政府が主導するスタートアップ5カ年計画は折り返し地点にさしかかり、各地域でもスタートアップ支援が積極的に行われるようになりました。しかし、その支援方法として、5年や10年前の方法がそのまま教えられていたり、海外の支援プログラムがそのまま輸入されているように見える点にはやや違和感を覚えています。
起業支援プログラムの多くでは、顧客開発やリーンスタートアップ、デザイン思考の技法が教えられます。これらは確かに今でもスモールビジネスの起業ではかなり有効だと思います。しかし、ハイグロース・スタートアップを目的にした場合、リーンスタートアップ等は日本ではあまり有効ではないのでは、と思っています(たとえば以下の記事参照)。
そうした手法論が伝えられて10年以上経ったものの、日本からはそこまで多くのユニコーンを生めてはいません。それは VC のファンドサイズが相対的に小さい等の金融的な問題もあるでしょうが、それ以上に、従来型のスタートアップの方法論や支援方法に限界があった、という面も否定できないように思います。
そしてその状態から抜け出すためには、支援側にこそ「Why Now?」の問いが有効なのではないか、というのが本記事の主張です。
なお、本記事は普通の起業ではなく、あくまでハイグロース・スタートアップの話に限っています。各地域には通常の起業が必要な場合もあるため
① 支援先のスタートアップの種類は時代によって違う
普通の起業ではなく、急成長や高成長を志向するスタートアップ(ハイグロース・スタートアップ)は、時代に応じて起業の種類が異なります。2000 年代がWebアプリだったら、2010 年代はスマホやSaaSだったりしました。さらにその前、1970年代であれば半導体などだったでしょう。
スタートアップが急成長や高成長をするにはタイミングが重要だと言われます。それは新しい機会が突如出てきて、時代が進むにつれて特定の領域での機会が取り尽くされるからでしょう。そうした背景も含めて、それぞれの時代で異なるスタートアップが生まれてくるということです。
だからこそ、スタートアップには「Why Now?」が問われます。有名な「2年後でもなく、2年前でもなく、なぜ今この事業なのか」という問いです。
これは支援側にも問われるべき問いのように思います。「2年後でもなく、2年前でもなく、なぜ今この支援が有効だと思うのか」という問いです。
なぜなら上述の通り、その時代に応じてスタートアップの種類は変わってくるからです。すると、その種類に応じた異なる支援が必要となります。スタートアップの支援側は、最新の状況をキャッチアップし、支援方法を磨いていかなければなりません。それは従来の支援方法とは異なる可能性も大いにあります。
② 国ごとに最適な方法論は違う
特にこの15年ほどはリーンスタートアップやデザイン思考でした。これらの手法はまず顧客の需要を確認することの重要性を伝える方法論です。
この考え方自体はとても重要です。初期の需要を掴む確率は上がるでしょう。しかし、その需要の先にスタートアップとして急成長・高成長していくかでいえば、それは別問題です。
実際、これまでの経験上、リーンスタートアップやデザイン思考をよく考えずに適用すると、スモールビジネス的な起業になっていきます。基本的に目の前の課題に最適化していくものだからです。
アメリカのシリコンバレーで例外的にこの手法が機能したのは、シリコンバレーという地で最先端の需要を掴めば、そこからアメリカという大きな市場に直接つながり、そしてグローバル市場にも自然とつながっていく、という環境があったからです。様々な戦略等を捨象してでも、目の前に最適化していけば、後から何とかなりやすいのがアメリカのシリコンバレーの起業環境であり、しかも当時のソフトウェア領域との相性も良かったものです。
一方、日本でそれをやると本当に小さな市場に最適化された事業を作りやすくなってしまいます。成功しても市場の最大値が日本になり、その後のグローバルへの拡大には断絶があり、アメリカほど連続的とは言えません。
もし日本からユニコーンなどを産みたければ、おそらくこれらとは別のアプローチが必要だったのだろうと思います。
欧米でスタートアップが生まれてきているという『結果』を見て、その結果を生む『方法』に秘訣があると考え、方法論をそのまま輸入するのではなく、一歩立ち止まって「Why This?」を改めて考えるべき、とも言えるかもしれません。
※ なお、アメリカではうまくいっている、と書きましたが、海外のアクセラレータプログラムを見ていると、Y Combinator 以外の独立系アクセラレータプログラムはあまりうまくいっていないように見えます。そうした意味で、単に日本の環境にあっていないだけではなく、こうしたアクセラレータで教えられている手法論自体、ハイグロース・スタートアップという文脈では見直されるべきではないかとも思います。
方法論が刷新されるとき
スタートアップの種類が時代によって代わり、そして日本でアメリカの方法論が一部使えないとしたとき、私たちは私たちなりの方法論を考え、実行していかなければ、これからもずっと優れたスタートアップを生み出せないままとなるでしょう。
そうした意味でも、海外の方法論をスライド等でまとめ、手法を広げること多少なりとも影響を与えたのではないかと思っている私自身、過去のスライドは全部消した方が良いのでは、とも思っていますし、「リーンスタートアップの限界」の記事を書くより前にもっと早く反省して方向性を転換した方が良かったと反省しています。
とはいえ、これらの方法論は基礎として教える価値はあると思うのと、教育的にも教えやすい面がある&歴史的な意味もあると考えて消していませんが、現在に最適化するのであれば過去のスライドは消して、新しい方法論を模索するよう促した方が良いのだろう、と思っています。
特にスタートアップに適した領域が徐々に変わりつつあるように思う現在において、今後本当に効果のある支援をしていくためには、過去の方法論は参照しつつ、今必要とされているスタートアップの、最新の支援が必要なのだろうと思っています。
しかし一方で、そうは言ってもそれが起こらないのには構造的に理由もあるのだろうと感じています。
古い方法論が流通する構造的理由
古い方法論が流通してしまう理由はいくつかあるように思います。
- 実績がある - 古い方法論には実績があります。しかも起業はしやすいものです。しかしその実績が今のハイグロース・スタートアップの潮流にあっているかどうかは別問題です。
- 教えやすい - リーンスタートアップやデザイン思考はそのプロセスがある程度できています。ビジネスモデルキャンバスのようなツールもあり、教えやすいという面もあります。
- ブランドがある - 『海外』や『シリコンバレー』というブランドに高いお金を払っていることもあるようです。彼らの手法の一部は素晴らしいし、まだまだ学ぶものはあるように思いますが、そうではないところもありますし、前提となる市場環境などが違うのはかなり意識されるべきだろうと思います。
こうした理由から、安全に見える過去の手法に私たちはすがってしまいがちです。
政府や地方自治体の支援
地方自治体等の公的機関であればなおさらこうした過去の実績を頼る傾向になってしまうようにも思います。
しかし地方自治体で行われるスタートアップ支援は初期段階(起業直前・直後)を対象とする傾向にあることを考えると、本来であればそうした段階だからこそ、新しい起業の手法に対応した新しい支援が必要なはずです。そこにミスマッチが起きているようにも見えます。
(ただしハイグロース・スタートアップではなく、普通の起業促進であれば良いかもしれません。その場合も、なぜ普通の起業促進がその地域に必要なのか、というその前段の問いにはきちんと答えるべきであろうと思います)
特に海外のプログラムはブランドがあるように見えるかもしれませんが、相当ちゃんと評価をしたほうが良いように思います。ものによっては、前述の通りプログラム的にも内容的にも、時代や地域にマッチしていないものも多いように見えるからです。
それに加えて、海外ではお金が回らなくなってきているから、日本を金づるにする、ということは容易に起こっているように見えています(海外VCがLP探しで日本に来るのもそうでしょう)。それは市場のメカニズムなので、その動き自体を悪く言う必要はないと思いますが、発注側である日本サイドが、プログラムの質を見極めるリテラシーが求められるタイミングだとも言えます。その海外アクセラレータープログラムに学ぶべき点は多くあるものの、本当に「今」「この支援」「この目的のために」有効であるかどうかは改めて考えるべきであるように思います。
支援側にとっての Why Now? Why This? の問い
これらはある意味で呪縛でもあります。こうした呪縛から離れるためにも、「Why Now?」「Why This?」の問いを支援側にしていく必要があるのでは、と思っています。なじみのある問いですし、そうすれば支援の在り方を改めて考えるきっかけになります。
もちろんベースとなるビジネスの考え方など、時代が変わっても共通する部分はあるので、代わらない支援方法はあるでしょう。それはそれで続けていく必要がありますし、もしスタートアップの起業家の数が増えていれば、その支援の量を増やしていけば良いと思います。しかし一方で、今求められているのは高さの向上であり、であれば支援の質の転化が必要なのだろう、という考えています。
VCであれば資金提供というベースの機能があり、それは変わらないだろうと思います。しかしVC以外の資金的な機能がない支援機関は、常に「Why Now?」を問う必要があるのでしょう。加えて、スタートアップの初期段階であればあるほど、その事業は10年後を見据えて作っていくことになるため、最も新しい事業に対する新しい支援方法が必要となります。場合によっては、スタートアップが出てくる前に先行的に支援を開始している状況を目指すべきではないかと思います。
なお、古い知識でも、スタートアップや起業の知識がないよりはあった方が良い、と考えることもできますが、しかし、間違った知識は悪影響を及ぼすこともあります。学ぶ前に事前知識があり、その事前知識が間違っていると、アンラーンの手間が余計にかかります(相当に時間と手間がかかります)。
そうした意味で、常に支援側こそがアップデートをしていかなければならないと考えている次第です。
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