🐴 (馬)

Takaaki Umada / 馬田隆明

Exit の量と質: 日本のスタートアップエコシステムのボトルネックと1兆円企業

2024 年の日本のスタートアップエコシステム全体としてアプローチしなければならない中長期 (10年スパン) 的な課題は、日本からデカコーン (1 兆円企業) をどう輩出していくか、という問題であると考えています。

 

真ん中が増えて、「入口」と「出口」が増えてない

その背景として、VC の投資額が10年で約10倍と先行して大きくなっている一方で、

  • 入口となるスタートアップの数
  • 出口となる Exit の数・金額

はまだ十分には増えていないという状況があるからです*1

これを図にすると以下のようになります。

図中のグラフ画像は 【最新版】2023年スタートアップ調達トレンド |INITIAL から

出口がより大きな課題

真ん中にあたる投資額は10年で約10倍になったものの、入り口の起業数は10年で約3倍、出口は量・質ともに 1.5 倍ずつになっています。

特に深刻な課題は Exit (出口) のほうでしょう。

現在、国内で毎年約 5000 億円の VC ファンド組成が行われているとすると、その10年後に期待されるリターンは約 3 倍の 1.5 兆円です。しかし、おそらく現時点では VC が得られているリターンの総額はその金額に達していません。

もし出口で目詰まりを起こすと、VC のファンドに期待されるリターンが出せなくなり、資金が LP に循環しなくなります。その結果、VC が次のファンドを組成できず、スタートアップへの投資にもお金が回らなくなり、現在膨らんでいる真ん中の投資額もしぼみ、その結果、起業数が減ることが起こります。

そうすると、どんどんと悪循環が起きてしまいます。そうならないよう、出口のボトルネックをもっと膨らませていく必要があります。

入口のスタートアップの起業「数」を増やす取り組みも重要ですが、現状のように後ろが詰まっていると、作ったは良いものの出口がない、という、かつての「ポスドク1万人計画」のような事態が起こってしまいかねません。

 

量を増やすか? 質を上げるか?

では、出口をもっと大きくするためには、

  • Exit の数 (量) を増やす
  • Exit の単価 (質) を増やす

のいずれかが必要です。

スタートアップの Exit は主に IPO か M&A です。

そうすると、以下の 4 つの選択肢に収れんします。

(1) IPO の量

(2) IPO  の質

(3) M&A の量

(4) M&A の質

(1) のIPO の数が劇的に増えることは恐らくありません。グロース市場は上場要件を厳しくする方向になっていますし、監査法人の構造的な人手不足を考えると、短期的に IPO の数は増えないように思います。

期待がかかるのは (3) (4) の M&A です。

短期的に増やせるのは M&A です。もし 5 年のスパンで考えるのなら M&A を増やすしかありません。実際、徐々にですが増えてはいます。

しかし、日本の産業特性を考えたとき、国内のスタートアップが IT 系中心の起業の状況だと「国内大手企業による、国内のスタートアップの M&A」は劇的には増えないのでは……とも思っています。

 

日本の M&A の数と産業構造の関係

そもそも、M&A はどのような意図で行われるのでしょうか。たとえば McKinsey はスタートアップを買収するアプローチとして、

  1. 技術や知財の買収
  2. 人材の買収
  3. 製品の拡張
  4. 地域の拡張

の4つに分けています。

そして大手の企業が"高値で"スタートアップを買うとしたら「製品の拡張」が主です。

なぜなら Acqui-hiring はあまり大きな金額にならないことが多く、一方 Ideation もプリシードのためあまり金額が大きくならないからです。一方、「地域の拡張」は日本の大企業が日本のスタートアップを買うことは地域の拡張にはならないため、対象外となります。

では「製品の拡張」狙いになった時、そこにはシナジーを求めることになりますが、日本でスタートアップの買い手になってほしいと期待されている大企業の多くは、IT サービス系の企業ではなく、製造業などを中心とした企業です。そうなってくると、今の日本のスタートアップが IT 系ばかりの状況を考えると、なかなかそうしたシナジーを生む相性が良い相手にはなっていないように思います。

さらにいえば、「製品の拡張」は多くの場合、国内スタートアップだけではなく、海外のスタートアップも含んで比較検討される領域です。そうなってくると、海外のスタートアップとの競争にもなります。

McKinsey による M&A の戦略の整理: https://www.mckinsey.com/capabilities/mckinsey-digital/our-insights/buy-and-scale-how-incumbents-can-use-m-and-a-to-grow-new-businesses

また、(4) の M&A は金額がどうしても小さくなりがちです。

たとえば、EY による2021年の調査では年間 143 件の M&A でしたが、10億円を超える案件は 18 件でした。50億円を超えるのは 5 件です。

100 億円の M&A でかなり大きいほうですし、そこそこ大きめの 50億円の M&A が年間100個あってようやく 5000 億円です。

大手 IT 系の企業やメガベンチャーと呼ばれている企業がスタートアップを買うことはこれからも続いていくと思いますし、増えるでのはと思います。ただ、日本全体としてそれらのメガベンチャーの存在感はそこまで大きくはないため、日本全体での M&A の増加という観点ではそこまで大きくは寄与しないようにも思います。

 

中長期的には質を上げる

そうなってくると、(2)(4) のいかに質を伸ばすか、つまり中長期的に大型の Exit を出す方向を考えた方が良いのではないか、と考えます。

これまで政府はスタートアップの目の前にある課題をボトムアップからのヒアリングを通して集め、確実に政策で解決し続けてきて、スタートアップの環境は間違いなく良くなっています。そうであるがゆえに、目の前に見えている課題の多くは解決されている、もしくは解決のめどが立っている状況で、そういう意味でこれからは政府としても、もう一回り大きな政策的挑戦が求められているように思います。

その一つがデカコーン輩出であり、その議論に対してより資源を傾けて議論していくべきではないかと考えます。

 

*1:10年で見るのが正しいのか、という議論もあると思っています。VC ファンドが組成されて3 ~ 5 年で新規投資がなされるとすると、2019 年以降のファンド組成は毎年 5000 億円強で、その間の調達社数はほぼ横ばいでした。であれば短期的にはそこまで逼迫していないのかもしれません。ただ Exit の量と質が10年前と同じなのは、変わらず厳しい状況ではあると考えています。