「〇〇起業家」と呼ばれる人たち、英語だと「〇〇 entrepreneur」という言葉が増えてきています。
例えば以下のような「〇〇起業家」という言葉があります。
- (商業)起業家 ―― 商売としての事業を起業する人たちです。一般的に起業家といえば、この人たちを指します。
- (スタートアップの)起業家 ―― 短期間で急成長する企業(スタートアップ)を作ろうとする起業家です。商業的な起業の一種ですが、資金調達に融資ではなくVCからの出資を用いることが多く、IPOを目指すことが多いなど、少し活動が異なるため分けて書いています。
- 社会起業家 ―― 市場では解決されづらい社会課題や、国家の保障から漏れた課題を解決するために事業を起こす人たちです。NPOなどの組織を作り事業活動をすることが多い起業家です。ただし近年はゼブラ企業やベネフィットコーポレーションなど、株式会社でありながら社会課題を解決しようという起業活動も盛んになってきています。社会起業家は組織の維持のためにファンドレイジング(資金調達)をしつつ、イシューレイジング(問題提起)をするとも言われます。英語で言えば Social Entrepreneur です。
- 企業内起業家 ―― 既存企業の中で新しい取り組みや新規事業を行う人達です。イントレプレナー (Intrapreneur) と呼ばれたりもします。
- 政策起業家 ―― 政策の実装を働きかけることで社会課題を解決する人たちです。Policy Entrepreneurと呼ばれます。スタートアップではIPOが一つのマイルストーンですが、政策起業家では政策が法制度化されたり、国の骨太の方針に入ることがIPOに近いマイルストーンだと言われることもあります。市民個人が政策を実現するために活動しているときに政策起業家と呼ばれることもありますし、野心的な政策を作っていく政治家や官僚もこの領域の起業家と言われることもあります。
- 市民起業家 ―― コミュニティ活動やまちづくりなど、「社会」よりも小さな集団単位のための業を起こす人たちです。もともとは経済的な面が強く、コミュニティビジネス的な文脈から出てきた概念のようですが、最近はより広く市民活動全般の事業を起こす人として捉えられているように思います。Civic Entrepreneur と呼ばれたりします。
- 制度起業家 ―― 制度派組織論を基に論じられている概念で、リソースを活用して新しい制度(institution)の生成や、既存の制度の変革を実現する人たちです。Institutional Entrepreneurと呼ばれます。
- 地域起業家 ―― 地域に根差してスモールビジネスなどを行う起業家は Local Entrepreneur と呼ばれることもあります。日本ではローカルベンチャーと呼ばれる文脈に近いと思います。
- 地方起業家 ―― 地域の中でも特に地方や田舎を中心とした。Rural Entrepreneur と呼ばれたりします。特に発展途上国の文脈で出てきやすいようですが、日本の過疎地域での町おこしなどにおいて活用可能な概念のように思います。
- 学術起業家 ―― Academic Entrepreneurと呼ばれます。多くの場合は学術的成果を用いて起業をする人たちを指します。ただそもそも研究者は、不確実性の高い先端領域で新しい発見をしていくという意味では起業家的ですし、研究を通して新しい研究領域を確立した人は「起業」家とも言えるでしょう。
中には概念としてほとんど成熟していないものもありますが、こうした数々の言葉が生まれているということは、それぞれの領域において、起業家的な役割が求められているということでしょう。そしてこれからも社会は常に変わっていくため、「新しい事業を起こす人」は継続的に求められ続けていきます。
そして起業家的な能力を持っている個人は、それぞれの領域で求められる人材となります。
個人が商業起業家になるための能力を持っていれば、市場で価値を提供して、会社に依存せず個人として報酬を得ることができるでしょう。企業内起業家の能力を持っていれば、労働市場で引く手あまたになります。社会起業家や市民起業家になることができれば、社会の問題を解決しつつ、市民として自ら居場所を作るれるようにもなるでしょう。
こうした起業家的人材を多く育むことで、より多くの価値が創出されることが期待され、社会課題も解決されやすくなり、多くの人がより良い生活を享受できるはずです。実際、『帝国』や『マルチチュード』で有名なネグリ&ハートは、近刊の『アセンブリ』で、マルチチュードの起業家活動について触れており、社会的協働の自律的組織化のために起業家的能力が必要であるとしています。
こうした〇〇起業家という言葉がしばしば聞かれるような環境下においては、アントレプレナーシップ教育に注目が集まるのも、自然な流れのように思います。
ビジネス起業家教育からより広いアントレプレナーシップ教育へ
しかし一方で、これまでのアントレプレナーシップ教育は主にビジネスの分野、つまり商業起業家を前提としたコースの設計がなされており、ビジネスプランの書き方やマーケティングの方法などが主な教育内容でした。しかし、これらの知識が別の〇〇起業家にそのまま転用可能かといえば、決してそうではないように思います。
またこれらの教育内容は「儲けるための起業」「自助のための起業」の色が強く、そのために忌避されたり、反発を受ける面があるように思います。特に商業的な起業家教育は、「ネオリベラリズム的な市場原理の強い社会において、個人としてサバイブしていくための知識を教える」という隠れた前提に基づいて教育がなされる傾向にあり、その過程でネオリベラリズム的な考え方を学習者に内面化させ、市場やお金という物差しを過度に正統化してしまう危険性もあるのではないかと憂慮しています。
資本市場の物差し自体は有効なものの、その過度な内面化は、市場以外に属する価値あるもの、たとえば文化や学問、心のゆとりなど、市場の外で生まれている価値を相対的に軽視する動きにつながるでしょうし、一方で市場ではなかなか解決できない問題、たとえば政府やNPOが取り組むような貧困や格差の問題を過小評価してしまい、商業的な起業家以外の〇〇起業家の輩出を妨げる可能性すらあります。市場やお金は重要ですが、市場以外にあるものも社会にとっては重要なはずです。
もちろん、ビジネス教育を求める人には従来のビジネス起業的な教育を提供するべきでしょう。しかしより公的な学校教育においては、互助や共助のための起業、協働のための起業、公助的な仕組みを作っていくための政策起業など、様々な〇〇起業家を輩出していくために、商業的な起業家教育から少し離れて、よりニュートラルかつ広範なアントレプレナーシップ教育を考え、他の〇〇起業家にも共通する資質・能力を伸ばすような教育へと検討の方向を変えたほうが良いように思います。
そこでは〇〇起業家(アントレプレナー)に共通する資質・能力とは何か、を考える必要が出てきます。これについては別の記事で詳細に検討するものとして、本稿では扱いません。
新しい物事の受容を促進するためのアントレプレナーシップ教育
もう一点、アントレプレナーシップ教育には、「新しい物事を受け入れやすくなる」という面もあるのではないかと思います。
自分で何か新しい物事に取り組んでみると、その大変さが分かるものです。そうすると、周りで新しい取り組みをしている人たちの大変さも理解でき、以前より応援したり、助けようという気にもならないでしょうか。
これはまだまだ検証できていない弱い仮説でしかありませんが、アントレプレナーシップ教育はこうした、新しいものを受容するスピードを速くする、という効果もあるのではないかと考えています(ただしこれは検証が必要です)。
だからこそ、より多くの学習者にアントレプレナーシップ教育に触れてもらったほうが良いと思っています。
ただそのときにも、商業に依ったアントレプレナーシップ教育にこだわりすぎると反発を生むでしょうし、上述したような悪影響を生み出す可能性すらあります。そうしたことを考えても、アントレプレナーシップ教育は、ビジネスに限らないスコープで考えたほうが、社会にとってより多くの恩恵をもたらすのではないかと考えています。