🐴 (馬)

Takaaki Umada / 馬田隆明

なぜアントレプレナーシップ教育が大事か、これから何を変えるべきか (2022 年版)

これまで数年間、東京大学でアントレプレナーシップ教育に携わってきましたが、アントレプレナーシップ教育に関する注目が、昨今かなり増してきていると感じています。

現在の政権がスタートアップを一つの重点投資分野に据えたことは、間違いなくその原動力の一つとなっているでしょう。

実際、スタートアップを国の成長戦略に据えたとき、2022年現在で日本のスタートアップエコシステムの最も大きなボトルネックになっているのは、起業家の数であると思います。その問題を解決するための手法として、確かにアントレプレナーシップ教育を広めるのは一つの選択肢です。

「起業家を増やす」ことはスタートアップによる成長戦略の要

INITIAL のまとめた 2021 年の資金調達のレポートを見てみましょう。

投資金額(調達金額)は毎年伸びてきていますが、資金調達社数は2018年をピークに、約70%まで下がっています。設立後経過年数別の調達者数割合推移 (p.24) も、1年未満の企業は年々下がっています。少額の資金調達は表に出ないものも多く、捕捉できていない調達もありうるとはいえ、トレンドとしては下がり気味だと言えそうです。

つまり、若いスタートアップに投資されなくなってきているということです。

2021年 Japan Startup Finance 〜国内スタートアップ資金調達動向決定版〜 https://initial.inc/enterprise/resources/japanstartupfinance2021

その原因の候補はいくつかあります。たとえば投資家が若いステージに投資しなくなったこと(求められるレベルが増えた、あるいはシードからアーリーに投資の軸を移した、など)や、起業の数が少なくなった、などです。

投資家の皆さんの話を聞くと、起業家の数がさほど増えていない、という話や、減っているという話を聞くこともあります。「起業家がいないから自ら作りに行く」と、VC主導で起業するプログラムやスタートアップスタジオを検討するところも増えてきているように思います。私も個人の感想として、起業家の数は想像していたよりも増えていないという印象です。

こうした背景からも、スタートアップを起業する人の数が少なくなっている可能性は高そうだと感じています。

無暗に起業の数を増やすことが公共政策として正しいかどうかは議論がありますが(昔大学発ベンチャー1000社計画というものもありましたが、あまり評価は芳しくありません)、リスクマネーが年々集まっているのに、資金調達の数や起業家の数が増えていないことを考えると、国策としては「リスクマネーを増やす」以外の策を考える必要もあるでしょう。

そのとき、教育は国が取りうる一つの手段です。そうした観点からもアントレプレナーシップ教育への注目が高まっていると考えられます。

しかしアントレプレナーシップ教育の過去の研究や、実際に自分たちで実践した結果を見てると、直観的に「良い」と思ったアントレプレナーシップ教育が、実は逆効果をもたらす場合もあり、単純に実施してしまうととても危険であると思っています。これについては過去の記事に書きました。

そしてそれ以上に、「アントレプレナーシップ教育を、単にビジネス的な起業家を育てる教育に留まるものにしてはいけない」とも思っています。

なぜなら現在の社会においては、様々な領域で「起業家的人材」が求められており、アントレプレナーシップ教育は、そうした起業家的人材を育てるものでもあった方が社会にとって良いと考えるからです。

増える〇〇起業家

実際、「〇〇起業家」と呼ばれる人たち、英語だと「〇〇 entrepreneur」という言葉が増えてきています。例えば以下のような言葉です。

  • (商業)起業家 ―― 商売としての事業を起業する人たちです。一般的に起業家といえば、この人たちを指すことが多いです。
  • 社会起業家 ―― 市場では解決されづらい社会課題や、国家の保障から漏れた課題を解決するために事業を起こす人たちです。NPOなどで事業活動することも多いですが、近年はゼブラ企業やベネフィットコーポレーションなどの新種類の組織体での起業活動も盛んになってきています。Social Entrepreneurと呼ばれます。
  • 企業内起業家 ―― 既存企業の中で新しい取り組みや新規事業を行う人達です。イントレプレナー (Intrapreneur) と呼ばれたりもします。
  • 政策起業家 ―― 政策を実装して社会を変えるために尽力する人たちです。政治家や官僚もこの領域の起業家とも言えますし、市民個人が政策を実現するために活動することもできます。Policy Entrepreneurと呼ばれます。
  • 市民起業家 ―― コミュニティ活動やまちづくりなど、「社会」よりも小さな集団単位のための業を起こす人たちです。もともとは経済的な面が強く、コミュニティビジネス的な文脈から出てきた概念のようですが、最近はより広く市民活動全般の事業を起こす人として捉えられているように思います。Civic Entrepreneur と呼ばれたりします。
  • 制度起業家 ―― 制度派組織論を基に論じられている概念で、リソースを活用して新しい制度(institution)の生成や、既存の制度の変革を実現する人たちです。Institutional Entrepreneurと呼ばれます。
  • 地域起業家 ―― 地域に根差してスモールビジネスなどを行う起業家をLocal Entrepreneur と呼ばれることもあります。日本ではローカルベンチャーと呼ばれる文脈に近いと思います。
  • 地方起業家 ―― 地域の中でも特に地方を中心とした。Rural Entrepreneur と呼ばれたりします。特に発展途上国の文脈で出てきやすいように思いますが、日本の過疎地域での町おこしなどにおいて活用可能な概念のように思います。
  • 学術起業家 ―― Academic Entrepreneurと呼ばれます。多くの場合は学術的成果を用いて起業をする人たちを指しますが、そもそも研究者は、不確実性の高い先端領域で新しい発見をしていくという観点で起業家的ですし、研究を通して新しい研究領域を確立した人は「起業」家とも言えるでしょう。

中には概念としてほとんど成熟していないものもありますが、こうした数々の言葉が生まれているということは、それぞれの領域において、起業家的な存在が今まさに求められているということでしょう。そしてこれからも社会は常に変わっていくため、「新しい事業を起こす人」は継続的に求められ続けていきます。

個人がそうした〇〇起業家になるための資質・能力を持つことは、労働市場におけるその人の価値向上につながります。ビジネス以外でも価値を生み出し、市民として自ら居場所を作るれるようにもなるでしょう。また、そうした人材を社会として育むことで、より多くの社会課題が解決され、私たちもより良い生活を享受できるはずです。

そうした観点から、アントレプレナーシップ教育はビジネスでの起業家教育とは異なる形でリフレーミングされ、ビジネス以外の起業家も包含する教育にしたほうがよいと考えます。

そしてそのアントレプレナーシップ教育を考える上では、二つの観点が必要だと思っています。

それが「キャリア教育」と「起業家性の涵養」です。特にこの二つの観点からは若年層に向けた拡大が有効だと思っています。特に高等教育(大学)より前に行った方が良いと思っています。それがなぜかについて、個人の意見をまとめてみます。

 

若年層にアントレプレナーシップ教育を拡大をするのは、「キャリア教育」と「資質・能力の涵養」の二つの領域で大きな効果があると思われるからです。それぞれについて解説します。

〇〇起業家を増やすためのキャリア教育

キャリア志向は、発達段階の早期での影響が大きいものの一つです。たとえば様々な研究で指摘されていることとして、起業家のキャリアを選ぶかどうかの影響が大きい一つの要素は、親類に起業家いるかどうかです。若いころから起業家が傍にいれば、「そうしたキャリアもある」というのは自然と認識できます。

二世政治家が多いのも、単に支持基盤があるからというだけではなく、親が政治家でそうしたキャリアのことを早くから知っていた、という部分も大きいでしょう。

なので、小中高といった若年層における、〇〇起業家というキャリアを認識してもらう教育は、そのキャリアに進む人を増やすという効果はある程度あるのではないかと思います。

もちろん全ての人が起業家になった方が良いというわけではありません。既存の仕組みの維持も重要であり、既存の業に携わる人も必要です。しかし、社会が常に変わり、新しい問題が生まれ続けている限り、それに合わせて新しい解決策を出し続けなければなりません。改善のときにも、ときには新しい業が必要となります。

たとえば、工場での大量生産は多くの人の課題を解決する製品を生み出します。しかし工場での生産が環境破壊を引き起こしてしまうのであれば、環境に優しい新しい手段での生産手法が必要になります。そのためには、単純な改善だけではなく、根本的に新しい手法での生産が必要となる場合もあり、そのときには新しい事業が必要になるでしょう。

世界がつながることで不確実性が高まり、社会の変化が起こり続ける中、こうした〇〇起業家な人たちが今よりも多く生まれ、新たな事業が次々に起こり課題が解決されることは、社会にとっても良いことではないかと思います。

特に世界に先駆けて激しい人口減少をしていく日本においては、これまで誰も解決したことのない、全く新しい社会課題が生まれてくるはずで、そうした課題に取り組む人は割合としてもっと必要になるはずです。

そのためには、こうした〇〇起業家がより多く生まれてくるような教育をより活性化していくことには、ある程度の社会的価値があるのではないかと思います。もちろん、常に一定の割合でリスクを取ることいとわずに、新しいことに挑戦する人は出てくるでしょうが、その割合を少し引き上げることが、現在の日本には必要ではないかと思っています。

そうした観点から、キャリアとしての「〇〇起業家」を意識してもらうための教育や情報提供は、従来よりも行う意義が増してきているのではないでしょうか。

ただし、キャリア教育は「ロールモデルとしての起業家が学校に行けば、みんな起業家を目指すようになる」という単純なものではありません。むしろ親類ぐらいまで近くに起業家がいなければ効果がないということでしょうし、様々な逆効果も指摘されています。

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ロールモデルの提示はきっかけとしては良いかもしれませんが、それだけではほとんど効果がないように思います。そのあとに、きちんと練習ができるかどうか、一歩が踏み出せるかどうかが大事です。

「プロ野球選手が講演に来たから、野球選手になろうと思って、選手になった」という人ももちろんいるかもしれませんが、講演と選手の間には「講演のあと、草野球をやってみて楽しくて、学校の野球部にも入って、リトルリーグに入れて、高校野球も続けられて……」という様々な実践の足場架けの場や、テレビで毎日のようにプロ野球選手を見る、という継続的なロールモデルの提示があったからこそ、その人は野球選手を目指し続けることができ、実践を通して必要な能力と自己効力感を培うことができて、プロとして歩み出せた、というのは大きいのではないかと思います。

アントレプレナーシップ教育、特に起業家に関するキャリア教育は、民間企業の「思い付き」によってなされている傾向があるように思います。だからこそ、こうしたキャリア教育の効果に関する研究を参照しつつ、アントレプレナーシップ教育のキャリア研究も並行して行っていく必要があるでしょう。

 

ビジネス起業家教育からより広いアントレプレナーシップ教育へ

こうした〇〇起業家が様々な領域で求められつつある中で、現在の「起業家教育」は、「自助のための起業」「儲けるための起業」だからと忌避されがちな面があり、私も同様の懸念を持っています。

商業的な起業家教育は、「ネオリベラリズム的な市場原理の強い社会において、個人としてサバイブしていくための知識を教える」という隠れた前提に基づいた教育がなされる傾向にあり、かつその過程でネオリベラリズム的な考え方を生徒に内面化させる教育として機能している部分も否めません。

しかし、上記の〇〇起業家を見てみても分かるように、互助や共助を行う協働のための起業、公助的な仕組みを作っていくための起業などもありえますし、そうした起業家的な活動は幅広い領域で求められているように見えます。

実際、『帝国』や『マルチチュード』で有名なネグリ&ハートは、近刊の『アセンブリ』で、マルチチュードの起業家活動について触れており、社会的協働の自律的組織化のために起業家的能力が必要であるとしています。

様々な〇〇起業家を育てるためにも、学校教育におけるアントレプレナーシップ教育は、商業的な起業家教育から少し離れて、よりニュートラルなアントレプレナーシップ教育をしたほうが良いように思います。

たとえば政策起業家を育てるためには、ビジネス教育ではなく、校則を変える経験をしてルールを変える経験も有効でしょう。これは政策起業家としての能力やキャリアだけではなく、ビジネス起業家としての自己効力感やキャリア観にも影響を与えてくれるはずです。

また地域の社会的な課題を解決する経験は、課題解決の能力と社会起業家へのキャリアの興味関心を伸ばし、同時にその地域への愛着を増す経験にもなります。特に中学校ぐらいだと、ビジネスではなく、地域の社会課題を解決しようという社会起業家的な取り組みのほうが、真正性の高い経験をもたらし、起業家的な能力の涵養にも役立つはずです。

もちろん、個人が社会の中でサバイブしていくために、ビジネス的な能力を身に着けることは重要です。様々な作業が自動化されことが目される中、新しい価値を生み出すためのスキルを身に着けることは、キャリアのセーフティネットとなりうるでしょう。それに国家や社会として経済成長を果たすためにも、商業起業家を輩出するのには価値があります。

そのため、商業起業家を否定するつもりはないのですが、今後様々な領域での起業家を増やしていくためには、従来の起業家教育とは異なる、より広範なアントレプレナーシップ教育が必要ではないかと考えています。

狭義から広義のアントレプレナーシップ教育へ

海外の動きを見てみると、たとえばOECDのアントレプレナーシップ教育のレポートでは、アントレプレナーシップ教育を広義と狭義に分けています。狭義の教育(ビジネスを始めるための教育)をすることがアントレプレナーシップ教育だと考えている人も多いようですが、世界の潮流的には広義の教育のほうに向かっているように感じています。

狭義と広義のアントレプレナーシップ教育

さて、ここまで「起業家教育」という言葉を極力使わず、「アントレプレナーシップ教育」という言葉を使ってきました。

なぜなら、「起業家教育」というと、どうしてもビジネス起業家向けの教育を想起してしまうからです。様々な「〇〇起業家」が求められている今、商業以外の分野でも起業家をより多く生み出し、そのための汎用的な起業家的能力を涵養するための教育を目指すべきだと考え、起業家教育ではなく、アントレプレナーシップ教育という言葉を使っています。

私の関係する活動で言えば、東京大学 FoundX は起業家や起業志望者向けとなっているので、狭義のアントレプレナーシップ教育であり、起業家教育に近いものですが(どちらかというと研修ですが)、大学の授業で行っている内容は、より広義のアントレプレナーシップ教育を意識して行っています。

ビジネス系の専門職大学院やMBAなどで行うのは「いわゆる起業家教育」で良いと思います。しかしより広い受講者を想定する、学校の授業で行うべきなのは、広義のアントレプレナーシップ教育であると考えています。EUを見ていてもその流れが強いように思います。

個人的には、ビジネス知識・手法の伝達だけを目的にアントレプレナーシップ教育を学校教育の中で行うのは反対の立場です。(任意参加であればまだ良いと思いますが、起業家教育は注意して行わないと意図せざる結果が出るので、注意はかなり必要だと思います。)

「起業家精神」から「起業家性」へ

日本独自の問題として、アントレプレナーシップの訳語の問題があります。

一般的に、アントレプレナーシップは起業家精神と訳されます。

しかし、〇〇シップにおける(-ship)は状態や能力を示す言葉であり、精神論だけの話ではありません。アントレプレナーシップでは、もちろん気合いや根性などの精神論やマインドセットも大事ですが、資質・能力(人間性等だけではない、知識や技能、思考力や表現力等)といった、獲得できる能力の面も大事です。リーダーシップが精神論に終始するのではなく、スキルとしても教えられているように、アントレプレナーシップも教えられる部分はあります。

そうした背景やアントレプレナーシップの原義を鑑みて、アントレプレナーシップは「起業家精神」「企業家精神」ではなく、「起業家性」と訳されるべきでは、といった論もあります。

私も個人的には、アントレプレナーシップを起業家性として捉え、マインドセットの涵養だけではなく、スキルや能力として身に着けられるという観点で教育をしていくべきだと思っています。そして実際に、こうした起業家性にまつわる能力は、教育で伸ばせることもいくつもの研究で分かってもいます。

一方でもし精神論に拘泥しているようだと、アントレプレナーシップ教育は「起業家や社会起業家を呼んできて、彼ら彼女らの情熱を伝えれば何とかなる」といった、逆効果の可能性のある教育が広まってしまうのではないかと危惧しています。

ただし、人間性的なところやマインドセット的なところも大きい部分はあり、それは特定の発達段階を過ぎると変わりづらくなってきます。だからこそ、人間性に近い資質に影響するために、若年層での教育が重要であると考えています。

起業家性に必要な能力

ではビジネス以外の「〇〇起業家」となっていくために必要な起業家性として、教育でどのような能力を伸ばせば良いのでしょうか。

まず発達段階に合わせて内容を変えることです。これについては以下の記事で指摘しています。

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そもそもアントレプレナーシップがどのような能力かというと、論者によって異なるのが現状です。最近だと日本でもエフェクチュエーションがその一翼を担うものとして注目を浴びつつありますが、エフェクチュエーションだけでは説明しきれないものがあると感じています(たとえば、実際の起業にはコーゼーションも大事です)。

その中で一つ参考になるのが、EUが2016年にまとめた、アントレプレナーシップのコンピテンシーである、European Entrepreneurship Competence Framework、略してEntreCompです。

EntreComp では起業家的なコンピテンシーを「機会やアイデアに基づいて行動し、他人のために経済的、文化的、社会的価値に変換する能力」と定め、細かくは15個と8つのレベルに分けています。15個を大別すると、「アイデアと機会」「資源」「行動へ」の3つとなっています。

EntreComp やその他のアントレプレナーシップの定義を参照うえで、私が今考える、教育機関で行われる「アントレプレナーシップ教育」で涵養するべき能力は、以下の四つではないかと思っています。

  1. 機会の発見と創造
  2. 資源の活用と獲得
  3. 試行錯誤による学習
  4. リスクの管理と選択

1.  機会の発見と創造

様々な変化や不確実性を見つけ、それを評価して、機会として認識できる能力です。ただし、客観的に存在する機会を見つけるだけではなく、行動することで新たな機会を創造する、という側面もあるため、発見と創造の両方を入れています。

これまでは分析して計画をする教育が主で、それは機会を発見することが中心に議論されてきましたが、試行錯誤の中で自ら機会を創造することも重要です。おそらく発見と創造はサイクルで回っていくものでしょう。この能力を伸ばす必要があります。

2.資源の活用と獲得

人・もの・金・時間といった資源を上手に活用する能力と、そうした資源を獲得する能力やスキルです。

一般的にビジネススクールで教えられるのは、与えられた資源を最大限活かすための知識やスキルですが、起業家は自分の持っている資源を超えて、外部にある資源を獲得しにいきます。

たとえば、スタートアップの起業家で言えば資金調達や採用は資源の獲得ですし、社会起業家でも資金調達は必要です。自分が持つ資源の範囲内で行うのではなく、機会を追求するためなら、外部の資源をも活用するし、活用できる、という態度を涵養することが起業家性という観点では重要ではないかと思います。

ただし獲得だけでもダメで、得られた資源を活用できなければなりません。手持ちの少ない資源を活用して成果をあげたような人でなければ、資源を周ることもできないからです。スタートアップでいえば、わずかな資源であっても事業進捗を生んで、その成果をもって投資家を説得しますが、そのためには資源の活用のためのスキルが必要です。活用と獲得のサイクルを回す、ということです。

エフェクチュエーションの領域ででも、Effectual Ask の熟達の研究が進んでいますが、Askもまさに外部の資源の獲得のためのスキルと言えます。

3. 試行錯誤による学習

学習は、知識伝達を含んだ様々な形で行われます。しかしアントレプレナーシップという観点では、行動によって得た経験を通した学習が重要になってくると思っています。行動による経験の中でも、特に試行錯誤、そのための仮説生成と仮説検証を通した学習です。

現在のビジネス教育の多くは、計画しただけで実践せずに終わりのことも多く、それは試行錯誤とは言えません。また計画だけでは、実践した後に振り返りを行って、再度挑戦することもできません。

ですので、試行錯誤のプロセスを早めるための知識やスキルと、経験から学ぶ態度と内政のスキルを涵養していくことが重要ではないかと思います。

4. リスクの管理と選択

変化によって生まれるリスクを機会として捉え、そのリスクを能動的に取ることは、起業家性の大きな一つの側面です。

ただ、無謀なリスクを取るのは決して起業家的とは言えないでしょう。自ら取れるリスクや、自ら背負える損失の範囲をきちんと計算したうえで、確実性は多少小さいとしても大きなリターンが得られそうであれば、十分にリスクを緩和する策を講じてそのリスクを取る、といったリスク管理の側面も起業家には大いに必要となります。

そうしたリスクを取ることによって、真正性の高い経験が得られ、大きな学びを得られるという面もあります。

他の学習概念との接続

ここまで3つの能力を挙げてきましたが、これらはすべての「〇〇起業家」の活動においても共通する能力ではないかと思いますし、起業家に限らず、不確実性の高い状況において世界に影響して新たな価値を生み出していく、という面で汎用的な能力ではないかと思います。

たとえば研究者を例に挙げてみましょう。ここでの機会はビジネス機会だけではなく、最先端の不確実な状況下で科学的発見の機会を特定することですし、研究費という資源を獲得しなければなりません。実験はまさに試行錯誤です。これらの能力を身に着けておくことは、研究者でも活用可能でしょう。

加えて、これらの能力を涵養することは、OECDの Education 2030 で提唱される『生徒エージェンシー』の定義である、「生徒が目的意識を働かせ、自分自身の責任を果たしながら、周囲の人々、事象、状況をより良くするために学んでいくための力。自分の人生および周りの世界に対して良い方向に影響を与える能力や意志をもつこと」にも沿うのではないかと思っています。

(なお、私がまだ考えている途中のものとして、大志をどう持ってもらうか、という悩みもあります。これをアントレプレナーシップの中に含めるかどうかは議論が必要で、むしろリベラルアーツ教育のほうに任せたほうが良いのではとも思いますが、考えるべき宿題として書いておきます。)

新しい物事の受容を促進するためのアントレプレナーシップ教育

もう一点、アントレプレナーシップ教育のように、〇〇起業を推進する取り組みは、「新しい物事を受け入れやすくなる」という面もあるのではないかと思います。

自分で何か新しい物事に取り組んでみると、その大変さが分かるものです。そうすると、周りで新しい取り組みをしている人たちの大変さも理解でき、以前より応援したり、助けようという気にもならないでしょうか。

まだまだ弱い仮説でしかありませんが、アントレプレナーシップ教育はこうした、新しいものを受容するスピードを速くする、という効果もあるのではないかと考えています(ただしこれは検証が必要です)。

広げるならアントレプレナーシップ教育に変化が必要

これまでも起業家教育は行われてきました。

1998年に通産省から出されたアントレプレナー教育研究会報告書や、2001年からの大学発ベンチャー1000社計画などを皮切りに、起業家教育に注目が集まってから約20年ほど経ち、各地域で起業家教育は行われていますが、さほど起業家の数は増えていないということは、恐らく何か変化が必要なのではないかと思います。(もちろん、教育だけで変えられることは少ないのですが)

そこで、これからの起業家教育やアントレプレナーシップ教育をしていくうえで、私が変わるべきだと思う点をまとめると以下のようになります。

  • ビジネス起業家を育てるだけではなく、〇〇起業家を育てる
  • ビジネス教育ではなく、汎用的なアントレプレナーシップ教育へと変える
  • 精神ではなく、身につけられる起業家性に注目する
  • 計画ではなく試行錯誤を重視する
  • 勘と経験による教育ではなく、研究成果を活用しながら教育研究も進める

もちろん、ビジネス教育を通して、アントレプレナーシップを涵養することはもちろん可能だと思いますし、一つの有効な手段です。私たちもビジネスを題材にお話しをしています(以下の図の中義に当たるようなもの)。

しかしこれまで大学で現在行われてきた「アントレプレナーシップ教育」の多くは、ファイナンスや組織設計、ビジネスモデルなどを教えるような内容の、「ビジネス教育の起業版」であって、「起業家向けの研修」と言った方が良かったのではないかと思います。

起業家になるためには、知識などの認知的な能力よりも、非認知的な能力のほうが重要だと感じている人は多いにもかかわらず、多くの「起業家教育」は、講義の形式で認知的能力を伝えることになっています。それではおそらく起業家は増えませんし、これも変えていかなければなりません。

また起業家に必要な資質・能力は、非認知的能力の中層的な部分に位置するのではないかと思います。こうした部分は初等中等教育であれば効果的に伸ばすことも可能のように見えるため、できれば大学教育・高等教育より前の段階で実施した方が、

  • キャリア教育という観点
  • 資質・能力の涵養という観点

の両方で有効ではないかと思います。

教育研究による批判と改善も重要

こうしたアントレプレナーシップ教育ですが、まだまだ発展途上の領域であり、恐らく今の考えの一部は間違っているでしょうし、それを修正していく必要があります。

アントレプレナーシップ教育については、特に国内ではまだまだ雑駁な議論しかされておりません。教育内容も千差万別で、効果の薄いものもされているようにも見えます。しかし世界を見てみると、知見が溜まりつつあります。

たとえば、これまでの研究からは以下のようなことが指摘されています。

  • 起業家教育(研修)は起業意思を下げるかもしれない
  • ビジネスゲームを通した教育は効果が見られない
  • 大学生のような高学歴者にとっては、知識不足が起業の主な障壁とはならないかもしれない

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そして単に効果の話だけではなく、「アントレプレナーシップ教育とは何か」という議論を精緻化していく必要があります。現在の状況だと、Project-based Learningやデザイン思考教育と何が違うのか、といったところに十分な回答ができていないように思います。

そのため、今後は教員養成などをしながら、教育研究も同時並行に行っていき、教育内容も適宜修正していく必要があると思います。行っている教育に効果がないのであればやめるべきでしょうし、より効果の高いものがあれば差し替えていくべきです。もしアントレプレナーシップ教育よりも、他の教育のほうが能力を伸ばすために効果があるのであれば、アントレプレナーシップ教育自体辞めてしまってもよいと思います。

そうした振り返りをするためにも、研究が必要です。その研究をしながら教育を進めていくことが、こうした未熟な領域には求められているように思います。

つまり、アントレプレナーシップ教育を進めていくなら、同時にアントレプレナーシップ「教育」研究の両輪を進めていく必要があるのではないかと思っています。起業家の研究は日本でも多くされていますが、教育についての研究はまだまだです。ここはまさにアントレプレナーシップ教育を行う人たちが、起業家性を発揮して、開拓していくべく領域のように思います。

 

以上、2022年の現時点で考えていることをまとめてみました。異論や反論もあるかと思います。私も学んでいる途中なので、文献を参照したり、議論を通して考えを深めていきたいと思います。