🐴 (馬)

Takaaki Umada / 馬田隆明

アイデンティティを緩く保つ

「文系で技術がありません。どう起業すればよいでしょうか」というのは学生から頻出する質問です。その質問に対する答えにはいろいろありますが(たとえばチームを組めばよいなど)、一方で「そこまで自分を規定しなくとも良いのでは…」とも思います。

文系であっても技術の勉強をしてはいけないというわけではないですし、技術は学べば身に付きます。高校生や大学生であれば、専門の差というのはたかだか数千時間の差でしかありません。さらにプログラミングに関して言えば、数的能力よりも、言語適正のほうが重要だという示唆もあり、言語は一般的には「文系」と呼ばれる人の方が得意とする領域です。

同様に「自分はエンジニアだから経営は分からない」と、経営者になるという選択肢を最初から考えない学生も一定数います。でも、エンジニアからスタートして優れた経営者になった人は何人もいます。

 

スキルに関して言えば、誰もがはじめは初心者で、そこから徐々に育てていくものです。専門性だって、誰もがゼロからスタートしています。今ではギターで有名な人も、最初は初心者でした。

私の支援する Climate Tech 領域の起業家の多くも、その領域の専門性を持っていた人ばかりではありません。やろうと決めてから、その領域を学び始めた人のほうが多いぐらいです。「自分には専門性がないから」と諦めてしまったら、大きな機会を逃してしまっていたでしょう。

 

もちろん、人には向き不向きがあります。年を取れば、確かに選択肢も狭まるでしょう。それでも選択肢がゼロになるわけではなく、たくさんの可能性があります。

しかしそんなとき、「自分はエンジニアだから」「文系だから」「自分は〇〇だから」と自分を規定しすぎたり、過剰にラベル付けしてしまって、行動しない理由にしてしまうと、自分の未来の可能性を閉ざしてしまいます。

 

アイデンティティを緩く保つ

日常の言葉で、自己認識のことをアイデンティティと呼ぶことがあります。アイデンティティを確立できないのは苦しさへとつながってしまいますが、一方でアイデンティティを強く持ちすぎても良くはない、ということです。

そうした意味でも、私たちは「アイデンティティを緩く保つ」と思っておくぐらいのほうが良いのではないかと思います。*1

つまり、自分が変わることや変われることを前提に、アイデンティティを保っておくということです。

実際、人は結構変わっていくものです。10年前の自分と今の自分は、同じところもあれば、ずいぶんと違うようになったと感じる人も多いのではないでしょうか。それぐらい、人は変わっていくものですし、変われるように思います。

 

複数のアイデンティティを緩く持つ

もしそうした緩く保つことが苦手なのであれば、複数のアイデンティティを持つことを意識することも一つの手のように思います。分人やプルーラル (self-plurarism) という言葉を使っても良いかもしれません。

人は複数のアイデンティティを持つことができますし、むしろ一つのアイデンティティしか持てなければ、そのアイデンティティが揺らいだときに強い不安が引き起ってしまいます*2。

「自立とは依存先を増やすこと」だという熊谷先生の言葉は有名ですが、アイデンティティも同じく、複数のアイデンティティを持つことが自分自身を安定させる方法ではないかと思います。であれば、これからでも良いので複数のアイデンティティを持とうとすること、自分自身を規定せずに、未来の可能性に開いておくことが大事なのではないでしょうか。

 

まとめ

アイデンティティは生得的なものではないし、これから自分で見つけていくことも、作っていくことできます。冒頭の「文系である」という自己規定もまた、生得的なものではなく、これまで育ててて来た一つのアイデンティティでしかありません。

そうした意味でも、自分自身を過度に規定しないこと、そしてたくさんのアイデンティティを持とうとすることが、自分自身を未来に開かれた状態に置くための一つの考え方ではないかと思います。

*1:Paul Graham のエッセイにも、アイデンティティは控えめに、というものがあります。

*2:このあたりは『アイデンティティが人を殺す』などの議論もあります。