Technology Readiness Level (TRL: 技術成熟度レベル) という言葉を聞いたことがある人も多いのではないかと思います。
TRL と略されるこの基準は NASA によって開発され、現在は様々な新技術やイノベーションの成熟度を測るものとして転用されています。日本でも、この TRL を用いて技術の評価を行われることがあります。たとえば、以下の図は経産省の資料と環境省の資料からの引用です。
関連して Manufacturing Readiness Level (MRL: 製造技術成熟度レベル) という言葉も使われます。これは製造技術に関する成熟度と、それに伴うリスクを示すものであり、TRL では評価しづらい項目、たとえば再現性や生産コスト、サプライヤーの安定性などに答えるものです。こちらはアメリカの国防総省によって開発されました。
補助金の資料などを見ていると、「この技術開発は TRL ではなく MRL の話では…?」と思うこともしばしばあるため、こうしたいくつかの言葉が用意されていることは、技術の評価を行う際に有用でしょう。
さらに最近、アメリカのエネルギー省 (DOE) が使い始めたのが Adoption Readiness Level (ARL) です。この ARL はあまり日本では紹介されていないため、これを紹介しようというのが本稿の意図です。
ARL とは
Adoption Readiness Level (ARL) は「採用成熟度レベル」と訳せます。
DOE がわざわざ ARL という言葉を生み出したのは、TRL を高めるだけでは Deploy や商業化ができない、という意識からです。実際、DOE の記事では「商業化するにはTRL のステージゲートのみで管理するのは不十分であり、補完的なものとして ARL を開発した」と述べています。
ARL は主に以下の4つのリスク分野を評価しています。
- 価値提案
- 市場受容性
- リソースの成熟度
- License to Operate
これらをさらに細分化して、合計 17 つの次元で評価する、Commercial Adoption Readiness Assessment Tool (CARAT) という非常に簡易的なアセスメントツールも提供しています。
CARAT では、これら 17 の次元の中で、中リスクと高リスクのものの数を集計して、表の上でマッピングすることで、1 ~ 9 の ARL スコアが得られるという仕組みになっています。
そして、下図のように、TRL を縦軸に、ARL を横軸に取り、もし TRL も ARL も高ければRDD&D で言うところの「Deployment」のフェーズ、両方が低ければ「Research」のフェーズと考え、それぞれのレベルを上げるための活動をする、ということになります。
TRL と MRL と ARL の使い方
TRL も MRL も ARL もあくまで現在地を確認するためのツールであり、そこからどう上げていくのかを議論するためのツールです。
今回新たに紹介した ARL は決して受け身的なものだけではなく、自分たちでレベルを上げていくこともできます。Lisense to Operate のサブカテゴリである規制環境や地域社会の認識などは、自分たちの活動によって高めていくこともできるからです。
なので、研究開発型のスタートアップの場合、(技術だけではなく)自分たちの事業の進捗を考えるときに
- TRL をどう上げていくか
- MRL をどう上げていくか
- ARL をどう上げていくか
の 3 軸を考えながら進めていく必要があるのではないかと思います。
特に研究開発型スタートアップの場合は、TRL や MRL のことを中心に考えてしまいがちですが、実は重要な他の軸として ARL がある、ということを覚えておくと議論が円滑に進むのではないでしょうか。
そして今後、日本における新技術開発やその支援においても、TRL だけではなく ARL を評価しながら進めていくほうが良いのではと思います。
政策や補助金でも使える
TRL と MRL と ARL の 3 つの軸は、どのような補助や支援をすれば良いのか、という点でも示唆的であるように思います。
たとえば Redwood Materials は約 2800 億円の条件付き融資を米国エネルギー省から調達しましたが、これは
- TRL がそれなりに高く
- 需要が分かっているという意味でも ARL の一部が高く
- 一部の ARL と MRL が低いけれど、お金を突っ込めば ARL と MRL が上がる
という状態で、量産の谷を超えるための支援として良い一手だったのではないかと思います。
一方で、TRL を上げる活動については、レベルによっては必ずしもお金自体が有効であるとは限らず、お金が必要な活動だったとしても多額のお金が必要だとは限りません(実証などのときにはまとまったお金が必要な場合もあります)。
それぞれの事業の TRL、MRL、ARL を適正に評価することで、補助金の審査やステージゲートの運用なども楽になっていくのではないかと思いますし、ARL という軸があることで、事業開発側の進捗に意識を向けてもらうこともできるのではないかと思います。
まとめ
TRL、MRL、ARL の三つの軸で、技術開発を伴う事業をうまく評価できるのではないかという提案でした。