🐴 (馬)

Takaaki Umada / 馬田隆明

『顧客の課題』ではなく『事業の構想』からはじめる ―― 「課題解決パラダイム」からの脱却

スタートアップの定石の変化

これまでリーンスタートアップの方法論や Customer/Problem Fit(CPF)の重要性を繰り返し伝え、「まず顧客のニーズを確認しよう」「現場に行こう」と伝えてきました。今でも顧客の課題を探ること自体が不要になったとは思っていません。

ただ、ここ数年は「最初に顧客の課題の検証から入ろう」という言い方を、以前ほどしなくなりました。

理由はシンプルで、近年の(特に B2B の)スタートアップの初期段階では、「顧客課題の発見」そのものよりも、「事業構想」――市場の選択や戦略・勝ち筋の設計などを含む仮説群――に重点が移ってきたと感じるからです。

 

「課題解決=急成長」が成立しやすかった時代



2013年の Paul Graham の『スタートアップ=成長』というエッセイでは、急成長の条件として

  • たくさんの人が欲しがるものを作ること
  • それを多くの人に届けること

が挙げられました。

ふりかえってみれば、2013年前後、SaaSやスマートフォンアプリが出てきた当時は「たくさんの人が欲しがるものを作る」ことが最重要でした。なぜなら、ソフトウェアは“届ける”のが得意であり、後者の条件を満たすのが比較的簡単だったからです(ただし実際にはセールスや定着の難しさなどはありました)。

そのため、「たくさんの人が欲しがるものを作る」という条件さえ満たせれば、急成長可能であり、たくさんの人が欲しがるものは何かを見つけることにフォーカスしていれば良い、というシンプルな起業環境が成立していたと言えます。需要と供給で言えば、ソフトウェアは供給が簡単なので、大きな需要さえ掴めれば大きく成長できる、というわけです。

そこで顧客の課題やバーニングニーズといった需要を見つけることが、最初期にフォーカスするべきことであり、それは一時的に正しい最適化だったと言えます。

 

いま何が変わったのか

しかし近年は、同じ型がそのまま通りにくくなっています。大きくは次の変化が重なっています。

(1) 競争が激しくなった

この20年ほどは、デジタルを中心に顧客接点の転換(アナログ→Web→スマホ)が何度か断続的に起きており、そのたびにプラットフォームの転換があったため、ある意味で競争環境のリセットが短いスパンで起こっていました。しかし現在、どのプラットフォームにも既存プレイヤーがいて、国内外の競合がひしめく状態になっています。(生成 AI 等の新興領域はその限りではないかもしれません。)

また、この数年で、起業はよりやりやすくなり、身近になった分、競争は激しくなりました。

(2) 求められる成長の規模が変わった

競争が激しくなると急成長は難しくなります。一方で、東証の上場維持基準やVCのファンドサイズの増加などを理由に、スタートアップに求められる「成長の規模」も変わりました。

(3) スタートアップの領域の拡張(純ソフトウェア以外へ)

純然たるソフトウェア/サービスの領域でのスタートアップが一段落し、それ以外の領域のスタートアップが増えています。その結果、「多くの人に届ける」という難しさ、たとえば技術制約や量産の難しさ、資金供給の制約などと向き合う必要出てきています。

 

この結果、「課題解決」にフォーカスするだけでは大きな事業になりにくい局面が増えてきた、というのが今の仮説です。

 

「課題解決から入る」とむしろスモールビジネスに止まりやすい

課題解決から入ることが王道とされ、その型をなぞることが正しいとされていますし、そうして課題に向き合うことで足元のニーズという寄る辺が見つかるため、安心して進むことができる、という点がこの構造をややこしくしています。そう、実際に顧客に課題はあり、解決すれば喜んでくれる顧客がいるのです。

しかしニーズや課題解決から入り始めると、市場の大きさやその後の競争をどう勝っていくのか、といった点がおろそかになっててしまいます。その結果、「顧客は喜ぶが自分たちは急成長しない」ということが起こりやすくなっています。

特に事業の方向性がないまま顧客の課題やニーズを探索してしまうと、容易に小さな事業へと収斂していく傾向にあるようにも思います。顧客のニーズには強い重力があり、そこに最適化していってしまうからです。

要するに、うまく顧客の課題を見つけられたとしても、事業構想がうまく練られていなければ、成長の上限が早い段階で決まってしまうことがあるということです。課題解決起点は、結果として“スモールで良い事業”には最適でも、“急成長”にはつながりにくいケースが増えたのではないか、ということです。

 

だから最初に「事業構想(市場×戦略)」に時間をかける

ここで言う事業構想は、単に「大きな夢」ではありません。急成長していくための市場選定と戦略・勝ち筋の設計図です。

たとえば、マルチプロダクトにするにしても、最初からその構想があるのか、それとも足下のニーズを見て作っていくのかでは、Moat の設計に大きな違いが生まれます。最初の楔(wedge)をどこに置くのか、差別化をどうしていくのか、拡大戦略は何なのか、という設計があるとないのとでは、事業の評価が大きく変わってきています。

実際、支援をさせていただいている起業家の中にも、足下の顧客ニーズの検証はさほど進んでいない中で、構想の大きさと仮説の検証状況(とその起業家の魅力)で、億円単位の資金調達をした例も出てきました。シリアルアントレプレナーでもない若手がそこまでの資金を獲得できるというのは、大きな構想を描ける人が少なく、そうした構想にこそ希少価値がある、ということなのだろうと思います。

それに事業構想の大きさが大きかろうと小さかろうと、新規事業の成功への道のりの大変さは、その事業規模ほど差が大きくはならないという話もあります。

そうした意味でも、新しく事業を始めるのであれば、大きな構想をどう描くか、というのがより重要になってきているように感じています。

 

ただし、構想の後にやることは結局「足元の課題解決」になる

ここが誤解されやすい点ですが、構想を作った後にやるのは、従来のスタートアップの方法論と地続きです。現場に入り、ニーズを把握し、課題仮説を検証する。やることは変わりません。

違うのは順序と目的です。

最近も「ニーズから“考え”始めない方が良い」、しかし「ニーズの把握から“行動”し始める必要がある」とつぶやいたのはそうした意図からです。

 

「課題解決パラダイム」から脱却する

ここまでの話を、もう一段だけ広げると、昨今の VC の動きも「課題解決だけを起点にしない」方向に寄ってきているように見えます。たとえば、文化的な領域に目を向けたり、より産業的な目線を持ったりしているようです。

これは課題解決が不要なのではなく、急成長のためには顧客の課題が“一番最初に来る”とは限らないということだろうということです。

一方で、社会や周辺の期待はまだ「スタートアップ=課題解決」に強く寄っています。その結果として、

  • スタートアップは急成長を狙いたい
  • しかし周囲から来る話は“小さく良い課題”が多い
  • 結果として、期待のミスマッチが起きる

という構図も起きやすいように思います。

だからこそ、ハイグロース・スタートアップが社会にもたらす価値や意味を、もう少し別の言葉でも語り直す必要があると思っています。そうした意味を丁寧に発信していくことが、ステークホルダー間の齟齬を減らし、結果として皆にとって良い成果につながるはずです。

 

まとめ

NotebookLM によるまとめ

顧客の課題や課題解決は依然として重要です。しかし足下が大きく変わっている現在、課題解決だけでは不十分なことが増えたように思います。もちろん、今でもスモールビジネスの起業の領域ではリーンスタートアップや課題解決の方法論は十分に活用可能でしょうが、ハイグロース・スタートアップの方法論としてはやや古びてしまった、というところかと思います。

リーンスタートアップの限界について、2021年ぐらいからブログ記事等で書いてきたつもりですし、Startup Fit Journeyも大幅に更新しました。まだ十分に伝わっていないと感じているので、改めて記事にしておきます。

speakerdeck.com

 

NotebookLM によるまとめ

 

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