大学発スタートアップやディープテック・スタートアップについての期待が高まっています。ただ、外から想像されているディープテック・スタートアップの立ち上げ方のイメージと、現在試みられているディープテック・スタートアップの立ち上げ方のイメージには差があるようにも感じています。
私個人の意見となりますが、この25年を通してディープテック・スタートアップの方法論は徐々に変遷や細分化を遂げているように見えています。その変遷の過程を少しまとめておきます。
なお本稿では、急成長するハイグロース・スタートアップを「スタートアップ」としています。
- ディープテック・スタートアップが初期に揃えるべき3要素
- (モデル 1) 技術シーズ ➡ 研究者 ➡ ニーズ (2000 年代前半)
- (モデル 2) 技術シーズ ➡ 経営者 ➡ ニーズ
- (モデル 3) 経営者 ➡ 技術シーズ ➡ ニーズ
- (モデル 4) 経営者 ➡ ニーズ ➡ 技術シーズ
- (モデル 5) ニーズ(ミッション) ➡ 経営者 ➡ 技術シーズ
- まとめ
ディープテック・スタートアップが初期に揃えるべき3要素
ディープテック・スタートアップの初期に揃えるべき要素を大きくまとめると、
- 技術シーズ
- 経営者
- ニーズ
の3つです。一気に揃えられれば良いのですが、実際には何かを起点に始める必要があります。
時代を経てもこの3つの要素自体は変わりませんが、「この3つの要素をどのような順序で揃えていくべきだと思われているのか」は時代によって少しずつ変わってきているように思います。
(モデル 1) 技術シーズ ➡ 研究者 ➡ ニーズ (2000 年代前半)
最初に想定されていたモデルが技術シーズ起点の起業です。
まず研究という技術シーズがあり、それをすべての中心にして、研究者が経営者となって事業化する、という流れが想定されていました。そこには「技術シーズがあれば事業は何とかなる」という前提があったように思います。
2001年頃から行われたら大学発ベンチャー1000社計画は、まさにこうした発想だったのではないかと思います。研究という技術シーズがあり、それを開発した研究者自身が起業して経営者として活動し、その後ニーズを特定して事業化することで成功する、というモデルです。
ただこのモデルの問題点は、起業しても研究者は研究を続けてしまい、そもそもの事業化が進まないことが多かった、ということだったように思います。たとえば、当時の研究者の一部の方々は、研究費の延長線上と考えて起業支援の資金を得ていたのでは、といった話を聞くこともありました。
(モデル 2) 技術シーズ ➡ 経営者 ➡ ニーズ
次に主な流れになってきたのが、技術シーズ起点は変わりませんが、研究者ではなく、経営者を連れてくる、というものです。「研究者が事業化するのはどうもうまくいかない」という反省があったのかもしれません。
これはVCが技術を選定して、経営者を連れてくる、といったアメリカのVCに似たモデルです。場合によっては、VCが技術とニーズを特定してから、経営者を連れてくることもあるかもしれません(つまり技術シーズ➡ニーズ➡経営者という流れです)。
これは事業化が進みました。しかしやがて問題になったのは、技術シーズに縛られてしまうと、一部の領域ではどうしても小さな事業になってしまいがちなことです。実際、設立10年経っても、多くのディープテック企業は売上が1億円程度しかありません。
また、前の歴史的な経緯からも技術志向が強い経営をしてしまうことで、スタートアップ的な急成長をするという発想にはならず、数億円レベルの「技術の商業化」を志向してしまいがちだった、という点だったように思います。
なお、(モデル1) (モデル2) ともに有効な領域もあります。たとえば一部の創薬領域などです。しかし、「技術の強さが事業の強さに直結する」かつ「作ることができれば売れる」かつ「市場が大きい」といったいくつかの条件が満たされた場合のみに有効、という前提がつきます。そうした領域が実は限られているため、徐々に技術起点だけでは駄目なのでは、と気づき、他の方法論が試され始めます。
(モデル 3) 経営者 ➡ 技術シーズ ➡ ニーズ
技術シーズ起点ではあまり大きなスタートアップにはなりづらいかもしれない、ということが分かってきました。そこで試されているのが、経営者を起点にした起業です。
経営者候補となるような人に技術探索をしてもらって、良さそうな技術があれば、その技術が適用可能なニーズを探しに行く、といった流れとなります。ビジネス経験のある人をVCや大学がEntrepreneur in Residence (EIR: 客員起業家) などの仕組みで雇うのはまさにこの仕組みです。
これも一つの方法のように思います。しかし事業の可能性が技術によって制約されることは大きく変わらない構造を持ってしまうため、「事業が予想よりも大きくならない」といったことが起こりえます。また経営者自身が「技術の強さ=事業の強さ」になるような事業を組み立てられるかどうかが課題となってきます。
さらに、特定の先生の技術に寄りかかる形になると、より大きな機会が見つかったときにその先生の技術を捨てられなくなる、といったデメリットもあります。(とはいえ、適切な範囲であればそのリスクは取るべきだと思います。)
(モデル 4) 経営者 ➡ ニーズ ➡ 技術シーズ
モデル3に似ていますが、モデル4は経営者がニーズを特定し、必要な技術を複数集めてくるようなモデルをイメージしています。経営者起点ではあるものの、その次はニーズを起点にして技術シーズを探しに行く、という点に違いがあります。その技術シーズは、往々にして大学の研究(ディープテック)です。
これを実施しようとすると、結果的にモデル3のEIRと同じ仕組みになるかと思いますが、ニーズを先に特定して、技術を交換可能しているため、「事業が予想よりも大きくならない」というリスクはある程度避けられます。しかし新たな課題として、「必要な技術があるかどうかが分からない」というリスクを背負うことになります。
このモデルは、大学のEIRは大学の技術に縛られてしまうため少しやりづらく、VCのEIRのほうがやりやすい形と言えるでしょう。
実際は (3), (4) はグラデーションで技術を見つけてニーズを探し、ニーズを見つけたらまた技術を探す……といった繰り返しの中で、経営者が適切な組み合わせを見つける、ということも多いかと思います。ただ、そうした中でも技術シーズを重視するのか(技術の商業化をすれば大きく成功するのか)、あるいはニーズを重視するのか(場合によっては技術を捨てても良いか)は大きく違うアプローチのように思います。
(モデル 5) ニーズ(ミッション) ➡ 経営者 ➡ 技術シーズ
現在試されているカンパニークリエーションは、VCなどがニーズを先に特定し、そこに適切な経営者を連れてきて、技術シーズを組み合わせるというモデルと整理できるように思います。場合によっては、ニーズ➡技術シーズ➡経営者という順番になることもあるでしょう。
似たようなモデルだと、ARCH Venture Partners の言っている Building Backwards も似ているように思います。まさに「逆算しながら作っていく」というモデルです。
「ニーズ(ミッション)」と書いているのは、特に脱炭素など大きなミッションをベースに、政府側と協力しながら作っていくパターンもあるからです。
こうすればニーズを外すことはあまりありません。ただ、経営者が探せるかや、適切な技術を見つけられるか、といったリスクは残ります。また、このモデルで作られた Northvolt は現在苦境に陥っており、そうした意味では必ず成功するわけではありません(医療等の unmet needs はそう頻繁には変わらないでしょうが、それ以外の領域の将来のニーズは変わりやすいため)。
まとめ
今現在のディープテック・スタートアップがモデル5のカンパニークリエーションモデルである、というわけではありませんし、どれが一番正しい、というわけもありません。
現在は、これら5つのパターンが並行して存在しながら、それぞれの事業や領域、取り得るリスクに合わせて選ばれている、と考えた方が良いのだろうと思います。
ただ多くの人はモデル1や2を「ディープテック・スタートアップ」だと思いがちのようです。モデル3のパターンもありますが、その場合でも技術偏重になってしまう、「技術を商業化するための起業」(従来言われているベンチャー企業に相当)です。
その場合、技術と市場が一定の条件を満たしていなければ、ハイグロースを遂げることはできません。技術によってはそうした考えで成功できる領域もありますが、そうではない領域もたくさんあります。
この25年をかけて、立ち上げ方についても試行錯誤がなされ、蓄積が溜まってきたように思います。そのため、自分たちがどういった事業領域に挑もうとしていて、その事業領域ではどういったモデルが良いのかを考えながら、どのように「ディープテック」を使って「ディープテック・スタートアップ」を作っていくかをより深く考えていく必要があるのだろうと思います。