🐴 (馬)

Takaaki Umada / 馬田隆明

アントレプレナーシップ「教育」の研究

アントレプレナーシップに関する研究は様々な大学で行われています。

起業家個人の特性、どういった起業家が成功しやすいのか、スタートアップがもたらす経済効果など、経営学や経済学、あるいは心理学や社会的ネットワークといった分野から、アントレプレナーシップや起業家は研究対象となっています。

一方、アントレプレナーシップ「教育」についての研究はアントレプレナーシップほど進んでいないように思います。『海外における起業家教育の先行研究レビュー』でも指摘されている通り、教育の実務に研究が追い付いていない、というのが国内外の現状のように見えます。

アントレプレナーシップ教育の現状

そもそもアントレプレナーシップ教育は、他の教育とは異なり「これをすればよい」というのが決まっていません。具体的には、

  • 目的 (why) - 何のために教えるのか
  • 内容 (what) - 何を教えるのか
  • 方法 (how) - どのように教えるのか

のすべてがまだ定まりきっているわけではありません。

他の教育、たとえば小学校の理科の授業などであれば、「何のために教えるのか」はおおよそ同意を得られていますし、「何を教えるのか」についても、ほとんど決まっています。その結果、一般的な科目の教育研究では「どのように教えるのか」に焦点を当てることが多く、より良い効果を出すための授業研究などが行われます。

アントレプレナーシップ教育は、目的、内容、方法のすべてがまだ決まっているわけではありません(おおよその方向性は、海外だと見えつつあるのかなという印象もありますが)。そのため、日本では議論や研究の土台がそこまで整っていないようにも見えます。

教育効果の測定も十分ではない

こうした目的、内容、方法が定まっていないからか、教育効果についても十分な議論がされているわけではありません。

学校によっては起業数などを目的変数に置いているところもあるかもしれませんが、教育の成果としてその数値が見えてくるのは相当先でしょう。たとえば、授業受講後すぐに起業した人がいたとすれば、既に起業する準備が整っている人が授業に来ただけの可能性が高いです。

受講者の満足度を取ることもありますが、これは教育成果とほとんど関係はありません。楽に単位が出れば満足度は高まりますし、ゲスト講演が面白ければ高く出るからです。満足度自体は参考程度に取っても良いと思いますが、教育成果とは切り離して考えたほうが良いでしょう。

「この授業がどれだけ役に立ちましたか?」といったアンケートを授業後に取ることもあるでしょう。しかし、これも教育成果を測るものとして適切というわけではないでしょう。信頼性や妥当性の問題もありますし、直近で役に立つ知識などであればそれは研修に近いもので、それが目的の授業なのか、という議論に立ち戻る必要が出てきます。仮に「この授業は役に立ちそうですか?」という未来についての設問にしたところで、単に回答が難しくなるだけで、あまり良い回答は得られないでしょう。

他教科と同じく、ペーパーテストでの成績を取ることもできます。それだと知識の定着度合いは測れますが、そもそもアントレプレナーシップ教育の教育成果は起業に関する知識の定着を目指しているのかといえば、恐らくそうではないでしょう。

少し専門的なものになってくると、起業意思 (entrepreneurial intention) を使う場合もあります。ただ、起業意思を確認する設問は「起業家となるために何でもする覚悟がある」といったような強いもので、これを授業だけで高めることはかなり難しいものとなります。

さらにいえば、起業意思は授業の結果として下がることもあります。自分の起業への向き不向きが分かるからです。そしてその向き不向きが分かること自体は全く悪いことではなく、むしろ良いことなので、起業意思の上下を授業の教育成果として用いるのはあまり良くないのではないかと考えています。(計測はしても良いとは思いますが)

このように教育の目的や内容、方法について定まっていないため、こうした効果測定についてもまだ十分に定まりきっているとは言い難い状況です。

その結果なのか、研究が行われないアントレプレナーシップ教育は教育改善のサイクルが回りづらくなっているようにも見えます。多くの授業などが「やりっぱなし」で終わっていて、改善するとしてもオペレーションの改善をする、経験や勘で内容を修正する、他校の事例の踏襲をしてみる、というものになってしまっているのではないかと思います。

アントレプレナーシップ「教育」の研究を

こうした背景を鑑み、今後アントレプレナーシップ教育を推進していくなら、教育研究も同時並行で実施して、目的・内容・方法を定めて効果測定を行いながら、教育内容も適宜改善していく必要があると思います。

他国を見てみると、EU では、受講者の教育効果を測るための設問集を自動的に生成するツール (EPIC Course Assessment Tool) を開発するなど、効果測定を体系化することに積極的に取り組んでいて、効果測定と改善のサイクルが回り始めているのではないかと思います。

場合によっては、目的に応じて、行っている教育に目的に対して効果がないのであればやめるべきでしょうし、より効果の高いものがあれば差し替えていくべきでしょう。もしアントレプレナーシップ教育よりも、他の教育のほうが目的達成のために効果があるのであれば、アントレプレナーシップ教育自体辞めてしまってもよいと思います。

理論的な位置づけも重要です。たとえば実践型の授業をしたところで、「アントレプレナーシップ教育は、ビジネスを題材にした Project-based Learningやデザイン思考教育と何が違うのか」といったところに十分な回答ができなければ、アントレプレナーシップ教育を切り出して教える意義を伝えることもできないでしょう。

こうした未成熟な領域だからこそ、教育実践をする人が率先して研究をしなければ、その価値を位置付けることはできません。アントレプレナーシップ教育を行う人たちが、アントレプレナーシップを発揮して開拓していくことを期待されている領域のように思います。

ただ実践と研究を両立するのは、リソース的に難しい学校が多いのも事実です。アントレプレナーシップ教育の実践をするなら研究のためのリソースを割り当てるなど、学校側からも何かしらの支援が必要であろうことは付記しておきます。