示しているのではないかと思います。

サプライサイドのこれまでの取り組み

これまでのオープンイノベーション、特に大企業とスタートアップという文脈においては、サプライ側に着目した動きが多かったように思います。

たとえば大企業からのスタートアップといえば、大企業に眠る既存の資産や技術をもとに「スピンオフ」して、そこにVCが投資するモデルが中心でした。これは技術シーズというサプライ側からの発想です。

またオープンイノベーションの文脈で、CVCやコーポレートアクセラレータープログラムは、スタートアップというサプライがある前提で、それをどうどう連携していこうかという話でした。

しかしこうしたサプライ起点の取り組みは、「出してから考える」ということも多いのが難点でした。60%のコーポレートアクセラレータープログラムは2年以内に失敗しているという調査も2021年には出ており、日本でもうまくいっているという話をそこまで多くは聞きません*1。

サプライ側の発想に重点を置きすぎると、デマンド側にリスクが出てきてしまいます。

 

デマンドサイドのこれまでの取り組み

一方で、デマンド側の取り組みもありました。

オープンイノベーション系のプログラムの中で、「大企業側が欲しいものをやや抽象的な領域単位で募集する」というプログラムも多くありました。

NineSightsのようにかなり課題は詳細に特定するものの、広くソリューションを募集する方法もありましたし、1社のデマンドに絞ったVenture Clientモデルのようなものも出てきています*2。

しかし、「大企業が欲しいもの」を募集したときには、課題が明確になっておらず、ややふんわりとした領域単位で募集されていることも多く、プログラムに入ってPoCぐらいは回せてもそれ以降には進まなかったケースも多かったようです。自社の課題を特定するのはかなり努力を要することなので、仕方がないかもしれません。

一方、課題を明確に特定していても、小さな規模の取り組みであれば、単なる受託開発になってしまうこともあったように思います。

デマンドサイドに着目するのは良かったものの、課題の特定が不十分だったり、需要が大型ではないため、スタートアップとしてはやりづらかった、というのがデマンド起点のオープンイノベーションの難しさだった、ともいえるでしょう。

 

今回の違い

Vargas が行っているものは、グリーン化という大企業の大きく確実なデマンドを起点にしながら、その需要に大企業がコミットまで行う、かなり強めのデマンド起点のスタートアップ設立の方法です。

まず大企業のイノベーティブなデマンド(需要)が基盤にあり、スタートアップはそこで欲しがられているものを作る約束をします。もしこれに成功すれば、大企業はイノベーティブな商品をいち早く手に入れることができます。

それに加えて、大企業は需要のコミットをします。 Letter of Intent すら出さないようなふんわりした需要ではありません。そして受託開発ともやや異なり、大規模なコミットをすることが多いようです。

その需要のコミットが行われることによって、その技術や事業に対する信頼が生まれ、スタートアップは新たな投資を呼び込めます。そうすると勝つ確率を上げられます。

また大企業側は需要のコミットと投資を同時に行います。そうすることで、需要以上のアップサイドを得られます。自社や子会社が単独で事業を行うよりも、リスクを押さえつつ、投資家としてリターンを得ることができます。

その結果、最終的には供給者たるスタートアップも、需要者たる大企業もリターンが得られるという、ある種のWin-Winの関係を構築できる(少なくとも理論上は)、という点が興味深いように思います。

 

日本でのデマンド起点のカンパニークリエーション 

Vargas の作ったスタートアップは、H&M やスカニアなど、スウェーデン国内の大企業が初期の需要家・兼・投資家になっています。もしかすると、これらは国策に近いのかもしれません。

実際、国策でもおかしくはありません。もしグリーンな領域で勝つ会社が自国から出てくれば、そこから富を埋めますし、雇用を生むこともできるでしょう。もし国内の企業でサプライとデマンドの両方を作り、鍛えることができれば、世界の需要を取りに行くこともできます。

日本は製造業がまだ比較的多い国であり、やりようによってはこのデマンド起点のカンパニークリエーションのモデルをやりやすい国のようにも見えます。

 

これを行うには大企業とスタートアップだけではなく、国や投資家ともうまくコーディネーションする必要があります。おそらくやりやすいのは投資家でしょう。

ただ一方で、投資家がそれを自社だけで行おうとすると、Startup Studio モデルに近くなり、その努力に見合うだけの多くの株式を取らざるを得ず、その結果、多くのステークホルダーからの応援が得づらくもなってしまいます。

 

そこで大学等の中立・公的・非営利の立場にいる私たちのような人間が、そうしたコーディネーションを行いながら、次の世代に必要な会社や製品を作っていく初期の活動を担い、そこからつないでいけないかと考えています。

 

すでに何人かの方にはご相談させていただいていますが、こうした大企業とのカンパニークリエーション、特にグリーンの領域でのカンパニークリエーションに大型需要家・兼・投資家として興味がある方がいれば、ぜひコミュニケーションさせてください。未来の日本に必要な事業や会社を一緒に作っていくことができればと思います。

 

関連資料

speakerdeck.com

*1:ただ、ある種の新規事業でもあると考えると、新規事業に取り組んだ会社の10%が成功すれば凄いのではとは思います。

*2:最近の取り組みはこちらなど。