🐴 (馬)

Takaaki Umada / 馬田隆明

ビジネス起業家、社会起業家、企業内起業家、政策起業家、市民起業家……様々な〇〇起業家が求められる時代におけるアントレプレナーシップ教育

「〇〇起業家」と呼ばれる人たち、英語だと「〇〇 entrepreneur」という言葉が増えてきています。

例えば以下のような言葉です。

  • (商業)起業家 ―― 商売としての事業を起業する人たちです。一般的に起業家といえば、この人たちを指すことが多いです。
  • 社会起業家 ―― 市場では解決されづらい社会課題や、国家の保障から漏れた課題を解決するために事業を起こす人たちです。NPOなどで事業活動することも多いですが、近年はゼブラ企業やベネフィットコーポレーションなどの新種類の組織体での起業活動も盛んになってきています。Social Entrepreneurと呼ばれます。
  • 企業内起業家 ―― 既存企業の中で新しい取り組みや新規事業を行う人達です。イントレプレナー (Intrapreneur) と呼ばれたりもします。
  • 政策起業家 ―― 政策を実装して社会を変えるために尽力する人たちです。政治家や官僚もこの領域の起業家とも言えますし、市民個人が政策を実現するために活動することもできます。Policy Entrepreneurと呼ばれます。
  • 市民起業家 ―― コミュニティ活動やまちづくりなど、「社会」よりも小さな集団単位のための業を起こす人たちです。もともとは経済的な面が強く、コミュニティビジネス的な文脈から出てきた概念のようですが、最近はより広く市民活動全般の事業を起こす人として捉えられているように思います。Civic Entrepreneur と呼ばれたりします。
  • 制度起業家 ―― 制度派組織論を基に論じられている概念で、リソースを活用して新しい制度(institution)の生成や、既存の制度の変革を実現する人たちです。Institutional Entrepreneurと呼ばれます。
  • 地域起業家 ―― 地域に根差してスモールビジネスなどを行う起業家は Local Entrepreneur と呼ばれることもあります。日本ではローカルベンチャーと呼ばれる文脈に近いと思います。
  • 地方起業家 ―― 地域の中でも特に地方を中心とした。Rural Entrepreneur と呼ばれたりします。特に発展途上国の文脈で出てきやすいように思いますが、日本の過疎地域での町おこしなどにおいて活用可能な概念のように思います。
  • 学術起業家 ―― Academic Entrepreneurと呼ばれます。多くの場合は学術的成果を用いて起業をする人たちを指します。ただそもそも研究者は、不確実性の高い先端領域で新しい発見をしていくという意味では起業家的ですし、研究を通して新しい研究領域を確立した人は「起業」家とも言えるでしょう。

中には概念としてほとんど成熟していないものもありますが、こうした数々の言葉が生まれているということは、それぞれの領域において、起業家的な存在が求められているということでしょう。そしてこれからも社会は常に変わっていくため、「新しい事業を起こす人」は継続的に求められ続けていきます。

もし個人がそうした商業起業家になるための能力を持っていれば、労働市場におけるその人の価値向上につながります。そして社会起業家や市民起業家になることができれば、市民として自ら居場所を作るれるようにもなるでしょう。また、そうした人材を社会として育むことで、より多くの社会課題が解決され、多くの人がより良い生活を享受できるはずです。

様々な起業家が求められているのであれば、様々な起業家を生み出すためのアントレプレナーシップ教育にした方が良い。そうした観点から、アントレプレナーシップ教育はビジネスでの起業家教育とは異なる形でリフレーミングするべきであり、ビジネス以外の起業家も包含する教育を目指したほうがよいと考えます。

ビジネス起業家教育からより広いアントレプレナーシップ教育へ

こうした〇〇起業家が様々な領域で求められつつある中で、現在の「起業家教育」は、「自助のための起業」「儲けるための起業」の色が強く、そのために忌避されたり、反発を受ける面があるように思います。それに現在の起業家教育で行われる内容に対しては、私も同様の懸念を持っています。

特に商業的な起業家教育は、「ネオリベラリズム的な市場原理の強い社会において、個人としてサバイブしていくための知識を教える」という隠れた前提に基づいた教育がなされる傾向にあり、かつその過程でネオリベラリズム的な考え方を生徒に内面化させ、市場やお金という物差しへの依存を強める教育として機能している部分も否めません。

それは市場以外に属する価値あるもの、たとえば文化や学問、心のゆとりなど、市場の外で生まれる価値を軽んじる動きにつながるでしょうし、一方で市場ではなかなか解決できない問題、たとえば政府やNPOが取り組むような貧困や格差の問題を過小評価してしまいます。市場やお金は重要ですが、市場以外にあるものも社会にとっては重要なはずです。

上記の〇〇起業家を見てみても分かるように、互助や共助を行う協働のための起業、公助的な仕組みを作っていくための起業などもありえますし、そうした起業家的な活動は幅広い領域で求められているため、アントレプレナーシップ教育をビジネス教育にのみ留まらせる理由はないでしょう。

実際、『帝国』や『マルチチュード』で有名なネグリ&ハートは、近刊の『アセンブリ』で、マルチチュードの起業家活動について触れており、社会的協働の自律的組織化のために起業家的能力が必要であるとしています。

だからこそ、様々な〇〇起業家を育てるためにも、学校教育におけるアントレプレナーシップ教育は、商業的な起業家教育から少し離れて、よりニュートラルなアントレプレナーシップ教育をしたほうが良いように思います。

より具体的には、様々な〇〇起業家のキャリアの選択肢を見せ、そして〇〇起業家に共通する資質・能力を涵養することです。

たとえば校則を変える経験をしてルールを変える経験は、政策起業家としての能力やキャリアを示してくれるでしょうし、実際に校則などを変えることができれば、ビジネス起業家としての自己効力感やキャリア観にも影響を与えてくれるはずです。それは、小学生がビジネスで成功するよりも簡単なはずですし、そして何より身近な課題解決の経験をできます。

中学生であれば、地域の社会的な課題を解決する経験も、起業家的な能力とキャリアを示す良い経験となるはずです。同時にその地域への愛着を増す経験にもなります。特に中学校ぐらいだと、ビジネスではなく、地域の社会課題を解決しようという社会起業家的な取り組みのほうが、真正性の高い経験をもたらし、起業家的な能力の涵養にも役立つでしょう。

もちろん、個人が社会の中でサバイブしていくために、ビジネス的な能力を身に着けることは重要です。それに国家や社会として経済成長を果たすためにも、商業起業家を輩出するのには価値があります。

そのため、商業起業家のキャリアや能力涵養を否定するつもりはないのですが、もし今後アントレプレナーシップ教育を広げていくのであれば、従来のアントレプレナーシップ教育とは異なる、より広範な〇〇起業家を生み出すためのものと位置づけたうえで、ビジネス起業家はその選択肢の一つとして位置付けたほうが、より多くの人に受けてもらえるアントレプレナーシップ教育となるのではないかと思っています。

新しい物事の受容を促進するためのアントレプレナーシップ教育

もう一点、アントレプレナーシップ教育を推進する取り組みは、「新しい物事を受け入れやすくなる」という面もあるのではないかと思います。

自分で何か新しい物事に取り組んでみると、その大変さが分かるものです。そうすると、周りで新しい取り組みをしている人たちの大変さも理解でき、以前より応援したり、助けようという気にもならないでしょうか。

これはまだまだ弱い仮説でしかありませんが、アントレプレナーシップ教育はこうした、新しいものを受容するスピードを速くする、という効果もあるのではないかと考えています(ただしこれは検証が必要です)。

だからこそ、より多くの人がアントレプレナーシップ教育に触れてもらったほうが良いと思っています。

ただそのときに、ビジネスのアントレプレナーシップ教育にこだわりすぎると、反発を生むでしょうし、上述した悪影響を生み出す可能性すらあります。そうしたことを考えても、より広い〇〇起業家のキャリア教育と、ビジネスに限らない起業家的な資質・能力を涵養するためのアントレプレナーシップ教育である、と位置付けたほうが、社会にとってより多くの恩恵をもたらすのではないかと考えています。