🐴 (馬)

Takaaki Umada / 馬田隆明

コンテストでは評価軸を読み込む

僭越ながら審査側に立つことが多くなってきました*1。

補助金やピッチコンテストなどでこれから登壇される方に、審査員としてぜひ伝えたいことは、「審査の評価軸が事前に公開されているなら、それをきちんと読み込んで挑んでください」ということです。

 

どんなに良いアイデアやどんなに良い事業であっても、評価軸がちょっと違うと評価は異なり、評点もまったく異なってきます。個人的に凄く好きな事業をしている会社であったとしても、評価軸の設定次第では点数が相対的に低くなってしまうときもあります。

たとえば、その会社の技術的な取り組みを評価するコンテストで、以下のような評価軸が用意されて、それぞれ5点満点で評点を付けることが求められたとします。

  • 課題の大きさ
  • 解決策の良さ
  • 事業の実現性
  • 組織の運営方法

さらに違うコンテストでは、以下のような評価軸で5点満点だったとします。

  • 課題の大きさ
  • 解決策の良さ
  • 事業の可能性
  • 経営陣のリーダーシップ

それぞれの評価軸は似ていますが、微妙に違います。2つのコンテストに同じプレゼンで挑んだら、評点が変わってきて、順位も変わってくるでしょう。

つまり、そのコンテストにおける発表者の「良さ」や「価値」とは、審査の評価軸という「ものさし」によって変わってくるのです。

逆に言えば、どういう評価軸が設定されているかによって、プレゼンの内容をきちんと変えていくべきということです。

 

似たようなことは資金調達においても起こります。たとえば、

  • VCに見せるべき資料(エクイティファイナンス)
  • 銀行に見せるべき資料(デットファイナンス)

はそれぞれ異なります。VCは成長性を評価しますが、銀行は確実性を評価します。それぞれ評価軸が異なるため、もしVCに見せる資料を銀行に見せてもお金を貸してくれることはあまりないでしょう。

 

出場者がコンテストや審査の評価軸をきちんと読み込んでそれにアラインするのは、試験対策のようなものです。試験ではどういった出題範囲でどういった問題が出るのかを知って対策するように、コンテストで用意されている特定の評価軸で高く評価されるように合わせに行く、という戦術的な動きを取ることで、自分たちの事業はそのコンテストの中ではきちんと評価されるようになるはずです。

これはある意味でのコンテストのハックでもあります。ただもし勝ちたいのであれば、きっちりと評価軸を把握しておくほうが良いでしょう。学校の試験だとそうするのに、こうしたビジネス系のコンテストだと意外と皆さんそれをされていないように思います。

 

とはいえ、コンテストで勝つことと、事業で勝つことは違います。コンテストはコンテストだけの評価軸が用意されていますが、事業は売上や利益という別の評価軸で評価されます。そしてもしコンテストで負けたとしても、事業で勝てば全く問題ないのではと思います。

 

一方で、コンテストや審査の設計側の方に言いたいのは、「本当に評価軸は重要なので気を付けて選んで下さい」ということです。スタートアップの審査なのに、実現性に関わる評価軸が複数あり、可能性を評価する軸が1個しかないと、相対的に実現性に評点の重みが置かれてしまいます。

そうならないように、そもそもこのコンテストや審査では「何に価値を置くのか」をきちんと考える必要があります。またそれに応じて、評価軸をきちんと用意したり、特定の評価軸には重みを置いたりする工夫も必要になってくるでしょう。

あるいは以下の記事で書いたように、選び方に工夫を設けるのも一つです。

blog.takaumada.com

特定の書類審査については以下のような記事にもまとめていますので、参考にしてみてください。

blog.takaumada.com

 

良い評価システムは被評価者を良い方向に導いてくれます。一方で悪い評価システムを作ってしまうと、被評価者はどんどんと悪い方向に最適化されていきます。教育における評価システムもそうですが、評価はとてもセンシティブなものです。コンテストを行うときにも、主催者側はぜひ気を付けて行っていただければと思います。

 

トップの画像は以下のスライドからです。 

speakerdeck.com

*1:ただ審査員はお断りすることの方が多いので、あまり依頼されないようにお願いします……。

「強み」にこだわりすぎない

私たちはしばしば、「自分の強みは●●なので、この道を選ぶ」と言ったり、誰かから「日本の強みを活かして勝つ方法は何か?」と尋ねられたりします。

強みに焦点を当てるべきだとよく言われますし、過去の経験を生かすことは理屈でも、コストパフォーマンスの面でも理にかなっています。

 

しかし、強みにこだわることは「縛り」ともなりえると思っています。なぜなら、「自分に強みがないから挑戦しない」という結論に容易になりえるからです。

 

強みにばかり目を向けると、これまでに自分が培ってきたスキルや能力の範囲でしか道を選択できなくなります。それは過去の延長線上でしか未来を選択できないということであり、過去によって未来がすべて規定される、ということでもあります。

でもそれって本当にそうなのでしょうか。

未来はもっと可能性に開けているはずですし、私たちの意思で変えていけるはずです。

 

たとえば、学部生の4年間の専攻が「文系」だからといって、その後の数十年の職業を自分の専攻のみに限定する必要はないはずです。他の分野に興味があれば、勉強すればいいだけだからです。最初は大変で、コスパが悪く感じるかもしれませんが、2 年ぐらい真剣に勉強すれば新しい強みを作ることができます。

 

事業においても同様です。たとえば Climate Tech のような、急激に市場が立ち上がってきている領域では、自分たちの持っている技術や強みに関係なく、その機会に身を投じることが大事ではないかと思います。機会が大きそうなのであれば、そしてそれが解くべき課題なのであれば、日本の強みがあろうとなかろうと、その領域に賭けるべきではないでしょうか。

 

それに、その機会に身を投じることで、「実はここでこんな自分の能力が使える」「実は日本にこんな技術がある」ということが分かってくることもあります。ある意味、自分の強みは遡及的に見出され、振り返ってから後付けで「強みが発見される」ことも多いのではないでしょうか。たとえば、「実は自分は営業が人より上手だった」「実は日本の中小企業が作る部品が新しい蓄電施設に使えた」というものは、機会に身を投じてから分かることです。

そうして機会に身を投じて挑戦してく中で、新しい自分たちの強みも磨かれていくはずです。特に機会の大きな新しい領域では、数か月頑張るだけで、その領域で日本で有数の専門家にもなれるはずです。

 

だからこそ、

  • 「強み」に目を向けるのではなく、「機会」に目を向けること
  • 「過去」を意識しすぎて囚われるのではなく、「未来」の可能性に対して拓けること

を意識したほうが良いのではないかなと思います。

そして機会や未来がそこにあると思うのであれば、そこに飛び込むことで、自分の強みを発見し、新しい強みを作り上げていけるのではないでしょうか。

 

 

(補記)

とはいえ、私たちは強みに目を向けてしまいがちです。その理由として、

  • コストパフォーマンスへの意識、特にコストへの意識が強いから
  • 長期的な成果よりも、短期的な成果への意識が強いから
  • 勝ったときの利益の大きさよりも、勝率への意識が強いから

という3点があるように思っています。

1点目のコストパフォーマンスについてですが、確かにほどほどのリターンしか期待できないときはコストを考えるべきだと思います。つまり、多くの場面では強みを意識した方が良いように思います。一方で、リターンが大きく跳ねうるときには、コストの相対的な重要度は下がります。なので、機会が大きいと感じる状況に限り、強みをいったん置いておくほうが良い、というのが今回の話です。

また、2点目の長期的・短期的な成果については、短期で成果を出そうとすると、確かに今ある能力をベースに考えていくべきということになります。しかし、長期であれば、その間に強みを育んでいくこともできるので、機会に目を向けることが可能になるのではないかと思います。

最後に、勝率への意識が強いと、勝てる戦や負けない戦しかしなくなります。そうすると、「インパクトが大きい解くべき A+ の課題」ではなく、「インパクトが小さくても解けそうな B+ の課題」に注目してしまうように思います。でも勝ったときに大きなインパクトがあり、大きな利益が出そうな課題であれば、勝率が多少低くても賭ける価値はあるはずです。

とはいえ既存企業の多くは、負けないことや失敗しないことへの組織的なインセンティブが強すぎて、賭けづらいという点はあるとは思いますが、それはまた別種の問題として捉えるべきかなと思います。

 

私も含めてこうした思考の癖やバイアスはどうしても入り込んできます。だからこそ意識的に癖を認識して、そこから抜け出るような努力が必要なのかなと、個人的には思っています。

J-Startup Impact の推薦委員から見た、J-Startup Impact 応募と準備のコツ (2023 年度版)

(※本記事は推薦の審査中ならびに推薦直後に書いたものです。2023年10月6日に J-Startup Impact の受賞企業が発表されたので、公開しました。)

 

約500件の応募に一通り目を通し、評価を終えました。

まず、自薦、他薦を含めて500社近いスタートアップの皆さんが「社会的インパクトを志向している」ということに、とても希望を感じました。

「まだ自分たちの会社は、これに手を上げるのは早いです」と言って応募を固辞した、社会的インパクトを志向しているスタートアップがいくつかあることも知っています。つまり、もっと多くの数の社会的インパクトを志向するスタートアップが日本にいる、ということです。これはとても素晴らしいことだと思います。

評価項目と評価のプロセス。私は「民間有識者からの推薦」に関わりました。

一方、応募書類を見ていると、記載されている内容や粒度は各社様々で、応募されたスタートアップの皆さんの戸惑いが伝わってくるようでした。推薦委員の一人としても、色々と戸惑いながら評価したというのが率直なところです。

その背景には、やはり社会的インパクトやその評価軸や測定方法の難しさがあるのではないかと感じています。

だからといって「評価軸が定まってないから、こんな選定なんてやる意味はない」と言っていては何も進みません。やってみて、そこからの学びを活かして、この取り組み全体をこれから徐々に良くしていくことが大事だと思っています。

そうした意味でも、来年度以降が J-Startup Impact の本番ではないかと思っています。

そこで来年度以降、推薦される側も推薦する側もより良い推薦プロセスにするために、気付いた点や、来年度の応募に向けて今からお勧めしたい点をいくつかまとめておきたいと思います。

 

なお、次回以降が本番だと書きましたが、来年度に向けては今から準備して間に合うか間に合わないか、ではないかと思います。なぜなら、1年後の次の応募までにどれだけ準備や実行ができているかどうかが勝負だからです。

一夜漬けで文章さえうまく書ければ何とかなる、といったものでもないので、今から準備を始めていただくことをお勧めします。そうした参考になればと思い、来年度に向けたメモとして残しておきます。

ただし、あくまで一推薦委員からの意見です。来年度も推薦委員として選ばれるかどうかは分かりませんし、そして仮に選ばれたとしても引き受けるかどうか(応募に目を通すだけで1日以上は使ったので…)は分かりません。

なので、これを読んで来年度の選考の際に私に選定の営業をしにきたとしても、あまり効果はないでしょうし、悪い心証を与えることにもなるので、そういうのは避けたほうが良いのでは…と思います。

 

なお、インパクト投資を専門に行われている、GLIN Impact Capital の中村さんが、応募のポイントを事前にまとめられています。こちらも参照することを強くお勧めします。

 

1     整理

まず強調したいのは、J-Startup Impactに選定されなかったからと言って、皆さんの事業に社会的インパクトがないわけではない、ということです。ほぼすべての事業にはポジティブな社会的インパクトがあります。詐欺やねずみ講といった悪意を持ったビジネス以外は、何かしらの顧客の課題を解決しており、それは社会にとってプラスの影響があるはずだからです。

なので、J-Startup Impactに選ばれる企業として問われているのは

  • 質・評価軸:狙っている社会的インパクトは「他のインパクトよりも」重要なのか
  • 量・程度:その社会的インパクトの総量は大きいのか
  • 時間・蓋然性:その社会的インパクトは現在から将来にわたってどのような変遷をたどるのか

という点なのではないかと思います。

難しいのは社会的インパクトの質・軸の比較評価(どちらの社会的インパクトが重要なのか)と、それがどの程度大きくなりそうなのかという時間軸の評価です。まずこの2点について考えていきたいと思います。

1.1  社会的インパクトを比較する例

異なる社会的インパクトの軸と時間軸の2つを比較することの難しさを考えてみます。

 

皆さんの視点からは、以下の事業のどちらのほうが社会的インパクトは大きいでしょうか?

  • 「子供を貧困から救う」事業
  • 「高齢者を貧困から救う」事業

誰を対象にするかが異なることで、社会的インパクトの「質や軸」が異なります。このため、答えることはそれなりに難しいはずです。

 

次に以下のどちらかが大きいかを考えて見てください。

  • 「子供1万人を貧困から救う」事業
  • 「高齢者2万人を貧困から救う」事業

「質や軸」に加えて「量や程度」が加わると、さらに比較が難しくなってきます。

 

次に社会的インパクトの軸を変えて考えてみましょう。

  • 「子供1万人の教育を改善する」事業
  • 「高齢者2万人を災害から救う」事業

さきほどは「子供の貧困」と「高齢者の貧困」という、貧困というある種同じの軸でしたが、今度は「教育と災害のどちらが大事なのか?」という点を考えなければならず、難しくなってきました。

 

ここに、さらに時間軸を加えるとこうなります。

  • 「毎年子供1万人の教育を10年後に改善する(かもしれない)」事業
  • 「高齢者2万人を7年後に災害から救う(かもしれない)」事業

既にある程度普及している事業であれば「今」の社会的インパクトを評価すれば良いでしょう。しかしスタートアップについてはまだ事業が立ち上がっていないものも多いはずで、そうなると十年後には大きくなっているかもしれない、という可能性も評価することになります。

さらに重要なのは「かもしれない」というところで、時間の変数が入ってくると、その社会的インパクトが実現する蓋然性も推定しなければなりません。

だからといって、現時点での蓋然性が低いものを過剰に低く評価してしまうと、「既に効果が証明された」事業しか推薦できなくなり、新しいチャレンジをしている企業は評価が低くなります(たとえばエネルギーだと核融合ではなく、太陽光パネルの大量敷設が評価されます。それもそれでありですが)。

そうなると、その結果、イノベーションも起こらず、J-Startup Impact で目指しているスタートアップを育てるという意義とも相反することにもなるでしょう。

 

ですので、蓋然性が上がるような情報も加味する必要があります。たとえば、チームの経験などを加味してみると、以下のようになります。

  • 「これまで教育に携わってきていないチームで、毎年子供1万人の教育を10年後に改善する(かもしれない)」事業
  • 「これまでNPOとして災害対策の活動してきたチームで、高齢者2万人を5年後に災害から救う(かもしれない)」

 

ここまでの情報を統合的に考えて優劣をつける、というのが、スタートアップの持つ社会的インパクトを考慮して順位を付けて推薦する、ということになります。

対話を通してその事業の社会的インパクトをより深く理解すれば、もう少し精度高く評価ができるかもしれませんが、すべての企業に対してそのようなことはできないため、あくまで提出された資料の中でそれらを判断する必要があります。

なので、自分たちの事業の社会的インパクトの軸が何で、それは最終的にどのようなインパクトを持つ可能性があって、そこに至るためにどれぐらいの時間がかかり、その蓋然性はどれぐらい高いのか、といった想定を書いていただくと分かりやすくなるように思います。

 

2     応募の際のポイント

ここからは実際にJ-Startup Impactに選ばれるためのコツを考えていきたいと思います。

 

まず何よりも大事なのは、募集要項をきちんと読むことです。審査や推薦をするときは、その補助金やプログラムの趣旨、募集要項をかなり確認してから、その主旨に沿う企業を選定するようにしています(少なくとも私は)。また書くべき内容も、募集要項 (2023 年度版はこちら) にほとんど書かれています。まずはそれを読んで、そのフォーマットにあった内容を書くようにしてください。

また今回、発表と同時に詳細な選定要領が公開されているので、ぜひそちらも参照してください。

https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/J-Startup-Impact_Guideline.pdf

一定割合のスタートアップはこれができておらず、自社のサイトをコピペするだけに留まっていました。応募コストを下げる意味では有効かもしれませんが、どうしても他の応募に比べると見劣りしてしまいます。

 

こうした基本を押さえたうえで、今回高く評価したスタートアップとあまり高く評価できなかったスタートアップの違いとして、以下のようなところにあるのではないかと思っています。

2.1  J-Startup に選ばれうるぐらい事業を伸ばすこと

J-Startup インパクトに選ばれた企業は「J-Startup」の一員となります。

すでにJ-Startupに採択されている企業の場合は、そのインパクト評価を明示していく作業が主になりますが、それ以外の企業の場合はまずJ-Startupに選ばれるところを目指さなくてはなりません。つまり、それぐらい事業成長している必要があるということです。

まだ事業規模が小さいときは、どうしてもJ-Startupには選ばれづらいように思います。資金調達規模でいえばシリーズAぐらいを目途にしておくのが良いのではないかと思います。

また、どのような市場規模なのか、また自社の売上としてどれぐらいを目指しているのかを明示いただけると、審査員側で推定する手間が省けます。個人的には10年後ぐらいを目途に出していただけるとありがたいです。

 

2.2  インパクト投資の基礎知識を得る

Intentionality、Additionality、Measurabilityといった用語や、インパクト投資・インパクト評価の基本的な考え方を知ることをお勧めします。

これらはある種の認知のフレームであり、読み手にとっては理解のためのフレーミングとしても機能します(読み手である審査員がそうしたバックグラウンドを持っているのであればですが…)。

Additionalityを示すのは難しいとは思うのですが、ただ「この事業がなければこの社会的インパクトは出ないだろう」と思わせてくれるところは、やはり高評価になりやすいなと思います。

 

2.3  顧客の先にいる受益者を考える

顧客が受益者になるのは当たり前で、その先にどのような社会的インパクトをもたらせるかを示せているかどうかは大きな分岐点だったのではないかと思います。

そのとき、いわゆる直接受益者と間接受益者の両方を考えて、受益者の特定をしてみることをお勧めします。

「課題」の欄に顧客の課題を書いて終わりのところもそれなりの数がいました。それも社会課題ではあるのですが、その先にどのような社会的な課題があって、どれぐらいの社会的インパクトをもたらすのかを考えられているかどうかで、評価は大きく変わる印象があります。

たとえば、SaaSだと大抵は顧客の業務効率化が直近のアウトカムになると思いますが、その結果、どのような社会的なインパクトがあるかを考えてみてください。建設系のSaaSだと、建設にかかる時間が10%削減されてコストも下がることで、家を持つ人が〇%増えて、その結果、Well-beingが〇%向上する、といった理路を考えてみる、ということです。

こうしたことは、ロジックモデルを書くときに不可避的に考えざるを得ないため、ロジックモデルが書けているところは評価が高く、そうでないところは評価が低くなりがちではないかと思います。

 

2.4  評価軸の重要性を示す

その社会的インパクトが他の社会的インパクトよりも重要であることが説明できるなら、ぜひお願いしたいです。これは定性的な情報になると思います。

定性的な情報になるため、審査員や推薦員との相性も出てきてしまいます。また、その評価軸が評価されるかどうかは、タイミングにも左右されると思います。社会問題になっているかどうかというタイミングもありますし、子育てやベビーシッターの問題は子供を持ったときにはじめて課題を感じる、という個人レベルでのタイミングもあります。

逆に言えば、タイミングに左右されないぐらい、この社会課題について日ごろから課題として捉えてもらうことが大事であり、この社会課題に取り組むことについての意義を日々伝えて、仲間づくりを日ごろからやっておくことが重要だということでしょう。

 

2.5  インパクトをなるべく数字で表す

自分たちのインパクトをなるべく数字で示すことができると良いでしょう。

分かりやすいのは環境、特に地球温暖化対策です。この場合はGHGがどれだけ減るかという数値によって、他の事業であっても比較可能です。

医療や薬は一見分かりやすいように見えるのですが、国内外にその病気や健康状態を持つ人がどれだけいて、現在はどれだけの苦痛で、今回の事業の結果、最終的に毎年何人の苦痛が減ったり寿命が延びたりしたかが分からないと、中々比較もできません。

IRIS+や SDGs の169のインデックス (17 個のゴールを細分化したもの) など、既存の指標があるならそれを明示して活用いただいても良いかと思いますし、Impact Frontiers が示唆しているように、「広さ、深さ、長さ」の3つのポイントで表現するのもありだと思います。

https://impactfrontiers.org/norms/five-dimensions-of-impact/how-much/

2.6  単位を示す

数字に関連しますが、どのような単位で測るのかが明快であれば理解しやすいです。たとえば、環境問題だと GHG や CO2e がどれだけ減ったか、という単位があります。

一方、「新しい価値を作る」といった抽象的な言葉遣いだと、その価値がどのような価値で、どのように測られるのかが分からないと、評価や比較が難しくなります。実際、抽象的な社会的インパクトを書いているパターンが多く見受けられました。

ただし、「QOLの〇ポイント向上」「Well-being の〇ポイント向上」と言われても、QOLやWell-beingの単位の意味が分からないと評価しづらいものです。そういうときはQALYやWALYなど、既存の指標を使うなど、工夫してみることが大事ではないかと思います。

 

2.7  時間軸を示す

スタートアップであるがゆえに、まだ道半ばであることは重々に承知しています。

だから、何年後にどういった社会的インパクトを実現するつもりなのか、というところを記載いただけると良いのかなと思います。

その際、いくつかのシナリオが出てきても構わないと思いますが、最終的に「最大でこのようなインパクトがある」ということを示してくれるだけでも構わないと思います。その蓋然性は恐らく推薦委員のほうで判断することになると思うので…。

 

2.8  測定と管理

どのように継続的に測定しているのかを書いてもらえると、より高い評価になります。たとえばインパクトレポートを出して追跡している、などは測定や管理に対する高い意識が見えてとても好ましく見えました。

また、「日ごろから社内で、売上だけではなく社会的インパクトの指標を管理している」といった組織的な管理まで行われているのであれば、それについても記載いただけると高評価につながるのではないかと思います。

 

2.9  ネガティブインパクトを回避・緩和する

ほぼすべての事業には、悪い面があることもあります。たとえば、製造業は環境負荷をかけてしまうこともありますし、何の悪影響も出していない教育サービス事業であったとしても、高い費用を取って教育サービスを提供しているのであれば、それは格差の再生産にもつながっているかもしれません。

単にポジティブなインパクトを喧伝するのではなく、そうしたネガティブインパクトに対してきちんと対応・緩和している、という記載があるところは良い印象が出てきます。たとえば、再生可能エネルギーで物を作っているとか、教育であれば奨学金を用意するなどです。

そうした個社の取り組みは、ぜひ紹介してほしいなと思いました。

 

3     来年度に向けたお勧め

ここからは来年度に向けて準備をする人達に向けたお勧めを紹介していきます。

 

3.1  J-Startup Impact企業でやっていることの調査

J-Startup Impact に選出された企業は、優れたインパクトマネジメントを行っているはずです。なので、選定された企業が行っていることをまずは調査してみてください。

たとえば、選ばれた企業がインパクトレポート等の取り組みを行っているなら、それを参考にしながら、来年度に向けてそうした準備をはじめても良いかもしれません。

良い会社の真似から始めながら、徐々に自分たちのやり方を見つけていけば良いと思いますし、他の会社がやっていることを見てみると、下記に書いている他のお勧めも理解しやすくなるのではないかと思います。

 

3.2  インパクトマネジメントの学習と実践

インパクトマネジメントについてはそれなりの蓄積があります。そうした蓄積をまずは参照し、学び始めるのが良いのではないかと思います。

その蓄積は日本語でも多数出ていますので、そうしたところから始めてみてください。「インパクトマネジメント」などで検索してみることをお勧めします。上に書いた、事例を見てみることも一つの方法です。

ただし最初から完璧を求めすぎてしまうと何も始められないので、できるところから始めてみることをお勧めします。

なお、事業の進捗と社会的インパクトの実現がアラインしていることを確認していただくことで、インパクトマネジメントがより事業に活きやすくなるのではないかと思います。

 

3.3  ロジックモデルを描く

今回落選してしまった企業の皆さんの中で、まだロジックモデルを描いたことがない方は、「ロジックモデルやTheory of Changeを描いてみる」ことをお勧めします。そうすれば、評価される際の多くのポイントがある程度自動的に満たすことができます。宣伝のようになってしまって嫌ですが、『未来を実装する』でも紹介しているので、参照してみてください。

ただ、最初はロジックモデルの書き方が少し変な人もそれなりにいるので、作ったものは誰かに見せて採点してもらうとよいでしょう。

なお、「ロジックモデルを作っている」という応募者もそれなりの数いました。でも、Webサイトを見てみても掲載されていなかったところが多かったのは残念でした。できれば自社サイトで公開しておいていただけると、こちらとしても楽なので是非…。

「投資してくれているVCがやってます」というところもありました。投資家として素晴らしい取り組みだと思います。一方で、ロジックモデルは、投資家視点のものと自社視点のものは異なると思いますし、インパクトスタートアップで評価されるのは自社なので、投資家と一緒に作成したものだとしても、自社サイトに掲載しておくのが良いのではないかと思います。

 

3.4  事業プランを大きくする

社会的インパクトが出る事業だとしても、その事業が急成長しなければハイグロース・スタートアップとは呼べません。

必ずしも J-Startup Impact はハイグロース・スタートアップ的なスタートアップだけではないということを事務局からは聞いていますが、とはいえだからといって小さい事業すぎると、その結果、生み出せる社会的インパクトが小さくなってしまうので、それも違うようです。

なので、少なくとも「スタートアップ」と冠されるものに応募するのであれば、成長に関するIntentionalityは見られることになる、というのが妥当でしょう。ここでの成長とは、営利企業であれば収益を伴う成長になるでしょうし、非営利企業の色が強い場合は、収益性の如何に関わらず、事業成長そのものに関するIntentionalityになるはずです。

ロジックモデルやインパクトレポート、B-Corp等、外形的な社会的インパクトに関する様々な活動をしているのに選ばれなかった、という場合は、ぜひ一度、大きくなるビジネスプランを描いて、それを応募の際も反映させてみてください。

 

3.5  何度も宣伝する

自分たちのやっていることや社会的意義を、何度も宣伝してください。何度か宣伝しているなかで、社会的な課題として認識されることもありますし、SNSなどで何度か流れてくることでようやく認知する、という人も多いのではないかと思います。

たとえばメルカリは男女の賃金格差の是正、プラネットポジティブ、インパクトレポート、メルカリ寄付など、様々な活動をそれぞれのタイミングで出しているため、社会に対するアクションが目につきやすく入ってきやすいように思います。

たった自社の一度の宣伝で、その情報がすべての人に伝わることはほぼないので、折角良いことをやっているのであれば、そのたびに伝えていただくと良いのではないでしょうか。

 

4     まとめ

ロジックモデルやインパクトレポートなど、巷で言われている「やった方が良いこと」をきちんとやっている企業からの応募は、深く考えてこの結論に至ったのだろうなと思わせる記述になっていたように思います。

そういう意味でも、いったんインパクト投資などの文脈で言われていた「型」にはめてみてから、守破離の順で、そのあと自分たちなりのやり方を見つけていくほうが、最終的に良い結果に辿り着くのではと感じました。

もし来年度応募しようと思っている皆さんは、ぜひこの機会にぜひインパクト評価やインパクト投資の考え方に触れて、自社の社会的インパクトを整理して、来年度の応募をぜひ検討してみてください。

 

以上、折角丸一日使って評価したので、そこで感じた傾向や示唆を共有することにはある程度の意味がある&使った時間をよりレバレッジができるのではと思って、さらにプラスして時間をかけて書いた次第です。

あくまで推薦委員の一人の意見ですが、審査の時に感じたことやお勧めが皆さんの何かの参考になれば幸いです。

 

(なお、設立から20年ぐらい経っている企業を「スタートアップ」として選ぶのはさすがに違うのでは……というのは個人的な意見として書いておきます。)