🐴 (馬)

Takaaki Umada / 馬田隆明

リーンスタートアップの限界への雑感

これまで各種のスライドやプログラムを通して、リーンスタートアップ的な手法をお勧めしてきました。その中でリーンスタートアップ的な手法の限界もまた見えてきたように思います。

リーンスタートアップはMVPを作ったり、顧客インタビューなどを行いながら、徐々に仮説を作り上げていく手法です。ある意味、「顧客を通して、顧客と一緒に仮説を研ぎ澄ませていく」手法、顧客との共創的な手法だと言えるでしょう。

そのため、ビジネスの最初期にどの顧客を選び、どのような質のフィードバックを得るかは、そのビジネスの方向性を左右することになります。スタートアップの皆さんを傍で見ていても、「初期の顧客が誰か」によって、その先のビジネスの進み具合や方向性がかなり変わるな、という印象があります。良い顧客に出会えれば一気に進みますし、悪い顧客に出会ってしまうと顧客の言葉に右往左往して時間だけが過ぎていきます。

では顧客からのフィードバックの質はどうやって決まるかというと、普段その顧客がどういう仕事や生活をしているかでほぼ決まります。

たとえばB2Bの場合、先進的なことをやっている企業からは先進的なニーズを聞くことができます。一方、デジタル技術の導入が遅れている企業からはそれに関連する課題を聞くことができるはずです。

サミュエル・スマイルズが『自助論』の中で語った「政治のレベルは国民のレベルを映す鏡」といった趣旨の言葉は、顧客と新規事業の関係性にも当てはまり、「新規事業/スタートアップのレベルは顧客のレベルを映す鏡」だと言えるのかもしれません。

シリコンバレーでリーンスタートアップがグローバル企業を生む背景

ではなぜシリコンバレーでリーンスタートアップ的な方法論を使ってグローバルなスタートアップが生まれているかかというと、やはりそれは顧客の質なのかなと思います。

シリコンバレーの周りにいる顧客は基本的にグローバル企業もしくは将来のグローバル企業になる、もしくは米国内で十分な市場があるので、シリコンバレーのスタートアップはシリコンバレーにいる顧客に最適化することで、今は小さくても顧客はいずれグローバル市場へと出ていくことになり、顧客の拡大とともにスタートアップの課題も拡大できます。

そのため、シリコンバレーやアメリカでは特異的に、リーンスタートアップ的な手法によってグローバル市場に進出しうる、ということかなと感じています。

特にアメリカのSaaSなどを見ていると、「新規事業/スタートアップのレベルは顧客のレベルを映す鏡」だなというのは特に感じるところでもあります。

政策目標とリーンスタートアップ

さて、最近は政策や教育機関から「グローバルなスタートアップを輩出する」「ユニコーンを作る」といった話をしばしば聞くようになりました。しかしこうした目標とリーンスタートアップ的な手法との食い合わせが悪いところがありそうだなという感覚があります。

たとえば、グローバルビジネスをスタートアップが展開したいのであれば、グローバルにビジネスをしている顧客や海外にいる顧客を初期の顧客として捕まえて、改善のフィードバックループに巻き込んでいく必要があるでしょう。しかしそうした顧客のネットワークを最初から持っている日本の起業家はそう多くありません。

アイデアの解像度が低いとき、顧客インタビューはどうしても手近な人から回っていきます。そうすると日本の起業家の多くは、日本の市場を中心にしている日本の顧客と何度も会い、その中で仮説検証を回していくことになり、どうしても日本に最適化されたビジネスになっていきます。

B2Cも同様です。日本の顧客を通して仮説検証をしていこうとすると、高価格帯の付加価値アリのものよりは、安価さのほうが受ける顧客層が多くなるため、そうした顧客に合わせた製品を作っていくことになるでしょう。

もちろん、世界的に共通する課題もあるので、そうした課題を想像して製品やビジネスを作っていくことは可能かもしれません。しかし人間の想像力には限界があり、だからこそ、リーンスタートアップのような手法で顧客との共創をしているはずなので、中々それもうまくいく確率は少なくなって今うでしょう。

もちろん日本でも、製造業などを対象としたスタートアップであれば状況は異なります。日本の製造系の企業はグローバルな市場を相手にしているときも多く、その場合はグローバルな課題に日本国内で出会えるかもしれません。また一部のヘルスケアやピュアなソフトウェアのB2Cなど、世界で共通する課題をうまく捉えられれば、日本から事業を始めてもグローバルな展開ができるかもしれません。Notionや開発ツールなど、ピュアなソフトウェアなどであれば世界的に共通している課題にアプローチできるかもしれません。

しかし日本でリーンスタートアップ的な手法を採用すると、相当慎重に考えて実施しないと、基本的には日本国内の顧客の課題に合わせたものになってしまい、グローバルなスタートアップやユニコーンを生み出していく、といった政策目標や教育目標から遠のくのではないかと感じています。

教育のしやすさとその弊害

リーンスタートアップや Y Combinator の手法は良く言語化できていると思いますし、いまだ有効だと思っています。日本で市場を取ってから国外に出ていく、という戦略もありえるので、最初に日本にフォーカスするのがダメというわけではありません。それに地域の課題を解決するときには、リーンスタートアップ的な手法は有効でしょう。

ただし、昨今政策目標や教育目標として掲げられることを本当にやりたいのであれば、リーンスタートアップなどのシリコンバレーのやり方とは異なる方法論を考える必要があるのではないか、というのが今持っている考えです。

しかしその方法論については見つかっていませんし、あったとしてもなかなか再現性が高いものにはならないでしょう。

そして教育をしていくとなると、ある程度方法論が整っているリーンスタートアップ的な手法のほうが教示はしやすいのが悩ましいところです。その結果、身近な課題を解決するスタートアップが生まれやすくなるとしても、です。

英語教育や海外派遣は長期的には効果があるでしょうが、短期的にはそこまでの効果は発揮しないように感じています。目の前の顧客が日本の顧客であれば、それは顧客の声に引っ張られるからです。

そのため、別の戦略や方法が必要です。たとえば、Day 1からグローバル企業の顧客候補と会える環境を作る、ということが必要なのではないかと感じています。ただそれは正直かなり難しいとも思います。

もしくは、潜在的な課題を発見するリーンスタートアップではなく、顕在化しているグローバルな課題をきちんと技術で解決していくスタートアップを生んでいくかどうかを改めて考える必要があるのではないかなと。そんなことを少し思っています。

ビジネスモデルキャンバスの前に『市場機会ナビゲーター』

リーンスタートアップに関連する論文を読んでいて、「良く使われているフレームワーク」の中に『市場機会ナビゲーター (Market Opportunity Navigator)』という、日本ではあまり紹介されていなかったものがあったので紹介しておきます。

『市場機会ナビゲーター』は、ビジネスモデルキャンバスなどで各事業にズームインする前に、もう少し広く市場機会を見るためのツールとして Where to Play という書籍で提唱されているものです。

この市場機会ナビゲーターは三つのプロセスで成り立っており、(1) 市場の候補を選び、(2) 市場の魅力度を考えて、(3) 戦略を考える、となっています。手順などは Slideshare などでも公開されています。

Market Opportunity Navigator, Lesson 1: Overview (slideshare.net)

 

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もともとは「Look Before You Leap: Market Opportunity Identification in Emerging Technology Firms」という論文で、シリアルアントレプレナーの思考様式(参入の前に市場特定を多く行う)を指摘しており、それを実務に結びつけるために作られたようです。ちなみに書籍と上記に挙げた論文にはすべて同じ著者が入っています。

使う順番

The Lean Startup Framework: Closing the Academic–Practitioner Divide - Dean A. Shepherd, Marc Gruber, 2021 では、

  1. 市場機会ナビゲーター (Market Opportunity Navigator)
  2. ビジネスモデルキャンバス
  3. 顧客開発 / アジャイルな製品開発

という順番で使うことが示唆されています。同じく『市場機会ナビゲーター』を紹介している Steve Blank の記事でも同様のようです。

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一方、『市場機会ナビゲーター』の手順書だと

  1. 市場機会ナビゲーター (Market Opportunity Navigator)
  2. ビジネスモデルキャンバス
  3. 共感マップ

の順がお勧めされているようですね。

個人的には、

  1. 市場機会ナビゲーター (Market Opportunity Navigator)
  2. ビジネスモデルキャンバス
  3. 共感マップ
  4. 顧客開発/製品開発(仮説検証)

のほうが座りがいいかなと思いますし、順番というよりはそれぞれを行ったり来たりしながらビジネスを検討していくんだろうなという印象です。

個人の感想

かつてに比べると、スタートアップの市場機会の選定とエントリーポイントの重要度は相対的に上がっているように思いますし、連続起業家は市場選定を結構注意深く行っているなという印象があるので、初回の起業家も少し詰まったときはこういうツールを使ってみるのも一案かなと思いました。

// 「連続起業家、フィンテックに挑む 規制緩和が呼び水」という記事も最近出ていましたね。

 

スタートアップと気候変動

コロナ禍からの経済のリカバリープランの中で、各国が挙げているのは「デジタル」と「グリーン」です。特にグリーンの文脈では、2050年に向けたカーボンニュートラルが世界的なアジェンダとして広く受け入れられつつあります。

気候変動対策が社会の変化を促す

もしこのまま地球の気温が上がれば社会は大きく変わるでしょう。災害の増加や、農作物や水などへの影響、さらに資源を巡る紛争すらあり得ます。

一方、カーボンニュートラルを達成できたとしても、社会は大きく変わります。

カーボンニュートラルに向けての基本路線は、(1)化石燃料に頼っている様々なものの電化と(2)安価かつ安定している脱炭素の電気を増やす、になると予想されています。(1)の例はガソリン車のEV車化など、(2)の例は再生可能エネルギーなどです。これらを実現するためには、産業構造と電源構成の転換が不可避となります。

並行して、スマートグリッドなどを使って効率的に送電をする需要も高まるかもしれません。蓄電先としてのバッテリー技術の進歩や水素・アンモニアなどにも期待がかかります。脱炭素できない部分は二酸化炭素の回収・有効利用・貯留 (CCUS) などでカバーする必要が出てくるでしょう。こうした部分では新たな産業が生まれてくることになります。

温室効果ガスという観点では、炭素だけではなくメタンも問題です。メタンの主な排出元は畜産です。メタンを減らそうとすると、培養肉や代替肉が必要になります。そのため、食料の在り方も変わります。

人間は都市に集まっており、エネルギーのほとんどは都市で消費されます。エネルギー消費を少なくしようとすると、都市の在り方も変わってくるでしょう。たとえば、そもそもEV化よりも自転車にやさしい都市にしたほうが炭素を削減できるのであれば、街をそのように作り変えていく、というのも一つの方針です。日本でも2020年に予定されていた新築住宅の省エネ基準への適合義務化は延期されましたが、議論の俎上に再び上がってくることにもなりそうです(もしかしたらさらに厳しい基準を伴って)。

つまり、気候変動が起こるにせよ、気候変動を回避・緩和しようにせよ、この30年で社会や産業構造は大きく変わることになります。そこには多くのビジネス機会が出てくることになるはずです。しかもグローバル規模で、です。

以下の表は、How to Avoid a Climate Disaster から、主な温室効果ガスの排出元を一覧にしたものです。これらの領域では大きな変化が起こることが想定されます。

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SDGs と何が違うのか

この数年でSDGsは日本企業に広く受け入れられました。それ自体は素晴らしいことです。ただ、SDGs は表面的に自社の事業と紐づけることがある意味簡単でした。たとえばSaaSをやっているから「8. 働きがいも経済成長も」「9.産業と技術革新の基盤をつくろう」だという風に。

しかし本来であれば169あるSDGsのターゲット目標と紐づけて、どの事業がどの目標数字にどれだけ寄与する予定なのかを明確にし、目標達成のためのアクションへとつなげるほうがより効果的に達成できたでしょう。しかし多くの場合そうはならず、表面的なSDGsラベル貼りによる自社事業の社会的意義の肯定にとどまったように思います(それでも事業の社会的意義について目が向くようになったのは良いことだと思ってはいます)。

一方、カーボンニュートラルは明快です。全体としてゼロにしなければならないからです。カーボンニュートラルという目標にはゼロという数値目標が必然的に含まれることになります。そのためには表面的な賛同ではない、確かなコミットメントが必要とされます。

さらに、カーボンニュートラルには実際にお金が付きつつあります。

たとえばEUは約12兆円規模の Horizon Europe を発表、うち 35% をグリーンテクノロジの研究に使うとされています*1。日本も2兆円のグリーンイノベーション基金を用意して、研究開発を活発化させる方針です。アメリカは8年間で約220兆円のインフラ投資の意向を示し、研究開発の強化とともに、製造業の強化と雇用創出により経済を盛り上げようとしています。その中には気候変動対策として、新旧インフラをクリーン化していく項目が多く含まれています。

今まさに、30年後の世界に向けて、気候変動に対応する取り組みにお金が流れつつあります。

スタートアップができること

カーボンニュートラル達成のためには、多くの技術開発や社会実装が必要になってきます。しかもその技術はまだ実現可能かどうか分かりません。新しいビジネスモデルやサプライチェーンも必要かもしれません。30年しかないにもかかわらず、この領域はまだ不確実なことだらけです。

こうした不確実性の高い領域こそ、スタートアップが役目を果たせるのではないかと思います。実際、Bill Gates も How to Avoid a Climate Disaster の中で、高リターン高リスクの研究開発への投資を促しています。

たとえば同書に挙げられている技術として以下のようなものがあります。こうした技術を実用化させ、社会に普及させることができれば、30年後に大きな企業になりうるのではと思います。

  • カーボン排出なしの水素
  • グリッドスケールの蓄電(フルシーズン続くもの)
  • エレクトロフュエル
  • 進歩したバイオ燃料
  • ゼロカーボンセメント
  • ゼロカーボン鉄鋼
  • 代替肉や培養肉、乳製品
  • ゼロカーボン飼料
  • 次世代核分裂
  • 核融合
  • カーボンキャプチャ
  • 地下配電網
  • ゼロカーボンプラスチック
  • 地熱
  • 揚水
  • 蓄熱
  • 干ばつ・洪水耐性ありの食料用植物
  • ゼロカーボンなパーム油の代替品
  • フロンガスを含まない冷媒

現在、日本では DX という言葉が花盛りですが、スタートアップがデジタルにあまりに目が行き過ぎることで、逆にこうした領域はまだ手つかずに残っているように見えます。それはチャンスでもあるということです。

周辺の状況とまとめ

スタートアップだけでなく、周辺の状況も変わりつつあります。VCサイドを見てみれば、海外の VC では気候変動対策系のスタートアップへの投資も増えつつあります。気候変動に特化したファンドも立ち上がっています。数年後に日本で新たなファンドを作るときには、気候変動が大きな投資テーマの一つとして LP から要請されるかもしれません。いずれにせよ、10年のスパンで物事を考え、新たな産業を作っていくと自負するVCであればこそ、気候変動は世間より先んじて取り組むことになる一つの大きなテーマになるはずです。

大学も同様に変わらなければならないでしょう。これから数年は研究開発が主になるため、大学の活躍が求められることになると思います。その後は社会実装となるため、現在の研究開発の時点から社会実装を見据えた知財の確保なども課題になってくるのではないでしょうか。

今から約25年前、1995年にWindows 95が発売されたことでインターネットは普及し、私たちの生活を大きく変えました。産業構造も変わりました。今、30年後に向けて同じような規模で大きな変化が起ころうとしているのではないかと思います。

もちろんテクノロジですべて解決できるわけではありません。社会の変化も必要になります。ただ、テクノロジが問題を緩和したり、新たな解決策を導いてくれることはおそらく間違いないでしょう。そうした流れに乗り、気候変動というグローバルの社会課題に貢献するスタートアップが日本からも増えてくると良いなと思っています。

*1:ちなみに起業家教育やスタートアップエコシステムについての予算も Horizon Europe の中には含まれています