🐴 (馬)

Takaaki Umada / 馬田隆明

地方でのスタートアップ振興が陥りがちな罠

2022年9月現在、政府の政策として、スタートアップ振興とデジタル田園都市国家構想とが走り始めています。

それらが単純に合わさった結果、

各地方で IT 系 (デジタル系) スタートアップを生んでいく

という動きが強くなりそうなことは容易に想像ができます。

しかし、もしそうなってしまった場合、いくつかの陥りがちな罠があるように思います。その代表的な三つをまず紹介したいと思います。

 

三つの罠

(罠1)地方都市がスタートアップを生み、やがて中心地に取られる

一つ目の罠、起業家やスタートアップの流出は、スタートアップの成長に合わせていくつかのタイミングで起こります。

  1. 各地方でITスタートアップを振興する
  2. 地域にいる数少ない起業家が起業するが、起業しようと思った時点で、東京やシリコンバレーに行ってしまう人も出てくる
  3. 残ったスタートアップの中から、成功の兆しを見せるITスタートアップが出てくる
    (ただし多くのスタートアップが失敗してなかなか成果が出ない)
  4. 東京に来れば投資するよ、と投資家から言われるけれど何とか地元で踏ん張る
  5. ITスタートアップがベンチャーキャピタルから数億円の投資を受けて、採用を加速させるものの、その地方では思ったように人材を採用できず、顧客も遠いため、思い切って人材プールや顧客に近い東京や大阪に本社を移転するところが出てくる
  6. その地方で目立ったITスタートアップがいなくなり、地方にとっては育てた苦労が水の泡になる

実際、アメリカでも似たようなことが起こっていたそうで、アトランタのような都市で生まれたIT系のスタートアップは、成長するとシリコンバレーやボストン、ニューヨークに行ってしまっていたようです。

アトランタはいわばそれらの中心的な都市の「飼育場」になっていたと、トロント大学の教授であり、同大学のイノベーション政策ラボの共同ディレクターを務める Dan Breznitz は Innovation in Real Places という本の中で指摘しています。

 

もちろん、すべての地方で生まれたスタートアップが都市部に移転するわけではありません。地元で成功したいという人もいるでしょうし、人材がさほど必要のない事業であれば移転の必要もないでしょう。

しかし、急成長のために、人材プールや顧客の近くに移ることは多くのスタートアップが自然と望んでしまうのではないかと思います。

 

ITという業種はコスト低く始められ、比較的成長もしやすいのでスタートアップ向きです。しかし一方で、IT企業は設備も少なく、従業員も比較的若いため移転による家族への影響も少なく、会社を移転しやすい性質も持っています。そのため、ITとゆかりのない地域だと、ITスタートアップを生み出すのも大変ですが、そこにいてもらうのも大変です。

もちろん、昔と今は違い、地方のスタートアップであっても「完全リモートワーク」を可能にして、日本中や世界中からエンジニアを集めるという手もあります。ただ、それは「世界中から人材を集められる」と同時に、「リモートワーク可能な世界中の企業との人材獲得競争になる」ということでもあり、これも中々険しい道となります(特に円安の今だと)。

国内だけを見てみても、昨今は Yahoo! のような東京の大企業や、東京のスタートアップも「どこでも働いてよい」というリモートワークを認め始めています。地方での生活環境の良さを売りにしていた企業は今後、東京ベースのリモートワークOKの企業と比較されることにもなるでしょう。

 

なので恐らく、どの地域でも一辺倒に「スタートアップ振興」をすればよい、というわけではないのではないかと思います。

もしそうなってしまえば、かつての地方創生の取り組みで全国各地が観光業の振興を行い、旅行客のパイを食い合ったことの再来にもなりかねません。

 

(罠2)東京のコンサルへの依頼が生み出す、画一的な実行計画で全体が疲弊する

しかし今後仮に、日本全国でスタートアップ振興の号令がかかると、多くの自治体は戸惑うでしょう。スタートアップ支援の経験がないからです。

そうして困ったときにやってくるのは、「スタートアップ育成やエコシステム醸成の経験があると自称する東京のコンサル」です。有名なコンサル会社もいれば、シリコンバレー帰りを謳う個人の方もいるかもしれません。

それが2つ目の罠となります。

スタートアップに馴染みのない自治体の担当者の方が、そうした「歴戦の」コンサルタントに計画策定を依頼したくなる気持ちも分かります。実際、最初は外部の力を借りるのも仕方がない部分もあります。

しかしその結果、それぞれの地域の事情に詳しくない東京のコンサルが、どの地域でも同じ画一的な支援計画やエコシステム醸成計画を描き、どこでも同じような「アクセラレーター」を実施してしまうことは容易に起こりえます。

そして「日本のスタートアップ」という小さなパイを各地域が食い合う……という地方創生の時に観光などでしばしば見かけたことが、再びスタートアップという領域でも起こりかねません。

それでは地方の一個一個の都市は成功しないでしょうし、全体として「やっぱりスタートアップ振興は効果がない」という結論になってしまう可能性もあります。それに本来地方を盛り上げるためのお金が、東京のコンサルを通して、再び東京に還流するということにもなるでしょう。

 

(罠3)補助金や支援によってエコシステムが滞留する

コンサルに手伝ってもらったり、自分たちで考えた末、場合によっては、補助金を出してスタートアップを支援することもあるかと思います。

しかし補助金は、IT系スタートアップの初期と相性が悪い場合もあります。というのも、本来スタートアップは短期間で急成長をするために、探索をどんどんとやっていく企業です。自治体としては特定の事業に対して補助を出さざるを得ませんが、初期であればあるほど、事業の方向性は変わりえます。

またアクセラレーターの機能は実は、成長を加速させるだけではなく、悪いアイデアを早く終わらせる、つまり悪いアイデアに対して早期の撤退を促すことでもある、という指摘があります。そうすることで、新しいアイデアを探索する機会を提供し、エコシステム全体としてのスピード感を上げることにつながります。

しかし挑戦者が少ない地域で、かつ失敗に対して忌避感を持つ自治体がアクセラレーターをやってしまうと、他に支援先がないため、悪いアイデアであっても補助金漬け、支援漬けで、悪いアイデアでも生き延びることができる、ということが起こりえます。

メディア等では中小企業のゾンビ企業の存在が指摘されますが、スタートアップ振興でもゾンビ企業は容易に生まれるのではないかと思います。

 

罠から脱却するために

ここまで否定的なことをいくつか挙げてきましたが、「罠があるからスタートアップ振興をやらないほうがよい」と言っているのではありません。「罠があるから、罠に気を付けつつ進める」ために、どうすればよいかを考えるためにいくつかの罠を挙げただけです。

こうした罠にはまることを防ぐためにも、地方でのスタートアップ振興の在り方を今から考えておくことは、それなりの意味があるのではないかと思います。

そこで本稿では、以下からその対策と方向性について、今の私の考えをまとめておきます。

 

対策

あくまでスタートアップに限った仮説ですが、いくつかの方向性で対策は取りうるのではないかと思います。ここでは三つの可能性を提示しておきます。

 

(1) 地域の産業に関連するITスタートアップを振興する

まずITスタートアップであっても、各地域の産業にあったITスタートアップを生むという志向性を持つことです。

たとえばその地域が造船に強ければ物流系のスタートアップを振興し、その地域の会社とともに協働するなどの方法が考えられます。

ドイツの都市のスタートアップにも、そのような傾向が見られるというのは、以前記事で紹介した通りです。アメリカだとメディアや金融に強いNYに、メディアや金融系のITスタートアップが生まれてきているのは有名です。日本でも、クアンド様などは九州の強みを生かしながら、地域産業のアップデートという観点で活動されています。

https://www.projectdesign.jp/201812/area-future-vision/005752.php より

こうした既存産業と結びつく形であれば、そうそうに本社を移転することも難しくなりますし、ドメイン知識を持った人材プールもあり、顧客も近くにいます。

ここで重要なのは、新しい IT 系の人たちをいかにその地域のネットワークに組み込んでいけるか、です。

たとえば先ほど挙げたアトランタにもSilicon Peachと呼ばれているようないIT系を振興するような取り組みもあったようです。Georgia Techという優れた大学もあり、IT系の人材も継続的に輩出されていました。それでもスタートアップが移転してしまったのは、その地域の産業や人などから社会的に断絶していたためだった、と分析されています。

こうした新興産業と既存産業との関係性を作っていくことは、おそらく自治体や地域金融などが大きな役目を果たせるのではないかと思います。

 

(2) 地域にあったディープテック・スタートアップを振興する

スタートアップに関係する政府系有識者の多くはIT系出身であり、IT系のスタートアップを前提に話されているような印象も受けますが、そもそもスタートアップはITに限りません。

個人的な考えとしては、地方だからこそ、それぞれの地方の大学や研究機関が特色を持つディープテック・スタートアップを振興したほうが、地域特性を活かせて良いのでは、と思っています。

地方の大学や研究機関には、それぞれの地方の産業の悩みを解決してきた歴史もネットワークも人材も、そして施設もあるはずです。また、地域の課題も近くにあります。

そうした意味でも、地方でのスタートアップを振興していくうえでは、大学などの教育機関と、産総研などの産業に近い研究機関が一つの鍵となると思っています。研究シーズは新たな産業の種になりますし、教育機関は新しい技術を学んだ人材を継続的に輩出します。またそこから生まれたスタートアップが移転しようとすると、研究施設の再構築なども必要になるため、中々本社の移転もしづらいでしょう。

たとえば徳島大学から生まれた、コオロギセンベイなどで有名なグリラス様は、徳島大学の長年の研究がビジネスへとつながった例です。

ただ注意するべき点もあります。多くの「大学発スタートアップ」や「大学発ベンチャー」は、売上が1億円未満となっており、スタートアップのような急成長を目指す企業がそこまで多くない可能性もあります。あくまでスタートアップを生み出したいのであれば、Deep Tech であれば何でも良いというわけではなく、急成長を志向する企業を支援する必要があります。

大学発スタートアップの売上。一億円以上のところは少ない。

(3) GX スタートアップを振興する

三つ目は GX(グリーン・トランスフォーメーション)です。カーボンニュートラルに代表される GX は、多くのモノの作り方や運び方が変わり、多くの産業が一変する可能性を持っています。

GX というと「電気自動車になると工場が減り、雇用が減る」という危機のほうに注目されがちですが、それは世界中のどの都市も同じです。それをピンチと捉えるだけではなく、チャンスと捉えなければ、大きな潮流の中で飲み込まれてしまうだけです。

GX には Climate Tech と呼ばれるような高度な技術を扱うビジネスもあれば、もう少し人手が必要な(つまり雇用を生む)ビジネスもあります。前者は大学や研究機関の技術を活用できるでしょうし、後者はスタートアップ以外も含めて可能性があるのではと考えています。

特に GX の領域は政策との相性が良い領域でもあります。気候変動対策の政策と組み合わせながら、GX スタートアップの振興を行い、そこでできたソリューションをそれこそ世界中で困っている地域へと売っていくこともできるのではないでしょうか。

たとえば CO2 をコンクリートに固定化する Carbon Cure は、今や世界中のコンクリート会社から引き合いがあり、三菱商事が出資するなどの躍進を遂げていますが、本社はカナダのノバスコシア州のハリファックス(人口約43万人)に位置しており、初期から Innovacorp というノバスコシア州によって設立された VC に支援を受けていました。

 

生み出すスタートアップの方向性を受けた人材育成と教育

こうした方向性をある程度決めたうえで、どのような人材を育てていくか、という点がようやく議論できます。

もし (1) のIT系のスタートアップを生みたいのであれば、デジタル田園都市国家構想が掲げているような、デジタル人材を生み出すための教育をきちんと実施していくことが重要な取り組みとなります。場合によっては、会津若松にはIT系に強い会津大学がある、といったような環境を作る必要もあるかもしれません。

(2) や (3) をやっていくのであれば、地方「大学」でのアントレプレナーシップ教育は、IT系スタートアップを前提とするのではなく、もう少しディープテック寄りの話を多めにした方が良いのでは、と思っています。ただ、いずれにせよ (1) に必要な IT 系のスキルはどの領域でも必要なので、大学ではなく自治体が行うプログラムは IT 寄りで良いのかもしれません。

いずれにせよ、方向性が見えないとどのような人材を育てていくかも中々見えづらいのでは、と思います。

 

まとめ

ここまで書いたのはあくまで「急成長を目指し、地域の産業を牽引していくようなスタートアップ」の場合です。スタートアップが必要かどうかや、その地域におけるスタートアップの位置づけは、その地域の産業政策によって異なると思います*1。

スタートアップとは別の起業の形はあると思いますし、むしろそちらのほうが大多数です。スタートアップ以外の起業であればどのような地域でもある程度可能なものの、スタートアップに向いた産業や地域は相対的に少ないように思います。

それに地域の産業の新陳代謝のために、地元に根付く優れた中小企業が増えることは良いことだと思いますし、各地域のDXを推進していくような企業も必要なので、そうした起業を増やしていくのもスタートアップ振興とは別で重要です。

ただ、一つの産業とも呼べるものを地域に作っていくには、スタートアップ的な急成長をする会社が出てくる方が良いとも思います。

理想論を言えば、スタートアップ振興は、地域産業の振興を考える契機です。それは10年、20年の事業になってしまうかもしれませんが、そうして積み上げてきた地域が最終的には競争優位性を持つはずです。

たとえば、京都で起業した有望なバイオ系スタートアップが神戸に会社を移したりすることも聞いています。それは神戸がずっとバイオ系の振興に力を入れてきたことが背景にあるでしょう。環境や施設が整っているところに、スタートアップは移転していきます。

そして地域産業を考えるためには、そもそもどういう街でありたいのか、ということを考える必要が出てきます。それはスマートシティやデジタル田園都市国家構想の事業とも密接につながってくるのではないかと思います。

地域の産業政策を考える上では、これまで積み上げられてきたクラスター政策の研究などの参照も必要でしょうが*2、まずは大きくスタートアップと言う観点で今考えていることをまとめておきました。

 

補足: 東京も他人ごとではない

東京や大阪、名古屋といった大規模都市も安泰というわけではありません。

世界を見てみれば、別に東京で起業せずとも良いからです。実際、東京で起業しようか迷っていた起業家が、施設や人材という環境面を考慮してボストンで起業した、という例を聞いたこともあります。

世界から見てみれば、東京ですら一地方であり、一つの選択肢でしかありません。

場合によっては、東京がシリコンバレーやボストンにとっての飼育場になる可能性すらありえます。育った企業がシリコンバレーやボストンで勝負する、と言って本社をデラウェアなどに移すこともあるでしょう。

また、日系企業に新卒で入った優秀な若手が、4, 5 年経ってスキルを身に着けると、Google などの外資系企業に高給で引き抜かれる、ということはネットでも時折話題になりますが、これは「周辺部が育成し、育ったあとの旨みは中央部が貰う」という構図の世界規模版です。現時点ではそれを「若手に高給を出せる日系企業があまりないので仕方がない」と捉えざるをえないかもしれませんが、中長期的には、何かしらの仕組みがうまく動いていないと捉えて改善した方が良いように思います。

また、東京のコンサルが地方でブイブイ言わせるのと同様に、シリコンバレーやボストン出身のコンサルが東京でブイブイ言わせる、ということも起こりえるでしょう。他のエコシステムから学ぶところは学ぶべきですが、前提条件が違えばそのまま応用できるとは限りません。何なら使えるのか、使えないのかをきちんと考えていく必要がります。

まずは世界の国々や各都市の政策を調べて、明らかに悪いところは改善していくところから始めるべきでしょうが、東京が世界各国の都市に対してどのようなスタートアップ戦略を描き、差別化していくかは、日本を代表とする都市である東京も、世界を見据えながら独自で考えていかなければならないのだと思います。

 

*1:産業がない地域、たとえばベッドタウンや十万人未満の地域では、どのようにスタートアップを生んでいくべきかは私も仮説がありません。スタートアップではなく、地域外からの顧客獲得と地域内経済を回すためのローカルビジネスを振興した方が良いのではないか、とは思いますが…

*2:たとえば2022年にはRIETIから「最近の経済学が示唆する産業集積政策」という良いレポートも出ています

起業を増やすためにもリカレント教育の推進を

Climate Tech のスタートアップを調べていると、ある傾向が見つかります。代表的なものとして、

  • 共同創業者の誰かが MBA を取得している率が高い
  • 共同創業者の誰かが Ph.D を持っている率が高い

という 2 点があります。

IT 系の起業家とは少し異なり、Climate Tech や Deep Tech に挑戦する起業家は大学卒業後、一度働いた後に学位を取るために大学に戻って、学び直しを行っているようです。アメリカ以外の Climate Tech スタートアップでも同様の傾向があります。

その背景には、専門性が評価される労働市場ができていることもあるのでしょう。学位取得がキャリアアップにつながることで、大学に戻って学ぶインセンティブが高まります。その結果、ビジネス・科学領域で専門性の高い人材が生まれ、Climate Tech のような難しい領域に挑むことができる CTO 人材や CEO 人材が輩出される、あるいはそうしたスタートアップで働く従業員人材も育つような仕組みとなっているのではないかと思います。

個人の学びと同時に、人のつながりを作るための学校という場

ただ、学校に改めて通うことは、単に個人の知識や能力が培われるだけには留まらないようです。共同創業者同士のつながりを見ると、同じ大学に通っていたことがある率がそれなりに高いことが見て取れます。

つまり、学校での学び直しのタイミングで新しい人のつながりも生まれ、起業に対して良い影響を与えているのではないか、と思います。

起業家を生んでいくためには、何かしらのコミュニティが必要です。共同創業者を探したり、アイデアを考えたりするときには、人のつながりが有効だからです。

人のつながりを新たに得ようとすると、普段とは異なるコミュニティに出かけていくことになります。ただ、そうした活動には相当の外向性が求められますし、得意な人はそう多くないのではないかと思います。

たとえば、「共同創業者を探すためのコミュニティ」といったような、ネットワーキングのためのコミュニティを作ったところで、多くの人はやってこないでしょう。やってきたとしても、人材の需給のアンバランスな人の集団になりそうです。

これまでコミュニティに関連する活動に関わってきて感じることは、多くの人はコミュニティに入ること自体をそこまで強く求めているわけではない、ということです。

それは当然といえば当然です。コミュニティを外から見ると、誰がいるのか分からないし、何が得られるのか分からないものです。良い人に出会える確率が低いことも多くの人はこれまでの経験から知っています。また投資する自分の時間やお金に対して、何のリターンが得られるのかというのも明確ではないのがコミュニティです。

だからこそ、能動的にコミュニティに参加する、というのはリスクの高い賭けになりがちであり、避ける人が多いのも頷けることです。

そんなときに求められるのは、「ある程度受動的に参加することができ、かつ能動的に参加もできるような仕組み」があるコミュニティです。また「そこにいると、能動的な誰かに巻き込まれやすい仕組み」があるコミュニティでも良いかもしれません。

それが学校という場のように思います。

学校という場に参加する人たちの主な目的は、あくまで知識や能力、その結果としての学位や証明書です。授業等で受動的に学びの機会が与えられ、定期的に会う人が出てきます。宿題や授業の中で共同作業をすることで、友だちもできるかもしれません。

そこにいれば新しい人たちとのつながりが作れて、しかも毎年人の出入りがあるため、常連のような固定化したコミュニティも生まれづらい傾向にあります。

また、研究という能動的なことも行わなければ卒業はできません。そうした学びの活動の中で、半強制的に人のつながりが生まれるのが学校という場です。そうした学校というコミュニティをうまく活用することで、起業の元となる新しい人のつながりが生まれるのではないかと考えています。

そして学校を経由することで、高度な人材も輩出されるというそもそものメリットもあるでしょう。

長い時間を過ごすコミュニティとしての学校

とはいえ、「新しいつながりを作る」ことや「学ぶ」ことが目的なら、学校でなくても良いのではないか、という話もありうるでしょう。たとえば、1時間ほど場所と時間を共有する程度の勉強会もコミュニティと呼ぶときがありますし、学びの場です。そうしたコミュニティを作れば十分なのではないか、といった議論は十分にありえます。

確かに知り合いを作る程度であれば、短いイベントでも構わないかもしれません。しかし共同創業者やアイデアを交わす仲にするには、それなりに深い関係性を築く必要があります。

たとえば Hall の研究によれば、「ときどき顔を合わせる程度の友だち」と呼ぶには平均75時間、「友だち」と呼べるようになるには112時間ほど一緒に過ごす必要があるようです。

https://journals.sagepub.com/doi/full/10.1177/0265407518761225

これだけ長い時間を過ごすコミュニティは、ちょっとしたネットワーキングイベントや勉強会を積み重ねるだけでは難しいものです。またそうしたイベントでは、参加者同士の共同作業なども行われません。

実際、どこかに勤めながら受講する研修などは、長い時間をかけて行うことはほとんどなく、研修で出会った人たちが起業した例という話もあまり聞きません。

学校という一連のカリキュラムに参加し、その場で長く過ごすからこそ、こうしたネットワークは生まれるのではないでしょうか。

研修や生涯学習ではなく、フルタイムのリカレント教育

さらに学校という長期的に学びの場に没入して集中することは、大きく視点を変える効果を持つように思います。

こちらの論文の議論がそのまま当てはまるわけではありませんが、「何かを大きく変えようとすれば、研修ではなく養成段階で対処しなければならない」と指摘されています。

実際、新しい物事を学ぶためには、誤概念を修正したり、既存の考えをアンラーンしなければならない場合はそれなりにあります。そのとき、働きながらだと、今のある環境をベースに新しいことを学ぼうとすることになり、人の視点やスキーマといったものは変わりづらいのは容易に想像がつきます。

だからこそ、一時的な研修ではなく、労働から少し離れてリカレント教育を受けることで、視点や考え方を変えるという点では高い効果を見込めるのではないかと思っています。

ただ、日本でのリカレント教育の議論は若干ぶれています。リカレント教育とはそもそも、

「リカレント教育理念は,個人の人生全体を見すえ,労働に集中する時期と,教育を受けることに集中する時期とを,交互に繰り返す回帰的な考え方」
政策としての「リカレント教育」の意義と課題

とされており、一時的な研修でないことが指摘されています。

しかし、日本でのリカレント教育の議論は

「職業から離れて行われるフルタイムの再教育のみならず,職業に就きながら行われるパートタイムの教育も含むものとして日本では議論されてしまいがちであり、生涯学習(ライフロングモデル)との違いも明確ではない」
同上

と、幅広い学習が含まれてしまっていると指摘されています。

https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2020/08/pdf/026-040.pdf

新しい視点をきちんと学ぶという観点や、新しい人のつながりを作るという観点から、一時的に労働から離れて、長い期間学びに没入できるという環境、つまり本来的な意味でのリカレント教育ができる環境を作ることが大事なのではないかと思います。*1

高度な人材育成と高度な産業の育成の両輪を回し始めるためのリカレント教育

会社から離れても良いという状況を作るには、社会保障をどうしていくのか、といった議論も必要になってきます。リカレント教育発祥のスウェーデンのように、教育休暇法(教育訓練を受けられる権利を定めた法)なども必要になってくるかもしれません。

学びの場の主役になるであろう大学も、新しい学生を受け入れる準備をしなければなりません(大変ですが、それは日本の大学にとっての新しいビジネス機会ともなるでしょう)。冒頭で話したように、労働市場が専門性を評価するようにならなければ、学び直すインセンティブも発生しません。

産業に近い領域に限る話にはなってしまいますが、「博士号を取れば高給が貰える」というインセンティブを作るためには、そうした博士を活用できる高付加価値産業の育成も必要です。そうした高度な知識を活かすスタートアップを生むような支援、たとえば Deep Tech スタートアップの振興も大事になってくるでしょう。

スタートアップを増やすことが政策として目指されている現状、スタートアップ振興とリカレント教育振興の組み合わせは相性が良いようにも思いますし、成長産業への労働移動を起こすことや、人材の流動性を上げることに寄与しうるのではないかと思っています。

そして、そうしたリカレント教育の中で、アントレプレナーシップ教育なども併せて行うこと、あるいは起業家のためのビジネススクールなどを用意することで、スタートアップが生まれていく仕組みを各地域で作っていけるのではないでしょうか。

 

*1:ただし、リカレント教育を推進しているスウェーデンでは若者の失業率が高いなど、様々な問題も抱えており、そうした副作用に配慮しつつ推進する必要はあるように思います。

アントレプレナーシップ「教育」の研究

アントレプレナーシップに関する研究は様々な大学で行われています。

起業家個人の特性、どういった起業家が成功しやすいのか、スタートアップがもたらす経済効果など、経営学や経済学、あるいは心理学や社会的ネットワークといった分野から、アントレプレナーシップや起業家は研究対象となっています。

一方、アントレプレナーシップ「教育」についての研究はアントレプレナーシップほど進んでいないように思います。『海外における起業家教育の先行研究レビュー』でも指摘されている通り、教育の実務に研究が追い付いていない、というのが国内外の現状のように見えます。

アントレプレナーシップ教育の現状

そもそもアントレプレナーシップ教育は、他の教育とは異なり「これをすればよい」というのが決まっていません。具体的には、

  • 目的 (why) - 何のために教えるのか
  • 内容 (what) - 何を教えるのか
  • 方法 (how) - どのように教えるのか

のすべてがまだ定まりきっているわけではありません。

他の教育、たとえば小学校の理科の授業などであれば、「何のために教えるのか」はおおよそ同意を得られていますし、「何を教えるのか」についても、ほとんど決まっています。その結果、一般的な科目の教育研究では「どのように教えるのか」に焦点を当てることが多く、より良い効果を出すための授業研究などが行われます。

アントレプレナーシップ教育は、目的、内容、方法のすべてがまだ決まっているわけではありません(おおよその方向性は、海外だと見えつつあるのかなという印象もありますが)。そのため、日本では議論や研究の土台がそこまで整っていないようにも見えます。

教育効果の測定も十分ではない

こうした目的、内容、方法が定まっていないからか、教育効果についても十分な議論がされているわけではありません。

学校によっては起業数などを目的変数に置いているところもあるかもしれませんが、教育の成果としてその数値が見えてくるのは相当先でしょう。たとえば、授業受講後すぐに起業した人がいたとすれば、既に起業する準備が整っている人が授業に来ただけの可能性が高いです。

受講者の満足度を取ることもありますが、これは教育成果とほとんど関係はありません。楽に単位が出れば満足度は高まりますし、ゲスト講演が面白ければ高く出るからです。満足度自体は参考程度に取っても良いと思いますが、教育成果とは切り離して考えたほうが良いでしょう。

「この授業がどれだけ役に立ちましたか?」といったアンケートを授業後に取ることもあるでしょう。しかし、これも教育成果を測るものとして適切というわけではないでしょう。信頼性や妥当性の問題もありますし、直近で役に立つ知識などであればそれは研修に近いもので、それが目的の授業なのか、という議論に立ち戻る必要が出てきます。仮に「この授業は役に立ちそうですか?」という未来についての設問にしたところで、単に回答が難しくなるだけで、あまり良い回答は得られないでしょう。

他教科と同じく、ペーパーテストでの成績を取ることもできます。それだと知識の定着度合いは測れますが、そもそもアントレプレナーシップ教育の教育成果は起業に関する知識の定着を目指しているのかといえば、恐らくそうではないでしょう。

少し専門的なものになってくると、起業意思 (entrepreneurial intention) を使う場合もあります。ただ、起業意思を確認する設問は「起業家となるために何でもする覚悟がある」といったような強いもので、これを授業だけで高めることはかなり難しいものとなります。

さらにいえば、起業意思は授業の結果として下がることもあります。自分の起業への向き不向きが分かるからです。そしてその向き不向きが分かること自体は全く悪いことではなく、むしろ良いことなので、起業意思の上下を授業の教育成果として用いるのはあまり良くないのではないかと考えています。(計測はしても良いとは思いますが)

このように教育の目的や内容、方法について定まっていないため、こうした効果測定についてもまだ十分に定まりきっているとは言い難い状況です。

その結果なのか、研究が行われないアントレプレナーシップ教育は教育改善のサイクルが回りづらくなっているようにも見えます。多くの授業などが「やりっぱなし」で終わっていて、改善するとしてもオペレーションの改善をする、経験や勘で内容を修正する、他校の事例の踏襲をしてみる、というものになってしまっているのではないかと思います。

アントレプレナーシップ「教育」の研究を

こうした背景を鑑み、今後アントレプレナーシップ教育を推進していくなら、教育研究も同時並行で実施して、目的・内容・方法を定めて効果測定を行いながら、教育内容も適宜改善していく必要があると思います。

他国を見てみると、EU では、受講者の教育効果を測るための設問集を自動的に生成するツール (EPIC Course Assessment Tool) を開発するなど、効果測定を体系化することに積極的に取り組んでいて、効果測定と改善のサイクルが回り始めているのではないかと思います。

場合によっては、目的に応じて、行っている教育に目的に対して効果がないのであればやめるべきでしょうし、より効果の高いものがあれば差し替えていくべきでしょう。もしアントレプレナーシップ教育よりも、他の教育のほうが目的達成のために効果があるのであれば、アントレプレナーシップ教育自体辞めてしまってもよいと思います。

理論的な位置づけも重要です。たとえば実践型の授業をしたところで、「アントレプレナーシップ教育は、ビジネスを題材にした Project-based Learningやデザイン思考教育と何が違うのか」といったところに十分な回答ができなければ、アントレプレナーシップ教育を切り出して教える意義を伝えることもできないでしょう。

こうした未成熟な領域だからこそ、教育実践をする人が率先して研究をしなければ、その価値を位置付けることはできません。アントレプレナーシップ教育を行う人たちが、アントレプレナーシップを発揮して開拓していくことを期待されている領域のように思います。

ただ実践と研究を両立するのは、リソース的に難しい学校が多いのも事実です。アントレプレナーシップ教育の実践をするなら研究のためのリソースを割り当てるなど、学校側からも何かしらの支援が必要であろうことは付記しておきます。