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Takaaki Umada / 馬田隆明

起業家教育に関して

機械に職を奪われないようにするためには、ウォータープルーフ(防水)ではなく「ロボットプルーフ」が必要だ、という Northeastern University の学長による書籍が最近翻訳されました。そしてそのロボットプルーフとなる4つのスキルの中の一つに、「アントレプレナーシップ」が挙げられています。

この数年、アントレプレナーシップ教育に関わってきて、それなりに教育の成果もあげてきたと思っています(とある尺度での数値的に見ても教育の効果が高く出ていました)。そんな中、アントレプレナーシップ教育に関しての意見を求められているので、自分の考えをまとめておきたいと思います。とはいえ、あまりまとまってはいませんが…。

目的

起業家教育が目指すべきインパクト

起業家教育の最終的な目的をどこに置くかはさらなる議論が必要でしょうが、より広くの人たちを対象にした場合、「不確実性の高い環境下において、すべての人が成果を上げることで生きていくことができるようにする」というぐらいが良いのかなと思っています。これは2017年ごろに出ていた、経産省+文科省の「生きる力を育む起業家教育」とほぼ同じかと思います(リンク切れのためリンクなし)。

この背景について説明します。起業家教育に求められるものとして、スタートアップのように大きな会社を生んで社会に貢献することは、ひとつ目指されるべき点でしょう。しかしその一方で、起業する(起業できる)というのは経済面で最大のセーフティネットになりえる、という観点も起業家教育に埋め込むべきだと思っています。

たとえば経済が悪くなり、勤めている会社から解雇を言い渡されても、そこから機会を見つけて自分で起業できれば経済的に生きていくことができます。また常にそうした、「自分で稼げる」という自信を持っている状況(=セーフティネットがある状況)であれば、仮に会社に勤めていたとしても、会社内などで様々なチャレンジができるようになります。失敗しても起業すればよいからです。

もちろん、社会課題を解決するスタートアップやNPOをどんどん生み出すための教育であれば、上記の目的とは異なる文言になると思いますし、そうした活動を否定するわけではありません。しかしより多くの人達にアントレプレナーシップを学んでもらう、という文脈であればスタートアップにこだわる必要はないため、むしろセーフティネット側の意義を強めに出していくことが良いのではないかと思います。

なお、私たちの授業ではアントレプレナーシップを「自らのコントロール可能なリソースの限界を超えて機会を追求し、社会の課題を解決することで新たな価値を創造して、それを維持可能な形で提供し続けること」と私たちは位置付けています。またFoundXのチームのミッションは「イノベーションを可能にし広げることで、ゆとりを生み出し、よりひらかれた社会を作る」という風にしています。これらは少しスタートアップに寄ったものです。

必要な変化

起業家教育は変わるべきだと思っています。そのいくつかの視点を個人として書き留めておきます。

起業家「教育」から起業家「学習」へ

「教育」という言葉にはどうしても教育者主体の考え方になってしまいます。しかし本来は学習者こそが主役であり、私たち教育に携わる者たちはあくまで学習者の支援者でしかありません。

教育という言葉を使うと、どのような講師を呼んでくるか、どのような教育プログラムが必要か…といった視点にどうしてもなってしまいます。しかも教育というと、上から何かを教える、という風になってしまいがちです。特に外部から招へいする偉いビジネスパーソンなどであれば、どうしてもそのようなニュアンスになってしまいます。

一方、「学習」に支援を当てれば、学生の皆さんに主体的に学んでもらうにはどうすればよいか、授業をどう設計すればよいか、学習環境をどうデザインすればよいか、準正課の活動をどう行えばよいか…などといった、より幅広い選択肢を持てるようになります。それに学びに焦点を当てることで、既存の学習理論が使えるようになり、エビデンスに基づく教育ができるようになるはずです。また地方大学の場合、起業家を呼ばぶような起業家教育はできなくても、起業家のための学習をさせることはできる、という風になるのではないでしょうか。

それでももちろん教育という考え方は必要です。しかし溝上先生がアクティブラーニングとアクティブラーニング型授業を明確に分けているように、起業家教育と学習とは分けて考え、そして学習者による主体的な学習に焦点があてられるべきだと思います。

そしてそうした考え方をしていくためには、あえて起業家「教育」という言葉をあまり使わないほうが良いのではないかと考えています。

起業家の育成から起業家精神の育成へ

起業家を育てることを反対するものではありませんが、大学や高等教育機関で起業というキャリアパスをむやみに押すべきかというと、私はそうではないと思っています。キャリアパスとして選択肢を提示するべきだとは思いますが、起業家というキャリアだけを教育機関が強く推すのは、好ましいことではないと思っています。

目指すべきなのは、起業家精神(アントレプレナーシップ)を育てることです。その起業家精神を主眼に置きつつ、その一つの応用先としての起業家というキャリアを示す、というのが適切なラインではないでしょうか。

アントレプレナーシップは起業家精神と訳されます。論者によって様々な定義がありますが、私たちは冒頭の通り「自らのコントロール可能なリソースの限界を超えて機会を追求し、社会の課題を解決することで新たな価値を創造して、それを維持可能な形で提供し続けること」としています。

ただ、より一般的に言えば、アントレプレナーシップというのは、不確実性に対して対処できるようになるスキルと態度のことだと考えられます。そう考えると、起業家精神は起業家だけに特有のものではなく、社会起業家や研究者なども身に着けておくと有効な態度やマインドセットです。たとえば研究者は未知の領域に踏み出して新たな発見を得る人たちですし、資金を外部から獲得する術も知らなくてはなりません。それは起業家と同様のスキルとも言えます。実際、研究室の運営をするようになれば、マネジメントのスキルも求められるようになるでしょう。

一方、起業家の育成を起業家教育のゴールに置くと、どうしても起業数がゴールになってしまい、「起業をさせればよい」という短絡的な発想になってしまいます。その結果、学生起業家サークルを学内公式で立ち上げて学生に起業させる…といった本末転倒なことが起こると思っています。それほどコストがかからなければ(測りすぎの罠にかからなければ)、起業数は追いかけるべきかもしれませんが、あくまで遅行指標であると思います。

知識ではなく、態度の重視へ

起業家精神を学ぶ、といったときに、それは知識ではなく態度なのだという考え方をまず持つ必要があると思います。

教育学の分野では、KSAやKSAVEというフレームワークがあります。

  • K: Knowledge
  • S: Skill
  • A: Attitude
  • V: Value
  • E: Ethics

健康行動学の分野ではKABと言われており、BはBehavior(行動)のBです。

起業家教育でいえば、基本的には知識やスキルの獲得を目的とするのではなく、態度の変容を行うための教育手法となると思います。もしくはその先にある、起業家的行動を起こしやすくなるような行動変容を起こすことが目的となります。

そのため、起業家教育はアクティブラーニング型講義との親和性が高いと考えています。

もちろん知識は必要です。しかし知識の定着が教育のアウトカムではなく、態度や行動の変容がアウトカムとして測られるべきです。そのため行動が変容したかどうかを継続的に調査していくべきであると考えています。

ビジネスからキャリアへ

アントレプレナーシップの授業においては、つい「ビジネス知識」=アントレプレナーシップと考える人がいるようです。たとえばフレームワークやデザイン思考のメソッドを教えることなどをして満足しているときもあるようです。しかしそれは前述の区分けで行けば、教育に寄りすぎていますし、知識に寄りすぎています。足場架けもないでしょう。

ビジネス知識を主にした教育は、すでに起業家になると決めている人たちには効果的ですが、そうでない人たちにとっては学ぶ意義が理解できていなければ、おそらくほとんど効果のない教育になってしまいます。またビジネスの体験や知識のない若年層の学習者に行うには注意が必要です。学生の皆さんの多くはビジネス経験がなく、授業で得た知識を自分の体験やそのほかの知識と関連付けることができず、起業家向けの知識やスキルを学ぶ意義などを理解しないまま教育を受けることになってしまうことが多いでしょう。

プランからプラクティスとプロダクトへ

従来はビジネスプランなどを作成することが一つの成果物となっていたようですが、プランを作るだけでは人の態度は大きく変わりませんし、効果も見えないことが多いです。

そのため、アントレプレナーシップはプラクティス(実践)を通して育まれていくものであるという風に考え、プランではなくプロダクトを作ることにあえて舵を切ることが、アントレプレナーシップを作るうえで必要なことではないかと思っています。遠回りに見えるかもしれませんが、結果的にアントレプレナーシップの涵養により効果的に結びつくのではと考えています。

幸いにして、デジタルプロダクトは少し勉強するだけで作り始めることができます。今はプロダクトが作りやすくなっており、さらにプログラミング教育などがうまく施行されれば、プロダクトを作ることで学べる人材がより多くなるのではないかと思います。

また日本ではデザイン思考の考え方がある意味歪んで入ってきてしまったのか、ワークショップでアイデアを出して終わりになり、しかもそれがアントレプレナーシップだという風にされているような場面を見たことがあります。しかし実際にはタンジブルなプロダクトを作り、それを顧客に見せてフィードバックを得てから初めて学びが始まります。私たちはこうした実践を本郷テックガレージなどを通して行っていますし、その効果が見えてきていることを論文としてまとめていきたいと思っています。

実ビジネスではなくプラクティスを

とはいえ実践として学生の皆さんに本格的な起業をさせる、というのは反対です。悪い投資家に狙われてしまいますし、学業がおろそかになります。谷に突き落とすことで這い上がり強くなる人もいますが、多くの落後者も生むでしょう。それは計画的な教育とは言えないのではないでしょうか。ある程度安全な範囲でやってもらい、足場架けをしながら教育効果を上げていくのが大事なはずです。

また実際に学生の皆さんにビジネスをやってもらおうとしても、学生の皆さんのプロダクト開発力では、一部の学生を除いてそれほど良いものをすぐに作れるわけではありません。その結果、キュレーションメディアを作って広告で儲ける、といった、起業はすれどアントレプレナー的とは言い難いビジネスが生まれてしまうことになります。それがビジネスを強調してしまうことの弊害だと思います。むしろ練習として、3か月程度のプロジェクトをしてみることや、1年程度で解散する前提で社会起業をする、といった線の引き方を教育側がどこまでできるかだと思います。

質から量へ

起業家教育には大きく二つ方向性があると思っており、ひとつはすでに起業意思の高い人たちに対して起業家になるための学習をしてもらう、というものです。もう一つは起業意思の中位群に対しても、起業家教育を提供する、というものです。

起業家精神を重視した場合、より多くの人達に届ける、というほうを目指すべきなのかなと思っています。起業家になるための学習は、課外活動でのサポートができるのではと思います。

個人ではなく、ネットワークを作る

個人の能力を育てるのも大事ですが、彼らの周りにどのようなネットワークを育てるのかというところが起業家の学びには重要な観点ではないかと考えています。

たとえば起業家ネットワークの大切さは前著にもまとめましたし、以下のようなレポートも出ています。

日本ではプレイヤーや要因の関係に興味深い特徴がみられる。日本は他国と比較して、事業機会や技術・知識を有する人に限れば、起業の確率は高い (高橋他, 2013; Honjo, 2015)。また、他国と比較して、起業ネットワークを持つ人のエンジェル投資を行う確率は高い (Honjo, 2015; Honjo and Nakamura, 2019)。さらにいえば、日本の場合、起業経験を持つ人がエンジェル投資を行う確率は、起業経験を持たない人と比較して約5倍であり、その割合は米国をはじめ、多くの欧米諸国より高い (Honjo and Nakamura, 2019)。すなわち、日本では、平均的に起業やエンジェル投資の割合が低い一方、事業機会、技術・知識、起業経験、起業ネットワークを有するなどの特定の人たちに限定すれば、起業やエンジェル投資が活況といえる。 RIETI - It's a small world! ―日本のアントレプレナーシップを考える―

実ビジネス教育だけではなく、専門教育も

また上記の引用から言えることは、ビジネス教育だけをしてもダメで、専門性を育てる教育も同時に行っていかなければならない、ということだと思います。

アントレプレナーシップ全般は単独の授業であっても良いと思いますが、むしろ専門課程においても個別領域のアントレプレナーシップを教えていき、専門領域と起業との関係性をより密接に説明・納得してもらうべきではないでしょうか。たとえば医療機器のスタートアップとITのスタートアップは共通する部分も多数ありますが、考え方が異なる部分も多数あります。

作り手としての教育だけではなく、受け手としての効果も視野に

同時に、アントレプレナーシップは新しいものを作り出すことが効果として測られるべきではないと考えています。新しい技術の採用をしたり、使い始めたりすることも、立派な一つのアントレプレナーシップだと思っています。不確実性をマネジメントが必要だからです。アントレプレナーシップ教育の効果は、どれだけの起業家が生み出せたか、という点だけではなく、そうした教育を通して、新しいものを進んで使い始めるという受容側としての態度の変容に対しても効果がみられるべきだと考えています。

またそうした受容側の態度を作ることが、新しいイノベーションを受け取る層を増やし、結果的に起業をやりやすくすることにつながるのではないかと思っています。

産業から社会的インパクトへ

今後、財政基盤の弱い地方から順に社会課題が次々と出てくることになると思います。新自由主義とニューパブリックマネジメントの流れによって、行政機能が削減され続けている今、そのときに課題を解決するのは地域に住む人たちです。そしてその課題解決のためには、アントレプレナーシップが重要だと考えています。

起業家教育や学習の実践の場や、アントレプレナーシップの発揮の場を、単に産業にとどめるのではなく、大小すべての社会課題に向けて取り組めるような教育体制を整えておくことが肝要ではないかと思います。

また課題解決と同時にしなければならないのが、新しいインパクトの提示です。単に課題を解決して、元の社会に戻していく、というのは難しいことであり、ほとんど不可能です。たとえば漁業がダメになっているから、昔のように漁業を栄えさせよう、というのはほとんど不可能です。世界中から安い魚や海産物が手に入る、という状況は変わらないからです。そうではなく、新しい特産物を作ったり、新しい産業で雇用を生んだりと、単に課題を解決するのではなく、新しい社会を提示して、課題を解決することによってかつてとは別の形でアウトカムを満たす、ということが求められるはずです。そうした新たなビジョンを提示することは、課題解決に加えて重要な、アントレプレナーシップの一面だと思います。

マネジメントからガバナンスへ

スタートアップと言えば、マネジメントに関する知識を伝えるような内容が多くなってしまいがちです。社内のマネジメントももちろん大切です。しかし社会を本当に変えていこうとしたときには、社会との関係性という意味でのガバナンスの在り方をどう変えていくか、という観点が重要になってきます。どうやって法律を変えるか、どうやって外部の人たちを変えるか、など、アントレプレナーシップ教育にはガバナンスの教育や参与の仕方を伝えていく必要があるのではないかと考えています。

マネジメントだけではなくガバナンスにも焦点を当てることで、法学や社会学もアントレプレナーシップの文脈に乗ってきて、それらを学ぶ意味についてより学習者の皆さんが理解できるようになるのではないかと思っていますし、選挙や労働組合に参加する意義なども少し身近になるのではないかと思います。いわゆる政策起業家や市民起業家的な側面も育てられます。

教育と研究の両方の実施

「起業家精神の学習」にしていくうえで、必要なのが研究です。残念ながら起業家教育や学習に関する研究は、現在日本ではそれほど多く行われているわけではありません。その結果、独自の「理論」や「ビジネス哲学」を話すことが起業家教育であると勘違いされてしまっている状況ではないかと思います。もちろん、そうした取り組みに効果がないとは言いませんが、ほかの手法に比べて効果が小さいのではないかと思っています(John Hattie の Visible Learning の議論なども参照してください)。

こうした現象が起こっているのは、研究的な態度なしに教育が行われているからではないかと思います。研究なくして、教育効果の検証はできませんし、継続的な教育が成り立ちません。「この授業を受けて起業しようと思いましたか?」といった単なるアンケートで高い値が出ている、などの結果を持ってでは、教育の成果が出ているとは言えないでしょう。きちんとした手法に基づく研究、特に教育の研究が必要だと考えます。

具体的な手法

短期、中期、長期に分けて、どのように変えていけばよいのかという具体的な手法について考えます。

短期

1 ~ 2 年でできることとして、以下のようなものが挙げられると思います。

起業の知識やスキルのオンライン教育(反転教育用)と標準的なカリキュラムの開発

起業家に役立つ知識やスキルを教えるものです。行動変容を起こすうえで、起業に関する知識を伝えるのは重要であり、一般的な知識として知っておくべきことがあるのは確かです。これらの知識獲得は反転学習のような形でも学習可能です。オンライン等で必要な知識を学びながら、授業ではもう少しプラクティスを重視したものにしていく必要があります。

また教育学的な考え方を十分に生かした、標準的なカリキュラムをモジュール型でいくつか用意しておくことも一つのやり方です。

そのうえで、それらの標準的な内容を教えられる教育者を育てる必要があります。

ファカルティデベロップメントの徹底

起業家教育の現場では、元起業家や元ビジネスパーソンが呼ばれる傾向にあるようです。私も一人のビジネスパーソンでしかありませんでした。

しかし起業家教育もアントレプレナーシップ教育も教育の一部であり、専門職の一つだと思っています。起業家だからと言って起業家教育ができるわけではありません。単なるビジネスパーソンであったのであれば、なおさら起業家教育は難しいでしょう。

なので教育についてある程度学んだ人や、せめて Faculty Development を受講した人が、アントレプレナーシップ教育もやるべきではないかというのが現在の私の考えです。教育はそれほど簡単なものではありませんし、個人のスキルや経験に過度に依存するべきものではないと思っています。

東京大学であればFFP、京都大学であれば FD の取り組みがすでに行われています。

また同時に、各々専門を持つ教員の皆さんに、アントレプレナーシップの教育の概要を一度知ってもらうことも、効果的ではないかと思います。研究者の一部の人は、お金を稼ぐことに対して忌避感を持つ人がいて、アントレプレナーシップをお金稼ぎだと誤解されている方もいるようです。その認識を改めてもらうための施策が何か必要でしょう。

準正課の活動の促進

起業意思の高い学生や、技術スキルの高い学生には、準正課としての活動を支援していくべきではないかと考えます。上述の起業家教育の前提となっているのは間口を広げる教育であり、トップ層をさらに伸ばす教育ではありません。

トップ層をさらに伸ばすことで、その中から起業をする人たちも出てくるでしょう。そうした彼らが同年代の模範となって、同年代の学生の皆さんに起業への興味関心を持たせることができるほか、スタートアップで働く人たちを増やすことにつながるのではないかと思います。

今現在でもIPA未踏や未踏ジュニアなどがありますが、そのほかの農業や生命科学の領域でも、あくまで準正課の活動で、才能のある学生たちを支援する仕組みは別で用意したほうが効果的でしょう。ただし起業そのものを推進するのではなく、あくまでプロジェクトレベルで推進していくことが肝要であると思います。

社会人向けの起業家専門教育・キャリア教育

起業家としてのスキルや知識の獲得を行うための専門教育は、起業家精神の学習とは別に行っても良いのではないかと思っています。ただし学生向けではなく、卒業生や社会人を主な対象にするべきだと思います(学生は準正課として受講できる、程度で)。サイクルとしてはアクセラレータのように3か月であったり、半年程度が良いでしょう。

こうした教育の目的は3つです。キャリア教育、知識の獲得、研究対象の確保です。

起業家精神を育成するには長い年月がかかります。一方、起業家を増やすことも時間がかかります。どちらかから始めればよいかというと、まずは後者なのではないかと思います。そこでより起業に近い社会人から手を付け始める、という形です。

社会人の能力を伸ばすのは至難の業です。そこでこれらの教育は、すでに起業家精神や能力を持つ人達に対して、起業というキャリアを提示して起業してもらうことから始めることになると思います。と同時に、基本的な知識の獲得を行うための授業等を提供します。

その副産物として研究が可能になります。どのような教え方が効果があるのかなどを社会人向けプログラムで検証し、その結果を学生向けカリキュラムに持っていくことで、学生向けよりも早いサイクルで内容の検証が可能です。

また、たとえば各大学で EiR 的な仕組みを作り、おおよそ半年間、給料を出しながら大学の技術の事業化を目指す、という試みもあり得るかもしれません。並行して専門家教育を受講しつつ、研究対象にする、というサイクルを回すこともできるかもしれません。

生涯学習としてのアントレプレナーシップ教育は、世界的にもトレンドになりつつあるように思いますし、ビジネススクールのような専門大学のように、起業家向けの専門教育を行っていくことは大学がこれから求められることではないかと思います。

ただしその際には、適切な教育の知識を持った人やせめてFDを受けた人が教育を行うべきであり、単にビジネスパーソンを呼んできて構築しても、本当の教育にはならないと考えます。

研究予算の割り当て

短期的な変化を中期的な変化につなげていくには、エビデンスを積み上げていく必要があります。そうでなければ、良い方向に向かっているのかどうかも分かりませんし、次の変化を起こすための説得材料がありません。その結果、その時の有力者や有力者に近いビジネスパーソンの思い付きや独断によって起業家教育の方向性が変わってしまう恐れがあります。

そのため、研究予算を割り当てる必要があります。

起業家教育が産学連携部などで行われている場合、研究者を採用することが難しいため、そうした本部に研究者を付けられるようにするか、もしくは教育学部と産学連携部などが。その際には産学連携のほうに教育とビジネスの両方をある程度知る起業家に近い方が必要になりますが、そうした人を配置するのに1年、その後研究の準備を始めるのに1年、実践に移るのに1年かかります。

教育は一サイクルが長い取り組みになりがちです。しかし上述の専門教育がもし3か月や6か月単位で回せるのであれば、スピードは倍以上になります。私たちは本郷テックガレージでの教育の効果を測り、それを授業に転用するなどして、より早いサイクルで効果検証をしています。

中期

3 ~ 5 年です。

初年次のアントレプレナーシップ教育

心理学的諸概念を可変性や波及性の観点から「表層・中層・深層」に区別した遠藤らの報告があります。起業家精神はおそらく中層にあたるコンピテンスにあたり、より若い段階で学習を行うことが効果的であると考えられます。

そこで高等教育の初年次や、初等教育などにおいて、広く起業家精神に関する学習の機会を提供することが有効であると考えます。

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非認知能力に関する研究の動向と課題 (2019)

ただしこうした初年次教育を変えるのは至難の業であり、学長の権限や周りの説得などが必要でしょう。その際に、上述の研究結果によるエビデンスで、教育効果が高いことが示せれば少なくとも一つの説得材料になるはずです。

初年次のものづくり/プロダクトづくり教育

アントレプレナーシップを育むための土台として、「何かが作れる」能力はほぼ必須だというのが私たちの調査による結論です。そこで初年次において、ものづくりやプロダクトづくりの授業を行い、何かしらのプロダクトを作ることができる能力を身に着けたうえで、アントレプレナーシップ教育を受けたほうがより効果的だと考えます。

東京大学では「ものゼミ」などがその機能をなしている一例として挙げられると思います。

初年次のキャリア教育

キャリアへの意識は学習動機や学習時間、学習や主体的な学習態度、能力に対して相関が高いことが指摘されています(中原・溝上『活躍する組織人の探求』)。キャリア教育全般に力を入れることは、学習効果を下支えすることにつながるはずです。

一方で起業家というキャリアについて伝える必要もあると考えます。日本では起業家を目指す人がそれほど多くありません。なので、起業家というキャリアがある、ということを伝えるキャリア教育的な要素は必要なのかなと思います。なぜ起業を学ぶのかについて理解できていなければ、本腰を入れて学ぼうとしないからです。

もし起業家を増やしたいのであれば、起業意思を高めることが一つのゴールになるかもしれません(ただし起業意思を高めることの是非については議論があります)。

基本的には、キャリア教育の内容を踏襲しつつ、起業家的自己効力感を高めることになると思います。ロールモデルの提示(先輩起業家など)や実際の就業経験などが有効だと考えます。そこでスタートアップへのインターンの経験なども有効かもしれません。

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起業家自己効力感と起業意思 (Newman, 2019)

長期

5 ~ 10 年です。

アントレプレナーシップに関する研究機関の設立

起業家教育やその学習を根付かせていきたいのであれば、研究室を立ち上げ、毎年のように研究者を養成していく仕組みが必要だと考えます。今でこそアクセラレーターなどが多数ありますが、いずれ市況が悪くなればそうしたアクセラレーターは閉じていきます。そのときノウハウが途絶えてしまうリスクが、市場に任せておくことのリスクです。

そこで起業家や起業家教育を対象にした研究を行える研究室を、教育学などの分野で設ける必要があると思います。

プロダクトスクール

工学系ではプロダクトを作る、ということに対する授業が手薄になっている状況があります。とはいえ、デザインスクールにしてしまうと諸外国の二番煎じであり、単に諸外国に追いつくだけの競争になってしまいます。そこで日本独自の路線として、プロダクトを中心としたプロダクトスクールという形で、プロダクトマネージャーを作っていくことを目指す、という手はあるのかなと思っています。実際、多くの起業家はPMから生まれています。

まとめ

あくまで私個人の考えであり、所属の意見を表明するものではありません。