筆者はこれまで数年間、東京大学でアントレプレナーシップ教育に携わってきました。そんな中、特にこの 1, 2 年で、アントレプレナーシップ教育に関する注目度は急激に増してきていると感じています。
現在の岸田政権がスタートアップを一つの重点投資分野に据えたことは、その一つの理由でしょう。起業家教育やアントレプレナーシップ教育という言葉を、政府系文書でよく見るようにもなりました。
アントレプレナーシップ教育を拡大していくという方向性自体は賛同するものの、アントレプレナーシップ教育にはいくつもの注意点があること、そして良かれと思って実施した教育が逆効果をもたらす場合があることは、以前のブログ記事で何度も述べている通りです。
さて、ここで逆効果という言葉を使いましたが、アントレプレナーシップ教育には何かしらの効果を期待され、何かしらの成果を出すことを目的に行われようとしています。しかし、その目的が曖昧だったり、アントレプレナーシップ教育の内容や方法がきちんと議論されず進んでしまうと、結果的に良くない方向へと進んでしまうのではないかと懸念しています。また、拡大をするなら、これまでの施策の振り返りをしたうえで進めたほうがより良い施策を作ることができるでしょう。
そこで本稿では、アントレプレナーシップ教育を何のためにするのか、という位置付けから考え、その上で何をする方が良いのかについて、これまでの記事をまとめて紹介したいと思います。
アントレプレナーシップ教育の簡単な歴史
アントレプレナーシップ教育はこれまでも行われてきました。
代表的なものだけを取り上げてみると、1998年には通産省からアントレプレナー教育研究会報告書が出されています。続いて2001年には大学発ベンチャー1000社計画が立ち上がり、その計画の中でもアントレプレナーシップ教育に触れられていました。
その後、2007年にはいくつかの文科省の調査 (1) (2) が行われており、この時点で「約半数の大学では、ベンチャー教育プログラムの整備が順調に進んでいることがうかがえる」と報告されています。
その後、大学ではグローバルアントレプレナー育成促進事業などが2014年から行われ、拡充されています。小中高を対象とした起業体験推進事業も2016年から始まりました。そして2022年現在、中小企業庁の起業家教育の協力事業者リストには、900社に近い事業者が登録されています。
このように、国内でも長年をかけて様々な活動に取り組んできいます。
もしこれまでの活動に効果があったのであれば、それを拡大すれば良いだけです。しかしもし、これまでの活動が思うように効果をあげていなければ、その原因を解明して、対策をしたうえで拡大する必要があるように思います。
そう考えたとき、かつての施策群で目指していた効果や変化が、起業数の増大だったのだとすれば、その期間で起業家の数が劇的に増えたかというと、そうした印象はあまり持っていない人がほとんどではないでしょうか。実際、起業志望者は年々下がっている状況でもあるようです。
また、起業家の数も増えているとは言い難い状況のようです。
アントレプレナーシップ教育を取り巻く状況を見ると、教育についても何かを変える必要が出てきているのではないかと思います。
変わるべき点
その必要な変化について、私見をいくつかの記事に分けて書いています。それぞれが長くなってしまうので、一つ一つの記事に分けて書いており、それぞれにリンクしています。
教育の成果
- 〇〇起業全般で活用できる起業家的な資質・能力を伸ばす
- 起業家を増やす(ために、起業志望者を増やす)
教育対象(受講者)
- 大学等での高等教育から、初等中等教育に広げる
(※ただし、多忙を極める初等中等教育の先生方の負担にならないよう、オンラインや民間の活動を活用する) - 受講者を広義のアントレプレナーシップ教育の対象者へと広げる
授業設計
- ビジネスの知識・スキルの伝授の教育ではなく、キャリア教育などの前段階を意識する
- 教える (teaching) ことではなく、学生の学び (learning) を促進する授業にする
- 授業の限界を踏まえたうえで、起業の実践的なコミュニティへ参加するきっかけとして授業を位置付ける
- 座学中心や模擬起業の授業ではなく、活動・価値創造中心の授業にする
- 勘と経験による教育ではなく、研究成果を活用しながら教育研究も進める
教育研究
- アントレプレナーシップ教育の研究を同時並行で実施する
以上、2022年の現時点で考えていることをまとめてみました。
異論や反論もあるかと思います。私も学んでいる途中なので、文献を参照したり、議論を通して考えを深めていきたいと思います。