🐴 (馬)

Takaaki Umada / 馬田隆明

「ディープテック・スタートアップは時間がかかる」とは限らない

「ディープテック・スタートアップは Exit まで時間がかかる」とよく言われますが、(少なくともアメリカでは)必ずしもそうではない、という点を記事に残しておきます。

 

ディープテックの一つの領域として、Life Science が挙げられます。その領域での代表的なスタートアップ、たとえば mRNA ワクチンで一世を風靡したモデルナは 2010 年に設立され、2018 年に当時としては最大級の IPO を行っています。つまり設立から 8 年で上場しています。8年というのはそこまで長い期間というわけではありません。

また、アメリカの IPO のデータを毎年まとめてくれているサイト (University of Florida の Jay Ritter のサイト) によれば、Life Science の 2022 年に上場した16の会社の、設立からIPOまでの年数の中央値は4年でした。

もう少し前に戻って表にまとめても以下のような形です。

 

IPO 社数

設立からの年数(中央値)

2019å¹´

42

4

2020å¹´

76

6

2021å¹´

89

5

2022å¹´

16

4

2023å¹´

13

4

同時期のいわゆる「テック系(ソフトウェア系)」の設立年数の中央値のデータも Jay Ritter のサイトに掲載されていますが、それらよりもよっぽど短い期間(約半分)で IPO しています。

 

より具体を見て検算してみましょう。IPO した Life Science 系の会社のリストは、IPO Tracker などから見ることができます。

たとえば2023年にIPOした企業で、IPO での資金調達額の大きかった順では、ACELYRIN は2020年設立、RayzeBioは2020年設立、Apogee Therapeuticsは2022年設立となっています。4年というのはそう間違っていなさそうです。

(なお、2023年に上場したNeumora Therapeuticsについては、ANRIの宮崎さんによる2022年の記事と、その背後にいる ARCHに関する記事が日本語で読めるのでお勧めです。)

 

Life Science 以外もそう長くはない

IPO までの期間が短いというのが Life Science に限った話かというと、そういうわけでもないようです。Humba Ventures (Coding VC) の Leo Polovets が Pitchbook のデータをまとめて、Exit の規模感と Exit までの年数をジャンルごとに分けて分析しています。

その記事から比較表を抜粋すると以下のようになっています。

https://www.codingvc.com/p/betting-on-deep-tech

Life Science の Exit が短くはあるのですが、Life Science を除いたディープテックを見てみても、いわゆるテック系企業と遜色がないことが示されています。

なお、分類は以下となっています。

  • Traditional Tech: ヘルステック、デジタルヘルス、サプライチェーン、モバイル、Eコマース、SaaS、ビッグデータ、マーケティング、人工知能、フィンテック、インシュアテック
  • Deep Tech: ロボティクス、インダストリアル、製造系、3Dプリンティング、サイバーセキュリティ、クリーンテック、宇宙、先端製造

 

お伝えしたいこと

これらはアメリカのデータなので、日本にそのまま当てはまるわけではありません。ただペプチドリームも 2006 年設立、2013年上場なので7年だったので、必ず長くなるというわけではない、というのは日本でも言えるのかなと思います。

もちろん、SpaceX 等、海外でも時間がかかっているビジネスが多いのも事実ですし、日本でも時間がかかるディープテックスタートアップの事業が多くあるのは間違いありません。特に日本はアメリカと比べて赤字上場がなかなか厳しく、時間がかかりがちだった(というより Life Science 系以外で上場例があまりなかった)こともあるでしょう。

一方で「ディープテックは時間がかかる」と言い切ってしまうのも、やや誤解を招く表現だと言えます。

それに「時間がかかる」というところが過剰に強調されて流布すると、VC に投資する LP 側がディープテックの VC に投資をしなくなったり、政策が変になる、ということもありうると思っています。実際、私が話したことのある学術関係者や政策関係者の方々は、なんとなくの印象で「ディープテック・スタートアップは時間がかかるんでしょう」という認識で、「だからまずITのスタートアップを増やすべきでは」という話が挙がったことが何度かありました。

そうした事例を見るに、「時間がかかるとは限らない」という点は強調しておいても良いのかなと思い、本記事を書きました。

 

なお、今回は会社設立からの年数を元に時間がかかるかどうかを評価していますが、どこから年数をカウントするかによって「時間がかかる」かどうかは異なります。研究初期段階からカウントをすると、もちろん長くなると思いますので、その点は注意してください。