2022年4月27日に開催された経済諮問会議で、小中高でのアントレプレナーシップ教育の拡大方策に言及されていました。
産業の振興を目的に、起業家を増やしたいと思うのであれば、若年層へのアントレプレナーシップ教育は一定の効果があるように思います。
ただ、これまでいくつかの起業家教育・アントレプレナーシップ教育についての記事を書いてきた通り、アントレプレナーシップ教育は中々捉えづらいものであり、今後日本でアントレプレナーシップ教育を拡大していくうえでは、いくつか注意点を踏まえて拡大を検討していくがあるように思います。
というのも、こうした教育があまり考えず、効果が少ない形で実施されてしまうと、「やっぱり効果がなかった」「意味がなかった」という印象になってしまう可能性もそれなりに高いからです。そこで、アントレプレナーシップ教育の実践者ならびに研究に関わる立場から、いくつか意見を述べておきたいと思います。
1.1 ビジネス教育との分離
文科省でも起業体験推進事業が行われているようですし、他の地域でも起業家教育としてのカリキュラムを見ることがあります。そうした起業家教育の中身を拝見すると、中には単なるビジネス教育になっているカリキュラムを見ることがあります。
たとえば先生方が地域の関係者と話を付けて、学生が何かを企画し、マーケティングをして、収支を報告する、といったものです。これはビジネス活動の体験ではありますが、不確実性の高い中で「業を起こす」活動とは言いづらいものです。
ビジネスへの興味関心を引き起こす活動と、起業家的な活動とは同じ部分もあれば、異なる部分もあります。単なるビジネス教育を実施するだけであれば、経営学部や経済学部に行く人は増えども、起業家はさほど増えないのではないかと思います。
それに従来から模擬店など、ビジネス的な活動を総合的な学習の時間などで行っているところも、それなりにあったと聞いています。そうした活動では起業家がさほど増えなかったからこそ、現在起業家の数が問題になっているのであり、従来の活動を拡大するだけでは、国内の起業環境はさほど変わらないのではないかと思います。
(※ただし教育ですべての人や環境が変わるわけではないので、教育だけが悪いというわけではありません)
もちろん、ビジネスを通してアントレプレナーシップが伸びることもあります。ただ、効果的に行いたいと考えたときには、アントレプレナーシップ的な能力を伸ばすことや、起業家的なキャリア観の形成を支援することは、ビジネス教育とはある程度分けて考える必要があるように思います。
たとえばビジネスとアントレプレナーシップの違いは、たとえばKuratkoらが以下のようにまとめています[1]。
1.2 伸ばすべき能力を考えること
若年層への教育という観点では、知識よりも非認知能力に近い能力を伸ばすことに力を傾けるべきであると思います。
ビジネスに関する知識については後からでも身に着けることができます。それよりは、プロアクティブ行動やコミュニケーション能力など、若年層だからこそ伸ばせる(青年期以降は伸ばしづらい)能力と、キャリア観を中心に、アントレプレナーシップ教育を構成していくほうが良いと思います。
類似していることを OECDのアントレプレナーシップ教育に関するレポートは指摘しており、発達段階に合わせてアントレプレナーシップ教育の内容を変えていくことが提案されています。
ではどのような効果を見込むかと言うと、たとえば能力についてはEUのEntreCompなどを参考にして、そのカリキュラムがどの能力を伸ばすために設計・開発されているのかを考えることが一案です。
「どのような効果を見込むか」を考えずに実施してしまうと、「企業家の話を聞いて、生徒たちが楽しかったと言ってくれたから、この授業は良かった(けれど能力は伸びていない)」ということになりかねません。
EntreCompは以下のような15のコンピテンシーと、それぞれのコンピテンシーに8段階のレベル分けがなされています。
- 機会の発見
- 創造性
- ビジョン
- アイデアの評価
- 倫理的で持続可能な思考
- 自己意識と自己効力感
- モチベーションと忍耐
- リソースの動員
- 財務的経済的能力
- 他のステークホルダーの動員
- イニシアチブを取る
- 計画し運営する
- 不確実性やリスクに対処する
- チームで行動する
- 経験から学ぶ
なお、それぞれの項目はあくまで「起業家的」なものであることに注意してください。たとえば機会の発見はビジネスでも行いますが、その質が起業家と言う文脈では少し異なります。
EntreComp はあくまで一例ですが、まずはこうした既存の仕組みを活用するのが手っ取り早いと思います。
1.3 起業家による授業
起業家による授業については、使い方を間違えなければ効果的でしょうが、そうでなければあまり効果が見込めないことにもなりかねません。
たとえばロールモデルの提示の効果については、今のところ効果のあるなし両方の結果があります。親のような近親者に起業家がいたときに、その人が起業しやすくなる傾向は明らかに見て取れますが、ゲスト講演のようなちょっとした関りだけのロールモデルは効果が見えない、という報告もそれなりの数あります。
振り返ってみれば、私たちも伝統芸能に関わる方の出張授業などを受けた記憶があるのではないかと思います。その伝統芸能を見て、実際にその道を踏み出そうとした人は、もちろん中にはいるものの、さほど多くはないのではないかと思います。そうした確率で良ければ出張授業でも良いと思うのですが、そうでなければやり方を考えるべきでしょう。
一般論として、熟達者からの学びは現場での経験や観察が必要です。熟達者が教えるのはうまいとは限りません。教育の際には足場架けなども必要です。先輩起業家は熟達者にあたりますが、起業家が資金調達の話を小中学生にしたところで、恐らくちんぷんかんぷんでしょう。先輩起業家による教示は起業後にはそれなりに有効のようですが、初等中等教育に属する学生の皆さんにとって、それが有効であるとは言いづらい部分もあるのではないかと思います。
実務家教員の方の話を聞いていると、それなりの数の方が「教育とは知識を提供すること」と考える傾向にあるようです。ただ、アントレプレナーシップ教育は、そうした知識教授型の教育とは少し異なるように感じています。
起業家を増やすなどの観点からいえば、そうしたある種の欠如モデルでの授業はうまく機能しないように思うため、どういった形で起業家に教育に参画してもらうかは、カリキュラム全体を考える教育者が必要であるように思います。
1.4 まとめ
効果的な授業を構築していくためのいくつかの観点を紹介しました。私の意見もまだ発展途上の部分があります。
ただ、折角やるならより良いものを作っていったほうがよいと思いますし、そのための土台作りには、私たちのような研究・教育実践を行っている人たちが貢献できることも大きいのではないかと思います。個人的には貢献したいとも考えています。
また、今後こうしたアントレプレナーシップ教育を国内で拡大していくのであれば、そうした教育に関する、研究・開発・実践を行う組織も必要であると思います。
たとえば、アントレプレナーシップ教育に関わる教員・実務家教員への Faculty Development を実施したり、全国区での授業実践の効果測定を行い、授業内容の改善を行っていくような機能をどこかが持たなければ、「それっぽい」ような思い付きの授業が繰り返されていくだけになります。
そうした授業は効果がなかったり、逆効果であるという示唆も出てきている現状、産業政策の中で起業家がもっと必要なのであれば、アントレプレナーシップ教育に関する知見を溜めていきながら拡大していくことがより求められているのではないかと思います。
[1] Kuratko, D. F., & Morris, M. H. (2017). Examining the Future Trajectory of Entrepreneurship. Journal of Small Business Management, 56(1), 11–23. doi: 10.1111/jsbm.12364