🐴 (馬)

Takaaki Umada / 馬田隆明

起業家教育とロールモデル

起業家のロールモデルを提示することで、起業家が増える

そう考えている人はそれなりの数いるようです。その結果、

起業家を増やすために、起業家を学校で講演させる

という政策が提案されるようです。

 

しかし実際には、単にロールモデルを提示すれば良い、というシンプルな話ではどうやらなさそうです。

メンタリングしても起業する人は増えない

アメリカの研究で、大学生の一部に対してランダムに起業家を割り当て、学生にメンタリングを受けてもらい、その後のキャリアを経時的に調査したものがあります。その結果、学生が早期のスタートアップに参加する率は増えても、起業する率に有意な変化は見られなかったようです。

大学生ぐらいの年齢になってしまったり、メンタリング程度の浅い関与では、ロールモデルの提示として十分に機能しないのかもしれません。

ロールモデルにゲスト講演をしてもらっても起業意思は高まらない

現在の日本では、「憧れの起業家」と認識してもらおうと、全国の学校で起業家のゲスト講演などを推進しようとする向きもあります。確かに話を聞いて一瞬はやる気は上がるかもしれません。しかし、講演はメンタリングよりもさらに浅い関与になるので、長期的な効果はさほど期待できないように思います。

実際、起業家によるゲスト講義を中心とした起業家教育プログラムの効果を調べた研究では、ゲスト講演ののち、起業意思が高い群は逆に起業意思が下がるという結果になっていました。

海外の他の研究でも、アントレプレナーシップ教育を実施した後に起業意思が下がる結果が出ていることがあります(ただし起業意思が下がるのは悪いことではなく、授業を受けることで自分の起業への向き不向きが分かったという面が大きいものでもあります)。

「ロールモデル」という言葉の抽象度が高すぎることが問題

もちろん、ロールモデルの存在と起業に関しては正の相関がありそうだ、という研究も多く見つかるのは確かです。

しかし、よくよく見てみれば、回答者にロールモデルがいるかどうかを判断する際、使われる設問は「家族や友達に起業家がいるか」というのが主であり、その次に「新しい小さな企業で働いたことがあるか」や「多くの起業家を知っているか」といったものが入ってきます。

つまり、調査の結論だけを見れば「ロールモデルは効果的」というのはあるものの、そのときに言われる「ロールモデル」は私たちが普段日常的に使っているロールモデルという言葉と同一なのかと言えば、少し違うように思います。

たとえば「家族や友達」という距離の近いロールモデルは確かに効果的でしょうが、ゲスト講演で一度だけ提示されるロールモデルは、距離の近いロールモデルとは質的に異なるロールモデルのように思います。

「憧れ」ではなく「師匠」タイプのロールモデル

そこでロールモデルをタイプ分けした日本の調査を見てみます。ここでは憧れタイプのロールモデルや師匠タイプのロールモデルといったタイプ分けが提示され、それぞれの効果が見られています。

たとえば「憧れタイプ」のロールモデルはそこまでキャリア発達の得点が高くなく、むしろ手本とする向きの強い「師匠タイプ」などのほうが有効という結果になっています。

もしゲスト講演で起業家に短時間触れたとしても、それは「憧れ」であり、「師匠」になる可能性は低いでしょう。また「新しい小さな企業で働いたことがある」というのは「師匠タイプ」に近くなるように思います。

ロールモデルの近さも重要?

これまで効果が確認されているロールモデルについては、その近さが私たちが想定するよりも「かなり近い」もののようです。それこそ10名にも満たない小規模なスタートアップでインターンをして、近くで起業家を見るような近さであれば、効果はあるのかもしれません。

日本では「近くに起業家がいない」というのが問題として挙げられることがありますが、もしロールモデルによる効果を狙うなら、ゲスト講演などで憧れの起業家を作るよりも、そうした出来立てのスタートアップで起業家のすぐ傍で働く機会を提供したりするコミュニティへの参入を促す)ほうが、効果は出やすいのではないでしょうか。

 

いずれにせよ今後キャリア教育としてのアントレプレナーシップ教育を、ロールモデル中心に展開していくのであれば、こうした研究を踏まえて、より効果的な施策や授業を考えていく必要がありそうです。

個人的な授業の役割についての考えは、以下の記事でまとめています。

blog.takaumada.com