
昨今のAI関連のスタートアップ議論では、「AIを使えば従来の数分の一の人数で同じ売上を作れる」といった、オートメーションや効率化の話が注目されがちです。人件費が高く、巨大市場で戦うシリコンバレーの企業にとって、少人数で大きな売上を作れることは大きな競争優位になる重要な議論でしょう。
しかし、日本のSaaS、特にVertical SaaSや業務ソフトウェアの文脈では、より大きな論点があるように思います。
それは「AIで人をどれだけ減らせるか」ではなく、「AIによって企業価値の上限をどれだけ引き上げられるか」であり、よりポイントを絞って言えば、
- AIを使っていかにTAMを大きくするか
- AIによって新しく切り開ける市場はどこか
といった議論です。

背景
背景として、日本のスタートアップエコシステムにおける1つの大きな議論の「東証グロース市場の時価総額100億円」の問題があります。その壁をなかなか越えることができない、というのが問題です。
そうした企業価値が小さく見積もられる原因は、スタートアップの利益率が高いかどうかという点よりも、単一市場で到達できるARRの上限、上場後の成長余地、期待できる市場規模の最大値が小さいこと、などのほうが大きいように思います。
そうしたことを考えると、日本でより行われるべき議論は、
- AIで業務を効率化する
- AIで人を少なくする
- 人数を一定のまま成長する
という「利益や売上を数十パーセント上げる」という議論よりは、AIでどこまでTAMを増やして利益や売上の桁を上げるか、です。
AIによってTAMを伸ばす方法

幸いにして、AIはTAMを伸ばすことも可能にしうるように思います。
たとえば
- マルチプロダクトやコンパウンド型にして、対象とする業務範囲を拡張する
- 基幹ワークフローやBPO等の業務を取る
- 垂直統合
- Physical AI 的なハードウェアにかかわる
- 海外展開やSMB等に顧客層を拡張する
といったことがAIによるサポートを得られれば可能なように思います。
これら以外にも様々な方法があると思いますが、AIによって一部の事業は、TAMの拡張が可能になっているように見えています。(とはいえVerticalだと複数プロダクトを作ってもなかなかTAMは伸びないとは思いますし、すべての手が有効だとは限りませんが。)
そしてそれが期待企業価値を上げるための方法ではないか、と考えています。
TAMを伸ばすか、利益率を伸ばすか
単純計算であれば、成功時企業価値の最大値が10倍大きくなるなら、成功確率が1/10に下がっても期待値は変わりません。ただ、成功時企業価値の最大値が10倍になり成功確率が1/5程度になるだけであれば、期待値は2倍です。
一方、多くのソフトウェア企業が2倍程度の期待企業価値向上を狙うのであれば、成功時企業価値をそのままにする条件下では、人員を半分程度に減らしたうえで売上や成長率を維持する必要があるでしょう。ただ、人件費のかわりにトークンコストが乗ってくるので、もう少し削減しなければならないかもしれません。
戦術か戦略か

コスト削減の議論は、トヨタのような大企業で、ビジネスモデルのできあがっている大規模事業にとってはインパクトのある議論ですが、スタートアップにとっては多くの場合、生存期間を上げる議論です。
供給がボトルネックになっていたり、需要が大幅に変わるのであれば別ですが、AIの応用が単なる既存業務のワークフローの効率化で終わると、企業価値の桁を変える議論にはなかななりません。
そして多くの場合、コスト削減やワークフロー改善は戦術レベルの話です。一方、「AIによっていかにして企業価値の桁を上げるか」というのは戦略レベルの議論であり、企業価値の桁を上げる際に重要なのは戦略レベルの議論です。
AIは何を可能にするのか?
その意味で、「AIは何を可能にするのか?」と問うときに、「AIでTAMを伸ばすには?」という問いを持ち、それを議論していくことが、日本のスタートアップエコシステム全体にとってよりよい結果をもたらすのでは、と思ったので記事として残しておきます。
(もちろん、AIによるオートメーションによって、かつての電化された工場や、Uberによるタクシー業界の拡大のように、根本的にワークフローが変われば大きくTAMも拡大するかもしれませんが、隠れた需要があり、供給がボトルネックになっている領域に限って、影響が大きいのでは、と思います。)
なお、本記事ではAIでの効率化(利益率向上)とTAMの拡大を対比してきてましたが、これらは対立関係にあるのではなく、両方できることだとは思うので、最後にそこだけ付記しておきます。

関連記事
