この10年、「需要をどう喚起していくか」が重要なアジェンダだったように思います。ただ、この重心が昨今、「供給」へと変わりつつあるようです。
もちろん、需要が重要であることは変わりありませんし、個別の領域を見ると、むしろ需要の方が重要だというところもあります。たとえば私の関わっているグリーンの領域などは、引き続き需要が比較的重要なテーマとなるでしょう。そして日本の国内需要もまだ十分旺盛とは言えません。
しかし政治経済全体の潮流を見てみると、供給のほうが様々な側面で課題になってきているように思います。そして日本もまた、供給力の議論を増やしていかなければならない局面のように見えています。
こうした流れをスタートアップもまた考えていかなければならないのでは、と思い、本記事にまとめています。
まずなぜ供給力を増やすべきかについて、主に「経済」「国際政治」「雇用」の3つの観点から、整理します。
(1) 経済
2025年4月現在、『構築 (build) するリベラリズム』のビジョンを示す本として Ezra Klein と Derek Thompsonの「Abundance(豊穣さ)」が話題になっています。(3/18 発売なのに Amazon で 400 レビュー近くついています)
この本の冒頭では、現在のアメリカ経済において「供給(Supply)が問題である」ことが何度も強調されています。
たとえばアメリカでは住宅や教育、医療のコストが上がり続けています。これは(住宅に関しては主に規制によって)供給が足りないからです。
こうなってしまった背景には、リベラル側の善意による「悪い経済発展を阻止するための規制」等があるという指摘があり、リベラルはだからこそ非効率な政府慣行の削減や成長のための規制緩和を重視していくべきではないか、といった論です。実際、アメリカの住宅価格問題は供給側に起因する大きな問題でしょう。
日本でも供給側は積年の課題でした。アベノミクスでいえば、需要喚起策となる第一、第二の矢となる金融緩和と財政政策は一定の効果があった(ただし持続的な内需拡大にはつながらなかった)という評価ですが、供給側に当たる第三の矢(=民間投資を喚起する成長戦略)は規制改革や法人税減税等を行ったものの、国内向けの十分な民間投資が引き出せず、その効果が限定的だったという評価が一般的ではないでしょうか。
さらに現在のインフレもコストプッシュと目されており、これは生産力や供給力が不足している(+円安で海外からの輸入が高くなっている)からです。
これらに共通しているのが供給側の問題です。経済発展のためには、改めて私たちは供給について考えていく必要があります。
(2) 国際政治
これまで世界的に製造物の供給源になってきたのは中国でした。
しかし思想的な違いや覇権争い、軍事的な脅威、各国内の産業・雇用保護などが理由となり、中国への依存度を減らしたいという地政学・地経学的な判断がここ数年の課題として注目されてきました。
そこに来てアメリカもあのような状況になりました。アメリカは世界の需要の中心地であり、世界中の供給を食べてきた国ですが、一方でITや軍事面等でのサプライを担ってきた面もあります。そんな中、同盟国にも牙をむくアメリカのサプライに頼って良いのか、という議論が出つつあります。
こうした状況から、グローバルサプライチェーンが見直されつつあります。まさにこれはサプライ(供給)の問題と言えるでしょう。日本も、生活や防衛に不可欠な供給力を確保するという機運が高まりつつあります。
では日本国内で供給のほとんど全てをまかなえるようにすれば良いのか、というと、恐らくそういうわけではありません。
まず間違いなくエネルギーや食料は他国に頼ることになりますし(ただし、再エネ等でエネルギーの外国依存度は下げられる等、その程度を上下させることはできます)、日本の部品だけで作られた All Made in Japan な iPhone が作れたとしても、今の何倍もの価格になるでしょう。なぜなら、バリューチェーンの中で、価値の低い部分を非効率的に国内で持たなければならないからです。もちろんそれによって雇用は生まれるかもしれませんが、おそらく平均的な賃金は減ります。相対的に価値の低い部分をすることになるからです。
であれば、国際連携を前提にして、国際的に必要とされるものや高付加価値なものをどのように供給していくのかが課題であり、何を作るか、そして何を依存するのかを現在議論するべきことになるように思います。
その上で、グローバル経済の恩恵を受けつつ、どのように国としての自律性を確保していくのか、そのために国としてどのような産業を保護し、新しく作っていくのか、という観点で考えていく必要が増してきています。
(3) 雇用
供給という観点で、日本国内にとって目に見えて足かせとなりつつあるのは、労働力不足です。労働力という供給がない限り、仕事は回りません。
そして日本は少子高齢化によって、労働力が不足する一方、生活維持サービス(小売、介護、医療、交通等)を中心に、需要はしばらくの間一定の量を保ちます。そのため、需要が多く供給は不足する構造を持っています。自然のまま放っておくと多くの労働力は緊急度の高い生活維持サービスに流れてしまうでしょう。政治的な意図もあり、そこに政府補助等も入るだろうからです。
そうなると、緊急度は低いけれど重要の高い仕事、たとえばイノベーションを起こそうとする不確実かつ長期の仕事に対しては、人が流れづらくなり、外貨を稼ぐ力が徐々に失われて、いずれ袋小路へと陥ります。今は自動車や観光で持っていますが、そうした外貨を稼ぐ産業の層が薄くなり、たとえばエネルギー資源を輸入できなくなれば、「電気がつかない日もある国」へとなってしまうかもしれません。
そうならないようにするため、生活維持サービスをオートメーション等で省力化しながら、高付加価値な産業をどう作り、そこにどのように労働移動させるか、といった供給側の意図をより強く持つ必要があるのだろうと思います。
政策
ここまで3つの観点で供給側の課題を整理してきました。
こうした観点からも、日本は供給力を増やしていく必要、あるいはそのための議論が必要のように思います。
現在日本では減税などの議論も盛んですが、減税はどちらかというと需要喚起策であり、やるべきはむしろ供給サイドの議論ではないかと考えています。(もちろんインフレで生活苦の方々に向けては、給付等の支援を厚くすることを政治的に考える選択肢もあると思います)。供給が足りない状態で需要喚起をしたとしても、需要に応じて製品の価格が上がっていくだけで、あまり効果はありません。
そして他国を見てみれば、中国やその他の国がまだその供給力を余らせています(生産能力や若者の失業率等)し、米国の関税によって、世界中の供給がだぶつくであろう今、適切な需要喚起をしないと、国内産業に対する裨益は少なくなってしまいます。
スタートアップによる「供給力」の増大への貢献
供給力を増やすことは、国では中々介入がしづらい領域であり、民間側のイノベーションが必要とされる領域です。まさにスタートアップが必要とされるような領域と言えます。
そしてこうした社会課題や国家課題に対して、どのようなアプローチをしていくかが問われている段階のように思います。
スタートアップの一部の人たち、特に大きな課題に取り組もうとしている人たちは、こうした観点を持ち、世界規模・国家規模で見たときに何が必要とされているのかを考え、そこに日本政府の支援を得ながら拡大していく、といった戦略が必要となっていくのではないでしょうか。
そのためには、
- 国際的に見てどの高い価値のものを供給するか
- 国内で確保しておかなければならないものをどう安定的に安く供給するか(そのためにどうスケールするか)
- 何をどの程度自動化するか
といった観点を踏まえた議論もしていくべきなのではないかと思います。