🐴 (馬)

Takaaki Umada / 馬田隆明

岸田政権のスタートアップ政策への期待

総裁選での「日本の成長産業は?」という質問に対し、岸田首相はフリップで「スタートアップ」という回答をしました。「新しい資本主義」の中でもスタートアップへの期待がかかっているのではと思うので、個人的な意見を書いておきます。

 

私個人は再分配を意識した「新しい資本主義」に賛成の立場です。成長と再配分は両立しえますし、再分配による格差是正は成長のためにも必要だと思っています。その中でも成長という文脈ではスタートアップが貢献できる部分があるとも思っているというのは以前書いた通りです。

今回は特に3つ、期待している政策の方向性について書く次第です。

1. エビデンスベースでの起業支援

スタートアップはこれまで数が少なく、エピソードベースで政策が立てられがちだったように思います。10年前であればその形でよかったのかもしれません。しかしこの10年でエビデンスは溜まってきており、エビデンスに基づくスタートアップ支援の政策もある程度立てられるようになりつつあるのではと思います。

たとえばNestaやIGLではイノベーション政策に関する一環としてスタートアップの調査・研究もおこなわれています。アクセラレーターについての研究なども増えてきました。どのようなトレーニングが有効なのかといった研究もあります。

こうした研究結果をスタートアップ支援に使わない手はありません。スタートアップ支援の政策がこうしたエビデンスに基づきながら策定されることで、より効果的な支援が可能になるはずです。そのための協力もしたいと思っています(と、偉そうなことも言いながらも、私も日々勉強中の身ではあるのですが…)。

もちろんエビデンスが薄い領域もあります。そのときは必要に応じて日本でも研究を行い、エビデンスを作ることなどもできるのではないかと思います。

なお、ちょっとこれだけ他の二つに比べて抽象度が高いですがご容赦ください。

 

2. アントレプレナーシップ教育への投資

現在の日本のスタートアップエコシステムに最も足りていないのは、起業家人材の数だと思っています。スタートアップへの金融的な政策もサンドボックスのような仕組みも、日本は十分先進的な域に達していているのではないかと思います(もちろん完璧ではありませんが、先人の皆さんの努力のおかげでかなり整ってきているのではと)。

一方、人づくりは最も時間がかかるものの一つです。お金は短期に集まりますが、人はすぐには育ちません。数年単位での投資が必要です。

 

教育全体を見てみると、小中高といった初等教育・中等教育への起業家精神教育も重要だと思っています。起業家の親族に起業家がいる率が高いとはよく言われます(政治家の親族に政治家がいる率が高いように)。それは単に能力が受け継がれるというよりは、若いころから身の回りでそうした職業に就いている実例がいることで、キャリアの選択肢として考える率が高い、と考えたほうが良いのではないでしょうか。

また若年期にメルカリなどで物を売る経験を通して、労働時間の対価ではない方法で生きていける自己効力感を得て、キャリア意識を生むことは、十年後の起業家を生むにあたり重要ではないかと考えています。スウェーデンでは中等教育時にアントレプレナーシップ教育を施すことで、起業家が増えることを確認しています。

それにキャリア意識が高いと学習時間も高まるという良い効果がありますが、キャリア意識は高校2年生以降さほど変わらないので、早期からキャリア意識を高めることは大事です。また現状、半数の人は高校から大学にかけてコミュニケーション・リーダーシップ力を含む「資質・能力」が変わらないことも指摘されており、起業家に必要な基礎的な能力の面でも早期の教育のほうが効果的ではないかと思っています。

 

一方、大学で起業家精神教育をしたところで、起業家の数はそれほど増えないでしょう。実際、スタンフォード大学での起業家教育の効果は、むしろ既に興味がある人たちに向き不向きを自覚してもらい、起業家というキャリアを諦めさせるというものでした。ただし同時に、挑戦する人たちの成功率を上げることにも授業は寄与していました。もし大学以降の教育で起業数を増やしたいのであれば、海外留学の経験をさせること、STEMの学生に非STEMの教育を受けてもらうことの方が、起業に繋がるように思います。

大学以降では、むしろトレーニングに近い形の教育のほうが良いでしょう。また補助も重要です。アメリカのSBIRに近づいた日本のSBIRには期待しています。個人的にはそれに加えて、助成金を出すだけではなく、I-Corpsのように助成金とともに教育を付けるほうが望ましいのではと思っています。

教育プログラムではバッチ制で実施し、同期を作ることが肝要です。資金提供と同時に教育を実施すれば、資金提供をした事業は失敗しても、教育された人とプログラム内で生まれた起業家間の繋がりは残りますし、セーフティネットにもなります。このあたりについては、FoundX でも実施して、手ごたえを感じているところです(支援方法はすべて公開しています)。

 

いずれにせよ、アントレプレナーシップ教育の成果が出るには大学教育では十年、初等教育では二十年かかるとも思います。ただ、長くかかるからこそ早めに手を付けておくべきだとも思います。

 

3. 地域に根づいた起業の振興

地方でのスタートアップ振興は色々な意味で難しいです。特に今注目されているITはそうです。地方で生まれたスタートアップが仮に成功しつつあっても、急成長のために人材を求め、ハブとなる都市に移ることがしばしばあるからです。

そもそもITはさほど雇用を生みません。コロナ禍においても「いざとなれば会える」距離である郊外への移動は見られましたが、地方にはそれほど転出していないようです。リモートワーカー誘致も、各自治体が同じことをやれば食い合いになります(地方創生での観光と同様に)。

ですのでやはり、スタートアップや起業と言っても、その地域にあった産業をきちんと作っていくことが大事という当然のところに戻ります。最近もトロント大学のInnovation Policy Labの共同ディレクターであるDan Breznitzが近著の『Innovation in Real Places』で、各都市の往来のハイテク特化の政策に警鐘を鳴らしています。そして各地域はグローバルな生産プロセスの少なくとも一つに優位性を持つのだから、その専門性を持ったイノベーションを起こすほうがよいという主張しています。実際、ドイツの各都市はそうした方向で発展しています。

f:id:takaumada:20211008092151p:plain

https://www.projectdesign.jp/201812/area-future-vision/005752.php より

重要な立ち位置は大学などの教育機関だと思っています。大学はその地域の基盤産業となりうる研究成果・教育成果(=人材)を活用したグローバルなビジネスを生み出す場所として機能しえます。

起業という文脈では、単にスタートアップを振興するだけではなく、ローカル経済をいかに活気づけるかにも寄与します。多くの消費はローカル経済圏で行われますし、決してスタートアップだけが起業の形ではありません。それに小売や飲食の起業はその地域での経済循環を生み、活気づけ、雇用を生みます。100億円の売り上げを出せるスタートアップのような会社を1社作ることを目指しつつ、同時に1億円の売上を作れる会社を100社その地域に生まれることを狙うのが、地域を豊かにする方法だと考えています。そのためにも、そうした教育を行える場が必要です。

これまでの地方創生でもこうした産業活性化は唱えられてきましたが、従来と異なる点は、カーボンニュートラルに向けたグリーン成長戦略とそれに伴う産業の構造転換、そしてデジタル技術によるサービス展開が地域経済でのビジネス機会を作るシナリオにもつながりうる点です。また再分配政策はそれを後押ししてくれるかもしれません(たとえばセーフティネットの拡充は起業率を高めてくれるようです)。

もしグリーン化に向けた産業の構造転換が起こるなら、就業構造の転換も必要で、リカレント教育の重要性が増します。現在の大学がその役目を担うのか、専門学校や短期大学などが担うのか(アメリカでのコミュニティカレッジのように)、それとも大学内の専門職大学院のような場所が担うのかは分かりませんが、ローカル経済圏に寄与するのはそうした教育機関だと思っています。

 

最後の方はちょっと時間切れになってしまいましたが、個人的な期待を書いてみました。