🐴 (馬)

Takaaki Umada / 馬田隆明

「狭義」と「広義」のアントレプレナーシップ教育

アントレプレナーシップ教育には「狭義」と「広義」のアントレプレナーシップ教育があります。

端的に言えば、狭義は起業のための教育、広義は起業以外を含む起業家的な資質・能力を涵養するための教育です。

OECD のアントレプレナーシップ教育に関するレポートでも、アントレプレナーシップ教育を広義と狭義に分けて議論されています。その中では、

  • 狭義のアントレプレナーシップ教育 - ビジネスを始めるための教育
  • 広義のアントレプレナーシップ教育 - 創造性や機会志向、積極性など

と位置付けられています。

狭義と広義のアントレプレナーシップ教育

日本では狭義の教育をすることがアントレプレナーシップ教育や起業家教育だと考える向きが強いようです。しかし、世界のアントレプレナーシップ教育の潮流を見てみると、広義の教育を重視するほうに向かっているように思います。

もちろん、ビジネス教育を通して、広義のアントレプレナーシップを涵養することはも可能だと思いますし、一つの有効な手段であると思います。実際に私たちの授業でもビジネスを題材にお話しをしています。

ただ、狭義のアントレプレナーシップ教育と異なるのは、狭義で扱う題材を通しながらも、いかにして広義のアントレプレナーシップを身に着けてもらうか、を強く意識しながら設計している点です。

たとえば、以下の図は私たちの授業の設計の時に意識していることです。授業で伝えたり、体験をするのは赤色で示されるビジネス的な活動です。しかしそこからオレンジ色で示されている、中義に当たるような資質・能力やその他の資源を獲得できるよう、かなり強く意識しながら、最終的に広義のアントレプレナーシップに辿り着いてもらおうとしているのが、私たちの授業の設計です。

こうした狭義と広義の分類を考えずに、狭義の教育だけを行ってしまうと、単なる起業家向けの研修になってしまい、起業を希望していない人達にまでその研修を広める意味はそこまで見いだせないように思います。

狭義の教育からの脱却

もし日本でアントレプレナーシップ教育をもっと展開していくのであれば、狭義から広義へのアントレプレナーシップ教育の移行を進める必要があるでしょう。

そうでなければ、ビジネス起業家以外の〇〇起業家を育てることもできません。またアントレプレナーシップ教育をより広く、若年層に展開していくことについても、社会からの承認は中々得られないでしょう。起業する人はほんの一部だからです。

なるべく「起業家教育」という言葉を極力使わず、「アントレプレナーシップ教育」という言葉を使っているのも、この狭義と広義を意識してのものです。「起業家教育」というと、どうしてもビジネス起業家向けの教育、つまり狭義のものを想起してしまうからです。

様々な「〇〇起業家」が求められている今、商業以外の分野でも起業家をより多く生み出し、そのための汎用的な起業家的能力を涵養するための教育を目指すべきだと考え、アントレプレナーシップ教育という言葉を積極的に使っています。

研修ではなく教育へ

さらに狭義と広義を考える際には、研修と教育とを分けて考えたほうが良いように思います。これについては以前別の記事で書きました。

blog.takaumada.com

筆者の関係する活動で言えば、東京大学 FoundX は起業家や起業志望者向けとなっているので、狭義のアントレプレナーシップ教育であり、研修に近いものですが、大学の授業で行っている内容は、より広義のアントレプレナーシップ教育であり、教育を意識して行っています。

現在、大学で行われている「起業家教育」の多くは、ファイナンスや組織設計、ビジネスモデルなどを教えるような内容の、「ビジネス教育の起業版」であり、「起業家向けの研修」に近いものが多いようです。

起業家になると決めた人には有効であっても、そうでない(大多数の)人たちにとってはそれほど役には立ちません。それに大学生や中高生に対して行うようなものではないように思います。

ビジネス系の専門職大学院やMBAなどで行うのは「狭義の起業家教育」で良いと思います。既に起業意思が高い人たちだからです。しかしより広い受講者がいる学校の授業で行うべきなのは、広義のアントレプレナーシップ教育であると考えています。

そして個人的には、狭義のアントレプレナーシップ教育を、MBA 以外の学校教育の中で積極的に展開するのは反対の立場です。(任意参加であればまだ良いと思いますが)

あくまで様々な〇〇起業家を生むための教育であり、そのための汎用的な資質・能力を涵養するための教育である、という観点でアントレプレナーシップ教育を位置付けたほうが、日本社会全体に良い影響を与えるのではと思います。